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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
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5話 夢見た楽園


 空を見上げても、光は見えない。

 

 にも関わらず完全な暗闇ではないのは、あちらこちらに散乱している巨石に張り付いた、こけのようなものがうっすらと光ってるためだろう。

 

「…魔法は成功していた。発動してないと思ってたけど、実は威力が強すぎて世界に穴を開けてしまった、と」

 

「……そうですね」

 

「で、今いるのは正真正銘マートティアの外。神話のみに語られる古の楽園、エデンだと。…はは、マジかよ……」  

 

 エイルと魔王、二人がいる場所は薄い霧がかかり、ウラム村とは一転して不思議な雰囲気を醸し出していた。

 

 辺りには木や草といった自然はなく、人工物を思わせる物体の残骸や巨石が散らばっている。

 

 生命の息吹が完全に途絶えた空間は、エイル達が住んでいる世界とは全く違う世界であると実感させた

 。

「成功したんですね……水の攻撃魔法で世界に傷をつけちゃいましたけど……大丈夫かな」

 

「ああ大丈夫大丈夫……世界が今にも修復を始めて……ってよくねえよこの状況ッ!!!」

 

 比較的穏やかな気持ちで状況を確認していた魔王が突然声を荒げた。

 

 大きく空いた穴から落下していたときに軽く気を失っていたようで、どのくらいの深さなのかわからない。

 

 地面との衝突の瞬間に魔王が咄嗟に風の魔法を放って落下速度を遅めたため、かすり傷ですんだがとても登れるような高さではない。

 

 魔王は両手で頭をかきむしり、

 

「どうすんだ!世界が穴を修復し終えたら、俺達マジで帰れなくなるぞ!!」

 

「でもそれなら……ほら、あの魔法陣が」

 

 エイルの指した方向、そこには血で描いた魔法陣とまったく同じ形の魔法陣があった。

 血で描かれていないが、蒼い光を天に向かって放っている。

 

「……いかにもワープできますよ、って感じだな」

 

「帰りはなんとかなりそうですね。……私達は上から落ちてきたのに。……不思議ですね」  

 

「つっこんだら負けだぞ」 

 

 誰が設置したか分からないが、とりあえず帰り道は心配ないようだ。

 

「じゃあ、さっさと帰る──」

 

 魔王が魔法陣の方へ体を向けたが、キョロキョロと辺りを見渡し、名残惜しそうな視線を向けるエイルを見ると、

「…ついでだし、少し見てくか?」

 

「ぜ、ぜひ!!」

 

 顔を一瞬で明るくしたエイルは、手を組んで目を輝かせる。

 

 スキップでもしそうなくらい軽やかな動きでエデンを歩き始め、

 

「エデンなんて一生かかっていけるかどうかの世界!それを見ることができるなんて……!目に焼き付けておきましょう……むふふふ」

 

「おおう、そ、そうか……」   

      

 魔王は若干エイルの変貌に引きつつ、エイルの隣を歩いた。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※

  

 エデン──それは神話で語られた楽園。 

 

 神話の世界は今から二千五百年以上前とされ、神と人間、獣人やモンスター、妖精といった多くの種族が共に暮らしていた。

 

 だが生き物の数が増え、食料や住む場所を巡って争うようになった。

 

 激しい闘争の末、エデンは荒廃し、生き物は住む世界を失った。

 

「そして巨神と戦い、その死骸で新たな世界を創生した……それがマートティア。──巨神ティアマトの亡骸から生まれた世界」

 

「マートティア……ねえ。ただティアマトの名前をもじっただけじゃねえか」

 

「それはティアマト神を討ち取ったマトゥル様に言ってくださいよ……。一説では、世界創生の際、ティアマト神に敬意を示してその名前を使ったと言われていますね」

 

 ルナムニル王国の建国に携わった四人の英雄を象徴し、マトゥル騎士団が創設されたとされているが、真偽は不明だ。

 

 なにせマトゥル騎士団の歴史はとても古く、詳しい資料はお伽話と化した神話くらいしかない。  

 

 英雄の数も資料によって異なり、四人であったり五人だったりとハッキリしない。

 

 それでもマトゥル騎士団はルナムニル王国において絶大な人気を誇り、絵画や彫刻のテーマとなっている。

 

 ちなみにマトゥル騎士団は代々王家の王位継承者が団長となり、現在も第一線で戦う騎士団だ。

 

 魔王は寂しそうに、

 

「……マトゥル騎士団……か」

 

「──?魔王さん?」

 

「……俺を封印した勇者も、マトなんとか騎士団のヤツだったかなーって思っただけだよ。…それよりほら、見ろよ」 

 

 話をはぐらかすかのように魔王は空を指差した。

 

 そこには、

 

「──────────────」

 

 目に入った光景に、エイルは言葉を発することも忘れて見入った。 

 

 ウラム村からでも星は見える。

 

 だが、今エイルたちが見ている星空は、世界中探してもここでしか見られないものだ。

 

 見上げる空一面の星。渦を巻くように赤や蒼の星が散らばり、巨大な月にも似たオブジェが空を漂っている。

 

 本の中でしか見たことのないオーロラが布を広げたように空を覆う。

 

「綺麗…これが原初の世界…」

 

「文明が完全に崩壊した楽園…だな」

 

 エデンは滅びた楽園だ。

 

 だが滅び、荒んでも空はとても美しかった。

 

 しばらくの間ずっと二人は星空を眺めていたが、

 

「…魔王さん?」 

 

 突然、魔王の顔が険しくなった。

 

 エイルの問いに返答せず、魔王はエイルの手を掴むと、

 

「え、ま、魔王さんッ!?」

 

「何も喋るな…!『アレ』に気づかれるぞ…」  

 

 そのままエイルを近くの岩陰に引き寄せ、身を潜める。

 

 ただならぬ魔王の雰囲気にエイルは黙って息を潜める。

 

 すると、

 

「……っ」

 ゆっくりと、足音が聞こえてきた。

 

 小さく微かな音だったが、ずっしりと重みがある。

 

 明らかに人ではないだろう。

 

 それならば───

 

「(そうだ…異世界探索は冒険者の中でもベテランが任される任務…危険だって絶対にあるはずなんだ…。じゃあ、その『危険』って…)」  

  

  すっかり失念していたが、ここはエデン。原初にして滅びた楽園。

 

 冒険者でもないエイルには早すぎる場所なのだ。

 

「来たな…」

 

 地をしっかりと踏みしめる音。

 

 うっすらとだが、足音の主の姿が霧の中から見えてきた。

 

 まず、驚いたのがその大きさだ。

 

 三メートルはあるであろう巨体を鋼に似た鱗で覆った、二足歩行のドラゴンのような生き物。

 

 前肢は退化しているためか、小さくて短く、体は前傾姿勢をとっている。

 

 そして、目を引いたのが、背中にぴったりと張り付いた銀色の羽だ。

 

 少なくとも、ウラム村では見たことがないモンスターだ。

 

 見つかったら生きては帰れないだろう。

 モンスターはゆっくりとエイルと魔王が隠れている岩陰の前を通り、

 

「────」

 

「────っ」

 

 呼吸すら忘れてエイルは目の前のモンスターが早く過ぎ去ってくれることを祈った。  

 

 そして、

 

「───!」

 

 一瞬、モンスターの血のように赤い瞳孔が、こちらを一瞥するように動いた。

 

 背筋が凍り、手が震える。

 

 岩陰を通りすぎる直前、モンスターが立ち止まった。

 

 遠くからは分からなかったが、モンスターの爪や牙に、血のようなものがこびりついていた。

 

 エデンに挑んだ冒険者の末路を見たエイルは目をギュッとつぶった。

 

 すると、 

 

「────────────」

 

 モンスターは再び、何事もなかったかのように動き始め、完全に姿が見えなくなるで、二人は石のように動かなかった。

 

「…行ったな…」

 

「はい……」

 

「あんまり、ここに長居しないほうが良さそうだな…。あんなのがウジャウジャいないとは限らないからな」 

 

 魔王の提案にエイルは素直に頷き、蒼い魔法陣があった方向へ歩き始める。

 

 魔法陣は予想通り、変わらぬ姿のまま存在していた。

 

 するとここで、

 

「ほ、本当に帰れるのかな…。帰れなかったら…私達…」

 

 未知のモンスターを見たせいか、突然エイルに不安が襲いかかった。

 

 手は震え始め、エデンに降り立ったときの希望に満ちた気持ちはすっかり萎んでいた。

 

 すると魔王は震えるエイルの手を掴み、

 

「──いくぞっ!」

 

 エイルを引っ張り、共に光を放つ魔法陣に飛び込んだ。

 

「え、あ──?」 

  エイルが返事をするより先に、二人の体は光に包まれ、そして────。

 

「─────あれ」

 

 気がつくと、エイルの瞳には青空が映っていた。  

 

 どうやら、地面に寝転がっているようだ。

 

「夢…?」

 

「ゆめ…じゃないぞ……は、はやくどけろ…」

 

「え?魔王さん、どこに──」

 

「おまえの下だあああああ!!」 

  

「ヒエッ!?」 

 

 突如地面がぐらつき、エイルは横に転げる。

 

 地面──ではなくエイルの下敷きになっていた魔王は、よろつきながら立ち上がり、

 

「帰ってこれたのか…?実は時間の流れがあっちとこっちで違って未来に来たとか、全く違う世界だとかいうオチじゃないよな」 

 

 辺りを見回し、ここがウラム村であることを確認する。

 

 エデンに長居したつもりはなかったが、空はオレンジ色に染まり、夕日が沈みかけていた。

 

 しばらくの間、安心感に浸っていると、

 

「で、憧れのエデンはどうだった?」

 

「…いきなりすぎて、全然実感が沸きませんね。心の準備もできてませんでし…」

 

 帰ってこれたことに胸を撫で下ろし、暗くなりつつある空を真っ直ぐ見つめて、

 

「だから、もう一度行ってみせます。そうしたら、また違った気持ちになれる気がします」

 

 魔王が少し驚いたようにエイルを見た。

 

 あれほど危険を感じたというのに、まだ夢を諦められなかった。

 

 むしろ、夢への思いが強くなった気すら感じる。

 

 すると、

 

「ああ、そうだな」   

 

 魔王もエイルと同じように空に目を向けた。

 

 未だ胸の高鳴りが続いているエイルは、もう少し小さな冒険の余韻に浸ろうとしていたが、突然思い付いたように小さく声をあげた。

 

「もし、よければなんですけど───」    

 

 

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