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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
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8話 楽園の獣


「……あ」

 

 エイルはようやく違和感の正体を悟った。

 

 狂暴な爪、鋼鉄の鱗。

 

 見間違えるわけがない、その姿はエイルの心に恐怖を植え付けたのだから。

 

 目の前にいる化け物は────。

 

「エデンから俺たちを追いかけてきたってか。……は、そんなに俺達が美味しそうに見えたのか?」

 

 ボトリ、化け物の口からモンスターが落ちた。

 

「ヴェア…ウルフ……」

  

 先程エイル達を襲ったヴェアウルフは骨が露出し、もはや原型をとどめていない。

 

 目の前の化け物は食い足りない、というようにエイル達を見て舌なめずりをした。

 

 ヘビのように細い舌から唾液が地に垂れ、草が急激に萎びていく。身体に浴びればひとたまりもないだろう。

 

「ァァァァァァァァアアアアアアアア!!!!!」

 

 化け物が天を仰ぎ、空に向かって咆哮した。

 

 風が吹き荒れ、木々がざわめく。

 

「エイル、合図したら走って柵まで逃げろ」  

 

 魔王がエイルを庇うように一歩踏み出した。

 

 右手を静かに握ると、まるで竜巻のように風が右手に集まっていく。

 

「この村には手に負えないヤツだ。だから、適当にあしらってエデンに追い返す」 

 

「お、追い返すって…どうやって…」

 

「もし、『あの魔法』が本物なら、まだあそこに残ってるはずだ」

 

「『あの魔法』……?それって……まさか」

 

 魔王の手にさらに風が集まっていき、層を作るように剣のような物を形作っていく。  

 

 そして、化け物も勢いをつけるように巨体を後ろにひいた。

 

「でも、それじゃあ魔王さんが…!」

 

 仮にエイルが逃げきれたとしても魔王は化け物と一騎討ちだ。

 

 魔王の実力は先程のヴィアウルフの戦いで高いと理解している。

 

 だが、目の前の化け物に魔法が通じるかさえ怪しい。

 

 それを分かっていて逃げることは魔王を見捨てることに等しいのだ。

  

「……本当におまえは優しいな。でも」

 

 魔王が風の剣を構えた。

 

 同時に化け物も勢いよく頭を前に向けて突進する。

 

 そして、化け物は目の前のエイルと魔王を食らおうと口を開けて──。

 

「俺は──人類の敵なんだぜ」 

 

 化け物の口が閉ざされることはなかった。

 

 なぜなら、魔王の風の剣が化け物の狂暴な歯を受けて止めていたからだ。

 

 単純な力比べのように、互いが相手に向けて力を込める。

 

 巨大な体を持つ化け物が不意に後ろにのけぞり、

 

「───走れッ!!!」 

 

 化け物を押し返した魔王が叫んだ。

 

 エイルは無言で魔王に背を向けて駆け出した。

 

 靴や服に飛び散る泥を無視し、ただひたすら走り続ける。

 

 柵をよじ登り、茂みを掻き分けて、

 

「──あった!」

 

 魔王が言っていた『あの魔法』──マートティアに穴を開けた太古の魔法陣は、案の定昨日と変わらぬ姿でそこにあった。

 

 塗られた血は赤々としており、乾くこともなければモンスターを呼び寄せることもなかったようだ。

 

 エイルは少し恐怖を感じたが、ぐっと堪えて呪文の詠唱を始める。

 

 だが、

 

「母なる創生の女神、我に呼応せよ。汝、魔力の源にして──っあ!?」 

 

 詠唱と共に魔法陣がほのかに青く光る。

 

 だが突如、魔法陣が赤い稲妻のようなものが光ると同時に青い光は消え去ってしまった。

 

 その後何度か呪文を唱えたが、途中で同じような現象が起こり、魔法は発動の兆しすら見せない。

 

「な、なんで…!どうしてうまくいかないの……!」

 

 うまくいったときは魔王の補助があった。

 

 つまり、エイル一人の力では魔力が足りない。

 

 どう足掻いたって、所詮エイルは攻撃魔法すら発動させることができないほどに魔力が少ないのだ。  

 

──ガサッ

 

 ビクリとエイルの肩が震える。

 

 エイルの背後から草木を掻き分けるガサガサ音が響く。 

 

「(まさか、もう化け物が──)」

 

 恐怖で過呼吸を起こしたように呼吸が早くなる。

 

 慌ててポーチから銃を取りだし、脂汗が染み込んだ手で握りしめる。

 

 覚悟を決めて勢い振り返り、背後に銃を突きつけると、

 

「──エイル?」

 

「え、セウェルス……?」

 

 緑色の髪に見知った顔、いつもと違っているのは盾を装着し、長剣を携えているところだけだ。

 

 自警団の一員として森に入ったセウェルスが驚いたようにエイルを見つめる。 

 

「何してるんだ、こんなところで!森に化け物がいるかもしれないんだぞ!」   

 

「えっと、さっき化け物が……」

 

 ついさっき化け物との邂逅を果たしたのだが、頭がまだ混乱しているためうまく伝えることができない。

 

 どう説明しようか戸惑っていると、

 

「──ァァァァァァァァ……!」

 

「ッ!?」  

 

 小さな声だが、化け物の鳴き声が聞こえる。

 

「魔王さん……!」

 

 エイルを逃がした魔王はどこにも見当たらない。

 

 それどころか戦っているような音も聞こえない。

 

  鳴き声が少しずつ大きくなっていくと同時に、地鳴りのように地面が揺れる。

 

 そして、

 

「エイル、伏せろおおお!!」

 

 セウェルスがエイルの頭に手を当て、地に無理矢理伏せさせた。

 

 ほぼ同時にけたたましい鳴き声と共に森の木々が薙ぎ倒され、白銀の巨体を持つ化け物が現れた。

 

 薙ぎ払われた木々の残骸が辺りに散らばり、足場が悪くなっている。

 

 逃げたとしても足をとられ、あっという間に化け物の餌食だ。

 

 状況を素早く理解したセウェルス行動は早かった。

 

 すばやく剣を地に突き刺すと、

 

「土よ、壁となり守護せよ《ノーモス・ラピステラ!》

 

 神への賛美の言葉を省略し、土属性の呪文を唱える。

 

 すると、突き刺さった剣先から魔法陣が広がり、魔法陣が描かれた地面が盛り上っていく。

 

 土は天に向かってさらに盛り上っていき、土の壁を形成した。

 

 土の壁は化け物の姿が完全に見えなくなるほど高く、分厚い。

 

 これほどの防壁なら化け物の進行を食い止められるとエイルは思ったが、

 

「アアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!」 

 

 金切り声のような甲高い叫び声と共に化け物が壁に体当たりをかます。

 

 その一撃で巨壁にヒビが入り、化け物は続けて壁を頭突く。

 

「ァァァァァァァァ!シャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

「────エイル!」

 

 魔法の壁が完全に突破させる寸前、セウェルスはエイルを斜め後ろに突き飛ばした。

 

 壁が砕かれ、土の固まりが空を舞う。

 

 土塊はそのまま地に向かって降り注ぎ、セウェルスに襲いかかった。 

 

「セウェルス!!」 

 

 エイルはセウェルスに向かって手を伸ばした。

 

 だが、

 

「うおおおおおおおおお!!」

 

 セウェルスはエイルの方を振り向くことなく盾を構えた。

 

 降り注ぐ土塊は盾によって防がれるが、全ては防ぎきれない。

 

 セウェルスの腕や足に土塊が直撃し、体勢を崩した瞬間、

 

「ァァァァァァァァアアアアアアアア!」

 

 化け物がセウェルス目掛けて突進した。

 

 化け物が食らいつく寸前、セウェルスは盾を前に突き出して防御するが、化け物は頭を振り上げてセウェルスを吹き飛ばす。

 

 吹き飛ばされたセウェルスは後方にある木に激突し、そのままぐったりとして動かない。

 

「セウェルスッ!」  

  

 エイルは慌てて立ち上がり、セウェルスに駆け寄ろうとする。

 

 だが、

 

「──ぁ」

 

 化け物がエイルの目の前に立っていた。

 

 真っ赤な瞳はエイルを威嚇しているつもりはないだろう。

 

 それでも、蛇に睨まれたカエルのようにエイルの全身の毛が逆立つ。

 

 呼吸すらできず、口から空気がヒィヒィと漏れる。

 

「(し、死ぬ………………?)」 

 

 目の前の化け物に食い殺される。

 

 剣の術もなければ攻撃魔法もろくに使えないエイルにはなす術がない。

 

 目を固くつむり、これから来るであろう惨劇にただひたすら目をそらす。

 

 だが、いくら待っても痛みは来ない。

 

 なぜなら、

 

「───え?」 

 

 化け物はエイルを無視し、セウェルスの方へ向かっていた。

 

 目の前のエイルを殺さない──エイルとっては喜ばしいことだが、今までのモンスターの傾向を完全に外している。

 

──おかしいと思わないか?

 

──何人もこの森で化け物に襲われた。なのに、死者が一人もいない

 

「(そうだ…魔王さんの言った通り、目の前の化け物は今までのモンスターと違う!)」    

 

 魔王の言葉が思い出される。

 

 エイルではなくセウェルスを狙う理由が明確に存在するはずだ。

 

 だがそれを考察している暇はない。

 

 セウェルスは気を失ったままで、化け物はゆっくりと近づいている。

 

 このままではセウェルスが食い殺されてしまう。

 

 エイルは地面に転がっていた己の銃を慌てて掴み、両手で構えると、

 

「大丈夫……落ち着いて……」

 

 ゆっくりと引き金を引き、銃弾を放つ。

 

 だが、銃弾は化け物の鋼のような鱗に弾かれてしまった。

 

 続けて銃を撃つがやはりびくともしない。

 

 その間にも化け物はセウェルスに近づいていく。

 

「一か八か……!」

 

 遂に銃弾は最後の一発。 

 

 エイルは化け物に走って近づく。

 

 化け物はエイルを完全に無視し、何も起こっていないかのようにセウェルスに向けて口を大きく開く。

 

 エイルが銃の引き金を引く。もっとも無防備な部分──眼球に向けて。

───グチャ。

 

 生卵を潰したような、柔らかなものが破壊される音。  

 

 化け物の動きが止まる。

 

「──ァア?」

 

 ゆっくりと、化け物が振り返った。

 目から血の涙が滴り、潰れた眼球がエイルを見つめる。

 

 そして、

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!!????」

 

 本気の殺意にまみれた荒々しい鳴き声。

 

 今までとは比べ物にならないほど大きく、耳を引き裂くような高音で化け物は咆哮する。

 

 撃たれてぐちゃぐちゃになった眼球はエイルだけを映し出し、敵意や殺意、怨念をエイルに叩きつけた。

 

「ひぃ………あ……」 

 

 ただ殺すことしか考えていないであろう化け物の血塗られた瞳に睨まれたエイルは尻餅をつき、そのまま立ち上がることができない。

 

 補食されるという恐怖が全身に襲いかかり、身体がガタガタと震える。

 

 化け物はエイルに襲いかかろうと身体を前に突きだした。

 

 この数秒後、エイルは確実に死ぬ。

 

「死ん───」 

 

 化け物が勢いよくエイルに飛びかかる、その寸前。 

 

──バコンッ!

 

 何かが化け物に直撃した。 

 

「──え?」 

 

「ァ、アアア?」

 

 一人と一匹の間抜けな声が重なる。

 

 それもそのはず、魔法を放ったのはエイルでもセウェルスでもないからだ。

 

「(魔王さん……?)」 

 

 エイルは辺りを見回し、化け物は動きを止めて森の一点を見つめた。

 

 そして、

 

「うらあああああああああッ!!!」

 

 戸惑う化け物とエイルを無視して、少年の咆哮が響いた。

 

 敵を威嚇する、というより己を勇気づけるような声と共に少年──ティトーが化け物に襲いかかった。身体に不釣り合いな大剣を携えて。

 

「姉ちゃんから、離れろおおおおおおおお!!化け物ッ!!」  

 

 

  

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