聖王国シンギュラルへの一歩
気が付けば既に馬車の中だった、最後の記憶はミーナの背中で一瞬だけ目が覚めた気がする、そして首筋に息を吹きかけてって所で記憶が途切れた、反応は楽しめなかったなぁ。
額に置いてあった濡れた布を避けて体を起こすとタイミングよく外からアリス達が戻ってきた。
「もう起きて大丈夫なんですか?」
「一応動けると言えば動けそう」
「本当に迷惑ばかりかける魔王様ですわね」
頭が上がらない、それにしても外が異常に騒がしい、のそのそと外の様子を見に行くとまさかの野党の親分が村の復興をもう既に手伝っていた。それに髭を剃って凛々しく立派なご尊顔がお目見えしている、イケメンじゃん。
私に気が付いたのか運んでいた丸太を部下に投げ渡し此方に向かってきた、いや部下潰されると思うんだけども。
「よぉ」
「行動が早い事で」
「誠心誠意謝罪して身を粉にして復興を手伝わせてくれってお願いしたんだ、最初こそ本当に殺気しか向けられなかった、だがな村長が村人を必死に説得してくれたみたいでな、此処に住むことになった」
普通の人は絶対に復讐心が芽生えてもおかしくない、寧ろ最初に感じる物は目の前に仇がやってきたと思うだろうけど、どうやら村長の心は目の前の復讐よりも先を見据え天秤にかけている、忙しなく復興の為働く村人たちから仕事を貰い機敏に動く親分の子分達、その中にさえ仇がいるだろうし殺気を抑えて接している人も少なからずいるだろう、正直この天秤に静寂は訪れないだろう。
それでもだ、今話しているこの人からは邪悪な雰囲気は一切感じられなくなった、改心している点に関しては本当らしい。
「まぁ頑張って、親分」
「親分なんてもうやめだやめ、俺の名前はエンドル・ファンだ」
「私はイシュ・アマ・ノス、そのうちこの名前をどっからか聞いたら思い出してね」
私の半身ほどある拳に拳を重ねると急ぎ足で村の方へと向かって行った、私の用事も取りあえず済ませなければと馬車から降りて村長を探す。急ピッチで作業が進められていく中を割って通っていくと現場へ指示を出している存在が見え近づいてみた。
「村長さん?」
「おや、イアスさん、この度はありがとうございました」
「いえ…それと物資の保存用倉庫予定地とかって何処ですかね、一応奪われてた物持って帰って来たんですけど」
「あーそれなら此処で大丈夫ですよ、それにしても野盗の皆さんをよくご懐柔出来ましたね、驚きましたよ…それに私の意志も既に汲み取って貰ってるみたいですね」
ドキッとしてしまう、人の顔だけを見てそこまで見抜けるなんてどういった経験を積んで得られた能力なんだろうと思ってしまう。読心術かそれにした物か、それか人生の経験によって得られた物か、魔眼で見たいが目を見られてしまっては意味が無いので止めて置く。
「確かに私自身、身が裂ける思いです、村人の数十名は此処に残る事を選ばず出て行った者たちも居ます、それでも目先の事を私情で決めてしまっては後の事など投げ捨ててるのと同意なんです、どうにか時間が掛かっても理解して貰えるように努力していきます」
圧倒されてしまう、達観が過ぎる、この世界は可能性に満ちていると感じさせてくれる存在だ。
身震いしワクワクしてしまう、小さな村の村長がこの位の考えを持ち合わせているのなら世界にはどんな思考をした人が存在しているのかと考えてしまう。
取りあえず異袋へ詰め込んだ物資の数々を取り出し少量貰い別れの握手を済ませて後にした、忙しい所に長居しては迷惑だろう。
荷馬車へと戻り馬車の方々に話を付けた、補給物資を見せると出発は可能そうだと喜んでいた、これでどうにか旅は再開できそうだ、悠々と馬車の後ろに乗り込むとアリスとミーナが不服そうに此方を見つめて来た。
「イアスってアレですよね」
「ミーナもそう思いますわよね?」
「え、何々?私がどうかしたの?」
「何か年齢に不釣り合いな考え方してるなぁと思いまして」
心臓が跳ね上がった、そもそも見た目は十五歳のぴちぴちなエルフだが中身がドブラック会社の社畜で二十八歳だと言う事をすっかりきっかり忘れていた。それでも年相応の対応をしようと頑張ってきたつもりだったし、何より今日この日まで特段突っ込まれずに来たというのに何故今になってと胸がざわつく。
言い訳を考える、そもそも私記憶が無い設定の事すら忘れていたので此処で変な設定を増やせば絶対に破綻する事が確定している。何か都合がよく適度な作り話、そんな風に考えていると良い案が浮かんだ、流石私。
「実は私、精神年齢だけ成長が早いんです、生まれつきで」
実際に口に出して見ると苦しい、麻縄で首を自分で締めているような感覚すらある、それに疑惑の眼差しは一向に消えない所を見ると明らか信じられていない。
真実を口にしてもし今後の旅に影響があればまだ序盤だと言うのに大問題になりかねない、出来れば信じて欲しいと心の中で叫び散らかした。
「まぁ今の所は信じて差し上げます」
「親友だからと言って話せない物事の一つや二つあっても不思議はありませんしね」
「アリス…ミーナ」
「抱き付かないで下さいませ」
「どさくさに紛れて胸を揉まないで下さい」
やはりこの二人は信頼してもいい唯一無二の存在だ、無理な詮索もせずに受け止めてくれる寛容な姿勢、おまけに顔が良い、大好きだ。グーとパーで吹き飛ばされめげずに抱き付く行為を繰り返す、外の喧騒に負けない位馬車の後ろも賑わっていた。
準備が整い村を後にした、ファンや村人たちへ大きく手を振り開けた平原を進んで行く、今の調子で進むのであれば夜までには聖王国シンギュラルの領土には入れるだろうとの事で心が躍る。
ただし、忘れてはいけないのが村人たちから貰った聖典の絶対所持という事、シンギュラルの領土内は聖騎士部隊が隈なく警護している為遭遇次第荷台に積んである物品などの検査が行われるらしい、その際に聖典を持っていれば検査が手短に済まされるとの事、村長の入れ知恵ありがたやぁ。
一応知識の欲が有り余りつつあるので聖典を捲り中身を見て行く、速読で内容の全てを読み終え一息つく、はっきり言ってつまらない内容で欠伸が出そうだ。元々神様をあまり信じていないので仕方ないと言えば仕方ないが、それにしても内容が無いようだと言われても文句の一つも言い返せなさそうだ。
簡潔に纏めて、唯一神シンギュラルによって生まれた国故にシンギュラル様を讃え崇め身に刻め、祖国は神の領土なり他国の侵攻神の手により防がれる、神の目からは何人たりとも逃れられないと言った感じに延々と唯一神シンギュラルについて書かれている、そもそも聖典なのかすら怪しい。
「イアス、聖典読んでみました?」
「一応…私の肌には合わなさそう」
「私もですわ、情報を得られ次第直ぐに次の所へ旅立った方が賢明な気がしますわ」
「情報屋、見つかれば良いですけどね…そもそも何でシンギュラルに滞在してるんでしょうかね?」
よくよく考えなくても対座には適していないのにも関わらず情報屋はシンギュラルに何故今滞在しているのかと少し引っかかる疑問が湧いてきた、それでも今頼れる所はそこぐらいしかないので悪い方へ考えるのはよしておく。
ガタンと大きく揺れ後頭部を思いっ切り角にぶつけた、痛みで声が出ないがミーナにしがみ付く、ジェスチャーで後頭部を指さすと回復魔法かけてくれ優しく撫でてくれた、やはり聖母が仲間にいると助かる、そのまま膝枕して貰い癒される事にする。
「ん、ちょっと面倒くさい事が起きるかもしれませんわ」
アリスが隙間から馬車前方を見て声を潜める、私がチラッと見ると聖騎士の集団が道を塞ぐように検問まがいの事をしているのが目に入る。取りあえず異袋の中から聖典を取り出し手元に置いてく、馬車がゆっくりと止まり男たちの話声が聞こえてくる中ゆっくりと荷台から降りて前に行く、すると頭から足先まで全て鎧で固められ細かい装飾が施された人が質問していた。
「おや、そちらのお嬢さん方もご一緒なんですか?」
「そうです、私達の護衛をして貰いつつ旅の手伝いを少々」
「なるほど、それにしても聖典を所持しているのは素晴らしいですね、良い心がけです」
顔は見えないが雰囲気は明るい感じがする、悪い人たちではなさそうだ、ホッと胸を撫で下ろし荷台の検査も簡素に済まされていく。日が傾きつつある中近くにあった石に腰を下ろして終わるのを待っていると先程馬車の方々と話していた人であろう聖騎士が横にいつの間にか来ていた。
「独り言を今から言います、聞き流してください」
腰の剣に手を掛けたまま真っすぐ前を見据えて話は始めた、魔眼でレベル差を確認したがもし今から襲われよう物なら確実に一瞬で首を飛ばされるだろう、三十近いレベル差は覆せない。
「私は魔族に育てられました、人間として扱われたことは魔族に拾われるまで一切ありませんでした、慰み者や娯楽用としての物品でした、そして飽きられ捨てられ魔族の元で人間として育てられ名前を貰い今の私があります、なので私は魔族が好きです、だからと言う訳ではありませんが貴方にも何故か自然と好感を得られます、どうかその力正しい事にお使いください、貴方を斬りたくない」
軽い会釈をされそのまま去っていった、やっと呼吸が出来た、向けられた好意の奥に見えた無限に膨らむ殺気に押し殺されそうだった。確実に闇を抱えている、去り行く背中を見つめながら呼吸を整え空を眺める、やっぱり世界は広いなぁ。
魔王だとバレているのかそれすらも分からないがこの国では穏便に最短で用事を済ませて出た方が私のみの為だ、馬車に戻ったら二人にも情報共有しておこう。
検査が終わり通された、聖騎士たちからは近くに村があるからそこに寄るのが野宿をしないで済む方法だと言われ馬車の方々もそれに従うように進路を決めた。
先程の聖騎士と目が合った気がしたので、目線を送る、思っている気持ちを込めて見つめるとちょっと笑った気がした。それにしてもどうにも領土に入ってから、体が重い気がする、それに魔力の流れが悪いのはあの時感じた物に似ている気がする、魔眼を持っていたあの男と出会った際に感じたあの違和感だろう。
「イアス、大丈夫?顔色悪いですけど」
「いやぁ…何か怠い」
「もしかして何かしら魔王に干渉していらっしゃるのかしら…この国」
「あぁぁ、魔力のめぐりが悪いぃ」
力が入りずらいのと思考の回転が悪いが頑張って動かす、町の図書館を読破した知識の宝庫をゆっくりと開けて行く、数分後にやっと対魔拒絶空間が出てきた、魔族の魔法行使制限と行動制限を科される物だ。
多分それが国全体に発動しているのだろう、そう考えなければ私個人を狙い撃ちで放たれているか、てかもう考えられそうにない、非常に重い眠気が襲い掛かってきた。
「ねむい、おやすみ」
「これは仕方ないでしょうね、おやすみなさい」
「私も少し眠いけどマシですわね、ゆっくりお休みなさいな」
意識を手放してミーナの膝に頭を乗せる、次起きたら対策を考えないと思いつつも混濁した意識が何処かに落ちて行った。




