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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
2章 異端者達のメルヒェン
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序章 私が生まれた日


『ワタシ』が彼を見たのはなぜでしょうか?

 

彼がとても不幸な子だったから?

 

彼がとても歪んだ子だったから?

 

彼が『ワタシ』に似ていたから?

 

多くの選択肢がある中、『ワタシ』が彼を選んだのはなぜでしょう?

 

偶然なのでしょう、奇跡だったのでしょう。

 

だってそれは起こるはずのない事象。

 

四肢をもがれ、朽ちるだけの存在であった彼の前に『ワタシ』が現れることができたこと。


でも理由はもうわかりません。

 

『ワタシ』が彼と一つになったとき、彼は消えてしまいましたから。

 

しかし、彼の過去や探求が『ワタシ』から消えることはありませんでした。

 

むしろ『ワタシ』は彼の探求していたものを好ましいと感じたのです。

 

おぞましく歪み、真っ黒な彼の愛欲にワタシは歓喜しました。

 

誓いましょう、『ワタシ』は彼の意思を尊重しましょう。

 

身体を汚し、精神を堕落させ、誇りを陵辱しましょう──彼がそれを喜びとするなら。

 

この感情こそ人のみが持つ『ワタシ』達が理解できぬもの。

 

知的な皮下に潜むリビドーこそ、我らの文明に必要だと信じて。

  

※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

「ねえ、獣刑って知ってる?」

 

 月明かりすら遮断され、ツル状の植物が壁のように周囲を囲んだ閉鎖空間。

 普段はなんの変哲もない普通の森だが、少女がいる場所だけが異質な空気を放っていた。

 

「有名なのはヤギを使ったやつかな。人の足に塩を塗ってヤギにペロペロ舐めさせる拷問方法なんだけど。ほら、ヤギの舌ってすごくザラザラしてて痛いじゃない?何時間も舐められていくと人の皮なんてあっという間に剥げちゃうの」

 

「……神聖帝国の拷問方法でしょ?血が出たらヤギがさらに舐めていって最後には骨まで舐め尽くされる、塩とロープさえあればできる簡単な拷問」

 

「ふーん、よく知ってるじゃん。やっぱり拷問とか手慣れてる?」

 

「おまえみたいな変態鬼畜野郎と一緒にしないで。たまたま帝国に行った時に見ただけ」

 

「拷問なんて偶然で見れるものじゃないと思うけどね~。ま、そんなことはどうでもいいの。大切なのは──」

 

 少女の傍らで話を聞いていたもう一人の女性──少し年上だろう──が不快な感情を隠しもせずに少女を睨み付ける。

 

 しかし少女は軽やかなステップで土を蹴り、スカートをフワリと広げながら、

 

「拷問は人を苦しめるもの。どれだけ長く生かせるか、どれだけ苦痛を与えられるか、どれだけ人生の尊厳と価値を踏みにじれるか。ねえ、あなたどう?」

 

 くるりと少女が後ろを振り向いたが、そこには誰もいない。

 

 ただ生気を失った人のような何かと、それに群がる子豚くらいの大きさのモンスターが嫌となるほどいるだけだ。

 

 鼻腔を刺激する血の臭い。

 

 女性は鼻と口を右手で覆って臭いを遮断したが、少女の方は血の水溜まりで足を濡らすだけで不快感を少しも出さない。

 

「……嫌な趣味ね。本当、最悪だわ」

 

 少女の不気味な姿と哀れな肉塊から目をそらしつつ女性が皮肉を込めるが、少女は悪びれもしない。

 

 むしろニッコリと笑って、

 

「だって、もうすぐ『私』の誕生日だもの。人間は自分が生まれた日を一年周期で祝っていくんでしょ?なら、『私』がこの世界に生まれて一年目の日を大切に祝わなくちゃ」

 

 生まれたての赤子みたいに澄んでていて穢れのない顔で、プレゼントを前にはしゃぐ子供ように無邪気に。

 

 少女は本気で楽しんでいる。

 

 行っていることが非人道的なことだなんてこれっぽっちも思っていない、少し手が汚れる遊び程度の認識なのだろう。

 

 そうでなければ、彼女と同僚である自分自身が恐ろしくてたまらない。

 

「……なら、これでもう十分だわ。さっさと仕事に戻りなさい」 

 

「これはまだ前夜祭。本番の下準備にすぎないお遊びみたいなもの。本当のお楽しみはこれからだから。そ・れ・に──」

 

 人差し指を女性に向かって突き出し、少女は意地悪な笑みを浮かべる。

 全てを見抜いたような表情に女性は思わず後ずさる。

 

 顔を覗き込みながら少女は追い討ちをかけるように言葉を続けて、

 

「自分は清廉潔白でこれまでの行いは正義のためで仕方のないことだった、みたいな顔してるけど、実際にやっていることは私と何も変わらない。信仰と復讐心を免罪符にして罪から逃れているだけ。あなたが綺麗な手で振るっている剣が多くの屍の山を築いていること、忘れないでね」

 

 スカートを翻し、モンスターの群れの横を通って少女は森の奥へと進む。

 

 群がっていたモンスターは女性の後を追い、少女と共に闇に溶けて消えた。

 

 残された女性はモンスターに食べられずにお残しされた鉄の鎧を見つめながら、

 

「分かってるわよ、そんなこと」

 

 己が背負っている大罪を感じつつ、少女とは逆の方向に足を進めた。

 向かう先には、冒険者が集う街がある。

 

 

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