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スクールラブ~気がつけば最凶の男に懐かれていました~

作者: 新橋 薫

 初投稿です。拙い部分もありますが、読んで頂けると幸いです。よろしくお願いします。



 基本的に女性視点ですが、一部視点が変わるところがあります。

 高校生活2年目の5月中旬。私ーー国城蓮香(くにしろれんか)は校舎の裏に植えられた木の根元に座り、本を読んでいた。爽やかな風が心地良い。


「……ふぅ」


 物語の中で一区切りがつき、そこで一旦本から目を離す。ふと、視界の端にライトブラウンが見えた事で、現状を思い出した。


「……どうしてこうなった」


 自分の膝枕で眠る茶髪で美形の男を見てそう呟いた私は、深く溜め息をついた。


 この男ーー石神悠真(いしがみはるま)は、この桐山高校で最強……否、最凶の男と呼ばれる不良である。また、群れることのない一匹狼でもあるのだが……そんな男が何故か、一応優等生で通ってはいるが、それ以外は平凡な私の、膝枕で、眠っている。


「本当に……どうしてこうなった……」


 再びそう呟いた私は、彼との出会いと、今日までに起きた出来事を思い返していた。



ーーー

ーーーーーー

ーーーーーーーーー



 ーー2年生になってから数日が経った4月のある日の事。


 1年生の、いろいろと手探りで行動し、バタバタと忙しかった時と比べれば、高校生活に慣れ始めていた私は、バイトの時間を少し減らす事で、自分の体を休める時間を取るよう心掛けていた。1年生の時に無理をし過ぎて倒れてしまった事があったため、その対策を取る事にしたのだ。

 そんな私がその時間をどう過ごしているのかというと、趣味に費やしている。その趣味とは……読書である。


 ミステリー、SF、ホラー、ライトノベル……等々。書籍でもWeb小説でも、内容が面白ければ何でも読む。それが、私の趣味だ。また、本を読む上で必要な事が1つある。

 私の大好きな……比較的静かで、落ち着ける場所。そういった場所で読まないと、休んだ気になれないのだ。

 そうして、私好みの場所を探した結果。とても良い場所を見つけた。


 ーー校舎の裏。緑豊かな木が幾つか植えられていて、地面は芝生で覆われている。柔らかな風が吹き、緑が揺れる。その木陰は、居心地が良さそうだった。……まさしく私が求めていた、静かで、落ち着ける場所だった。……しかし、そこには先客がいた。

 ライトブラウンの髪に、漆黒の瞳。目付きは鋭いが、それが逆に整った顔を際立たせる。髪の間から僅かに覗く耳朶に、ブルーのピアスが見えた。


(確か……石神悠真君、だっけ?)


 以前、クラスメイトからある噂を聞いた事があった。曰く、「桐山高校には石神悠真という最凶の男がいる」と。

 その男は中学生の頃から喧嘩がとにかく強い狂暴な不良として有名で、挑まれた喧嘩を片っ端から買っており、今では負け無しなのだとか。ちなみに同学年。

 しかし、どうも頭は良いらしく、定期試験では必ず上位10位以内には入っている。それが原因で、先生方も彼が授業を何度も欠席しても、文句が言えないらしい。

 ……その話を、クラスメイトはどこから手に入れたのか、男の顔写真まで添えて教えてくれた。


「…………」

「…………」


 無言で見つめ合って数秒後、私は彼から視線を外し、自分の近くの木の根元に座り、本を開いた。彼との距離は3m程開いている。


(せっかく良い場所を見つけたんだから、ここで読もう。向こうが何か言ってきたら、その時にどうするか考えればいいや)


 私はそう考えて、読書に集中する事にした。……彼の視線を感じたのだが、しばらくして諦めたのか、それもなくなった。ちらりと彼の様子を見ると、木の根元に寄り掛かって目を閉じていた。多分、眠ってはいない。警戒心は強そうだった。人前で眠るような男ではないだろう。

 ……結局その時、彼が文句を言ってくる事はなく、自分好みの場所で本を読んだ結果、私は充分な休息を取る事ができた。

 その日以降、もしも追い出された時のために、念のため別の場所も探してみたのだが、学校内で校舎裏のあの場所以上に良い場所は見つけられず、雨の日以外は基本的にあの場所で休息を取る事にした。その場合、必ずと言って良い程に、石神悠真が同じ場所にいる。だが、何も言ってこないのならば、そこに居てもいいのだろうと、私は勝手に解釈して、休息を取るためにあの場所に通い続けた。

 そんな事が数日続いたある日、私と彼の奇妙な関係に変化をもたらす出来事が起こる。


 その日の私は、前日に授業の課題をやり忘れてしまった事を思い出し、バイトが終わった後夜遅くからそれに取り掛かり、終わったのが深夜だったため、寝不足のまま学校に向かった。

 一応優等生である私が、授業中に居眠りをするわけにはいかず、眠気と戦いながらその日の授業を終えた。家に帰って眠りたい気持ちがあったが、今家のベッドで眠ってしまえば、バイトの時間も寝過ごしてしまう事が容易に想像できた。そのため、いつものようにあの場所に向かい、本に集中して眠気を忘れようと考えた。

 ……言い訳をするならば、その時の私は眠気のせいで思考能力を奪われていたのだ。冷静になって考えれば、私好みの……静かで、落ち着ける場所で本なんて読んでしまえば、眠気に勝てる筈がない。

 私がその事に気づいたのは、いつもの場所で本を読んでいる途中、眠気に負けて瞼が完全に閉じる寸前の事だった。



ーーー

ーーーーーー

ーーーーーーーーー



 何かが落ちる音が聞こえた時、石神悠真は目を覚ました。しばらく微睡んでいたが、はっと驚いた様子で飛び起き、自分以外の人間がいるであろう場所に目を向ける。


「…………寝てる、のか?」


 その視線の先にいた蓮香は、本を芝生の上に落としたまま、眠っている。


「…………」


 悠真は、足音を立てないように気をつけながら彼女に近づいて、その顔を覗き込む。……黒い髪は左側でサイドアップにされていて、遠目では分からなかったが、間近で見たその顔立ちは、よく見れば綺麗に整っている。

 静かに寝息を立てている彼女を見て、彼は溜め息をついた。


「……無防備過ぎる」


 そう呟いた時、風が吹いた。同時に、蓮香の髪も靡く。その様子をじっと見ていた悠真は、彼女の体が僅かに震えた事に気づいた。

 再び溜め息をついた彼は、おもむろに制服の上着を脱ぐと、彼女の体にそれを被せる。


「寒がるくらいなら外で寝るなよ……」


 ボソボソと蓮香に向けてそう言った後に、欠伸をする。……一瞬、元いた場所に目を向けたが、悠真はそこに戻る事なく、彼女の隣に寝転がって、目を閉じた。


 やがて、2つの静かな寝息が重なって聞こえ始めた。



ーーー

ーーーーーー

ーーーーーーーーー



 はっと目が覚めて、私は慌てて腕時計を見た。……まだバイトの時間まで余裕がある。安心したと同時に、自分の体に掛けられている上着に気づいた。自分の物ではない、大きな上着。


「……これって……」


 半信半疑ながらも、いつも先客が陣取っている場所に目を向けたが、彼はいなかった。その時、誰かの寝息が近くで聞こえた。

 ばっと隣に顔を向けると、あの石神悠真が、何故か、私の隣で、寝ている。


「…………えっ、何で!?」


 思わず声を上げて、まずいと思った。……案の定、彼は目を覚ましてしまう。鋭い目付きがこちらに向けられた。


「あ……えっ、と。ごめん、起こしちゃって。あと、これ貸してくれてありがとう」


 ひとまず、素直に謝り、上着を返してお礼を言う事にした。すると、彼は上着を受け取った後に眉間に皺を寄せて口を開く。


「寒がるくらいなら、ここで寝るな」

「あ、はい。ごめんなさい………ん?」


 私が寝ている間に上着を掛けてくれたという行動。そして起きてからの第一声がその言葉。……つまり。


「私の事、心配してくれたの?」

「……別に、目の前で風邪を引かれたら目覚めが悪くなると思っただけだ。……女の体は男より弱い」


 そう言って、そっぽを向いた彼を見て、笑いが込み上げて来た。


「ふ、ふふっ……」

「…………何がおかしい」

「ふふ……違う違う。悪い意味で笑ったわけじゃないよ」

「じゃあ、何だ?」

「……噂って本当に当てにならないって思ったの。むしろ噂とギャップがあり過ぎて、つい笑っちゃって」


 彼の顔を見た。綺麗な、漆黒の瞳と目が合う。自分の表情が緩むのを感じた。


「ーー優しい人だね、石神君は」


 石神君は目を見開いた。唖然とした表情で私を見ている。が、すぐにしかめっ面になった。


「俺の噂を知っていながら、ほぼ毎日ここに来ていた、と?」

「うん」

「…………怖い、とは思わなかったのか」

「石神君の事が?」

「そうだ」

「ん……そうだな……怖くないって言ったら嘘になるね」

「なら、何でここに?」


 彼は訝しげに私を見ている。言外に、いつも自分がいると分かっていて何故居座っていたのか、と聞いているのだろう。


「……私はこの場所が気に入ったからここで本を読もうって決めたし、石神君は私を追い出す事はなかった。だから、許容してくれたんだと勝手に解釈して、いつもここで本を読んでた。静かで、落ち着ける良い場所は他にはなかったから、ここから立ち去るっていう選択肢はなかったよ」

「……何で、ここじゃなきゃ駄目だったんだ」

「私の休息のためには、ここじゃないと駄目だったの。ストレス解消のために、趣味の読書をする上での条件にぴったりな場所はここしかなかったから」

「家は?」

「……私が住んでるアパート、壁が薄くて隣の部屋の音が響くの」

「……お前の言う条件には合わないってわけか」

「そうゆう事」

「我が儘な奴だな」

「何とでも。私、趣味のためなら妥協しないから」

「そして頑固だ」

「何?悪い?」

「……お前、俺がもしもここから追い出そうとしたら、どうしてた?」


 話が飛んだ。……しかし、彼にとっては意味のある質問なのかもしれない。


「……その時は、潔く謝って、別の場所を探していたと思うよ。人に迷惑を掛けてまで自分の趣味のために我を通そうとは思わない。……もちろん、探すからにはここと同じくらいか、もしくはそれ以上に条件の良い場所を見つけるつもりだけどね」


 ……学校内では校舎裏のこの場所以上に良い場所を見つけられなかった、という事実は隠しておく。


「……なるほど。それなら、さっきの言葉は撤回しよう」

「?」


 さっきの言葉?……どの言葉だろうか?私の疑問を察したのか、彼はさらに言葉を重ねる。


「頑固だ、と言ったが、それを撤回する。……頑固というのは、他人に間違いを指摘されてもそれを認めないような奴や、他人に迷惑を掛けてでも意見を変えないような奴に言う言葉だ。しかし、お前は違う。だから撤回する。……そうだな、強いて言うなら、お前のそれは……こだわりを持っている、と言うべきだろう」

「……それって、頑固と変わってないような……」

「いや。俺が言っているのは良い意味での、こだわりだ。職人が自分の作品作りに妥協をしない事と、同じだろう」


 それはさすがに評価が高過ぎる。そう思った私は、否定しようと口を……


「ーー悪くない」


 ……開いたが、すぐに閉じた。……石神君は、笑っていた。否定すれば、この笑顔が消えてしまうのではないか。そう考えると、それができなかったのだ。そして、同時に気づいた。その言葉が、話が飛ぶ前に、「悪いか」と聞いた私への返事だったという事に。


(優しい上に、律儀だ……)


 やっぱり、噂は当てにならない。改めてそう思った。

 ……ふと、時計を見た。


「って、あ……」

「……どうした?」

「バイトの時間。危うく忘れるところだった。そろそろ行かないと……それじゃあ、またね石神君」


 立ち上がり、落ちていた本と側に置いていた鞄を拾ってスカートを軽く払い、その場を後にしようとしたところで、声を掛けられた。


「おい、お前……名前は?」

「え?……国城蓮香、だけど……」

「学年は?」

「高2」

「……同学年か。……これからもここに来るのか?」

「そのつもりだけど……あ、もしかして邪魔にな…」

「違う!」

「!?」


 私が言い切るより前に強く否定され、面を食らった。そんな私の様子を見てか、ばつの悪そうな表情を見せた後、再び口を開く。


「……邪魔にはなってない。ただ……」

「ただ?」

「ここに俺がいる事を、誰かに…」

「言わないよ」

「!」


 今度は私から否定すると、石神君は驚いたようだった。


「今まで誰にも話した事はないし、これからも話すつもりはないよ。だって、そんなことしたらせっかく居心地の良い場所を見つけたのに、確実に騒がしくなって台無しになるだろうし。読書に集中できなくなるし」


 そう。そんなことは絶対にしない。……それに……


「ーー何より、石神君に迷惑が掛かる」


 ……これは勝手な推測だが、彼もまた私と同じで、静かで落ち着ける場所が好きなのだろう。でなければ、ほぼ毎日ここに来る筈がない。他人である私が来ると分かっていても、変わらずここに通っているのだから。

 石神君にとってもお気に入りであるかもしれないこの場所の事を、誰かに話すわけにはいかない。


「私は最悪の場合、学校以外で条件を満たす場所を見つければいいけど、もしかしたら石神君はそうはいかないかもしれないし。……同じ場所を共有している人に、迷惑を掛けたくないから」

「…………お前、お人好しって言われた事は?」

「……記憶にある限りでは、今言われたのが初めてだけど?」


 本当に初めてだ。私はどちらかと言えば、自分の事をまず優先する。事実、先程誰にも話さない理由を話していた時も最初に自分の意志を伝えていた。……ん?では何故、彼に迷惑が掛かる事を「何より」なんて言葉で表現した?

 …………分からない。この件は保留にしておこう。


「……まぁ、とにかく。ここの事は誰にも言わないから。……それじゃあ、また明日ね」

「あ、あぁ。……またな」


 急がないと間に合わなくなる。そう考えた私は、足早にその場を後にした。



ーーー

ーーーーーー

ーーーーーーーーー



 足早に立ち去った蓮香の事を、悠真はしばらく呆然としながら見送った。


「…………他人に迷惑が掛かる事をあれ程気にしたり、口封じの見返りを要求しなかったり……変な奴だな」


 そう言った時の自身の表情が緩んでいた事に、彼が気づく事はなかった。



ーーー

ーーーーーー

ーーーーーーーーー



 私が校舎裏の例の場所で居眠りをしてしまった日以来、私と石神君は今までとは違い、少しだけ会話をするようになっていた。あの日の翌日に例の場所で私から声を掛けた時、彼がごく普通に応じてくれて良かった。それがきっかけで、今でも読書に集中し始める前に短い会話を交わすようになっている。

 しかし、そのパターンが少し変わるきっかけとなった出来事があった。それは短い会話の中で、彼が私に今日読む本は何か、と聞いた時だった。私がその時読もうと思っていた、シリーズ物の本のタイトルを教えると、彼は目を見開いた。


「……そのシリーズなら知っている。というか、今発売されている本なら全部読破済みだ」

「え、本当?私もそうだよ。これももう読んだやつだけど、たまにまた読みたくなるんだよね……」

「分かるぞ。何度も読み返したくなる」

「だよね」


 どうやら、石神君は趣味というわけではないものの、ある程度は読書を好んでいるらしい。意外な共通点が見つかった日から、彼は私に毎回今日は何を読むのか、と聞いてくるようになった。

 それが彼が読破済みの本の時もあれば、知らない本の時もある。彼が読破済みの本の時は、私が読み終わった後に感想を言い合い、知らない本の時はあらすじを教えるようにしている。

 そんな交流をするようになって、彼について少しずつ分かってきた。無口というわけではなく、話を振れば応じてくれるし、会話も続けてくれる。頭の回転が早いのか、とても会話がしやすい。頻繁にではないが、意外にも笑顔を見せてくれる。よく表情を観察してみると、実は感情が分かりやすい。

 と、そこまで考えて。


(そういえば、いつの間にか最初よりも大分距離が縮まった。……物理的に)


 隣を見ると、1m弱程離れた場所で石神君が芝生に寝転がって、眠っている。最初の3mの時と比べれば、かなり近づいた。


(いつからだっけ?……あぁ、そうだ。初めて石神君との間で本の話題が出た、次の日だった。ここに来た時には既に私の定位置の近くで待ってた……)


 おそらく、その方が話しやすいからだろう。現に、その日から毎回私が何の本を読むのかを聞くようになった。私は読む速度が早いため、基本的に本は毎回違う。だから、彼が飽きる事もないはず。しかし、私が読み終わるまでは暇を持て余しているのか、すぐに眠る。


(……警戒心はどこに消えた?)


 出会った当初は、目を閉じていながらも起きていたはずだ。読書の途中で数回、一瞬だけだが視線を感じた事があった。それがなくなったのは、いつだったか。

 ……記憶を探った結果。私が石神君と会話をするようになった日からだ、という事を思い出した。まさか、あの日から既に本当に眠っていたのだろうか。……私の何が、彼の警戒心を解いたのか。


「…………まぁ、いいか」


 別に害があるわけでもない。警戒を解いてくれたという事は、きっとある程度は信用してくれたという事だろうから、悪い気もしない。むしろ、少し嬉しい。まるで野良猫がすり寄って来てくれたかのようで……否、これは石神君に対して失礼か。


 気を取り直して、私は新たにページを捲る。ちょうど、物語はクライマックスへと突入していた。



ーーー

ーーーーーー

ーーーーーーーーー



 気がつけば5月の中旬。石神君と出会ってから大体1ヶ月程経過していた。そんなある日の事。


(……37度台……そりゃ、だるいわけだ)


 風邪を引いた。私の平熱は35度台。よって、37度台はそれなりに高い。だるい。間違いなく昨日の夜、バイト先から帰る途中に突然降った大雨で、ずぶ濡れになった事が原因だろう。運悪く折り畳み傘を忘れてしまい、アパートまで走って帰った。

 既に学校にもバイト先にも欠席の連絡を入れているが、懸念が1つ。


(石神君、どうしてるかな……連絡先知らないからなぁ……)


 今日は晴れ。彼はきっと、今日の放課後も例の場所にいるだろう。

 ……そういえば、彼が授業に出席する事は稀にある程度で、それ以外は欠席……というかサボタージュしているようだし、まさか、ずっとあそこにいる事もあるのだろうか。となると、ずっと1人で待たせる事になる。もしもそうだとしたら罪悪感が……


(……いや、さすがにずっとあの場所にいる事はない、はず。それに、私がいてもいなくても石神君にとっては何も変わらないだろうし。……うん、そうだ。きっと、そう)


 ……そう考えつつ、何故か落ち込んでいる自分がいる。風邪のせいで、いつも以上にネガティブになっているのかもしれない。思考もまともに働かない。


(だめだ。ねる)


 瞼が下がり、すぐに眠りに落ちた。



ーーー

ーーーーーー

ーーーーーーーーー



 それから2日が経ち、3日目にして漸く全快した。クラスメイトから掛けられる声に応えつつ、頭の中では石神君の事を考える。

 その時、クラスメイトの噂話が耳に入った。


「なぁ、もう聞いたか?石神が大暴れした事」

「あぁ、あれだろ?2日続けて喧嘩したって話!」

「それそれ!」


「……あの人、一昨日にたった1人で4、5人から喧嘩売られてそれに勝って、さらに昨日は10人くらいから喧嘩売られて、それにも勝ったんだって!」

「うわ、強い……実はサイボーグなんじゃないの……?」


「なんでも、一昨日に喧嘩売った奴らが、次の日に人数集めて報復しに行って、返り討ちにあったらしいな……」

「負けてから数増やしてまた挑みに行くそいつらもそいつらだけど、それに受けて立つ石神も石神だよなぁ……」

「つまり、どっちも馬鹿?」

「喧嘩売った奴らが馬鹿。喧嘩を買った奴はある意味馬鹿」

「お前、それ石神に言える?」

「言えるわけねーだろ、馬鹿!」


(……石神君が……?)


 という事は、私が来なかった事には気づいていないのだろうか?いや、それどころではない。喧嘩相手の人数が人数だ。きっと少なからず怪我をしているはず……


「……無事だと、いいけど……」

「蓮香ちゃん、何か言った?」

「いや、何も。……ところで、皆結構噂話が盛り上がってるみたいだけど、何かあったの?」

「あぁ、それね!実は昨日、一昨日と石神が大暴れして……」


 先程から他愛のない話していたクラスメイトの女子に聞いてみると、詳しい話が聞けた。


 一昨日の夕方。他校の不良達の4、5人が、石神君に喧嘩を売った。彼の学校帰りに強襲したらしい。そして、それを返り討ちにしたという。しかも無傷で。

 その次の日、つまり昨日。同じ時間帯に今度は10人程で彼に挑んだ。前日に喧嘩を売ったうちの1人が兄貴分の先輩に泣きつき、数を集めたのだそうだ。こちらはさすがに無傷というわけにはいかなかったようだが、それでも目立つ怪我は顔ぐらいにしかなかったらしい。

 ……このクラスメイトは一体どこからそんな情報を仕入れてくるのだろうか。そういえば以前、石神君の写真を見せながら彼の話をしてくれたのも、彼女だった。

 それはさておき。


(……目立った怪我をしていない、という情報が、間違っていなければいいけど……)


 私は噂話の情報を頭には入れておくが、それをそのまま呑み込む事はない。自分でその真偽を確かめるまでは。……だから、自分の目で石神君の無事を確認するまでは、安心できない。

 こんなにも、放課後が待ち遠しいと思ったのは、初めてだった。



ーーー

ーーーーーー

ーーーーーーーーー



 放課後。教室を出て廊下を歩き、人目がなくなったところで、早足に切り替えた。急いで例の場所に向かう。

 ……そして到着した時、私の定位置の木の根元に寄りかかって座っていた石神君と、目が合った。額には絆創膏、頬には湿布が貼られている。彼は目を見開いて立ち上がった後、私と距離を詰める。驚いた私が仰け反ると、させないとばかりに私の両肩を強く掴んで引き留めた。


「…………一昨日と、昨日。何で来なかった」

「あ、えっと、その……風邪引いて、熱が出たから学校を休んだの。それで…」

「……風邪?」

「そう。風邪」

「……嘘じゃないだろうな?」

「え、何で嘘をつく必要が?……でも信じられないなら、病院と薬局のレシート見せようか?」

「……いや、いい。……そうか。そもそも学校に来ていなかったのか」


 溜め息をついた石神君は、私の肩から手を離した。私は自然を装って、少しだけ距離を取る。


「……って、それよりも!クラスメイト達が噂してたんだけど、一昨日と昨日喧嘩したって本当?」

「!……あぁ。本当だ」

「怪我は!?その顔以外に酷い怪我をしてたりとかは?」

「え?……あぁ、いや。顔以外は特に大した怪我はしていない」

「……確かに、さっき普通に歩いていたし……酷い怪我はしてなさそうだね。……良かった」


 私はそこで漸く、安心する事ができた。


「…………お前は……」

「?」


 石神君の顔を見ると、彼は驚いているような、困惑しているような、複雑な表情をしていた。


「……その話を聞いても尚、俺がいるこの場所に来たのか。いや、先程の言葉を聞く限り、むしろ……まるで俺の無事を確かめるためにここに来たかのように聞こえたんだが……」

「うん、そうだけど?」

「何故だ?」

「心配してたからだよ」

「心配?俺を?……何故?」

「何故って、それは………何でだろう?」


 ……本当に、何故だ?何故私は彼を心配した?


「何でだろう、ってお前な……」

「……そんな呆れた顔しないでよ。今考えてみるから」


 そう言って、自分の考えをまとめる事にした。


 ……そもそも、私は他人には極力深入りしないように心掛けていた。だから、クラスにも特定の友人はいない。ただのクラスメイトだけだ。向こうはどう思っているかは知らないが。

 それが石神君を相手にするとどうだろう。深入りしないと心掛けていたはずなのに、何故か決意が揺らぐ。……深入りしたいと、彼の事をもっと知りたいと、思ってしまう。そんな事、信頼した人……例えば友人を相手にした時にしかしないと決めたはずなのに……


 と、そこまで考えて、はっとした。


「……そっか」

「?」

「ーー私は、石神君の友人になりたいんだ」

「っ!?」


 漸く分かった。以前、彼がこの場所にいる事を話したくない理由を挙げた時、何よりも彼に迷惑が掛かる事を気にした理由。そして今回、彼の事を心配した理由。また今更ながら、これまでの約1ヶ月間に渡る彼との奇妙な関係を、私自身が楽しんでいた事に気づいた。そして彼と別れてバイトに向かわなければいけない事に、寂しさを感じていた理由にも。

 これらは全て、石神君の事を信頼しても大丈夫だと、私が無意識で判断していて、その上で彼と友人になりたいと思い始めていたからだ。


 ……といった内容を、噛み砕いて彼に説明したところで。再びはっとした。


(……ヤバい。思わず馬鹿正直に自分の心情を殆ど話しちゃった……!)


 確実に今、私の顔は赤面している事だろう。顔が熱い。


「……ごめん、待って。今のなし。いや、なしっていうのは嘘ってわけじゃなくて今の話は本当なんだけどでも違くてそのダメ待って……!」

「…………ぶはっ!!」

「へ」

「くっ、はは、ははははっ!!」


 突然、石神君が大声で笑い出した。爆笑だ。


(……さて問題。目の前で異名が"最凶の男"という不良に大爆笑された時、私はどんな反応をするでしょうか?)


 答え、困惑。……なんて馬鹿な事を考えている間に、いつの間にか、顔に集まった熱も引いていた。


「……あの……石神、君?」

「くっ……くく……悪い、悪い。お前の百面相が面白くてつい……!」

「百面相?……え、そんなに表情コロコロ変わってた?」

「あぁ。変わっていた。……普段も表情は結構分かりやすい方だったが、今のはそれ以上にな」


 普段も?……そんなに分かりやすく変えていた自覚はないのだが……


「……で。俺と友人になりたい、だったか」

「あ……うん」

「……そもそも。俺には友人関係の何たるかが、分からないんだ」

「……分からない?」

「あぁ。……俺には、友人と言える程に仲の良い相手がいない。俺に寄って来るのは喧嘩を売ってくる男か、金目当ての奴か、この顔か体目当ての女ぐらいだったからな」


 ……酷いラインナップだ。


「だから。……お前のような、俺を怖がらずに普通に話しかけてきたり、俺に迷惑を掛ける事を気にしたり、口封じに見返りを要求してこなかったり、本の話題について話し合ったり、俺の事を本気で心配してきたり……ましてや、友人になりたいとはっきり言ってきた奴は、初めてなんだ」

「…………」

「初めてだから、分からない。このお前との関係が、友人と呼べるものなのかどうか。だからーー俺に、時間をくれ」

「!」


 それまで困ったような表情を見せていた石神君は、一転して真剣な表情で私を見つめた。


「今後もお前と接する中で、俺なりに、友人とは何かを考えてみる。……その結果、俺が自信を持ってお前の事を友人と思えるようになったら、それに応えるから。……だから、それまで待っていてくれないか?」

「……石神君……」


 ……彼は、私の友人になりたいという気持ちに、真剣に向き合おうとしてくれている。……その事が、何よりも嬉しかった。


「……分かった。待ってるよ。……その時が来るまで、待つ」

「……ありがとう。国城」

「!……名前、覚えてたんだ」

「あー……すまない。そういえば呼んだ事がなかったか」


 ばつが悪そうに視線を外す彼に対して、私は笑った。


「これからもちゃんと呼んでくれるなら、許してあげるよ?」

「…………」


 すると、彼は目を見開いて、その後に目元を片手で覆って、俯く。


「ーーーーーーーー」

「え、今何か言った?」

「いや、何でもない。それよりも携帯を出せ。連絡先、交換するぞ」

「あ、うん」


 何事かをボソボソと言っていたのだが、石神君は私が聞き返しても教えてくれなかった。連絡先の交換をするよう言い出したのも、話を逸らすためのものにしか思えない。……まぁ、実際にその必要があるのは確かだし、しつこく問い詰める気もないため、それで良しとした。


「……国城。次からここに来られない時は連絡してくれ」

「うん、分かった。石神君も来られないようなら連絡を頂戴」

「あぁ。……ところで、お前。風邪を引いたのはまさか、ここで毎回本を読んでいるせいじゃないだろうな?」

「え?いやいや、そんなことはないよ。今はまだ暖かいから。それに、風邪を引いたのは3日前の夜に突然降った大雨のせいだと思う。バイト先から帰る途中だったんだけど、折り畳み傘忘れたからずぶ濡れになって、それで……」

「あぁ、あれか。……まぁ、それなら良いが……気をつけろよ?以前居眠りしていた時もそうだが、もう少し体に気を使え」

「……ごめん」


 ぐうの音も出ない。


「まったく。……っと、立ったままというのもあれだし、座らないか」

「あ、そうだね」


 石神君の言葉に賛成し、揃って定位置に座った。


「……確か、今日はバイトがない日だったか?」

「うん」

「そうか。……家はどの辺りだ?」


 その問いに答えると、彼は頷く。


「なら、帰る方向は同じか。……その、良かったら途中まで一緒に帰らないか」

「!……うん。いいよ。……ふふ。高校に入ってから誰かと一緒に帰るのは初めてだ」

「……何?バイトがない日は誰かと一緒に帰っているわけじゃなかったのか?」


 おや。もしや、ずっと勘違いしていたのだろうか。


「……もしかして、私がここで長時間本を読んでいるのは趣味でストレスを解消するついでに誰かを待っているからだと、思ってた?」

「……あぁ。その通りだ。むしろ、ストレス解消の方がついでではないか、とも思っていた。友人か、もしくは……恋人でも待っていたのではないか、と」


 ……友人、はともかく……恋人?私に?


「…………いやいやいや。私に恋人?ないよ!あり得ない。私みたいな、顔もスタイルも性格とかもありきたりで、何処にでもいるような平凡に恋人って……うん。ないな」


 友人はいないわけではないが、この高校には今のところいないし、ましてや私に恋人ができるわけがない。

 そう続けて言うと、石神君は変な物を見るような目で私を見て、それから呆れたように溜め息をついた。


「……何となく、理解した。だから無防備なのか。色々と自覚が足りていないから」

「?」

「しかし、そうか。……1人で帰っていたのか」


 口元を手で隠すようにして、何かを考えている。彼は何を考えているのだろうか。……やがて、それも何らかの結論が出たのか、1つ頷いた彼は私に目を向けた。


「……今後は、バイトのない日は俺と一緒に帰るようにしろ。これまで何回かあったが、寝ている俺の元に置き手紙を残して勝手に帰ったりしないように。いいな?」

「いいけど……どうして?」

「……お前が帰る時間帯は、他校の不良共が彷徨く時間帯でもある。今まで1人で帰っていたお前が遭遇しなかった事は、奇跡に近い」

「…………」


 ……実は、既に遭遇していたりするのだが……これは黙っておこう。


「だから、一緒に帰るついでに俺が護衛なる。俺なら、何かがあっても対処できる」

「…………むしろ、逆に不良との遭遇率が高くなりそうな気がするんだけど」

「……失礼な奴だな。心外だ」

「それ、一昨日と昨日の事を思い出してもまだ言える?」

「…………」


 石神君は苦い表情を見せた。そしてそっぽを向きながら、口を開く。


「……1人でいる時に絡まれるよりは、まだ安全だろう」

「……まぁ、そうだけど」


 対処する術を持ってはいるが、それも確実ではない。なら、荒事に慣れている彼と一緒に帰った方が安全だ。


「……じゃあ、帰る時はお願いするね」

「任された。……さて、今日は何の本だ?」


 満足げに頷いた石神君は、いつも通り本の話題を切り出した。

 本のタイトルを教えた。……今日持って来た本の事は知らなかったようだ。そこであらすじを教えた。彼は興味津々だ。……そこで今日は、今までならやらなかった事を試みる。


「……これなら今日ここで読み終わると思うし、終わったら貸そうか?」

「!……いいのか?」

「うん。持って帰ってくれていいから、読み終わったら感想を聞かせてよ」

「……分かった。……ありがとう」

「……っ!?」


 私は驚いた。……石神君の笑顔の種類が、変わったのだ。今までは口角が少し上がる程度の笑い方だったのだが、それが口元だけでなく目元まで緩んだ笑顔になった。そう、例えるなら……


(野良猫のようなクールさが滲む笑顔から、人懐っこい犬のような可愛さが滲む笑顔に……!!)


 ……はっ。いけない。こんな思考は石神君に失礼だ。


「……どうした?」


 小首を傾げる石神君。かわ……いや、だから落ち着け私。


「……いや、何でもないよ」

「そうか?」


 訝しげに見てくる彼の視線をわざと無視して、そろそろ本に集中することにした。すると、彼も諦めたのか視線を感じなくなった。内心ほっとしていた私だったが次の瞬間、思わぬ襲撃を受けた。

 本を読んでいた私は、太腿に重みを感じた。


「…………は?」

「じゃあ、おやすみ」

「えっ、ちょっ…」


 突っ込みを入れる間もなく、寝息が聞こえた。……石神君が、私の膝枕で、寝ている。


「…………」


 そして、冒頭に至る。



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