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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
2章 異端者達のメルヒェン
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57話 詐欺師、再来


「……状況は理解した。でも、ちょっと無理みが深い」

 

 ガラクタ、もとい制作途中の品にまみれた応接間の椅子に座りながらテレーズが言った。

 

 これまでの経緯を説明している間、彼女は糸を通した針を靴に縫い付け、手を休めることなく作業を続ける。

 

「何よ、モンスターを捕獲する道具なら有り余ってるでしょ?」 

 

「……ヴァージドデリスは警戒心が強い、下手に刺激すれば奥の方に逃げ込む。……あの原生林の奥には女神アスタルテの大切な聖域がある。低級モンスターとはいえ、勝手に侵入されるのは困る」

 

「聖域……?」

 

 エイルが首を傾げると、テレーズは針を横に向けた。

 

 針の先には、槍と弓を組み合わせた武器を持った、手のひらサイズの女性の木像があった。

 

「……バドティビラが女神の加護を今日まで受けられているのは、女神が神器を突き刺した聖域、エアンナがあるから」 

 

 静かで小さな声。それでいて力強さを感じさせる声でテレーズが話す。

 この街の住民達は森を守り、決して手をつけなかった。それは、女神への厚い信仰心からだったのだろう。

 

「……だから、あの奥は立ち入り禁止。ギルドの決まり」

 

「あら、そう?じゃ、これ前払い」

 

 レイナは懐から何やら乾物のような物を取り出すと、無造作に放り投げた。

 

 作業中のテレーズが器用にそれをキャッチし、無表情に僅かな驚きの色が現れた。

 

 黒くて固そうな、蛇皮に似た乾物をテレーズがじっと見つめる。その瞳は今までの冷静な印象を掻き消すほどに輝いている。

 

「……これは」 

 

「黒龍シュヴァルドラゴの皮、中々レア物だと思うけど?」

 

 テレーズはシュヴァルドラゴの皮から目線を逸らさない。

 

 黒龍シュヴァルドラゴはモンスターの中でもかなりの大型で、ベテラン冒険者でも手を焼く。

 

 しかしその皮は非常に硬く耐熱性に優れていて、加工すれば武器や防具となる万能の素材となり、高値で取引される。

 

 今渡したものは、レイナとリンドがミッションを賭けて戦った時に手に入れたものだ。

 

「……明日までに罠を用意しておく。後は勝手にやって。責任は負わない」

 

 欲望と信念の狭間で迷っていたテレーズだが、黒龍シュバルドラコの皮を丁寧に懐にしまう。

 

 こんなあっさりと信仰を犠牲にしていいものかと疑問に思ったが、ここで口するのは野暮ってものだろう。

 

 ぐるりと室内を見渡す。

 壁に飾られた槍や弓といった武器、剣を携えた鎧。どれも細かな模様が描かれ、製造主の技量の高さがうかがえる。

 

 すると、レイナがまたシュヴァルドラゴの皮を取り出して、

 

「……?もう、お代はもらった」

 

「それは追加料金。もうひとつ頼まれてちょうだい。なるべく早めにね」

 

「……まだ、仕事が終わってない。作業が終わってから受け付ける」

 

「じゃあ、もうひとつあげるわ。今度はシュバルドラコの首の皮よ?しかもオドが僅かだけどこびりついてる」

「……用件は?」 

   

 一瞬で態度を改めると、テレーズはどこからか羊皮紙と羽ペンを取り出す。

 

 何だか女神の天罰が下りそうなくらい罰当たりなことをしている気分だ。

 しかし、レイナは全く気にしていない様子で、

 

「ごめんなさい、エイル。ちょっと席、外してもらえる?込み入った話もあるから」

 

「込み入った話、ですか?別にいいですけど……」

 

「話は一時間くらいで終わるから。ついでに、暇そうにしてる魔王と観光してきたら?」 

 

「……ここを出て通りを真っ直ぐ行けば女神のジックラトの跡地がある。そこが一番人気」

 

「女神のジックラト!?」

 

 キラリ、エイルの瞳が輝く。 

  

「はいはい、俺も出ていけばいいんだろ。全く──おいエイル!?」

 

「さあさあバドティビラ観光に行きますよ!!ジックラトが私達を待ってます──!!」

 

「あー分かった分かった!だから急ぐなって!!」 

 

 エアの腕を引っ張り、満面の笑みでエイルはバドティビラの街へ出掛けていった。

 

 呆れつつも少しだけ嬉しそうなエアの背中を見つめていたレイナは、力が抜けたように笑った。

 

「……本当、珍しいね。レイナが人間のために行動するなんて。もう、人間に肩入れするのはやめたと思ってたから」

 

「気まぐれよ……ただ、それだけ」

 

「……ふーん。レイナって面倒な人ね」

 

「勝手に言ってなさい」

 

 ポニーテールにまとめた長い髪をいじりながら、レイナはぶっきらぼうに言った。

 

 その瞳に、今にも消えてしまいそうな寂しさを宿しながら。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

「ジックラト~女神のジックラト~むふふふ……」

 

「お、おう……本当、エイルは神話が絡むと人が変わるな……」

 

「バドティビラのジックラトは女神アスタルテを祭る大神殿!魔法・文化の両面でも重要な遺跡なんです!私の『人生で絶対に行く絶景百選』上位を連続で見られるなんて……むふふふへへへへ」

 

「そ、そうか。よかったな……」

 

 気分が高揚しているせいか、エイルは軽やかな足取りで怪しげに笑う。

 

 バドティビラは元々女神アスタルテへの信仰の場という側面が強く、観光地としてはあまり栄えなかった。

 しかし、ディオネ教主導の都市開発を皮切りに街が整備されると、観光業にも力を入れ始め、信仰の街から『見せる』街へと移り変わっていった。

 

 石造りの街道に沿うように建物が並び、商店の店先には観光地特有のお土産品が展示されている。

 

 すると、エアが足を止めた。

 

「あそこだけやけに人が多くないか?」   

 

「あれは……何でしょうか?」  

 

 視線の先には小さな露店と大きな荷車。

 

 女性達は露店を取り囲んでおり、人だかりの中心に一人の男がいた。

 遠目からではよく見えないが、掲げた右手にはネックレスのようなものがぶら下がっている。

 

 好奇心から人だかりに近づくと、

 

「私、これがいいですわ!」

 

「この髪飾り、とても綺麗で気に入ったわ」

 

「ああアタシ、これが欲しいわ!」

 

 ネックレスや髪飾り、イヤリングなどの装飾品を手にもち、身体を飾っていく女性達。

 

 露店の商品棚にはアクセサリーや宝石が並んでいた。

 女性達は我先にとアクセサリーにてを伸ばし、高貴な美しさにうっとりしている。 

 

「お嬢さん達、そう慌てなさんな。うちの店の宝石は王室御用達、だけどお財布に優しい、市民のための市民による市民の商いなのさ!」

 

「あれ?この台詞、どこかで聞いたような……」 

 

 エイルは訝しげに男を見たが、頭に霧がかかったかのようにうまく思い出せない。

 

 若干の疑問を抱きつつも、女性達の波にのまれながら露店に近づき、

 

「わぁ……綺麗」 

 

 エイルが手に取ったのは、小型のナイフ。

 

 柄の部分が黄金と宝石で彩られた儀式用のものにも見えるが、刃はとても鋭く、そして無駄が一切なかった。

 豪華でありながら冷たいナイフは決して飾りなどではなく、人を殺める武器であることを主張している。

 

 このナイフ以外に武器はなく、婦人達は宝石やアクセサリーばかりに目を向けるだけで、ナイフには目もくれない。

 

 宝石やアクセサリーとは違う異質な雰囲気に魅せられたエイルは、

 

「エアさん!こ、これすごく綺麗で──あれ?エアさん?」   

 

 後ろを振り返るが、エアはいない。

 少し離れたところにいるのかと思ったが、遠くを見てもエアの姿が見えない。

 一度ナイフを置き、露店から距離を取ると、荷車の後ろ側で真っ黒な角が見えた。

 

「エアさんと露店の人…でも、どうしてあんな所に……」 

 

 エアと露店の男。

 二人は何やら問答しているようで、男はエアの角を指差しながら頻りに話しかける。  

 

 男は中身が見えないように布がかけられた縦長のドーム状の鳥籠を揺らし、少し布を捲って、

 

「いやぁお兄さんが運がいいよ、本当。普通ならこれを生きたまま、しかもほぼ無傷で手に入れられる機会なんてないんだしさ?」

 

「だーかーら、興味ないって言ってるだろ!」

 

 エイルから鳥籠の中身は見えない。

 しかしエアの不快なものを見たような表情から、倫理的に好ましいものではないことが伺える。

 

「はぁ~お兄さん、こいつの価値をもしかしてご存知ない?ギルドの規制強化で裏クエストでも手に入らない代物、国を一つ買収できるほどの一品ですよ?それをお兄さんの角一本で手に入るなんて、お得だろう?」

 

「俺の角はトカゲの尻尾じゃねぇんだよ!!そんなポンポン生えてこない!!大体、どこでこいつを──」

 

「エアさん、どうかしたんですか?」

 

「へ?エ、エイル!?」

 

 話に突然乱入したエイルに対し、エアは驚いてあたふたするだけだが、男は慌てない。

 

 鳥籠を後ろに隠し、一瞬で接客スマイルを作ると、

 

「おや、お嬢さん。何かお探しかな?宝石?ネックレス?うちは庶民のための商い、逃げも隠れもしないからゆっくりみていってくれ」

 

 穏やかな口調に優しげな顔。

 一見するとなんの変哲もない、普通の商人だ。

 

 しかし、

 

「あ」

 

 頭の中でバラバラになっていた疑問と記憶が繋がる。

 

 くすんだ茶色の髪の毛、薄い顎ひげを蓄えていて、年齢は四十代後半だろうか。

 大柄の身体を髪の毛と同じ色の外套で覆う。

 

 濁った深緑の瞳と眼が合った瞬間、エイルは叫んだ。

 

「ああああああ!!こ、この人!ウラム村で盗品を売りさばいた詐欺師です!」

 

「なッ!?」

 

 エアと出会う一週間前。

 突然村にやって来て、庶民のための商売だと都合のいい売り文句を並べて盗品を売りさばいた。

 

 ウラム村をだまし、今度は別の地で悪さを働いているようだ。

 

 エイルに正体を指摘された男は明らかに動揺しており、男の額から脂汗が滴り落ちる。 

 エイルの大声を聞き付けた女性達が集まり、

 

「え、何?」

 

「詐欺師…?」

 

「じゃあ、これは偽物なの?」

 

「ちょっと!これは一体どういう───」

 

「おおっとーお客様、落ち着いてくださいねー!」

 

 声を荒げる女性達を前に男は両手をあげ、取り繕いの笑顔を浮かべる。

 よく見ると、掌中には白い玉が握られていて、

 

「何か誤解があるようですが、まずはこちらをご覧になってね──おらっ!」

 

 バンッッッッ!という派手な音と共に視界が白く染まる。

 男が勢いよく叩きつけた玉から煙が吹き出し、一瞬で全員の姿を隠したのだ。

 

 蛇羽国の諜報員は煙幕を発生させる不思議な玉を使うとナギから聞いたことがあるが、それに似たものだろうか。

 

「ケ、ケホッ…何で急に煙が…」

 

 煙を吸い込み、エイルはむせかえる。

 女性達の悲鳴と咳が混じり合い、小さなパニック状態と化している。

 

「ああチクショウ!《トゥプシマティ》ッ!!」

 

 エアの呼び掛けに風が答え、小さな突風が煙を吹き飛ばす。

 

 が、しかし。

 

「──に、逃げましたわあいつ!」

 

 絢爛な品々が並んでいた露店は綺麗さっぱり失くなり、女性達の視線の先には荷車を引っ張り全力疾走する男。荷車の存在を忘れさせるほど素早い走りだ。

 

 女性達は慌てて男を追いかけるが、既に男の姿は豆粒より小さい。追い付くことは不可能だろう。

 

「何だった、アレ……」

 

「さあ……あれ?これって……」

 

 逃亡した男が忘れていったのだろう、懸命にエアに勧めていた鳥籠が倒れた状態で置き去りにされている。

 

 取っ手を掴み、優しく鳥籠を持ち上げると、鳥籠が僅かに揺れた。

 

 布をめくり、中にいる住人を覗くと、

 

「これって、妖精?」

 

 住人は人の形をしていた。

 

 大きさは人差し指程度、森の素材で作られたワンピースは背中が大きく露出し、蝶に似た半透明な羽が飛び出ている。

 

 お尻を床につけた状態で膝をかかえ、顔をうずめているため表情は見えない。

 

 白い肌についた無数の傷が酷く悲しげで、痛々しかった。

 

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