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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
2章 異端者達のメルヒェン
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59話 神秘と疑念

「よっと…どうですか?」 


「………」 


妖精が首を横に振る。


その仕草に落胆すると、エイルの力が抜けた。


エイルの頭の上にちょこんと乗った妖精は、頭頂部から生えたアホ毛を馬車の手綱のようにぐいぐい引っ張り、


「あっちですか?どれどれ‥‥‥」


「おまえは馬か」


御者と馬のように妖精に操られるエイルを横目で見ながら、エアはギルドバドティビラ支部で貰った罠を大木の根元に取り付ける。


レイナはテレーズと商談中。エアとエイルだけで罠を仕掛けに行く予定だったのだが、


「まさか敵意剥き出しの妖精が懐くなんてなぁ‥‥ま、まあエイルは優しいもんな‥‥うん」


「へ?どうかしましたか?」


「な、何でもないぞ!!でも、妖精の寝床なんてそう簡単に見つかるか?」


少し顔を赤らめたエアが高速で首を横に振った。


妖精を連れ出し、森で住みかを探す。


昨日思い付いた拙い作戦だが、エイルの頭の上でキョロキョロと森を落ち着かない様子の妖精を見ていると、無駄足ではないようだ。


ちなみに妖精は歩くことも飛ぶことも拒否しており、朝からエイルの頭を占領し、馬のように操っている。


「ここはどうですか?」


「‥‥‥‥」


先ほどから妖精が示した場所に向かい、妖精が首を横に振る、という一連の作業を繰り返している。


妖精の反応も徐々に薄くなっている。


「この森じゃないのかなぁ‥‥」


全ての元凶である詐欺師が妖精を売りさばこうとしたのはバドティビラだが、もしかしたら遠くで捕まえた妖精なのかもしれない。そうなるとエイルにはどうしようもない。


「よしっ、仕掛け終わったぞ」


大木の根元に半分以上埋まった罠は、はた目から見れば湾曲した木の枝が埋まっているようにしか見えない。


ヴァージドデリスは警戒心が強く、鉄の罠など置こうものなら二度とその場所に近づくことはないだろう。


木で作られた罠だが、これが一番ヴァージドデリスの捕獲率が高い。


くいくい、妖精がエイルのアホ毛を強く引っ張った。


「森の奥?あっちに行きたいんですか?」


妖精が示す先。無数の木の枝が行く手を遮り、人の侵入を拒んでいるようだ。


背筋に冷たい汗が流れる。


正直行きたくないが、妖精はお構い無くアホ毛を引っ張り続ける。


「‥‥よしっ、行きますか」 

 

 覚悟を決め、一歩踏み出す。

 すると、エアがエイルを追い越して森の奥に進み、

 

「いつまでも妖精をこっちで預かるわけにもいかないしな。‥‥ま、何かあっても大丈夫だ」


 エイルの前髪が風で揺れた。

 小さな気遣いに笑いながら、その後ろを歩く。


 別段森に変化はない。木の密度が増えた、その程度だ。

 コツン、エイルの爪先に何かがぶつかった。


「これは‥‥鎧でしょうか?でもどうしてこんなところに?」


 肩当ての部分だろうか、何日か放置された鎧の全面を赤黒い錆が覆っている。

 ずっしりと感じる重み。この重さは鎧の重量だけではない気がした。


「な、なんだか気味が悪くなってきましたね‥‥ひゃあ!?」


 エイルの言葉が引き金となったのか、すぐ近くの茂みが大きく揺れた。


 エイルの肩に何かがぶつかり、少し身体が後ろに押された。


「‥‥‥気をつけろ 、ガキ共」


 茂みから現れたのは中年くらいの無精髭を生やした男だ。

 鎧と短剣を携えているので、おそらくエイル達と同じ冒険者だろう。


 男は無愛想に言い放つと、立ち止まることなく横を通り抜けた。


「ちぇ、あっちからぶつかっておいてごめんの一言ないのかよ」 


 しかめ面のエアが男の背中を見ながら吐き捨てるように言った。


 特にエイルは気にしていなかったのだが、


「‥‥妖精さん?」 


「───────────」


 いつの間にか妖精が肩の上に立ち、エアと同じように男を見つめていた。

 敵意、または憎しみ。羽が赤く光り、身体から溢れ出た魔力で髪が揺れる。


「──?さっきの人がどうかしましたか?」  


 妖精は何も言わない。急かすようにエイルのアホ毛を強く引っ張る。


 その態度に引っ掛かりながら森の奥へと進む。


 木々の量が増え、辺りが少しずつ暗くなっていく。光が当たらないせいか、気温が下がっているようだ。

 鳥のさえずりも、獣の足跡すら無い。


 湿った土が靴にまとわりつく。手入れされていない枝が服に引っ掛かる。

 一つ一つが暗い影のように身体にのし掛かってくるようだ。


 そして、


「───!」


「あ、ちょっと!急にどうしたんですか?」


 妖精が羽を広げ、エイルの頭から飛び立った。

 草木をかきわけ、刺の生えた枝を避けながら森の奥へ進んでいく。


「おい!どこ行くん──ブホォッ!?」


 慌てて一歩前に出たエアが盛大に転けた。

 正面から地面に飛び込んだエアの顔面が葉や泥でぐちゃぐちゃに汚れ、酷い有り様だ。


「だ、大丈夫ですか?怪我、してませんか?」


「ううう‥‥エイルだけが俺の癒しだ‥‥」  


「はいはい、じっとしててくださいね」 


 倒れたエアの横にしゃがみ、エイルがハンカチでエアの顔を拭いていると視界に何かが映りこんだ。

 それは片隅に見えただけの、本当に小さな光だった。

 空から降り注ぐ太陽の光。普段なら何ともない、ありふれたものがこの森では神聖に感じる。


「アスタルテ、か?」 


「え?」


 エアが突然、名前を呟いた。この街で知らぬ者はいない、とある神の名前を。


 服についた泥を振り払いながらエアが光に向かって駆け出し、その後ろをエイルが追いかける。


「ここは‥‥もしかして──」 


 足に絡み付いていた泥が無くなり、代わりに固くしっかりした感触を靴越しに感じる。


 地面はひび割れた円形の大理石で覆われ、大理石の中央には掠れて見えにくいが、八芒星が描かれている。


 木々は大理石を中心にスペースを空けて根を下ろし、それでいて美しい円を描いている。大理石のある空間に敬意を示しているようだ。自然にできたとは到底思えない。


「ここって、女神アスタルテの‥‥」


「聖域『エアンナ』、確か神器を突き刺したんだっけな」


 ここだけ森の外と同じように明るく、暖かい。これも神器の力だろうか。


 先行していた妖精は大理石の周りを旋回していた。エイルの姿を見つけると、エイルの頭頂部から生えたアホ毛を今まで一番強い力で引っ張る。


「はいはい、今行きますよっと」


 子供に急かされる母親のような気持ちになりながら、妖精を両手で優しく包み、肩の上に乗せる。


 妖精が八芒星の中央を指差す。

 指し示した場所は光が最も強く当たり、四角い台座が置かれている。


 しゃがんで台座をよく見ると、


「あれ?」


「どうした、エイル?何か変なものでもあったか?」


「あった、というよりあるべき物がないといいますか」


 キョロキョロを辺りを見回す。

 しかし、木と大理石以外に目ぼしいものは見当たらない。


「バドティビラは聖域『エアンナ』に女神アスタルテが突き刺した神器によって栄えた街。この台座、剣が突き立てられるくらいの小さな穴があるんですけど‥‥ほら、ここです」


 エイルが台座の中心にある横長の穴を指差す。


「もし、ここが聖地『エアンナ』だとしたら、神器…はなくても、それに似た彫刻や武器を突き立てると思うんです。きちんと台座はあるわけですし」


「なるほど、台座だけあるのは不自然ってわけか」


「まあ、伝承がどこまで本当なのか分からないですし、ここもバドティビラ建造時に作られたものとは限らないので―――」


本当に女神がいるという証拠も、神器によって栄えた確証もないのだ。神話を準えてつくった、という可能性の方が高い。

そう思った瞬間、


―――ビチャ。


 エイルの首筋に柔らかく、ねっとりしたものが当たった。

 不快感と同時に甘い香りが漂う。


 首筋の異物を人差し指ですくい、匂いを嗅ぐと、


「…木の実?でも、何で――」


 言い終わらないうちに妖精がエイルの髪の毛に飛び込み、とある一点を指差しながら顔をひょっこりとのぞかせる。


 嫌な予感がする。

 恐る恐る後ろを振り向くと、


「―――!」


 蜂の羽音のように細かな振動。


 音を発する襲撃者達は、蜂やアブなんかよりずっと恐ろしい。

 数はおそらく五十以上。木の実やくっつき虫に似た丸い植物を手に持った妖精達が巨壁のように群れていた。


「え、えっと…その…も、もしかして怒ってるんでしょうか…?」 


「マジかよ……」


 真ん中にいる妖精が木の実を手のひらで弄ぶ。額には血管が浮かび上がり、絶対に話を聞いてくれないだろう。

 エイルの髪から顔を出していた妖精が顔を引っ込めた。


 その直後、


「「うわあああああああああああああああああああああああああ!!?」」  


 妖精達による一斉攻撃が開始され、二人は自然の容赦ない猛威の前に崩れ落ちた。

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※ 


 ぼんやりと外を眺めていた。


「……レイナ、聞いてる?」


「え?ああ、聞いてるわ」 


「……嘘。上の空だった。何か気になってる?」


「別に。何でもないわよ」


 テレーズが首を傾げた。レイナとはそれなりに長い付き合いのため、レイナの意識が他に飛んでいたことなどお見通しだ。


「……エイルって人間が気になってる。相変わらず分かりやすいね」


「うっさい。黙って仕事に集中しなさい」 


 何も語る気のないレイナの塩対応に、テレーズもそれ以上追求することなく仕事に戻った。


 テレーズの手元には袋に入った岩石と複雑な模様で構成された魔法陣が描かれた羊皮紙がある。


 今二人は昨日の依頼の話し合いの最中で、テレーズはこれからレイナが所望した『ある物』の製造にとりかかる。


 しかし、


「妖精と人間は……分かりあえるのかしら」 


「……それは、あの子次第」


 レイナにも懐かなかった妖精。


 彼女とエイルの間に何があったのかは分からない。エイルの一方的な善意が妖精の心に届いたのだろうか。


 すぐにそれがバカらしい考えだと気付き、レイナは首を横に振って考えてを頭から消した。

 

 妖精は人と相容れない。


 それでも彼女はきっと、まだ妖精と心通わせようと頑張るのだろう。

 

―――が、しかし。

 

「レイナざああああああああん!!」 

 

「うおおおお勇者ぁぁぁぁぁ!!!」 


 勢いよく開け放たれた扉と共にエイルとエアの泣き声、鼻にツンとくる匂いが飛び込んできた。

 

 身体中に熟した木の実と泥のついた葉を張り付けた二人を見て、レイナは全てを察した。

 

 泣きつくエイルの頭を撫でながらレイナは盛大にため息をついて、


「……やっぱり、人間と妖精が分かりあうなんて不可能ね」  

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