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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
2章 異端者達のメルヒェン
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61話 栄光の影


 静かな酒場でただ一人、優雅に紅茶を飲む男がいた。

 男の姿は一目で誰もが異様と分かった。全身を覆う白銀の鎧とマント、顔面は右目と鼻を除いて血で汚れた包帯で巻かれ、頭の包帯の隙間からボサボサの銀髪が飛び出ている。見た目に反して身のこなしは非常に優雅で、動きの一つ一つに洗練された美しさを感じる。

 

 全てが異質で不審。明らかに酒場の空気から浮いていた。

 ちなみに紅茶は包帯の間から器用に飲んでいる。

 

「……なあ、これどういう状況だよ」

 

「……私に聞かれたって困るわよ!いきなり来たんだから!」

 

「……ふむ」

 

「……あの紋章、もしかして……」

 

 厨房の影からエア、シャルロット、ナギ、エイルの四人が男の様子を伺う。

 小さな頃から英雄譚を読み漁り、マトゥル騎士団を始めとした冒険団の大ファンであるエイルだけが、男の身元に目星がついていた。

 

「あの白いマントの……花束に剣を突き刺さしたような紋章って確か…王立騎士団の紋章ですよ!」

 

 小声でひっそりと会話をしてたが、男の正体に気がついたエイルが大声を上げた。

 

「王立…騎士団?何だそれ、マトゥル騎士団とは違うのか?」 

 

「マトゥル騎士団は王直属、つまりルナムニル王国の王が自ら指揮する騎士団です。一方の王立騎士団は王家を守護し、マトゥル騎士団を除く王国内全ての騎士団を統率する軍事組織です。あぁでも、どっちもすごくカッコいい冒険譚があって──」

 

「そんなことより!王立騎士団がレイナに今さら何の用よ!」

 

「……お前達、声が大きいぞ」 

 

「おっと…こほん。とにかく、二年もレイナを放っておいて……何なのよ全く」

 

 うんちくトークをシャルロットに遮られてダメージを食らったエイルは少し涙目になりながら、今の状況に至るところ三十分前の出来事を思い出す。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

「ついた、やっとついた。もう俺限界、死ぬ」

 

「じゃあそのまま野垂れ死になさい」

 

「優しさの欠片もないな!?」

 

 ギルドに到着するや否や、倒れたエアを華麗にスルーしてレイナは受付に向かう。 

 

「群れを丸ごと潰してきたわ。これでしばらく他のモンスターも大人しくなるでしょ」

 

「はい、ご苦労様です。報酬は討伐モンスターを確認次第お渡ししますね」

 

「あと、ラルサでも妖精が森の奥から出てきてたわ。人間に森を荒らされたってすごく怒ってたわよ」

 

「今度はラルサですか。妖精の目撃はこれで十五件目、臆病な妖精が森の奥の集落から出てきているとなると、やはりこれも…」 

 

「十中八九、裏クエストの影響ね。妖精の住みかを荒らしてるなら、おそらく『妖精狩り』が目的よ」 

 

 エアを労いながら、エイルはレイナとクラーピスの会話を聞いていた。

 また裏クエストだ。クラーピスが地図に何かを書き込んでいる。ラルサ、それはエイル達がクエストのために先ほど訪れた小さな街の名前だ。

 

 身体をゆっくりと起こしたエアもこっそり聞き耳を立てて、

 

「……ん?何かあったのか?」

 

「私達が知らない間に、大変なことが起こってるみたいです。裏クエストがどうとか」

 

「裏クエスト、か。…ま、ロクなやつじゃないだろうな」  

 

「…………」 

 

 エアがポツリと呟いた。冒険者達の街、ニップル。この街に何かが起きている、それも良くないことが。エイルにはそう思えて仕方なかった。 

 

 モンスターの討伐を確認し終え、報酬を貰った三人は露店の賑やかな声を聞きながら酒場に向かって歩く。

 人の多い大通りでエイルはハッと思いつき、

 

「そうだ!この後、パナケイアについてニップルで聞き込みをしませんか?冒険者が多いニップルなら、妖精について知ってる人がいるかもしれません」

 

「聞き込み?シャルロットの酒場は相変わらずガラガラだし、俺は別に構わないけど」

 

「シャルロットの前で言ったら殺されそうな発言ね。私も特に予定は入ってなかったと思うけど──っ!」  

 

 酒場まで後メートル、といったところでレイナの態度が変わった。突然立ち止まり、驚いた表情で前方を見つめる。

 

「レイナさん?どうかしましたか?」

 

「……ごめんなさい。私は行けそうにないわ」

 

「え?」

 

 レイナの視線の先、酒場の入り口に二人組の男がいた。一人は鎧の男、もう一人は金髪の優男だ。鎧の男についてはよく分からないが、優男の方は白い礼服を着こなしたかなりの美青年で、物語に登場する王子様を思わせた。

 

 レイナの視線に気づいた優男は柔和な笑みを浮かべて、

 

「お久しぶりです、レイナ様。先鋭揃いのマトゥル騎士団の中でも特に優れた五人──『ベールの英雄』の一員であったあなたの武勇、伺っております」

 

「なんの用かしら、ロミオ・シェイエス。あなたが来るのだからそれなりに重大な案件なんでしょ?」

 

「本日参りましたのは、裏クエスト対策への支援と──マトゥル騎士の再編について、お話しが」

 

 ロミオの褒め言葉を無視して本題に入ったレイナ。その瞳には怒りにも似た強い苛立ちが込められていた。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

「マトゥル騎士団の再編、ねえ……」

   

「……女王の後継者がいない状態で騎士団を再編するとは、王宮もいよいよ魔王軍と決着をつける気か……」

 

 険しい表情で鎧の男を見つめるシャルロットとナギ。

 エイルは少し驚いたように、

 

「えっと……二人は知っていたんですか?マトゥル騎士団のことを……」 

  

「……ああ。あの日のことはよく覚えてる。最悪の日、だったさ」

 

「あの日……?」 

 

 ナギが拳を握りしめた。悔やむように、言葉を絞り出して、

 

「魔王サタンとマトゥル騎士団の戦いがあった次の日だ。魔王軍の残党をたった一人で潰しに行ったレイナの顔を見てすぐに分かった。あの憎しみと怒りに満ちた瞳は、今でも忘れられない。……たしかあの日からだったな、自分の身を省みない戦い方をして、血まみれでニップルに帰ってくるようなったのは」

 

「……何度も注意したんだけどね。でも、レイナは全然聞いてくれなかったわ。ただ淡々と消えては現れる魔王を倒して、傷ついても知らないふりをしていた。あなた達と一緒に過ごすようになってからは、少しマシにはなったのだけれど……また、あの日に戻ってしまうのかしら……」

 

「……」 

 

 シャルロットは悲しそうに俯いた。

 魔王軍。人間を滅ぼす厄災。

 そしてマトゥル騎士団を壊滅に追い込み、レイナの心に憎しみを植え付けた存在。

 

 レイナはロミオと別室で『大切な話』をしている。その話の中には、ロミオが言った『マトゥル騎士団の再編』が含まれている。

 もし、マトゥル騎士団が再び活動することになったら、レイナは喜ぶのだろうか。また、憎しみを抱いて戦うのだろうか。

 

 元魔王であるエアに対する扱いは非常に冷たいが、本気でエアを憎んでいる訳でない……と思いたい。

 

 エイルはレイナのことを尊敬していた。憧れていたマトゥル騎士団の一人として、何より共に戦ってくれた勇ましい勇者として。

 

「(私はどうすればいいんだろう……。マトゥル騎士団のこともレイナさんのことも知らない私にできることなんて……)」 

 

 すると、

 

「……紅茶をもう一杯いただけないか?」 

 

 鎧の男が空になったカップを置き、厨房に身を潜めている四人の方に声をかけた。

 エイルを除いた三人は顔を見合せ、ゆっくりとエイルの方に視線を注ぐ。

 考え事をしていたせいで三人の思惑に気づかなかったエイルは一瞬キョトンとして、

 

「え?」

 

「久しぶりのお客様だから丁寧に、そしてお金をたくさん使わせなさい」

 

「……任せた」

 

「エイル、おまえならできる!」

 

「ちょ、ちょっとぉ!?何で私が!?」

 

 シャルロットは優しい笑みを浮かべながらエイルにティーポットを渡し、背中を押す。

 鎧の男の姿は不気味で、近寄り難い雰囲気を放っている。ただ紅茶のお代わりを注ぎに行くだけなのだが、男に近づくことすら恐れ多いように感じる。

 

 三人の威圧を込めた視線に負け、渋々エイルはティーポットをもって鎧の男の席に向かう。

 

「こ、紅茶のお代わりどうぞ…」

 

「…………」

 

 紅茶を注ぐと、そそくさと鎧の男から離れる。

 

 しかし、その前に

 

「……おい」 

 

 鎧の男が立ち上がり、エイルの肩に手を置いた。エイルの身体がビクリッと震える。

 

 何か粗相をしてしまったのか、ぎこちない動きで振り返ると、

 

「……………」

 

「あ、あの………」

 

 血のように赤い瞳がエイルを覗き込む。

 壊れ物に触れるように優しくエイルの頭に手を当て、

 

「ちゃんと食べてるか?」

 

「………え?」

 

「栄養は偏ってないか?菓子ばかり食べてないか?」

 

「は、はい」

 

「そうか」

 

 エイルの頭を撫でると鎧の男は席に戻り、再び紅茶を飲む。

 しばらく立ち尽くしていたが、鎧の男の行動に後ろ髪を引かれながらもシャルロット達の元へ戻った。

 

 シャルロットは眉をひそめて、

 

「あの男、エイルの知り合い?」

 

「いえ…知らない人のはず、なんですけど…」

 

「けど?」

 

「どこか……懐かしい気がします。昔、会ったことがある…ような…?」

 

 記憶の片隅に、ぼんやりとだが残っている。

 鎧の男とよく似た赤い瞳。名前も知らない人。同じように頭を撫でられた、そんな光景がよみがえる。

 

 その時、別室の扉が開き、

 

「すまないアポリュオン、待たせしまったね」

 

「予定より五分三十二秒ほど超過している。交渉は終わったのか?」

 

「ええ。これより我ら王宮騎士団とギルドは共に、裏クエストの殲滅に尽力する。ギルドの長レベリオとの話し合いも済んでいる。レイナ様には妖精・モンスターの専門家として協力して頂く」

 

「ならさっさと行くぞ。副団長」

 

「はいはい、相変わらず騎士とは程遠い男だ」

 

 騎士二人は酒場から出ていった。レイナは暗い表情でその後ろを歩き、

 

「……ごめんなさい」

 

「──え?」   

 

 独り言、だったのだろう。

 外の喧騒に消されてしまうほど小さく、悲しげな声で言った。

 

 何に謝っているのかは分からない。ただ、エイルやエアに関することではないことは確かだ。

 

「レイナさん……」

 

 急に寂しくなった酒場で、エイルはポツリとレイナの名前を呟いた。彼女の身に悲しいことが起こらないよう祈りながら。

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