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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
2章 異端者達のメルヒェン
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55話 メイド・オブ・キャット


 フレデリカ・ツェルホン。

 彼女はツェルホン家というルナムニル王国有数の貴族の息女でありながら若き経営者としての顔も持っている。

 

 そんな彼女が一年間の蛇羽国遊学から帰国し、すぐに着手したのが今エイル達が訪れている喫茶店、お茶屋『歩六花(フリッカ)』だ。

 

「四季が織り成す和の心。皆様に蛇羽国の素晴らしい『オモテナシ』文化をお届け……らしいです」

 

 メニューに書かれた店の紹介欄にはフレデリカの大きな肖像画と開店までの道のりが掲載されていて、料理よりメニューを占める割合が多い。

 

 既に並びはじめて三十分。

 やっと次の次に呼ばれる番になり、メニューを眺めていると、

 

「コーヒー一杯千フォリス……どこの高級コーヒー店よ」 

 

「この、こすぷれサービスってなんでしょうか?」

 

「ほほうこのケーキセットで握手、さらに追加のAセットで……ふへへへ……」

 

 どれもこれもやたら値段が高い上、よく分からないオプションがついている。

 エイルとレイナが首を傾げる中、エアだけは食い入るようにメニューを読み、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている。

 

「お待たせしましたにゃん、お席に案内するにゃん♪」 

 

「あ、はい……って、へ?」

 

 店から出てきた店員を姿を見た途端、エイルの身体が硬直した。

 

 三人の視線が店員の服装に釘付けになる。

 

 制服は何層ものフリルが重なり、スカートの先がふんわりと広がっている茶色のエプロンドレス。

 頭にはヘッドドレスの一種であるホワイトブリムを装着し、ここまでは普通のメイドさんなのだが、

 

「ば、バカな……ただのメイドじゃない、ネコミミメイドだと……!!」

 

「お帰りなさいませにゃん、ご主人様方♪ご主人様方はサロメがおもてなしするにゃん」 

 

 握りこぶしを顔の横あたりで軽く曲げ、サロメは猫を思わせるポーズをバッチリと決めた。

 

 セミロングの飴色の髪はよく手入れがされているのかサラサラとしており、焦げ茶色のタレ目が優しそうな雰囲気を感じさせる。

 

 しかし一番目立つ特徴はホワイトブリムから生えた猫の耳と上に向かって湾曲した尻尾だ。

 明らかに偽物だと分かる代物だが、魔法で動かしているのか、尻尾と耳が本物の猫のように揺れる。

 

「なんてことだ……淑やかなクラシックメイドの王道にネコミミと尻尾という亜人の特徴を入れててネコが持つ特有の愛らしさを引き出し庇護欲を彷彿させると同時に他のメイド喫茶との差別化を図りネコミミを堪能できる唯一の店としての地位を確立させるとは……しかもきっちりとロングスカートを死守しメイド本来がもつ清楚さを見事に醸し出させ両方の良さと消すことなく共存させたあざとい可愛いネコミミと清楚メイドの奇跡のコラボレーション一粒で二度おいしい……こいつは強敵だぞ……!!」

 

「な、何だかよく分かりませんけど、エアさんが過去最高に興奮しています……!?」

 

 どさりと崩れ落ちたエアが頭を抱え、さらにブンブンと上下に激しく揺れる。

 その様子にエイルとレイナは唖然とした後、

 

「…………」

 

「…………」  

 

「な、なんだよ勇者。その憐れむような目は」

 

「…別に。気にしなくていいわ、ただ可哀想だと思っただけよ」

 

 エイルのひきつった表情とレイナの冷ややかな視線を受け、エアは咳払いを一つしてキリッとした表情を作るが既に遅い。 

 

 これから出荷される養豚場の豚を見るようなレイナの眼光にガックリの項垂れる。

 

「こちらのお席はいかがですかにゃ?」

 

 案内された席は中央の四人席で、猫の足跡かついている丸テーブルと椅子か可愛らしい。

 

 内装も全体的に明るく、普通の洒落た店だ。

 

 テーブルの真ん中に置かれたピンク色の陶器から甘い香りが漂い、不思議と穏やかな気持ちになる。

 

「サロメのオススメは『日替わりご奉仕にゃんにゃんセット~初めてのご主人様欲張りサービス~』にゃん。今日の日替わりメニューはオムライス、オプションとして好きな猫メイドさんとの握手権がついてくるにゃ。メニューが決まったら、魔法の合言葉で教えてほしいにゃん♪」

 

 もう一度猫のポーズをきめるとサロメは店の奥へ向かい、去り際にウィンクと投げキッスを三人にお見舞いした。

 

「ふ、ふおおおおおお!!!俺、生きてて良かった、本当に良かった……!!」

 

「……エア…さん?」

 

「あーはいはい、なるほどね……」 

  

 レイナは何かを察したようにため息をつき、こめかみに手を当てて顔をしかめる。

 

 サロメのオススメメニューの値段は二千円フォリスとかなりお高い。

 

 よく分からないオプションとやらのせいだろうか、正直必要性は感じない。

 

 ただ一人を除いて。

 

「よし、三人でこれを頼もう!あと追加オプションに『可愛すぎる猫メイドさんポーズ』を入れて──」

 

「却下。私はコーヒーだけでいいわ」

 

「はあああああああ!!?大丈夫か勇者、握手権だぞ!?猫メイドと握手できる機会なんて滅多にないんだぞ!?」 

 

「……コーヒー一杯でもぼったくり価格なのに、おまえは何を頼もうとしているのかしら?」

 

 ミシッ。

 

 レイナの首筋に青い血管が浮かび上がった。

 やばい、これ以上レイナを怒らせてはいけないとエイルの本能が警鐘を鳴らす。

 

「私もにゃ、にゃんにゃんセットを頼もうかな。握手権が少し気になりますし」

 

「……エイルがそういうならいいけど」

 

「俺の時と随分態度が違うじゃねぇか……すいませーん」 

 

 あからさまに顔をしかめたエアが手を上げてメイドを呼ぶが、誰一人としてこちらを見ない。

 おかしいと思いながらもう一度エアが声をかける前に、メニューの下に小さく何やら文が書いてあるのを見つけた。

 

「『魔法の合言葉を唱えないと猫メイドとおしゃべりできません。お呼びの際は下記の合言葉を唱えてネ』……?魔法の合言葉ってこれでしょうか」

 

「よしエイル、いけ」

 

「そうね、私もエイルが適任だと思うわ」

 

「ちょっ、ちょっと!?なんでこんな時だけど息ぴったりなんですか!?」

 

 魔法の合言葉を見るなり態度は一転し、レイナとエアは二人揃ってエイルにメニューを押し付ける。

 

 神殿で聖水(?)をぶっかけられた一件といい、二人は変なところで薄情だ。

 エイルもメニューを押し返そうとするが、二人の『おまえがやれ』という無言のプレッシャーに負け、

 

「う、ううう……み、ミラクルにゃんにゃんパピネスー!!」 

「呼ばれて飛び出てにゃにゃにゃーン!はい、何でしょうかご主人様?」

 

「……日替わりのセットを二つとコーヒー一つ……」」 

 

「はーい、日替わりご奉仕にゃんにゃんセット二つ、猫の愛情たっぷりコーヒー一つ。ちょっとだけ待ってて欲しいにゃん☆」

 

「…何やってるんだろう私…」

 

 雷速のような素早さで注文を取りに来たサロメとの会話が終わると、急にこみ上げてきた恥ずかしさでエイルの顔が真っ赤に染まる。

 

 店内にいる猫耳メイドは五人。

 猫耳と尻尾の柄が違うだけで、ほとんど制服は同じのようだ。

 

 エアは忙しそうに働くメイド達を気持ち悪い笑みを浮かべながら見つめ、一方のレイナは、

 

「……レイナさん、どうかしましたか?」

 

「──っ。別に、何でもないわ」

 

 店内を舐めるように見ていたレイナが目を反らす。

 

 気だるげな表情が突然険しいものに変わった気がしたのだが、レイナはそれ以上何も言わない。

 

 何かが奥底で引っ掛かったが、それを理解するまえに、

 

「お待たせしましたにゃん、日替わりご奉仕にゃんにゃんセット、猫の愛情たっぷりコーヒーですにゃん」

 

 五分程度でオムライスとコーヒーが出来上がったようだ。

 

 にゃんにゃんセットのオムライスは値段の割に大きさは普通でケチャップも何もついていないプレーン。ピンク色のスープとピンクのドレッシングがかかった見たことないサラダが付属している。

 

 一瞬食べるのに躊躇するド派手な配色に背筋が震え上がる。

 

「これからサロメがケチャップでお絵描きするにゃん。ご主人のお名前を教えて下さいにゃん」

 

「え、エイルです…」

 

「エアにゃん、エアにゃんで頼む!!」

 

「はーい、エイルにゃんとエアにゃん、ハートも付けちゃうにゃ♪」

 

 サラサラとケチャップでオムライスに字を書いていく。

 猫の顔とハート、二人の名前+にゃんを書き入れると、オムライスは一気に華やかになった。

 

 そして、

 

「最後に……『萌え萌えキュンキュンおしいくな~れ』!はい、召し上がれ♪」

 

 落雷が直撃したレベルの衝撃だった。

 

 たった一人ノリノリの魔王様を除き、テーブル周囲の温度マイナスまで下がったように空気がカチカチに凍る。

 

「うおおおおおおお!!うまい!!メイドさんパワーを感じるぞ!!」

 

「……レイナさん、ここは私にはまだ早すぎる場所だったのでしょうか」 

  

「そうね、エイルにはちょっと刺激が強かったわね」

 

「あ、でも普通に美味しいです」

   

「……なんの変哲もないコーヒーだわ」 

 

 非常に美味というわけでも、不味くもないオムライスだ。

 付け合わせのスープとサラダも色が派手なだけで、味は塩がベースになっている。

 

 少し拍子抜けしたが、ゲテモノを出されるよりはマシだろう。

 

「ご主人様、デザートをどうぞにゃん」

 

「ふえ?頼みましたっけ?」

 

「開店サービスで、今なら全商品デザートが付いてくるにゃん。本日は森の猫さんとティーパーティにゃん♪」

 

 食べ終わると、サロメがちいさなケーキを三つ運んできた。

 

 淡いピンクとホワイトのクリームでコーティングされたケーキで、イチゴと黄色の花が乗せられている。

 

 ふんわりと優しく香る花の匂い。

 陶器から漂うアロマと同じものだろう、甘い香りが鼻腔を刺激する。

 

「この匂い、何だか落ち着きます」

 

「このアロマはキシュの街でしか採れない貴重なお花から抽出した精油を使ってるにゃ。リラックス効果もあるから疲労回復にはぴったりにゃ」

 

「へぇ……あ、ケーキも美味しくです」

 

「実は飾りのお花も食べられるにゃ。はいあーん♪」

 

「あ、あーん?」

 

 サロメが口を開けると、エイルもつられて口を開ける。

 そしてイチゴと花をフォークに刺し、エイルに食べさせた。

 

 口に広がる甘さと酸味、花は食用花なのか少しの苦味と一緒に花の甘い風味が舌を包む。

 

 店内には人間以外にも狼人間やトカゲ人間みたいな亜人達もいたが、みな男性だ。

 

 服装といい、提供しているサービスといい男性をメインターゲットにしているのは明白だが、

 

「案外、楽しいお店かも」

 

 突然のサービスに驚きながらも、可愛いメイドに『あーん』で食べさせて貰えたエイルはちょっぴりご機嫌だ。

 サロメが去った後も、エイルは幸せそうな顔でケーキを頬張る。

 

「レイナさん、食べないんですか?」

「………………」

 

 レイナはケーキに一口も口をつけていない。

 

 コーヒーも殆んど減っておらず、頬杖をついたまま動かない。

 

 しかし視線はある一点に固定してあり、睨み付けるような表情にエイルは息を飲む。

 

 その視線先には──

 

「はーい、それではお待たせしました!ただいまより、可愛い猫メイドさん達によるスペシャルステージを開幕するにゃん!ご主人様、光る棒の準備はいいかにゃ?」   

 

「「「うおおおおおお!!!大丈夫にゃーん!!」」」 

 

 突然部屋が暗くなったかと思うと、無数の細い光が部屋を覆い尽くす。

 

 赤や緑、水色その他多くの色の光は左右に揺れ、男性客の興奮に合わせるように明るさを増す。

 

「え?な、何ですかいきなり!?」

 

「何ボサッとしてるんだエイル!おまえも光る神聖な棒を構えろ!!」

 

「ひ、光る棒?何ですかそれ──」 

 

「ああもう俺の貸してやる!!ほら、はやくサロメちゃんのイメージカラーのイエローを振れ!!!」

 

「は、はい!」

 

 エアの気迫に負け、押し付けられた光る棒を意味のわからぬままエイルはとりあえず振る。    

 

 パッと店の奥が光で照らされ、段がついた簡易ステージが現れる。先ほどまでは無かったので、一瞬の暗闇の間に設置したのだろう。

 

「皆さんの応援パワー、受け取ったにゃん!さあ、みんなで一緒ににゃんにゃんにゃん!」

 

「「「にゃーん!!」」」

 

 突然始まった歌のサービスにエイルは完全に置いてけぼりだ。

 

 ポカーンと口をあけたまま、光る棒を両手に装備した状態で硬直する。

 

「今回はエアにゃんからのリクエスト!トキメキアイドル伝説、いっくにゃ~♪」

 

「「「うおおおおおおお!!にゃん、にゃん、にゃん!!」

 

「サロメちゃーん!!可愛いよォォォォォォ!!!」  

 

 エアが残像が見えるほど光る棒を高速で振る。

 

 サロメと他四人のメイド達がステージ場で歌い、スカートを揺らしながら舞う度に店の熱気は高まっていく。

 

「な、何だかもう訳が分かりません──ひぃ!」

 

 横からピリピリと感じる殺気。

 恐る恐る横を向くと、  

 

「……ただでさえシャルロットの店の売上が赤字だっていうのに、何無駄遣いしてるのかしら……」

 

「あ、あ……ああ……」

 

 ブチり。

 

 レイナの中の大切な、理性的なものを繋いでいた鎖が切れた音がした。

 熊をも殺すような殺気にエイルは身を震わせ、これから起こるであろう惨劇に目をつむった。

 

 そして、

 

「──このド阿呆がああああああッ!!!!」

 

 強い衝撃と痛々しい打撃音が喧騒に 紛れて消えていく。

 

 ボロ雑巾みたいになったエアがレイナに引きずられ、強制的に店から退出させられる。 

 

「し、失礼しましたー!!」

 

 二人の代わりにエイルはテーブルの上にお金を置き、慌てて店を出る。

 何故レイナが店の厨房をずっと見つめていたのか、その理由を尋ねることはすっかり頭から消えていた。

 

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