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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
2章 異端者達のメルヒェン
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58話 こんにちは、妖精さん

「妖精ねぇ…。ずいぶんと珍しいお客様だこと」

 

 夕日が沈み、街に灯りがつき始める。

 冒険帰りの冒険者、仕事終わりの商人達が道を埋めつくし、酒場や宿屋にも人が溢れる。

 

 そんな中、シャルロットとナギの酒場は閑散とし、エイルとエアが連れてきた妖精だけが唯一のお客様だ。

 

「妖精なんて久しぶりに見たわ。ナギはどう?」

 

「……蛇羽国では見たことがない。ニップルでもない」

 

「そうよねぇ。妖精は臆病で警戒心が強いから、人前に姿を現すことなんて滅多にないし……」

 

「…………ふむ」  

 

 訝しむ二人の視線がエイルとエアに注がれる。

 

「だ、だってあのまま放っておくわけにはいかないだろ!?怪我もしてるみたいだし……」

 

「それに、鳥籠から出ようとしなくて。ずっと俯いて目も合わせてくれないので…さすがに一人にしておけなくて」

 

 有らぬ疑いをかけられないように弁解しながら、これまでの経緯を話す。

 その間、妖精は黙って座り込み、ぴくりとも動かない。

 

「……宝石商の男、ねぇ」

 

 シャルロットは顎に手を当て、考え込むように両目を閉じた。

 

 誰もが口を閉ざし、静かになると、外からのざわめきとジャリ、ジャリ、ジャリッッ!!と刃物を研ぐ音だけがやたら際立って聞こえくる。

 

 研磨の音は回数を重ねる毎に鋭くなっていき、エイルの背筋が凍りつく。

 

「あの、レイナさん……?どうして剣をそんなに磨いで…?」

 

「……妖精をいじめやがって…絶対に潰す」

 

 瞳に宿った殺意は本物で、あの場にレイナがいたらきっと血祭りでは済まなかっただろう。

 

 レイナが詐欺の男と遭遇しなくてよかったと胸を撫で下ろすが、エイルの心境は複雑だ。

 

 扉は開いたまま、檻に手を入れると、うずくまったまま動かない妖精の肩が僅かに動いた。

 妖精の真っ赤な瞳がこちらを捉えた。鳥籠の中の空気が圧縮されて、

 

「っ!?」

 

 鋭い風の刃がエイルの頬をかすめる。刃は酒場の壁に突き刺さると、空気に溶けていった。

 

 はぁ、とため息がエイルの口から漏れる。

 

 小さな檻の扉を開けても妖精は出てこない。それどころか下手に触れようとするだけで容赦なく攻撃してくる。

 完全に心を閉ざしてしまったのだろう、傷ついた妖精には人間の言葉も親切も届かない。

 

 レイナの不機嫌の大きな原因がこれだ。妖精はレイナにさえ懐かない。

 

「レイナにも心を開かないとなると、もうお手上げね。妖精の気持ちが落ち着くのを待つ以外ないわ」

 

「あの野郎……絶対に見つけて報いを……」

 

「レイナも物騒なこと言わない。さてと……お客さんもいないし、ちょっと早いけどご飯にしましょうか」

 

「──!今日のメニューは何ですか!?」

 

「今日は、ナギ特製フワフワ卵の親子丼よ!」

 

 エイルの目が輝く。

 ニップルでの生活において、エイルの楽しみは数少ない冒険とナギの美味しいご飯が大部分を占める。

 

 幸せオーラを身体から漂わせるエイルに対してレイナは、

 

「…私の分はいいわ。これから出掛けなきゃいけないから」

 

「え?こんな時間にですか?」

 

「ギルドの方で頼まれた依頼がまた残ってるの。帰りは深夜を過ぎるから」

 

 レイナはエイル達の冒険団──アヌテオラの一員。しかし、レイナの冒険者としての格は非常に高い。ランクAAAの冒険者はレイナと今は無きマトゥル騎士団のメンバーだけだ。

 

 ギルド内でも重要な戦力であるレイナは、エイル達と行動を共にする傍ら、ギルドの依頼をこなしている。

 

「あんまり無理し過ぎないでくださいね。まだ、マスカルウィンの傷が癒えてないみたいですから……」

 

「心配してくれてありがと。じゃあ、行ってくるわね」 

 

 軽く右手を振り、レイナは酒場から出ていった。

 

「あれ?エアさんは?」

 

「……エアならレイナより先に出ていった。行き先は知らん」

 

 気がつくとエアがいなくなっていた。

 

 ナギ以外に気づかれることなく酒場から消えたようだが、何か用事でもあったのだろうか。

 二人がいなくなると酒場はさらに寂しなった。

 

 ナギとシャルロットは厨房へ向かい、手持ち無沙汰のエイルがぼんやりと妖精を眺めていると、

 

「どうしようかなぁ──あれ?もしかして足を怪我してる……?」

 

 妖精の足が赤くなっている。

 よく見ると足首が刺のついた枷で拘束され、刺が足に突き刺さっている。

 

──こんな状況で人間に心を開けるわけがない。

 

 妖精にとって人間は加害者だ。

 彼女に寄り添うためには、その認識を変えなければならない。

 

 腰のポーチから包帯とモンスターを材料にして作られたアクスラピアの薬を取り出す。

 最初に包帯を半分に切り、さらにもう一度半分に切ると、妖精の足に丁度よいサイズになった。

 

 小瓶の蓋を少し開けると、モンスターの体液の嫌な臭いが舞い上がる。

 この臭いだけはエイルも未だに慣れることができない、アクスラピアの宿命だ。

 

「それじゃあ、ちょっと失礼して……」 

 

 鳥籠に手を入れて妖精に触れると、パチンとエイルの手が叩かれた。

 妖精にとってはパチンという可愛い攻撃だったが、実際は小石ぐらいなら簡単に壊せそうな衝撃を伴った一撃が放たれた。

 

 咄嗟に手を引いたため赤くなる程度で済んだが、エイルの全身から冷や汗が吹き出す。

 

 しかし、すぐに自分の過ちに気がついた。

 

 治療のためとはいえ許可なく触れられれば誰だって警戒する。

 

 相手は人間ではないが、乱雑に扱っていいわけではない。

 アクスラピアとして、医療者として浅はかな行動だったと反省した後、

 

「大丈夫、私はあなたをいじめたりしません。ただ、あなたの足を治したいだけです」 

 

「………」

 

 妖精が僅かに顔をあげた。

 エイルを睨み付け、友好的とは言えない。 

 

「……ずっとそのままじゃ、飛ぶときに痛いと思います。とても苦しくて悲しそうだから、力になりたいんです」

 

 妖精に恩を売って利用しよう、なんて思いはない。

 

 ただ心を閉ざした妖精がとても悲しそうで辛そうだから。

 レイナと楽しそうにじゃれていた妖精達と同じように、楽しそうに飛んでほしい。

 

 エイルの願いはそれだけだ。

 

 分かってくれないかもしれない、それでもエイルは微笑みかけた。

 少しの静寂の後、妖精がプイッと顔を背けた。

 

 そのまま無反応──かと思いきや、

 

「……………」

 

 相変わらず顔は険しいままだが、ちょこんと鳥籠のふちに座り、怪我をしている脚を伸ばした。

 

 こちらは見てくれない。でも、十分だ。

 

 指先を慎重動かすと、小さな枷は簡単に取れた。

 

「我の指先はアスクレピオスの杖なり。治癒を司る精霊よ、汝の力で穢れを払いたまえ《ウンディート・アクア」 

 

 アスクラピアの薬を妖精の足に少量塗り、静かに呪文を唱えた。

 

 淡い緑色の光と共に痛々しい赤色が徐々に肌色へと戻っていく。

 薄く線をひいたような傷痕を包帯で覆い、治療は終了した。

 

 エイルより腕のいい回復魔法の使い手なら、傷痕も残さず治療できたのだろう。

 

 妖精は不思議そうに足を揺らし、エイルと治ったばかりの足を交互に見る。

 

「私はエイル、エイル・ジェンナー。黒髪の角が生えた人がエアさんで、紫髪の女性がレイナさん。……シャルロットさんもナギさんも、みんな優しくていい人なんですよ」 

 

「…………」

 

 妖精は何も言わない。

 でも、少しだけ──嬉しそうに思えた。

 

 妖精の半透明の羽が淡い桃色に光っている。儚げに発光する羽はとても美しく、幻想的だった。

 

 これからどうしたものか、光に照らされながら思案していると、エイルに一つの考えが浮かび上がった。

 

 妖精の羽を見つめながら、エイルは明日のことを考えて穏やかに笑った。

 

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