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「なんだこれは?」


 エルバートは、部屋に置かれた令嬢の釣り書きを見て、侍従に聞いた。


「新たな婚約者候補の釣り書きでございます。陛下から、一通り目を通しておくようにと」


「--は?」


 いやいや。俺にはもうアレンティーナという婚約者がいるではないか。確かに、最近、自分の友人の男爵令嬢をいじめているアレンティーナを叱ることが多く、雰囲気はよくないが、今度のアレンティーナの誕生日には、自分の瞳の色の指輪を送り、変な勘繰りをしなくても自分にはアレンティーナだけだと、もう一度きちんと話すつもりだった。


「この件について陛下から、本日の午後、お話がございます」


「父上から?」


 エルバートは嫌な予感がした。

 最後にアレンティーナに会った時、様子がおかしかった。

 いつもは、エルバートが叱ると、涙目で「申し訳ありません」と謝り、エルバートが許してその後はお茶などをして過ごす時間を作るのに、あの日は突然、文官のような雰囲気でペラペラと話し始めたかと思うと、まるでエルバートが近づくのを拒否するかのように踵を返して帰っていった。


 その後は、学院にも来ていないようだし、手紙を出しても返事がない。

 定例のお茶会が、近々あるので、その時にゆっくり話をしなくてはと思っていたところだった。



 そして嫌な予感は当たった。


「何故です! 婚約解消など! 納得できません!」


 父王に食ってかかったが、王は苦い顔だ。


「婚約解消の話は以前から出ていた。学園に親しくしている令嬢がいるそうではないか。公爵からは何度も抗議されていたが、アレンティーナ嬢が解消を拒んでくれていたのだ。それをお前は、無碍にしおって。言っておくが、その男爵令嬢とやらとは結婚させられん。釣書の中から選べ」


「リリア嬢とはただの友人です! アレンティーナにも何度も言い聞かせています!」


「お前がどう思っているかなど関係ない。まったく王太子の立場でありながら軽率なことよ。これに懲りたら次からは身を慎むんだな」


 謁見はそれで終了した。


「……そんな」


 エルバートは愕然とした。

 次などない。アレンティーナはただ一人の婚約者だ。

 幼いころから、兄妹のように育ってきた。誰よりも大切にしてきたはずだ。


ーー本当に?


 懐かしい誰かの声が聞こえた気がした。


「フィン!」


 学院に登校するやいなや幼馴染に声をかける。

 幼馴染は、感情の読めない笑顔で振り返った。


「これは、殿下。おはようございます」


「挨拶なんていい。アレンティーナは今日も登校しないのか。一度会って話したい」


 そう言うエルバートに外向きの笑顔をはがしたアレンティーナの兄フィンがため息をつく。


「アレンティーナはしばらく来ない。婚約解消が正式に受理されて、新しい婚約者が決まれば、また登校するんじゃないか。言っとくけど、父も俺ももっと早くに解消するよう勧めていた。アレンティーナが拒むから無理強いはしていなかったが。アレンティーナが解消を望んだんだ。こちらでこれ以上話すことはないよ」


「アレンティーナが」


 婚約解消を望んだ?

 その言葉はエルバートの胸に深く突き刺さった。


「……俺は新しい婚約者なんて決めたりしない」

 ひどく弱々しい声だと自分でも感じた。


「エルのじゃない。ティーナのだよ」

 幼いころからの愛称で二人を呼ぶフィンは寂しそうに笑うと、立ち去った。

 二人の幸せを誰よりも望んでいたのは、一番側にいたフィンだっただろう。自分はその期待を裏切ったのだ。愛する人を傷つけることで。


 エルバートは足元に穴が空いているような気がした。

 いっそ自分を飲み込んでくれればいいのに。


「あ、エルバート様!」


 リリアが廊下の向こうから走ってくる。

 令嬢が廊下を走るなんてあり得ない。

 周りの者がそう言うたび、エルバートがかばってきた。アレンティーナにいじめられたとリリアが訴えるたび、アレンティーナを注意した。しかし、俺はアレンティーナの話をきちんと聞いていただろうか。


 リリアの顔が見られずに、エルバートは踵を返すと足早に立ち去った。



 それから2週間、正式な婚約解消の手続きにアレンティーナが登城する日が明日に迫っていた。


 その日も学院に登校していたエルバートは、いないと思いながらもアレンティーナの姿を求めて、学院内を歩いていた。

 敷地のはずれの馬車止めまで来たとき、慌ただしい雰囲気を感じた。


「フィン?」


 いつにない厳しい表情のフィンが公爵家の御者に指示を出していた。


「馬だけ外して乗っていく。後で代わりの馬を持ってこさせよう」

「坊ちゃま、わたくしどものことはどうかお気遣いなく。早くお嬢様の元に向かってください」


 どうやら馬車から馬だけ外して鞍を付け、フィンが急ぎ屋敷に戻るようだ。急ぐ時には馬車よりも単騎のほうが早い。貴族の子弟なら基本的な騎士の訓練も受けているので、乗馬もお手の物だ。


「どうしたのだ」


 声をかけたエルバートに驚いた顔をしたフィンは、苦々しく言った。


「アレンティーナが高熱を出した。意識がなく危ない状態だと。俺は今から急ぎ馬で帰る」


「な!」


 エルバートの息が止まった。アレンティーナが? 最後に会った時の様子がよみがえる。あの時は元気そうだった。あれから何があったのだ。


「昨日まではいつもと変わらない様子だった。ここ最近は普段より元気なくらいだったんだが。やはり無理していたのか」

「……俺も行く」


 その言葉に、フィンは唇をゆがめて笑った。

「殿下がお越しくださるようなことではございません」

 フィンが自分を「殿下」として扱うときは怒っている時だ。わかっていたが、エルバートも引くわけにはいかなかった。


「まだ、明日までは婚約者だ」


 強いまなざしで言ったエルバートをフィンは鋭い瞳で見つめたが、ふっと目を逸らした。


「騎馬で行く」


「わかった」


 エルバートは、急ぎ馬を用意させ、フィンと共に出発した。


「エル!」


 蹄の音がうるさくて怒鳴らないとお互い声が聞こえない。


「なんだ?」


「ティーナはうわごとでずっとそう呼んでいるそうだ!」


 エルバートは胸が詰まった。疾走する馬の上で泣くわけにはいかない。必死で、唇を噛み締めた。


ーー無事でいてくれ。

 

 エルバートはただ祈った。

  

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