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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
2章 異端者達のメルヒェン
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60.5話 頑張れ!アクスラピア!(後編)


 夜の酒場は本日も大盛況。

 冒険者達は酒を飲み、食べ物を口に運んでいく。

 時たま、レジの横で売られている謎の液体をチラチラ見ながら。

  

「何だ、あれ…?」 

 

「アクスラピアの薬…だってよ」

 

「なんか変な臭いするぞ…」

 

 目立つように書かれた張り紙には、『万能のアクスラピア薬!五百フォリス!※人体に影響が出ても一切の責任は負いません』と書かれている。

 

 見るからに怪しい文面と謎の異臭を放つ液体。

 皆チラッと見てすぐに目をそらしてしまう。

 

「…売れませんね」

 

「やっぱりダメか……」

 

 バイトをしながらこそこそ様子をうかがっていたエアとエイルは、ガックリと肩を落とした。

 エイルが作ったアクスラピア液、通称アクス液を売りはじめて早一時間。

 客はアクス薬が売っている場所から距離をとり、近づこうとしない。

 

「…早く売らないと、明日にはもっと臭くなるよな…」

 

「はい、絶対に…」    

 

 残り二十八本、なんとか消費しないとこの異臭がさらに増大することになる。 

 さりげなく注文をとるときに宣伝しているが、反応は芳しくない。

 

 するとドアが開き、二人の冒険者が新たに来店した。

 

「よ、新米!」

 

 店に入ると、男はエアの肩を気さくに叩いた。 

 茶髪のツンツン頭、額にバンダナを巻いた逞しい男を見ると、エアは親しげに、

 

「お、バラクじゃねぇか。一日ぶりか?」

 

「今日は久々に外食しようと思ってね。まあ、デカイモンスターを仕留めたご褒美だ」

 

「さすが兄貴、太っ腹ッス!」 

 

「エアさんの知り合いですか?」

 

「ああ、昨日銭湯で知り合った。このツンツン頭がバラクで、アフロがギデオン」

 

「よろしくな」

 

「よろしくッス!」  

 

 エアの紹介で、バラクとギデオンが親しげに笑いかける。

 

「エイル・ジェンナーです。よろしくお願いします」

 

 軽く自己紹介をして、握手の手を差し出した。

 

 少しバラクが照れながら、握手に応じる。

 すると、バラクの腕に巻かれた、血の滲んだ包帯が目に入った。  

  

「今日、モンスターに少し切られちまってな。一応回復魔法使ったけど、素人にはこれが限界だな」

 

「あ、ごめんなさい。ジロジロ見ちゃって…」

 

 慌てて手を離して謝るが、バラクは気にしていない様子だ。心なしか、少し嬉しそうにも見える。

 

「飯作れそうにねえから今日は久しぶりの外食、ってわけさ」 

 

「むしろ久々に旨いものが食えて俺は満足ッス」   

 

「なんだよ、おまえだって俺の料理旨い旨いって言ってたじゃねえか」

 

「それはそれ、これはこれッス。得意料理卵かけご飯の兄貴には悪いけど、兄貴は料理のレパートリーが少なすぎるッス」

 

「ふーん……」 

 

 バラクとギデオンの会話を聞きながら、エイルとエアは顔を見合わせた。

 おそらく考えていることは一緒だ。

 

「一生のお願いだ、買ってくれ!」

 

「へ?」

 

「アクスラピア液、五百フォリスです!!傷にも風邪にも効きますから!!」

 

「ッス?」     

 

 呆気にとられるバラクとギデオンにアクス液が入った小瓶を突き出し、懇願する。

 残像が見えるほどの高速で頭を下げる哀れなバイト二人。

 

「これ売らないと俺達死んでしまう!頼む、先輩!」

 

 売れ残れば処理は全て二人の仕事。

 またあの地獄を味わいたくない二人は、全力で売り込む。

 売られた方が地獄を見ることになるが、そんなことを考える余裕はない。

 

 あまりの必死さにバラクはエイルから小瓶を受け取って、

 

「待て待て待て、分かったから。後輩のために買ってやるから」

 

「「や、やったああああああ!!」」

   

 手を叩いて喜び合うと、VIP待遇で救世主をもてなす。

 

 一番綺麗な席に案内し、座席にクッションを置く。

 おまけにもう一本アクス液を押し付けて、

 

「今買うと、キャンペーンでもう一本貰えるんで!」 

 

「もうただの嫌がらせだろ…ま、いいけど」 

 

 本当はもう五本くらいサービスしたかったが、さすがにそれは酷すぎる。

 一本買ってくれただけでも大勝利だ。

 

 ギデオンはメニューをパラパラめくると、

 

「兄貴!俺、この『カツドン』ってやつが食いたいッス!」

 

「じゃあ、俺は『オヤコドン』。あとビール二つ」

 

「イエッサー!!」  

 

 元気のいい返事をして、エアは厨房に走る。

 

 エイルは水を運ぶと、影からこっそりとアクス液の反応を伺う。

 恐る恐る、バラクは瓶の蓋を開けて臭いを嗅ぐ。

 

「この臭い、なんとかならないのか…くっせぇ…」

 

「これ、肌につけるんじゃないッスか?」

 

「だよな、これを飲もうとするなんてただのバカだな」

 

「バカッスね!」

 

 グサりとエイルの心にトゲがささった。

 

「じゃあ、さっそく使ってみますかね…よっと」

 

 包帯を外し、痛々しい傷にアクス液を塗っていく。

 その様子を見ようと、エイルが影から懸命に首を伸ばすと、

 

「エイル、これ三番テーブルに運んでちょうだい」

 

「は、はい!」

 

 料理の乗ったお盆をシャルロットから渡され、仕事を再開した。

 込み合う時間になったため、忙しくてアクス液の効果を見る暇なんてない。

 

 慌ただしく動き回っていると、 

      

「おおお!治った、治ったぞ!心なしか肌もツルツルになった気がする!」

 

「本当だ!兄貴の乾燥肌に潤いが!!」    

 

 突然叫んだギデオンとバラクの席に視線が集中する。

 皆に見せびらかすように腕を高く上げると、傷が無くなってツルツルした腕を指差す。

 

「あの潤い…高級泥パックにも負けず劣らず…!」

 

「ツルツル…あれで私もツルツルに…!」

 

「……いい」

 

 女性陣から歓喜の声が沸き上がり、一気に酒場の空気が熱くなった。

 

 美容のために作ったわけではないが、このチャンスをおもにしない手はない。

 

「今なら、五百フォリスで!綺麗に、健康に!」

 

 状況を察したエアの鶴の一声。

 美と冒険を求める女達はアクス液を手に取り、臭いを嗅いでためらうが、

 

「でも、これで綺麗になれるのなら…!」

 

「これ、一つ!」

 

「まいどありー!」

 

 肌に効くと判明した途端、一気に手の平を返された。

 

 一本、また一本と女冒険者によってアクス液が買われていく。

 それを見た男冒険者達も、少しずつ興味をもっているようだ。

 

 ここからは酒の力。  

 酔って気分が高揚している冒険者はもの珍しさにアクス液を買っていく。

 ついには酔ったテンションで誰が吐かずに飲めるかという競い合いが始まった。

 

 エイルを殺しかけた毒液は、酒のつまみと化し、宴会芸の一つとして場を盛り上げていった。

 

「…このまま売りさばいていけば、世界に進出できるのでは…?」

 

 あまりの盛況ぶりに、二人は営業拡大をもくろみ始めた。

 所詮一時の熱にすぎないこの場の盛り上がりだが、

 

「いずれはハーブノイルの薬草にも負けない市場を…!」  

 

「味もイチゴ味とかにしてみたら、飲めそうだな!」

 

「やっぱり、バリエーションですよね!」 

 

 残念なことに、アクス液が売れていく喜びで狂乱状態の二人には、もう冷静な思考など残っていない。

 

 絶対にこないであろう未来に妄想を膨らませていると、

 

「……なに、これ?」

 

 ドアが開き、レイナが外から帰って来た。

 

 シャルロット曰く『レイナを放置してたロクなもの食べないから!』とのことなので、レイナは三食つきでエアとエイルと同じ部屋で同居している。 

 レイナは既に三食と寝床の分のお金はきちんと払っているので、バイトの必要はない。

 

「あ、レイナさん。おかえりなさい」

 

「……なんの騒ぎ?」

 

 女達は顔に臭い液を塗り、男達は我慢大会を繰り広げる異質な光景に初めて突っ込んだレイナは顔をしかめる。

 大筋の状況を説明すると、レイナは呆れたようにため息をついて、 

  

「一応聞いておくけど…これ、ギルドの許可は取った?」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 ギルド、という考えもしなかった言葉がレイナの口から出た。

 

 一瞬の空白の後、

 

「モンスターの加工品の販売は、ギルドに申請して許可をもらわないといけないの。知らなかった?」   

  

「「………」」

 

 天国から地獄。

 一気に興奮は冷め、冷や汗が額を伝った。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※

   

「…………」

 

「…………」

 

 二日ぶりにギルド長レベリオと再会した。

 困ったような、呆れたような複雑な表情で見つめられ、エイルもエアも後ろめたい。

 

 レベリオは眉間に手を当てて、

 

「問題を起こさないようにと言ったはずだが……まさか二日で違反を起こすとは……」

 

「ち、違うんです!わざとじゃないんです!!物を売るにはギルドの許可が必要だったなんて知らなくて!」 

      

「……はあ。今回だけは大目にみよう。罰金はきちんと払ってもらうがね」

 

 レイナに連れられ、素直に自首したおかげで罰はかなり低めになった。

 ほっと一安心したのもつかの間、秘書のように佇んでいたクラーピスから手渡された紙に書かれた金額は、

 

「売上ぴったり……」

 

「むしろこれくらいですんだことが奇跡だわ。本当ならそれの十倍はとられるんだから」

 

 十分ギルドが情けをかけていると分かるが、それでも売り上げすべてを持っていかれるのは痛手だ。

 

「ああ、そうそう。正式に薬を販売したいなら申し込みを済ませてくれ。その際に申し込み料と税金の手続き、あと商人組合への加入金に──」

 

 罰金にアクス液を販売するための申し込みにかかるお金、さらに税金その他もろもろ。

 

 レベリオの口からエイル達の理解を越えた単語が尽きることなくでてくるが、それら全てお金に関わる事柄であるのが驚きだ。

 

 売り上げなんて霞んで見えるほどの金額を聞かされ、ようやく冷静になった二人は結論を出す。

   

「あの、やっぱり売らなくていい気が……」

 

「奇遇だな。俺もそう思った」

 

 こうして、アクス液で世界市場を圧巻するという妄想は頭の隅に追いやられ、二度と思い出されることはなかった。    

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