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始まり

 人生って何だろう、仕事をして家に帰ってご飯を食べてお風呂に入って寝て起きてまた仕事に行く、これが死ぬまで続くのかと偶に考えてしまう。

 結婚も考えたりもしたけど此処十数年程恋と言う物をしていないせいか恋に落ちる感覚すら忘れてしまった、既に二十七歳で独り身と言う事を考えると若干寂しさも感じる、仕事が恋人なのでなんて言ってみたいがそんな事言ってしまったら本当に最期の時まで一人になってしまう気がして言えない。


 それでも最近は趣味が出来た、老後のためにと取っておいた貯金を切り崩しソシャゲやインターネットのオンラインゲームにどっぷりと課金をし休日の約八割はパソコンの前から動かないなんてざるにある、見ず知らずの人とチャットで交流してフレンドになったり時にクエストやミッションを手伝って貰う感覚が無性に好きになってしまったのがハマった原因。

 昔からちょっと変わっていると言われてきたが最近第三者視点で自分を見る機会が増えたせいで変わっている自分が良く理解できて来た、ゲームに関しては不遇な職業や種族を選びがちだし持つ武器に関しても尖った性能の物を使ってしまう為偶に地雷認定されしまう。

 ついたあだ名がピーキーちゃん、晒し板でも結構有名になっていたりする、それでも物好きな人はたまーに居たりもするのでフレンドは幅広くいたりする、それが私、橘美甘(たちばなみかん)なのだ。



 終電に揺られ帰路につく、休日出勤も含めると十四連勤がようやく終わった、ブラック企業だと巷で噂のN電に入社してしまった私が悪い、このご時世就職難のせいでロクな企業に就職できなかった私でも優しく受け入れてくれたのがこの企業一軒だけだったんだから仕方ない。

 ボケーっとしてしまう、眠気がピークを過ぎて寧ろ眠気は無いが体が既に限界を迎えているのか椅子に座れば一生気絶してしまいそうだ、吊革につかまり夜の街並みを眺めてはため息をついてしまう。歳を重ねるごとに世界の速度に取り残されていく感覚を覚える、高校時代にも感じた日々が過ぎる速さの倍の速度を今体験している。


 鞄からスマフォを取り出しソシャゲを起動する、今日のデイリーやノルマなどはお昼休憩に終わらせたから特段することは無い、だが今は何よりも癒しが欲しいからつい先日ボーナスの半分をつぎ込んで当てたキャラクターを眺める、可愛いとカッコいいのハイブリッドで尚且つキャラクターの背景が悲劇の連続。

 エルフとして生を受け幼少期に人間に捉えられ人身売買、買われた家から脱走し命からがらエルフの里に戻るが既に焼き払われた後、復讐心が芽生え独学で知識を深め人を狩り魔族の仲間になる、そして最終的には魔王となり最強の力をもって人間の滅亡を胸に玉座に鎮座するという設定が心に刺さった。

 白髪で黄金の瞳、大柄な身長に加え筋肉などはあまりなく真珠のような肌と体の曲線美が光る、右目の傷や体のあらゆる場所に着いた傷は苦労の証、非常に持って堪らないしそそられる、女性の私からしても付き合いたいとすら思ってしまう。

 そんな事をしていると目的の駅に着き慌てて降りる、今日から一週間は有休を無理やりに通して休みだ、ゲーム三昧だらだら満喫週間にする、疲れも忘れコンビニへと小走りで向かい適当に買い物を済ませて自宅へと向かう、鼻歌交じりにスキップすらしてしまう、ルンルン気分でアパートのエレベーターに乗り自分の部屋がある階のボタンを押し上っていく。

 扉が開き廊下をダッシュで駆けていく、普段は人とぶつかるなんて考えたり足音が迷惑になるとかを考えるが今だけは自分優先、手慣れた手つきが鍵を開け中へ入り靴を脱ぎ捨てリビングへと飛び込んだ、気持ちはマラソン完走した瞬間、電気を点け着ていた物を全て洗濯機へ投げ入れ適当にシャワーを浴び着替え夜食を作りビール片手にパソコンの前に座り込む。


 もう動かない絶対に、私の意思は固いのだ、忘れる前にコンタクトを取り目薬を差してメガネを掛ける、最近若干度があってない様な感じがするが気にしない、電源ボタンを押して起動しつつスマフォでSNSを眺めるとトレンドに神隠しなるワードが入っており興味がそそられる。

 色々なサイトを経由し情報を纏めると「見知らぬ誰かからのメールが送られてくる、それに対して返答をすると神隠しにあう」らしい、そもそもこの話を聞いたり見た人が居なければ成立しない不明瞭なオカルトでしかない、馬鹿らしいと一蹴しオンラインゲームのショトカをクリックしようとすると急にメールが届いた。

「うひゃ」

 とても女性と思えない悲鳴を上げてしまう、深呼吸しつつもそーっとメールボックスを開き届いたメールのタイトルを見るが無題、内容はと開いて見ると『魔王になってインファースを滅ぼそう!キャンペーン中、今なら何と好きな能力付き』と意味不明且つふざけた内容とURL、溜息がついつい出てしまい怖がっていた自分が恥ずかしくなる。

 新手のオンラインゲームの広告か何かだ、下らないと思いつつも魔王という言葉に惹かれてしまう自分もいる、若干怖いがどうせホームページに飛ぶ程度かウイルスでも入れられる程度、対策ソフトは常に起動しているから問題も無い筈だろうとURLをクリックする。

「君は選ばれた」

 突然耳元で誰かの声がし振り返る、でも誰も居ないし点いていたリビングの電気が消えている、心臓激しく鼓動を響かせる、真っ暗の中ディスプレイの近くに置いてあった筈スマフォを取ろうと恐る恐る手を伸ばす、でも誰かに腕を掴まれ引っ張られる、急にディスプレイがブルースクリーンになりディスプレイの表面から無数の腕が私を引きづりこもうと歪に動き回っていた。

 必死に抵抗するが力が強すぎ抵抗虚しく私はディスプレイの中に引きづりこまれた、そしてその瞬間世界から私は消えていなくなったのだった。






「おーい…………」

 聞き覚えの無い声が聞こえてくる、体も揺さぶられまるで朝起こしに来た母親の如く鬱陶しい。

「ぉーぃ…………」

 若干声が遠くなった、これで安心して二度寝が出来るよ、そもそも何で聞き覚えの無い声に起こされないといけないんだ。

『目覚めよ魔王よ』

「ひゃい!?」

 目を開けて見るとそこは真っ青な海底か雲一つない空の上のどちらかが連想される空間が広がっていた、辺りを見渡して見ても何もない、そして声の主も何処にもいない。

 ついに頭がおかしくなった、そりゃ十四連勤もすれば頭のネジの一つや二つ外れてても仕方ない、目を瞑り悟りを開いていると何かの気配が近づいて来るのが分かり目を開けると、ドラゴンがいた。

 何処からどう見てもドラゴンだった、深紅の鱗を身に纏い口からはみ出す程の牙にその巨体に見合った翼を羽ばたかせ黄金の瞳が此方を睨む、怖さが限界を超えると笑えて来るんだなと思った、思わずにやけてしまう。

 空想上の生き物であり大体の文献や作品では神格化され伝説の生き物、果てには世界最強を名乗るにふさわしい存在として描かれているそのドラゴンが目の前にいる、しかも何故か分からないが不機嫌そうに此方を睨み口元から火の粉を零している、私何かしてしまったんだろうかと考えるが一切身に覚えもない。

『おい、お前…名前は?』

「え、橘美甘ですけど」

 名前を聞きそして再度黙り込む、静寂は怖いので出来ればそのまま会話でも何でも良いから続けて欲しい、冷や汗が止まらないし怖すぎてか腕も足も動かない、というより感覚が無い。

 不思議に思い視線を下におろすが体自体が視界に映らない、本当にできれば出良いから情報は小出しで私が理解で来たら新しい情報を出して欲しい、もう脳みそのキャパシティに空き容量は無い、気絶したいけど気絶できる体も頭もなさそうだから取りあえず現状体については置いておく、長考してらっしゃるこのドラゴンさんは一体何者なんだろうとかも一旦置いておく。

 そもそも考える事自体は一旦放棄して黙って待つのが良さそうだ、思考放棄は逃げではなく戦略の一つなんだ。

『概ね理解できた、魔王が一人ミカンよ、お主は何を望む?』

「何を望むと言われましても…その前に質問良いですか?」

 静かに頷いてくれた、遠慮という言葉を一旦私の辞書から消して疑問全てをぶつけてみた。

 ドラゴンさんの名前はドラグ・ヘデス・マキナという神古龍という種族、私の体は既に私自身の記憶の中にある一番良い体で作り変えられていて今現在は精神体である、望むものは基本的には魔王としての力を示して欲しい、そして魔王として現実世界ではないインファースと言う世界で暴れまわって欲しい、異世界転生ってやつなのかどうかすら怪しいし寧ろ記憶が確かなら異世界誘拐だ。

 変なURL踏んだと思ったら日本じゃない世界で魔王として頑張ってねって言われても困る、非常に困る、第一に一般社会人女性がいきなり魔王として君臨しても他の魔族的な存在が忠誠を誓うかすら怪しい、第二に魔王として暴れる=人間の大量虐殺になるので精神的に無理、第三にまだ最終話見てないアニメが沢山有る。

 頑張って断ろう、もしかしたら優しく元の世界へ返してくれるかもしれない、魔王が一人といったという事は他にも魔王候補がいる可能性がある、私だけが唯一魔王ならそんな言動しない筈。

「あのー私断りた」

『あーちょいと待て…』

 何やら電話のような感じに小声で話し始めた、しかもわざとか若干強調する様に物騒なワードがチラホラと聞こえてくる。殺したとか気が狂ったとか食べたとか、考えただけでも体は無いが身震いしてしまう、もしかしなくても仮説は正しかったがまともな魔王候補がおらず他のドラグさん的なドラゴンさんが殺したり食べたりしたと言う事な気がしてさらに断りずらくなってきた。

 何も考えないようにしつつ鎮座する、暫く経ち前足を器用に使い頭を少し掻き、なんだか申し訳なさそうな雰囲気を纏い更に頭が下がるような感じに此方を見据えて来た。

『申し訳ないんじゃが…魔王になってください!』

 喋り方が丁寧になった、しかも伝説上の生き物が涙を流しながら頭を下げて来たので慌てて頭を上げて貰う、事情を聴くとおおむね予想通りの結果で他のドラゴンさんが殺し食べ狂わせたらしく魔王候補全滅という大惨事、そして唯一まともなのが私しか居なくなったらしい。

 ドラゴンによって性格が全くもって異なり最低ラインが静かな子で波一つ立たない湖畔だとすると最大は山が噴火し続けている感じらしい、落差で風邪を引きそうだ、再度ドラグさんを見るともう見ていられない程にテンションが下がり威厳とかそんな物何処かに捨てて来たような振る舞いへと変わってしまった。

 多分断ればまた泣くだろう、そして此処まで焦る所を見ると元の世界で例えるなら大企業の最大級のプロジェクトが私のさじ加減で頓挫寸前、そしてその責任は連帯責任となりドラゴンさん達全員にそれ相応の対処をさせられる、と見た方が正しい。


 前向きに考えるとして魔王になった際の利点を考えよう、第一に多分働かなくていいから365日休み、第二にもし部下が出来て慕われるとしたら一生遊んで暮らせそう、第三に鬱憤が溜まり次第暴れればいい気分転換にもなる、人間は殺さないとしても、一応今思いつくだけでも結構良い事尽くめで元居た世界に戻るのが馬鹿らしくもなる。

 情に流されたといった雰囲気ではなくあくまで利点を込みで考えたら魔王になった方が私自身の為になる、という感じで受けてあげよう、まぁぶっちゃけドラグさん可哀そうだし。

「良いよ、私魔王になる」

『そうですよね、嫌ですよ、って良いの!?』

「まぁよくよく考えて見たら魔王も捨てたもんじゃないかなって思いまして」

 結局泣きながら抱きしめられた、体ないけど、能力に関しては特別と言う事で「創造(クリエイト)」と「破壊(ブレイカー)」と「時間(タイム)」の三つを貰えた、本来なら一つだけという決まりらしいが魔王候補が一人故の特権だ。能力に関しては現地にて目を覚まし次第試すなりなんなりして確認して欲しいとのことで話は終わった。

『最後にもう一度聞いておくけど、本当に魔王になってくれるんじゃな?』

「うん、まぁ私なりに頑張ってみるよ」

『うむ、では此処に橘美甘の名を剥奪し魔王イシュアマノスとし転精の儀を終了する』

 徐々に意識が遠退いていく、ドラグさん笑顔で手を振ってくれるのは良いんだけど名前奪われる説明聞いてなかったよ、愚痴を最後に視界が閉じた。



『最後の最後が骨のある人間で良かったのじゃ、んーそれにしてもこの姿肩がこるわい』

 一人ドラゴンは地を見定める、光となりその姿は霧散していった。




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