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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪魔狩りの魔女【読切版】

作者: 華井夏目

注意:ほんのわずかにTS(性転換)要素が含まれます。本当におまけ程度にしかありませんが、どうかご容赦を。

 或る日より・・・いや、古来より人の身を暗黒から脅かしてきた存在。


『悪魔』


 それは、世界に密かに巣食う邪悪な存在だとか、邪念の悪霊と言われている。

 だが、その一方で人の精神疾患だったりただのまやかしだったりとその存在に否定的な主張も多い。


 しかし、それは確かにこの世界に存在し、そして確実に人の世を蝕んでいた・・・・




「悪魔だ!悪魔が現れたぞ‼」


 恐怖心を煽る様な声が町を木霊する。


「今度は誰だ?」

「ウィリアムのとこの娘だ!」

「そんな、なんて酷い・・・」

「これで何人目だ?」

「6人目だ。くそっ!どうしたらいいんだ!」

「分かるかよ!とにかく狙われるのは若い娘だ。娘達をどこか安全な場所へ匿うんだ!」

「安全な場所って何処だよ‼」


 住民達の様々な喧騒が飛び交って、辺りは物々しい雰囲気を漂わせている。

 みんな言い表せない恐怖で気が立っている様だ。


 無理もない。今まで噂でしか聞くことの無かったあの〝悪魔〟が出たのだ。

 人を貪り食らう死の怪物。

 噂ではその姿は凡そこの現実では想像すらできない異形な姿をしていると言う。

 そんなものが現れてしまったのだから平静を保てないのだろう。


「おいみんな落ち着け!もうすぐ教団の人間が来てくれる。それまで何とか耐えるんだ。」


 物々しい喧騒の中で一人の男性がみんなを落ち着かせようとそう声を上げた。


 彼が言う教団とは、正式な名称を『悪魔対策委員会及び悪魔討伐団本部』と言い、世界各地で絶えず出現しているという悪魔を討伐しその根絶を目的する世界組織のこと。

 悪魔に対抗する技術と兵士を有しており至る所に支部を持っていていつどこで出現しても対応できるようになっている。


 はずだが、私がいる町は首都から大分離れたところにある所為か、 その到着が遅くなっている。


「耐えるって、連絡を入れてからもう3日たってるんだぞ。あと何日耐えればいいんだよ。」


 男が弱々しい声で言葉を漏らす。

 炭鉱の男がそんな弱気でどうするんだと思うが、彼にも妻と一人娘がいる。だから、次は自分達ではないかと気が気でないんだろう。


「耐えろ。耐えるんだ。それしか、俺達にはできない。」


 先ほどみんなをなだめていた男が心許ない声でそう漏らした。


 その後、現場を処理している警官が集まっていた人々にこれ以上外に居れば危険だといって帰宅を促した。


 イギリスのとある長閑な炭鉱の町、そこで刑事をしている私は市民に帰宅を促した警官を横目に現場検証の続きを再開する。目の前には内臓が食い荒らされた無残な姿の女性、辺りは彼女の血に染まり凄惨な状況がそこには在る。


 思わず目を背けたくなる現場を私が視ていると、背後から突然声を掛けられた。


「エイダ。」


 振り返ればそこにいたのは私の上司バリーだった。

 バリーは私のすぐ前までやってくると私の肩を掴んで言う。


「エイダ。お前、夜は出るなって言っただろ。お前もこうなりたいのか?」


「大丈夫よ、バリー。狙われてるのはみんな美人ばかりだもの。」


 私がそう答えるとバリーは私の頭をしばいた。


「そういう問題じゃない。」


「痛い・・・」


 痛みから頭を押さえる私を余所にバリーは大きなため息を吐くと声を落として言った


「今からでもいい。お前は家に帰れ。調査結果は明日伝えてやる。」


「そうはいきません。私だって一警官です。自分の身の安全の為に仕事を放棄するようなことはしたくはありません。」


 バリーの指示を私は断り強い意志を持って現場に留まることを伝える。

 彼の心配も分かるがここで逃げては私が警官になった意味を見失ってしまう。被害に遭った人達を見捨てることは出来ない。


「そうか・・・だが、くれぐれも気を付けろよ。いつ狙われるか分からないんだからな。」


「了解です。」


 私は心配する彼にそう言葉を返して捜査を再開する。




 時間は流れ、翌朝。

 私はいつもの様に出勤しバリーと共に昨晩の事件についての聞き込みを行っていた。


「——ありがとうございました。」


 私は捜査に協力してくれた住人に一礼をしてその場を立ち去る。


「・・・収穫なしか。」


 私の横を気だるそうに歩くバリーがため息交じりに声を漏らした。


「完全に悪魔の出現で夜間の外出自粛を促したのが裏目に出てるな。ほとんど全員、犯行時間は自宅にいたと証言してる。」


 捜査手帳を片手にそれを聞いていた私は怪訝な表情をしてバリーに尋ねた。


「でも、おかしくありませんか?いくら外出が自粛されていたとはいえ犯行現場は比較的人の通りがある場所。なのに、誰も犯行の様子を見てないなんて。」


「まあな。」


 バリーは力なくそう答える。

 私は今一度捜査手帳に目を通して考えを巡らせるとバリーに提案する。


「バリー、もう一度現場を見に行きませんか?」


「現場に?それはいいが、現場検証は終わってるからもう何もないぞ?」


「それでも事件はあそこで起きてます。まだ何か見つかるかも。」


 私の提案に歩みを止めたバリーは私を真っ直ぐと見つめると小さくため息をついて言葉を返す。


「分かった。行こう。」


 バリーは犯行現場に向かって歩き出す。私もそれに続いた。


 しばらく歩いて、現場近くに到着した私達は曲がり角を抜けて現場の状況を確認すると、立ち入り禁止のテープをくぐろうとする一人の女の子を目にする。


 私は思わず声を荒立てた。


「こらっ!そこで何してるの!」


 突然の私の声にその子は凄い勢いで背筋を伸ばして立ち上がり、その状態で凍ったまま恐る恐る振り返った。


「はぁ・・・なんだ、()()()()()。驚かせないでください。」


 少女はそう言って私達に呆れた眼差しを向けて肩をすくめる。


 は?——思わずそんな声が漏れそうになる。

 犯行現場に入ろうとしていたときに警官に見つかったのだ。普通ならもっと慌てているはずだ。

 なのに、なんだ。この調子に乗った態度は——


 私は昂る気持ちを抑えながら腕を組んで少女に尋ねる。


「あなたね、そのテープの文字読めない?『KEEP OUT』、立ち入り禁止。そこには入らないでって意味なの、分かる?」


 それに対して少女は平然とした様子で言葉を返す。


「分かりますよ、それくらい。」


「なら、こんなところで遊んでないでもっと楽しい場所で——」


「それより、最近この町で悪魔が出るって聞いたんですけど、ここがその現場ですか?」


 聞きなさいよ。


 私の話を流して自分勝手に話を進めようとする少女に憤りを覚えつつ、その感情を必死に抑えながら冷静に屈んで彼女との目線の高さを合わせて少女に忠告をする。


「そうよ。だから危ないの。いつどこに現れるか分からないから。しかも、その悪魔は女の人ばかり狙うからもしかしたらあなたも食べられちゃうかもよ~?」


「ふ~ん。」


「ほら!分かったら、今日はもうお家に帰っていい子にしてよ?」


「いや、私が帰ったらここに来た意味がないじゃないですか。」


 こいつ・・・


 いい加減、少女の態度にこちらも我慢が効かなくなってきた時、バリーがはっとした声を上げる。


「まさか君。」


「どうしたんですか?バリー。」


 バリーの声に屈んでいた私は彼の方へ振り返り怪訝な声で尋ねた。

 視界に捉えた彼は驚いた表情を見せながら少女の方を見つめている。


 その理由が分からないまま彼の言葉を待っていると、少女が思い出したように言う。


「ん?ああ、そう言えば紹介がまだでしたね。申し遅れました。この度、教団より悪魔討伐の任を受けた三級狩り人、梅沢 あかりです。よろしくお願いします。」


 そう言って少女は頭を下げる。


「え?」


 驚きのあまり思わず私の口からそんな声が漏れた。


 教団から来た?彼女が?


「じゃあ、あなたがあの『悪魔狩り』?」


「ええ、バチカンより派遣されました魔女です。」


 私は耳を疑った。


 悪魔狩りは、『魔女』と呼ばれる〝魔法〟を操る女性達によって構成されており、悪魔の様に冷酷で、悪魔の身体を持つ人ならざる者達だって噂を聞いた。


 だが、目の前の少女は見るからに人間そのもの。身体におかしなところがある訳でもなく、人の様に明るく笑い、人の様に優しく話している。邪悪な気配は一切感じない。


 その容姿から推察するに歳は13か14くらいだろう。

 黒髪長髪の短身の女の子で、名前からも分かる通り日本人。

 黒と白のセーラーワンピースに超厚底のブーツを身に着けており、腰にリボン結びで花柄の帯を巻いている。


 腰に巻いた帯を除けばごく普通の少女だ。

 こんな子が本当に悪魔狩りなのだろうか——


「まさか・・・第一若過ぎでしょう。こんな子が悪魔と戦えるわけない。」


 動揺する私が悪魔狩りを否定する言葉をかけるとあかりは頬を膨らませて不機嫌な声で返した。


「む、失礼ですね。私は歴とした狩り人です。その証拠に、ほらっ。」


 そう言ってあかりは腰の帯に付いた飾りを見せつけた。

 それは長さ15センチもある黒い宝石の十字架だった。


「ブラック・クロス・・・」


 バリーがぼそっと言葉を漏らした。

 それを聞いた私が首を傾げて「何です?」と尋ねると彼は私を一瞥して答える。


「ブラック・クロス。悪魔狩りの証だよ。こいつは正真正銘の魔女だ。」


「え、じゃあほんとに?・・・」


「そう、神託を受け魔法を使い悪魔を殺す神の御使い。これで信じてくれた?」


「・・・ええ、何となく。」


 あかりの言葉にまだ少し納得のいかない私がそう返すと彼女は踵を返して私達に尋ねる。


「じゃあ、今の状況を教えてくれる?私、今着いたばかりだから。」


 図々しい態度が抜けない彼女の後ろで私がバリーにアイコンタクトをとると彼は諦めたように肩をすくめる。

 あかりはあかりでこちらの気も知らず、ずけずけとテープの向こうへ踏み入る。

 その姿に私も肩を落としてため息を吐いた。


「被害に遭ったのはウィリアム・カーターの一人娘、エレミア・カーター 23歳。死因は腹部の損傷及び臓器欠損によって生じた出血多量による出血死。推定死亡時刻は21時30分から22時10分の間、犯行現場は比較的人通りが多いものの、市内に出した外出自粛の影響で目撃者は誰もいません。」


「ふ~ん。他の2件も似た感じ?」


「同様の事件が他に5件起きています。」


「5件?教団の報告とずれてるわね。私が来るまでに3人も増えたの?」


「はい。」


「・・・そう。」


 一言、そう返すとあかりは静かになる。

 でもそれはほんの一瞬で、すぐに平然な顔をして何もなかったように尋ねてくる。


「現場は?いつもここなの?」


「いいえ、それはどれもバラバラです。最初は町の外れでしたが7番街、5番街、3番街と段々中心街へ近づいてきています。」


「そう。狙われるのは女性ばかりだって聞いたけど、それは変わらず?」


「はい。最初の被害者アビゲイルに始まり、ノーラ、カレン、レベッカ、サニー、そしてエレミア。皆20代前半の女性です。」


 それを聞くとあかりはまだ生々しく残っている血痕の傍にしゃがみ込んで言う。


「イギリス・・・女性だけ・・・悪魔。そう聞くと、ある殺人鬼のことを思い出しますね。」


「・・・・ジャック・ザ・リッパー。」


「そう、切り裂きジャック。大昔に実在したとされる猟奇殺人鬼。あの事件も女性ばかりが狙われ内臓を引き抜かれるっていう何とも残虐な事件だった。」


「じゃあ、今回の事件を起こした悪魔はジャック・ザ・リッパーだと?」


「まさか、ただ単純に手口が似てるってだけでしょ。」


 じゃあ、何でその話をしたのよ。


 あれだけ意味ありげに語ったのに一変してそう答えたあかりは、こちらへ振り返って不敵な笑みを浮かべて言う。


「それじゃあ、他の現場にも案内してくれる?」


「は?」


 遂に私の口から心の声が漏れた。

 こいつは何を偉そうに言っているのだろう。


 彼女の余りの態度に呆れて言葉も出ない私はバリーに視線を向けて指示を仰ぐ。

 だが、彼も呆れ果てているのか何も返してくれない。


 二人して何も返さず硬直している様子にあかりが怪訝な表情をして尋ねる。


「どうしたの?」


「い、いいえ、何も。一応、一応訊いておくけど、この捜査は悪魔の討伐に必要なことなのよね?」


「ええ、悪魔を探すにまずは悪魔が残した痕跡を辿って行かないと。」


 問われた質問に尤もらしい事を返され私は気だるげに「分かりました。ご案内します。」とあかりに返した。


 彼女の要望通りに私が別の現場に案内しようとすると、あかりはバリーの方を見て彼に尋ねる。


「あなたも来るでしょ?ミスター・バリー?さっきからずっと静かだけど。」


 そう言われてみれば、さっきからバリーがやけに静かだ。

 いつもならもっと会話に参加してくるはず、なのに彼女が来てから明らかに口数が少ない。

 別に子供が苦手という事もなかったはずだが・・・


 私達がバリーの様子を窺っていると彼は少し疲れた表情を見せて申し訳なさそうに話す。


「いや、私は別の捜査があるんでこれで。エイダ、後は頼むよ。」


「ええ⁈ちょっとバリー?」


 私の反応に構わず彼はすたすたと無言でその場を立ち去ってしまう。

 突然の上司の裏切りに残された私は泣く泣く生意気な小娘を連れて現場へと案内した。




「お疲れ様、ミス・エイダ。」


 6件全ての現場を見終わった後、あかりが満足そうに私に向かって言う。

 時刻は午後三時を過ぎた頃、商店街の通りを二人並んで歩く私はご機嫌なあかりの表情に私は若干の殺意を抱きながら彼女に同様の言葉を返す。


「それで、何か分かったの?」


 私は堪った疲れが表に出ないようにあかりにそう尋ねると彼女は怪訝な顔をして私に言う。


「ん?何も?」


「はあ⁈」


 返ってきた予想外の言葉に私もついに堪忍袋の緒が切れた。


「あんたね、あれだけ偉そうにしてこれだけ付き合わせておいて収穫がないとか悪魔狩りとしてどうなの?」


「そう言われても、何もなかったんだから仕方ないじゃない。あなた達だって収穫がない時くらいあるでしょ?」


「でも、日を重ねることに被害者は増えていく一方。だからこれは一刻も早く解決しないといけないの。それくらいあなただって分かるでしょ?」


 私の言葉に不機嫌そうに頬を膨らませてあかりが言う。


「それくらいわかってます~。依頼されたことはちゃんとこなしますよ。」


「いいえ、あなたは分かってない。これは遊びじゃないのよ?」


「分かってないのはあなたの方だよ、ミス・エイダ。」


 生意気だったあかりが急に真剣な口調になった。

 その突然の変わりように困惑した私は歩みを止める。そして、数歩先で同様に足を止めた彼女に尋ねた。


「何がよ。」


 すると、彼女はこちらに顔を向けずに私に尋ねてきた。


「もし私が、こんな真昼間から悪魔狩りなんてやったら町の人はどうなるの?悪魔が正体を現したとしてこの町の人を見逃してくれると思ってる?」


「何を言って・・・」


()()()()()()()()()()()()()()()()が一体どこにいるって言うの?」


「・・・・それは・・・」


 至極全うな事を言われ私は思わず言葉を失ってしまう。


 独り黙り込んでしまった私に数歩前に立つあかりはその顔をこちらに向ける。

 その顔は今まで見せてきたおどけた表情ではなく、真っ直ぐとこちらを見つめる真剣な表情だった。


「私が相手にしているはね、あらゆる命を躊躇いなく奪う者達なの。だからその分、私は無駄な犠牲を払わない様に慎重な行動しないといけない。」


「・・・・」


「あなたが焦る気持ちは分かるわ。でも、私だって遊びでやってるんじゃない。」


 あかりの言葉に私は返す言葉を見つけられなかった。


 今になって私は気付く。

 私はとてつもない勘違いをしていた。目の前に居るのはあの悪魔狩りなのだ。その姿は幼くても紛れもない狩人なのだ。


 今までの言動からまだ幼い少女だと思っていたが、あかりの言葉を聞いて改めて彼女が本物の魔女だという事を私は理解する。


「・・・・その、ごめんなさい。」


「いいよ。それよりさ、ちょっとお腹空かない?」


 先ほどの真剣な表情が嘘みたいに柔らかい表情したあかりが朗らかに言う。


「そう?確かにアフタヌーンティーの時間ではあるけど。」


「ちょっと待ってて。」


 相変わらず私の言葉も聞かずにあかりはそう言うと軽やかな足取りでどこかへ走って行ってしまう。


 ほんと自由ね・・・


 そんな事を思いながら私は彼女の指示通り待っていると両手に何かを持ってあかりが帰ってくる。


「アイス?」


「ええ、すぐそこで売られてたわ。」


「二つも食べるの?」


「まっさか~、一つはあなたの分よ。はい!私に付き合ってくれたお礼。」


 そう言ってあかりは左手に持ったアイスを私に差し出した。


「悪いけど、警官の私がそういうのを受け取るのは・・・」


「・・・あなたが食べないなら私はこの手を離してアリの餌にするだけだよ?」


 えぇ・・・


 自由奔放な発言に私もいよいよ本当に呆れを覚える。

 どこまで冗談なのか本気なのか。

 ・・・でも、これは彼女なりに私に気を使ったのだろう。


「それともアイス嫌いだった?それなら私の配慮がたらなかっただけど・・・」


「いいえ。好きよ、アイス。じゃあ、ありがたくいただくわ。」


 彼女の好意に甘え、私は彼女の手からアイスを受け取る。

 あかりは私がアイスを手にしたのを見届けると「立ちながらもあれだから」と言って近くのベンチに私を連れて行った。


「・・・ここなら落ち着いて食べれるでしょう。」


 そう言ってベンチに腰掛けたあかりは私を促す様に空いた座面を叩く。

 私はチョコミントのアイスを頬張る彼女を横目に促されるまま彼女の隣に腰を下ろした。

 そして、あかりから貰ったストロベリーのアイスに口にしながら徐に彼女に尋ねる。


「一つ、尋ねてもいい?」


「どうぞ。」


「・・・なんで悪魔狩りに?あなたまだ中学生くらいでしょ?」


 私が彼女を心配してそう言うとあかりがこちらを見て頬を膨らませる。


「ホント失礼ね!あなた。」


「え?何が?」


 そんな失礼なこと言った?

 予想外のあかりの反応に私が困惑していると彼女は不機嫌な声で私に言う。


「こう見えても私は18です!高校生です!」


「・・・ええ!!!??」


 私は声を上げて驚愕する。

 体格もそうだが彼女の言動から歳は中学生くらいだと思って疑わなかった。


「もう!身長が低いからって私を幼く見ないでくれる?これでも免許だって持ってるんだからね。」


「えぇ・・・18でそのキャラなの?」


「うるさい。」


 そう言って不貞腐れた表情をあかりは見せた。

 その後、ため息混じりに私を一瞥したあかりは呆れたように言う。


「えっと、なんだっけ?狩り人になる理由だっけ?そんなの大抵みんな同じだよ。」


「同じ?」


 あかりの言葉に私が首を傾げて尋ねると彼女は口元に持っていたアイスを下ろして語る。


「悪魔に誰かを殺された。」


「ぁ・・・・・」


「その誰かは言うまでもなく、家族や友人、親友、恋人。自分が孕んだ子供って言ってる人もいた。とにかく、そう言った悪魔に恨みを持つ人たちがほとんどだよ。」


「じゃあ、あなたも・・・」


「ええ、私は6年前に。両親と3つ下の弟を悪魔に殺された。何の前触れもなく何の躊躇もなく、理不尽に奪われた。」


「・・・・」


「許せなかったわ。私達は何もしてないのに、何も悪い事なんてしてないのに、そいつは私達から何もかもを奪ったんだから。あいつらにだって人を殺す権利なんてないはずのに。・・・だから、私は狩り人になった。」


「・・・・・」


「・・・なんてね。以上!私の面白くない話でした。」


 アイスを食べ終わり立ち上がったあかりが微笑んでそう言った。


 その姿に私の胸は一層締め付けられる。


「・・・辛くはなかったの?」


 私があかりに尋ねる。

 彼女は私の言葉に怪訝な表情すると首を傾げて言う


「・・・何が?」


「狩り人になる為にあなたは人間を辞めたのでしょう?いくら家族の復讐の為とはいえ、それは辛くはなかったの?」


「・・・そうね。『辛くなかった』かな。」


「・・・・そう。」


 辛くなかった、か。

 それが強がりなのかそれとも本心なのかは、私には分からないけど。

 でも、今まで彼女が歩んできた人生は決して楽なものではなかったはずだ。


「さっきの話、少し訂正するわ。」


 突然あかりが話を切り出した。


「私が狩り人になったのはね。復讐の他にもう一つ目的があるの。」


「もう一つの目的?」


「そう、この体を元に戻すこと。」


「・・・?」


 私は思わず黙り込んでしまった。

 言っている意味が分からない。

 魔女になった体を元に戻すという事なのだろうか。いやそれならそもそも魔女にならないのではないだろうか。・・・なら、どういうことなのだろう。

 悶々と考えを巡らせる私に彼女はあっさりとした話し方でその理由を話す。


「私ね、()()()()()()()()。」


「・・・・・・」


 硬直。停止。混乱。

 周囲の何気ない日常の音が騒音に聞こえるほど静まり返った状況がしばらく続いた。

 そして——


「えええええええ!!!!????」


 今度は周囲の音が静まり返る驚愕の声が町に響いた。


「え、だって・・・えっ、どういう事?・・・まさか、そう言う・・・」


「OK、とりあえず落ち着きましょうか。ミス・エイダ。」


 落ち着いた口調であかりは私をなだめる。

 今日一の信じられないことを言われ私の頭の中はぐちゃぐちゃに掻き回された。どういうこと?性転換?性同一性障害?それとも——

 動揺して目を回す私を気使いながらあかりは話し始める。


「私が家族を失ったあの日、つまり6年前。私は()()()()()()()()()()。」


「と、突然って、手術とかそう言うのじゃなくて?・・・」


「ええ。大方、家族を襲ったあの悪魔の仕業なんだろうけど、その原因は不明。もちろんそいつの動機もわからない。とにかく気がついたら私は男から女になってた。」


「・・・・・」


「信じられないでしょう?私も信じられないんだから・・・でも、嘘じゃない。」


 そう言った彼女の目には、確かに偽りはなかった。


「・・・治せるの、それ。」


 私がそう尋ねると彼女は俯き、首を横に振って答える。


「分からないわ。あれから6年も経ってるもの。もしかしたらもう元には戻れないかもしれない。」


「そんな・・・」


「でも、この仕事をやっていけばいつかその答えは見つかるわ。結果がどう転ぼうとも、いつかね。」


 そう言ってあかりは笑顔を見せる。


 なんて・・・

 なんて残酷な人生だろう。

 本当に彼女が言った通り、何もかも奪われたのだ。家族も自分の身体も、未来も。

 こんな幼い少女なのにその身体に背負ったものはこんなにも重く辛いものなんて・・・


「・・・少しだけ、いい?」


 そう言って私はあかりの身体を引き寄せて優しく抱きしめた。


 されるがまま私の腕に埋もれるあかりは初めて動揺した様子を見せる。

 気恥ずかしいのか何か慌てた様子で言葉を連ねるが、次第に大人しくなり私の背中に手を回し背中を撫でた。




「最後まで付き合ってくれてありがとう。後は私一人でいいわ。」


 私が在所する警察署前であかりがそう言った。


 あの後もあかりと一緒に町を練り歩き、全てを回り終わった頃には日はすっかり陰り空が赤く染まってしまっていた。


「本当に一人で大丈夫?」


 私が心配してそう声を掛けると彼女は優しく微笑んで明るい声で言う。


「それはこっちのセリフ。悪魔は20代の女性を狙ってるんだから、あなただって狙われるかもなんだよ?」


「平気よ。それに今日あなたが倒してくれるんでしょう?」


 私がそう言うとあかりは呆れた表情をして言葉を続ける。


「もう、調子いい事言って・・・でもまあ、大方目星は付けてるけどね。それに多分、悪魔はもうこの町にはいないと思うけど。」


「そうなの?」


「あくまで予想だけどね。あ。でも、だからって夜遅くまで仕事って言って出歩かないでよ?狩り人って言っても私の行動範囲にも限界があるんだからね。」


「善処するわ。」


 私がそう言うと、彼女は「じゃあね。」と言って手を振りながらその場を立ち去った。


 私はその姿を見届けると署内に入り自分のオフィスに戻る。

 オフィスには数人の警官が自分のデスクで仕事をこなしている。そして、部長の席には私を置いて一人帰ったバリーが腰かけていた。

 私はこちらの苦労も知らず図々しく座るその上司に話しかける。


「エイダ、ただいま帰りました。」


「お帰り、どうだった?」


 自分は真っ先に帰ったくせに偉そうな。・・・って実際偉いか。

 なんて心の中で呟きながらこれでも一応部長のバリーに今日の活動を報告する。


「どうも何も、結局ただ二人で町を歩いただけでした。」


「何だ?そりゃ。ちゃんと仕事やってくれるんだろうな。」


 呆れた声でそう言うバリーに私は更に言葉を続ける。


「ええ。既に目星は付けているそうで、悪魔狩りはこれからだそうです。」


「そうか、他には?何か言ってたか?」


「あかりの推測だと悪魔はこの町を離れた可能性があるとか。」


「そうか!そりゃよかった。これでようやくお前も気兼ねなく外を歩けるな。」


 嬉しそうに声色を上げて言うバリーに私は凛とした声ではっきりと伝える。


「いえ。まだ油断できないと彼女は言っていましたから。」


「ああ。まあ、そうだな。」


 そう言ってバリーは私の言葉に少し考える様子を見せると思い立ったように私に言う。


「・・・よし。お前、今日はもう帰れ。」


 思いがけないバリーからの提案に私は慌てて言葉を返す。


「え、でもまだ——」


「今日くらい早く帰ってもいいだろう。残り仕事は他の奴にやらせる。それに、万が一って事もあるだろ?部下が遺体で見つかるなんて真っ平ごめんだからな。」


「しかし・・・」


「いいから。早く帰って休め、最近根を詰めすぎだぞ?」


 私の身を案じてなのか、私の言葉を聞かずに言うバリーに私は我を折ってその指示通りにする。


「・・・分かりました。それじゃあ、お言葉に甘えて。」


 私は一言「お疲れ様です。」と口にして帰り支度をする。

 そして、私が警察署を後にした時にはもう辺りはすっかり暗くなってしまっていた。


 窓からこぼれる光、僅かに聞こえる人々の話し声。街灯によって僅かに照らされた道をただ一人で歩きながら温かな日常風景を眺める。

 ただ一つ違うとすれば、悪魔の影響で外を出歩く者が私以外にいない事だろう。

 いつもならこんな時間でもこの町は賑やかく騒いで笑っていたのに・・・


「急いで帰ろ。」


 不意にそんな言葉を漏らしながら私は帰路を急いだ。


 そんな時、私の目の前に人影が現れる。

 顔は影になっていてわからない。だがそれは、私の方を真っ直ぐと見つめてじっと立っている。

 まさか悪魔⁉

 そう思って私は身構えると見知った声が耳に届いた。


「エイダ?」


「・・・バリー?」


 そこにいたのは先ほど警察所で別れたバリーだった。


 それを知った途端一気に肩の力が抜けた。まさかバリーがこんなところにいるとは思わなかった。

 彼がここで何をしているのかはともかく、取りあえず悪魔じゃなかったことに安堵しつつ呆れた声でバリーに尋ねる。


「何してるんですか?こんなところで。」


「何って見回り兼お前の護衛だよ。」


「護衛って・・・」


「その、やっぱりお前のことが心配でな。家まで送ってやろうかと。」


 何だ、そう言う事か。

 その心遣いはありがたいがもっとやる事があるだろうに・・・

 なんて思いつつもそれを声に出さないように私はバリーに声を掛ける。


「心遣い感謝します。でも一人で帰れるので。」


「まあ、そう言わずに近くまで送るだけだから。」


「・・・・・・」


「迷惑か?」


 断ろうと言葉をかけてもバリーが困った顔でそう言うので私は仕方なく了承し、少々不本意だが暗い夜道を二人で歩く。

 隣を歩く相手が上司とはいえ一人で歩くよりかは安全だろう。


 しばらく静かな道を並んで歩き自分の家の近くまで来た時、私はバリーに声を掛ける。


「じゃあ、この辺りでいいです。ありがとうございました。」


 だが、バリーは顔を俯かせたままそれに何も答えない。


 私が怪訝な表情で彼の顔を窺うとバリーは聞くのもやっとなほどの小さな声で何かを呟いている。


「・・・・すぐそこまで・・・・・・もう・・・・・・いんだ・・・」


「バリー?どうしたんですか?」


 私がそう尋ねるとバリーはゆっくりと顔を上げて言う。


「もう我慢する必要なんかないんだぁあああ!アハハハハハハハハハハハハハ‼」


 不気味な笑みを浮かべてケタケタと笑いながら私を見る。

 私は思わず後ずさりをする。


 まさか、そんなわけないよね?・・・だって、悪魔は怪物で、彼は——


「バリー・・・でしょ?」


「そうさ、バリーだよ。今さら何を言ってるんだ?」


 違う。

 確かにバリーの姿をしているけど、彼は明らかに様子がおかしい。

 彼の顔で笑みを浮かべているけど、彼じゃない!


「お前は誰だ!バリーじゃないでしょ⁈」


 私が声を荒立てて男に尋ねると、男は依然として不気味な笑みをこちらに向けながら答える。


「心外だな、俺はバリーだよ。紛れもなくね。・・・ただ、()()()()()()()()()()()()()()でな。」


 男がそう口にした途端、そいつの腕の肉がボトリと不快な音を立てて落ちていく。

 私が動揺で動けない間にも見る見るうちに男の腕は肉を失い、そして、中から金属の様な物で出来た不気味な長い手が出てきた。


「何よ、それ・・・・」


 それは義手と呼ぶにも無理があるほどの細い腕。

 無数の何かで出来た手の平は穴だらけで向こう側の景色が見えてしまう。

 そして、何よりも奇怪なのが鋭利な刃物のような長い指だ。それは神経を逆なでするような音を出しながら揺らめいている。


 これで6人の女性を切り裂いたのだろうか。


 私は恐怖と怒りで体が震えた。


「綺麗だろ?この腕。いつ見ても惚れ惚れする。こいつで女たちを裂いた時は、この世とは思えないほどの快感だった。」


 気色悪い。

 こいつは人の命を何だと——


「この手でお前を切り刻むことをどれほど待ち望んだか!」


 そう言って悪魔は私に向かって腕を振りかかる。

 私は咄嗟にそれを避けるが完全には避けきれず左腕を切り裂かれてしまう。


「ああ‼」


 切られた左腕からドクドクと脈動して血が流れだす。

 あの手、想像以上に切れ味が高い。

 ほんの少し掠っただけなのに深い傷を負ってしまった。


「くそっ!」


 私は声を漏らしながら護身用に持っていた拳銃を取り出し、悪魔に向けて発砲する。

 距離が近いのもあって銃弾は難なく奴の頭に命中した。


「・・・・うそ・・・」


 確かに顔に命中した。

 間違いなく致命傷のはずだ。

 だが、私が撃った銃弾は悪魔の肌に食い込んだ途端、金属音と共に弾かれた。

 あり得ない。

 こんなのあり得ない

 銃が効かないなんて、そんなの・・・


 悪魔は私に撃たれても平然とした様子で笑みを浮かべ、穴の開いた顔をこちらに向ける。


「ふふ、フハハハハハハハハ!おうおう、なんかしたか?ええ?エイダ?」


 悪魔が嘲笑う。

 まるで子供をからかう様に、哀れみを込めて顔を歪めている。


「そんな物が俺に効くと思ったのか?可愛い奴だなぁ、本当にお前は。」


「そんな・・・」


 その事実に絶望する私に悪魔は不気味な笑みを浮かべる

 その笑みも穴の開いた場所から肉が零れ落ち、顔がずるりと滑り落ちる。

 肉が無くなった顔を見れば腕と同様に無数の金属の様な物で形作られ、何とか顔と呼べる状態を保っている。


 迫る悪魔に私が恐怖で動けずにいると、街灯に照らされて悪魔の身体が露わになる。

 そして、私は再び驚愕する。


 顔や腕を形成していた無数の金属はハサミやメスといった医療器具だった。


 腕や顔だけじゃない。

 崩れ落ちた肉から現れた悪魔の身体は全て〝そう〟だった。


「悪魔にはなぁ、銃なんて効かないんだよ。エイダぁ。」


 悪魔が嘲笑いながらそう言った。


 私は後ずさりした。


 敵わない。

 こんな化け物、殺せる訳がない。


 殺される。ころされる。コロサレル。


「ああ、もう少し楽しみに取って置きたかったが、悪魔狩りが来ちゃ四の五の言っていられないからな。ここに戻ってくるのも時間の問題だろうし・・・さあ、君はどんな悲鳴を上げるのかな?」


「いや、やめて。バリー・・・お願い。」


「ハハハハハハハハ!さあ叫べ!俺にとびっきりの悲鳴を聞かせてくれ!」


 悪魔の腕が振りかざされる。

 巨大なメスの指が私に迫る。


「いやああああああああああああああああ!」


「主はここに来たる。」


 何処からか声がする。

 その声に振りかざされた悪魔の腕が止まる。


「悪しきものよ、心せよ。主は汝の罪を咎める。主は汝の行いを罰する。主は汝に終局を告げる。・・・されど、主は汝を赦す。」


 私はその声がする方へ視線を向ける。


 街灯の灯りの下に佇む一つの人影、それは次第に鮮明になり一人の少女を浮かび上がらせる。

 そう、それは見間違えるはずもない。


「・・・あかり。」


 そこに居たのは悪魔狩りの為に町を離れたはずのあかりだった。


「魔に呑まれた哀れなものよ。その魂に救済を。Amen(アーメン).」


 そう言って彼女は胸の前で十字を切った。


「お前、何でここにいる。」


 彼女の姿に悪魔が不愉快そうな顔をしてそう尋ねると、あかりは呆れた表情を見せて答える。


「わざわざ言わないと分からないかしら?メスの悪魔。いえ・・・()()()()()()()?」


 あかりに言葉を聞いて再び笑みを浮かべた悪魔が彼女に尋ねる。


「・・・ほう。面白い事を言うな。いつから気付いてた?」


「はあ、いつからって。()()()()よ。」


 ため息混じりにそう言ってあかりは言葉を続ける。


「だってあなた、私と初めて会った時、凄く不快な顔をしたもの。私はまだ名乗ってすらいなかったのにね。」


「・・・・」


「その時からもしかしたらと疑いは掛けてた。決定打になったのは私の誘いを断った事かな。天敵の魔女と街を歩くなんて身の毛がよだつものね?」


「なるほど・・・やっぱりあの誘いは受けておくべきだったか。しくじったな。」


「まあ、それでもあなたの疑いは晴れなかったでしょうけどね。ともかく、あなたが悪魔かどうかを確定させる為、何よりもあなたをおびき出す為に、私はミス・エイダに嘘の情報を伝えた。私の読みが正しければあなたは必ず彼女を襲うと思ったから。」


「ふっ、それに俺はまんまと引っ掛かった、と。そりゃあ、随分と間抜けな事をしたな!」


 そう口にした途端、悪魔は腕を振りかざし何かを投げた。

 見ればそれはメスの指だった。

 奴は指を切り離してあかりに投げつけたのだ。


 だが、先ほどまであかりがいた場所に彼女の姿は無かった。

 投げられたメスが空しく空を舞い、音を響かせて落下する。


 突如として消えたあかりに私と悪魔が動揺する中、突然悪魔が地面に叩きつけられた。

 その現象に私は心底驚くが、その理由はすぐにわかる。

 だって、悪魔の頭を突然現れたあかりが片足で踏みつけているのだから。


「あなたの行動は全て単純なのよ。だから凄く読みやすい。」


 悪魔の頭を踏みつけにしながら彼女は余裕そうに呟く。

 その状況から考えるに、どうやらあかりは悪魔のメス投擲を跳躍で回避し、そのまま悪魔の頭を踏みつけた様だ。


 いや、だとしてもどんな身体能力だ・・・

 一瞬で見失う跳躍もそうだが、あの悪魔を叩きつける脚力も異常なものだ。


 これが・・・〝魔女〟——


 あかりはそのまま悪魔の頭を蹴りつけて私の元へ駆け寄る。


「ごめんね、ミス・エイダ。撒き餌みたいな扱いしたばかりか傷まで負わせて悪魔が貴方を狙うことも分かってたのに・・・」


 申し訳なさそうに話すあかりに、私は左腕の傷を押さえながら言葉を返す。


「いいわよ、別に。こんな傷、大したことない。って、それより前!」


 私は声を上げる。

 あかりの背後、彼女に踏み倒された悪魔が立ち上がっていたのだ。

 そして——


「調子に乗るなよ!小娘が‼」


 そう声を荒立てて悪魔が大きな左腕を振りかぶる。


 だが、あかりの腰に巻かれた帯の端2本が伸びて、うちの1本がひとりでに動き悪魔の腕を受け止めた。


 信じられない。あの不気味な悪魔の腕が薄い帯に抑えつけられている。

 しかも、あろう事か悪魔の手を受け止める帯からはギリギリと言う嫌な金属音と火花が散っている。


「調子に乗ってるのはあなたの方でしょ?ミスター・バリー?私はあなたと同じ、人ならざる者・・・『魔女』」


「くそっ!」


「そして——」


 不機嫌なあかりの声でその言葉が聞こえるのと同時に、もう一本の帯が悪魔の腕を切り落とす。


 落とされた悪魔の腕は形成していた器具達が金属音を響かせながらバラバラになって地面を転がり、その動きを止めると全て塵となって消えてしまう。

 一見、義手の様な金属の腕だが痛覚はあるようで悪魔が痛々しい悲鳴を上げた。


 その悲鳴に構わずあかりは話を続ける。


「あなたを殺す狩り人でもある。そんな私にそんな口に叩く時点であなたは随分と調子に乗ってるわ。」


「うう!・・・ヴァアアアア!」


 あかりの鋭い言葉に悪魔が人の言葉を忘れて獣の様な呻き声を上げる。


「でも、そんな愚かなあなたを主は許してくださるわ。そんな哀れなあなたを主は愛してくださる。だから、自らの罪を悔やみ、自身の死を受け入れなさい。」


「ヴゥゥ!ふざけるなぁあああ!!!」


 激昂した悪魔が残った腕を振りかざす。

 咄嗟にあかりは私の膝を抱えて持ち上げ、悪魔の攻撃を華麗に避けながら距離を取る。


 だが、私達と悪魔との距離が離れるとその腕は二つに分かれ、鞭のようにしなりながら伸びて周囲の物を無惨に切り裂く。

 あらゆるコンクリートを砕き、外壁の煉瓦を割って、街灯を切り倒す。

 悪魔の周囲にあるものは全て理不尽に切り裂かれ、大きな爪痕を付けられた。


 攻撃が止み、灯りを失った道には悪魔の赤い目がくっきりと浮かび上がる。

 そしてそれは、こちらをじっと見つめている。


 悪魔との距離が離れ奴の間合いから出た二人、私を抱えたあかりが心配そうな声で私に尋ねる。


「大丈夫?ミス・エイダ。」


「大丈夫…だけど、あなたこそ大丈夫なの?私を抱えたまま攻撃を避けるなんて。」


 彼女にまだ抱えられたままの私があかりに尋ねる。


 私は比較的細身ではあるが決して軽いわけではない。

 だから正直、こんな小さな体で支えられている事に驚きを隠せない。


「平気よ、これくらい。」


 私の心配を余所にあかりは平気な声でそう答えた。


「ヴァアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 私達がそんなやり取りをしていると悪魔が唸り声を上げた。

 空気が震え、腐敗臭の様な悪臭が辺りに立ち込める。


「しまったぁ。怒らせちゃった・・・」


 あかりが呑気にそう言葉を漏らす。

 こんな時でも彼女は生意気で余裕そうだ。


「そりゃあ、あれだけ煽ればね・・・」


 まだ彼女に担がれたままの私は呆れた声で言葉を返した。

 こんなのでもちゃんとした悪魔狩りなのだから不思議なものだ。

 いや、こんなのだからこそ悪魔狩りなのだろうか。


 ・・・・いや、それはないな。


 悪魔が再び唸り声を上げる。

 あかりはようやく私を下ろすと左手を私の前に立てて言う。


「ここで待ってて、すぐに終わらせるから。」


 そう言うと彼女はゆっくりと悪魔に近づく。


 闇に紛れる悪魔は赤い目を光らせながら荒い息音を立ててあかりを睨みつけている。

 それは何をも解かす炎のように熱く、それでいて全てが凍り付く様な冷たさを持って真っ直ぐあかりを捉える。


 そのおぞましい目に、私の身体は委縮し震えだす。

 私に向けられたものじゃないと分かっていても、私の身体は命の危険を必死に訴える。


「終わらせるだと?ふざけるな!終わるのはお前の方だ‼」


 憤りを隠せない声で悪魔が叫ぶ。

 そして、咆哮と共に悪魔の腕が伸び、メスの指が地面や壁を切り裂きながらあかりに迫る。


「あかり!」


 私の悲鳴染みた声を気にも留めず、彼女は余りにも冷静な声で悪魔に言葉を返す。


「いいえ、終わりよ。ミスター・バリー。あなたの悪行も。()()()()()()()。」


 あかりの帯が動いた。


 それはまるで生き物の様にゆらゆらとしなり、迫りくる悪魔の腕をバラバラに切り落として目の前の悪魔を着実に死へと追いやっていく。

 何の迷いもなく、何の躊躇いもなく悪魔の身体は帯に切り裂かれる。


 悪魔が、後ずさりをした。


 ようやく目の前の敵が何であるかを自覚したのか、はたまた、これから訪れる自身の死を認識したのか。

 そのどちらにせよ、ここに来てようやく奴は〝恐怖〟を覚えたのだろう。

 目の前の圧倒的な敵への、力の恐怖——

 自身の命の終わりに対する、死の恐怖——

 きっとあの悪魔はそれを理解したのだ。


「私は神託を胸に慈悲を持ってあなたを殺す。メスの悪魔、バリー・ハミルトン。痛みはあなたの罪の重さ、死はあなたの魂の救済。己が罪を受け止めながら安らかに眠りなさい。」


 あかりは優しげな声でそう言ってゆっくりと後ずさりをする悪魔に迫っていく。

 両腕を失い打つ手もない悪魔は唸り声を上げながらそれでも彼女に迫り魔女に立ち向かう。


 揺らめく帯が、振りかざされた。


 悪魔が動きを止めた。

 本当に時が止まったみたいにピタリと動きを止めて硬直した。

 そして、悪魔の身体を形作っていた医療器具達が崩れ落ち、それらは物凄く大きな金属音と共に塵となって消えていく。

 悪魔の身体が崩壊する。


 街が静寂を取り戻した時には、もうそこに悪魔の姿は無かった。


 悪魔を倒した。

 悪魔狩りが終わった。

 これでまたこの町に平和な日々が戻る。

 私はそう思い安堵した。


 日常を取り戻したように静寂に包まれた街の中であかりが言う。


「彼を憎まないでね。」


 その言葉の意味が分からず私は怪訝な表情をするとあかりは背中越しに語り始める。


「ミスター・バリーは悪魔だったんじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()。」


「・・・悪魔に、なった?」


「そう・・・魔力って言う未知のエネルギーに心身を侵されて、自我を奪われた()()()()()()()。それが私達の言う〝悪魔〟。・・・だから彼は、彼自身の意思に関係なく化け物になってしまったの。」


 あかりの言葉に私は耳を疑った。


 では、あれは元々人間だったというの?

 あのおぞましい姿の怪物が、その魔力と言うもので体を改造されて暴走していた人間の姿だったと?


「だから、彼らを憎まないで。彼らがしたことは決して許されない事だけど、彼らだって悪魔の被害者達だから。」


 驚きを隠せなかった。


 だって、あれには人間だった面影なんてなかったから。


 だけど、不思議とその言葉を疑うことはなかった。


 彼女が言ったからなのか、人の皮を破る悪魔を見たからなのかは、分からない。

 でも、一つ確かなのは——


 彼女はそういう嘘を吐く人じゃないこと。

 

 彼女がそう言うのなら、それが真実なのだ。

 6人の女性と同様に、バリーも悪魔に殺されていたんだ。


「それに——」


 そう口にした彼女はゆっくりと振り返り私の目を真っ直ぐと見て言葉を続ける。


「何より、あなたが知るバリーはきっと人間だったと思うよ?」


 そう言って彼女は温かい笑みを浮かべた。




 静かな夜が明けて、早朝。

 私はあかりの見送りの為に町の駅に出向いていた。

 小さな駅のホームには既に停車中の電車がおり、あかりはそれに乗車した。


「もう少しゆっくりしていけばいいのに。」


 早朝とはいえ騒々しいホームで私が名残惜しいといった口調であかりにそう言うと、彼女は不機嫌な顔で不服そうに答える。


「私にだって仕事があるんです~。ゆっくりしてる暇なんてないんです~。」


 その表情に私は呆れながら言葉を返す。


「あっそ。・・・まあ、また来なよ。歓迎するから。」


「ええ、いつかね。」


 私達がそんな他愛もない話をしているとホームに発車のベルが鳴り響く。


「あかり。」


 私は彼女を呼び止める。

 そして——


「ありがとう。」


 と口にした。


 それに小さな悪魔狩りの魔女は軟らかく微笑むと生意気な声で私に言う。


「あなたに主の祝福があらんことを。」


お読みいただきありがとうございました。

前から考えていたものを書いただけですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

今回は短編でしたが、機会があったら連載小説としても書きたいなー、なんて思ってます。

その時もぜひ読んでいただけると幸いです。

最後に、おこがましい事かもしれませんがご感想やご指摘をいただけるととても嬉しいです。

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[良い点] 何かやりたいことはあるんだろうなと感じさせる勢いはある。 [気になる点] 世界観のごちゃ混ぜ感。話としてのジャンルもどういう方向にしたいのははっきりしない。 長編にするなら、練り直しして…
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