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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
2章 異端者達のメルヒェン
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54話 閑古鳥が鳴いている


 宗教都市ニップル。

 

 太陽は一番高い位置へと上り、気温と共に街の熱気が最高潮となる時間だ。

 広場には冒険者が溢れ、酒場には昼食を求める野獣のような人間が押し寄せる──ハズだった。

 

「……お客さん、来ませんね」

 

「……だな」

 

「………………………………………」

 

 ガランとしたテーブル席の一つにエイルとエアが突っ伏しながらつぶやいた。

 

 店の柱に額を付けながら暗い顔をしているナギは何も言わない。

 仕込みを終えた料理が段々と冷めていき、外の騒がしさがやけに寂しく感じる。

 

 今の状態を蛇羽国では閑古鳥が鳴く、と言うらしい。

 閑古鳥がどんな鳥なのかは知らないが、シャルロットの店には閑古鳥すらいないのではないかと感じる。

 

 今の時刻は午後一時、いつもなら冒険者で一杯の室内も、ナギとシャルロットが忙しく走り回る厨房も閑散としていた。

 

「お客様がいるんだから、もう少し気を引き締めたら?」

 

「ミルク一杯で朝から居座るやつは客とは言わねぇぞ勇者!!」 

 

 ホットミルクをチビチビ飲んでいる勇者ことレイナが唯一の客だが、彼女はエイルとエア同様、居候みたいなものなので客と言えるか少し怪しい。

 

 実質本日シャルロットの酒場の客は今のところゼロだ。

 

「ナギの料理が飽きられたとか──って嘘だよ嘘嘘!!だから天井仰ぎながら男泣きするな!!」 

 

「……………………うう」

 

 厳つい顔に涙が一筋流れ落ちる。

 冗談半分の言葉も今のナギの精神状態では禁句だ。

 

 体育座りしてしまったナギの背中を優しく擦りながらエイルは、

 

「うーん……でもどうして急にお客さんが来なくなっちゃったんでしょうか?マスカルウィンのクエストも最近落ち着いてたし……」

 

 マスカルウィン探索から早二週間、新世界──それも魔王軍に関する世界の発見ということで世間は大きく盛り上がった。

 

 しかし、マスカルウィン自体に目ぼしい発見はなく、新種のモンスターであったウシュムガルの存在は隠されたため、ほとぼりも冷めつつある。

 

「ナギの料理が飽きられたわけでも、冒険者達がクエストに忙しいわけでもないわ」

 

「し、シャルロット……さん?」 

 

「それもこれも、みんなみんな──」

 

 今まで一言も言葉を発しなかったシャルロットが、鬼の血相で厨房から出てきた。

 

 両腕を組み、苛立ちを表すようにドシドシ足音を立てながら玄関の前に向かうと、

 

「うちの真向かいにできたあの店のせいよ!!!」  

 

 ドバーン!と開けられた扉の向こう側、目がチカチカするほどカラフルな配色の建物が待ち構える。

 三日前に開店した目の前の店は、酒場というよりオシャレなカフェみたいだ。

 

 行列もできており、ほぼ全員男性客なのが少し不思議に感じる。

 

「これ見よがしにうちの前に作るなんて……!店のオーナーはよっぽと悪趣味なやつだわ!」

 

「あらあら、負け犬の遠ぼえが聞こえますわ」

 

「「「へ?」」」

 

 突如会話の割り込んできた第五の声。

 

 鼻につくような甲高い声に、シャルロットの目尻がつり上がる。

 

「大方、私が経営するお店の繁栄ぶりに成す術なく項垂れている、といったところかしら?」

 

「フレデリカ……!!成金貴族のご令嬢が何の用よ…!」

 

「まあ、酷い顔ねシャルロット。そんなんじゃ五歳老けて見えますわよ?」

 

「な、何ですってぇぇぇぇぇ!!!」

 

「シャルロットさん!?」  

 

「お、落ち着け!落ち着けって!!」

 

「………うう」  

 

 今にも飛びかかろうとするシャルロットを押さえるエイルとエア、ただすすり泣くナギ。

 カオスになりつつある状況の中、突然の訪問者である女性はただ高笑いするだけだ。

 

 フワフワした水色のミディアムヘアにパッチリした栗色の瞳。それに貴族が着るような高そうな洋服。

 一言で目の前の女性を表現するなら、

 

「お嬢様……!」

 

「エイル、勘違いしちゃダメよ!!あいつはただの性悪スネかじり女だわ!!」

 

「はあ!?いつ私がパパのスネかじったっていうのよ!!?」 

 

「あんたみたいな蝶よ花よで育てられてた世間知らずがお店なんてできるわけじゃない!大体何よあの変な制服、あなたの趣味?」

 

「あら、知らないのかしら?あれこそ殿方が求める『モエ』の最先端ですわ」

 

「モエ……?」

 

 キョトンと首を傾げるエイル。

 

 ニヤリとフレデリカは不適に笑って、

 

「蛇羽国では今、『モエ』という新しい文化が大変盛んですわ。殿方の理想とロマンを突き詰めた消費型文化、それが『モエ』。それを私はただルナムニル王国に取り入れて冒険者をカモ──こほん、冒険者の皆様に癒しを提供しようと思っているだけですわ」

 

「あの今カモって言い──」

 

「オッホホホホホ!冒険者のニーズに素早く対応する。商人の基本ですわよ、シャルロット?」

 

「ぐぬぬぬぬぬ……!蛇羽国料理で売ってきたのはうちの店が最初よ!あんなふざけた店、認めないわ!!」

 

 冒険者をカモ扱いしたことを指摘したエイルの発言は喧騒にかき消された。

 

 どうやらシャルロットとフレデリカの間には何やら因縁があるようだ。

 しかしそれを聞ける空気ではなく、むしろこれから殴り合いの喧嘩が始まってもおかしくない。

 

 リンドとレイナの騒ぎの時は喧嘩を禁じていたが、今のシャルロットにはもはや理性的に物事を解決するほどの余裕はない。

 

「なら勝負しませんこと?どちらか蛇羽国のお店として相応しいか。まあ、結果は目に見てますが」

 

「ええ、望むところよ!うちの方が人気だってことを頭に叩き込んであげるわ!」 

 

「なら私は延髄に叩き込んで差し上げますわ!!覚悟してくださいまし!!」

 

「「フンッ!」」

 

 二人仲良くそっぽを向き、フレデリカはドスドスと足音を立てながら出ていった。  

 

「な、何だか大変なことに……」

 

「はあ、また始まったわ…貴族同士の不毛な小競り合いが……」

 

「………うう」 

 

「なあナギ、いい加減元気だせよ。おまえが落ち込んでる間に話がかなりややこしくなったんだぞ」

 

 状況の急展開についていけない四人を置いてきぼりにして、シャルロットは部屋をウロウロしながら思案している。

 柱の前に立つと、固く握った拳を前に突き出して、 

 

「エイル、エア。あとレイナも」

 

「は、はい!」

 

 ゆっくりと拳を引き抜き、どこまでも平坦な声でシャルロットが言った。

 拳で突かれた部分が軽く抉られ、パラパラとクズが床に落ちる。

 

「今から貴方達にクエストを出します。早急かつ隠密にこなしてきてちょうだい」

 

 恐怖で冷めきった空気の中、エイルとエアは必死に首を縦に振り、レイナは呆れたようにため息をついた。

  

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