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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
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52話 アヌの結び目


 鳥が飛んでいる。


 エイルは永遠と続く空を悠々と飛ぶ鳥をギルドの前の噴水に腰掛けながら見つめる。


「あの鳥、結局なんだったんだろう…」 


 何となく、マスカルウィンで見かけた白い鳥が気になった。

 身をもって体験したが、あの世界にはとてもじゃないが防御魔法なしに住める場所ではない。


 あの鳥は野生の、モンスターでも何でもない普通の鳥に見えたため、より一層疑問が湧いてくる。


「どうした?ボーと空なんか見つめて」


 自分の世界に浸っていると、隣に誰かが座った。

 横を向かなくても声がだけで誰か判別できる。


「いや、空が青いなぁって」    


「マスカルウィンから帰還したばかりで気でも抜けてんのか?ま、その気持ち分からなくもないけど」


 風でエイルの銀髪と青年の黒髪が揺れる。


 マスカルウィンでの戦闘から一夜明けた朝。


 簡単な報告は済ませていたが、ギルドから話があるとのことで呼び出されたのはいいものの、レイナ以外はお外で待機と言い渡されたのだ。

 暇をもて余していた二人はまだ冷めていない昨日の大冒険の熱を感じながら、


「……まだ信じられなくて」 


「ウシュムガルを倒したこと……か?」 


「それもですけど、異世界を冒険したことが……全然実感湧かなくて」


 エデンの時と同じように、フワフワしていて『冒険した』という確固たる感じがない。

 実は全て夢だったのではないかと疑いたくなる。


「だから、また──」


「また行ってみれば違った気持ちになれる気がする、だろ?」


「ふふ、そうですね」


 ああそうだ、こんな会話を以前にもした。

 エアはしっかりと覚えてくれていた、それが嬉しくて頬が綻んだ。 


「その……剣のことなんですけど…」


 遠慮がちにエイルが話を切り出すが、エアの方は一瞬キョトンとしただけですぐに笑いながら、


「別に剣の一本二本どうってことねぇよ」


 エアの手には剣の柄が握られている。


 柄の先には僅かに残った刃の残骸が飛び出ているだけで、刃の大半は失くなってしまった。

 剣をウシュムガルの死体から回収した時には既にほとんど刃は『溶けて』おり、血に混じって銀の液が撒き散らされていた。


 目を細め、優しく柄を撫でるエア。


 大切な思い出の剣だと言っていた。

 それを壊してしまったことがエイルに重くのし掛かる。


 でも、


「剣は戦うためにあるんだ。大切に飾って愛でるだけの剣に価値なんてねぇよ。……この剣だってそうだ。思い出の品なんかにされるより、闘諍の果てに朽ちた方が嬉しいに決まってる。これは英雄のための剣、なんだからさ」


 エイルの右手に柄を置く。


 もう刃はない、それは剣としてもう役に立たないということだ。

 それでも、かつての使用者達によって紡がれてきた誇りは消えない。


 左手で蓋をするように、柄を包み込む。


「……ありがとう、私を助けてくれて」    


 小さく頭を下げる。


 エイルの呼び掛けに答えてくれた、英雄の剣に最大限の敬意を払い、ポーチにしまった。

 するとギルドの扉が開いて、


「─?何してるの?」


 しんみりとした空気を敏感に感じたレイナが顔をしかめながらこちらに近づく。


 どうやら話が終わったようだ。


「レイナさん!そ、それでどうなったんですか!?」


「へ?ああ、マスカルウィンのことね」   


 エイルの食い付きに一瞬キョトンとしたレイナも、すぐに何のことか理解したようだ。


 ウシュムガルを討伐し、魔王軍がマスカルウィンから手を引いたとはいえ、まだ問題は山積みだ。


 未開の地であるマスカルウィンの探索、魔王軍の拠点であった館の調査にウシュムガルの解析……むしろ仕事の量ならこれからの方が多い。


「一応ウシュムガルの躯はいの一番に回収を始めたみたいだけど、後は何にも決まってないわ。レベリオもクラーピスもてんてこ舞いだし」


 新たなる世界の発見はビックイベンドであり、それが魔王軍と関係とあるなら一大事だ。


 マスカルウィンの開拓事業は早急に進められ、ディオネ教や王宮への報告などギルドはこれから忙殺の日々が続くだろう。


「ま、魔王軍が撤退したわけだし、後は他の冒険団が適当にやってくるわよ」


「そうですか?」


「一応防御魔法張ってれば探索も可能だし、手慣れてきた冒険者向けのマスカルウィン開拓のクエストもそのうち出てくるわ。リンドも参加するだろうし、いいリハビリなるんじゃないかしら」


 ケガで療養を余儀なくされていたリンドもそろそろ復帰する時期だ。


 リンド率いるルテニアの星はマスカルウィンと浅からぬ縁もあり、当然参加するだろう。

 いずれ報告と謝罪もかねてお見舞いに行こうと密かに心に誓うと、


「リンドは中々の酒豪だから、お酒を持ってくといいわよ」


 レイナにはバッチリとお見通しだったようで、リンドの意外な一面が暴露された。

 ひとまずはマスカルウィンに対する心配はなくなり、少しホッとした気分になる。


「そういえば冒険団の名前、決めてませんでしたね」


 ゴタゴタが続いてすっかり忘れていたが、冒険団の名前は空白のままだ。

 冒険を終えた今ふと思い出したが、まだいい名前は降ってこない。


 すると、


「ああ、それなんだが──」


 エアがレイナの方を向いて笑う。

 含みのある笑いだ。


「やっぱり、団長が決めるだよな」


 視線を受けてレイナも人差し指を口に当てて微笑み、 

 

「ええ、私もエイルが決めるべきだと思うわ」


「……へ?」


 団長。考えたこともなかった単語が頭をぐるぐると回っている。


 マトゥル騎士団のレイナ、魔王のエア。


 絶対に二人の方が適任であることは明確なのに。


「────」 


 二人を態度を見るに、こっそり打ち合わせでもしていたのだろう。

 驚いたまま直立不動で固まるエイルを可笑しそうに、けれど慈愛のこもった瞳で見つめる。


 少しずつエイルの表情が動き始める。

 最初の驚きからゆっくりと目を大きく開き、表情がパアッと明るくなって、


「アヌテオラ」 


 空を見上げながらエイルは微笑む。


「アヌンナキは神様が集う円卓。その中心の神様が天の神アヌ……立場も生き方も全く違う私達が出会えたこと、こうして一緒に冒険できたこと、全部が偶然だなんて思えなくて、むしろ神様が上手に仕組んでくれたみたいに感じるんです。だから、こんなに素敵な出会いと冒険をくれた神様に感謝したい、今の気持ちを忘れたくない」


 最初は夢を叶えたいがための無茶苦茶な魔法だった。


 そこから魔王と名乗る不思議な青年と出会って、村を飛び出して、たくさんなの驚きを感じて、勇者の少女と共にモンスターに立ち向かって、凹んで立ち上がって、また立ち向かって。

 こんなにも多くの出来事がこの数日であった。


 きっと偶然なんかじゃない、安直な言葉ではいえば運命などというのだろう。

 神様がくれた運命。考えすぎだと笑われるかもしれない。

 でも、エイルにはそう思えてならない。


 魔王に勇者に回復術師。

 バラバラでチグハグ、なのに不思議と相性がいい。


 ぶっきらぼうにレイナは、


「ま、いいんじゃない?アヌ神もこんなに感謝されてるんだから、名前を勝手に使っても許してくれるわよ」


 そっぽを向いてレイナが答えるが、少し声のトーンがいつもより高い。


 一方のエアは、


「アヌの結び目……それは友が現れる吉兆、か」


「───?エアさん?」   


 ぽつりと小さな声で何かを呟く。


 目をつぶり、懐かしそうに口元を弛めた表情はとても穏やかだ。


 アヌの結び目──それは確か、ルナムニル王国に伝わる創世神話に登場する言葉だったはずだ。


 ある時、古代の王が天が裂け、アヌの結び目が墜ちるという夢を見た。

 その夢を解いた賢者曰くそれは友が現れる兆しだという。

 賢者の言うとおり王がすぐに友を得て王国はさらに栄えていった、という内容だった。


 エアがなぜ今、アヌの結び目なんて言葉を持ち出したのか。


 神を嫌うエアの過去は知らない、きっと永劫知ることもない。

 けれどエアの心境に変化があったとしたら、エイルと同じように歯車が奇跡のように噛み合った一連の出来事に何かを感じたとしたら──。


「じゃあ名前も決まったことだし、三人で飯にでも行くか!」


「賛成、です!」


「……エイルがそういうならいいけど」  


 拳を空に突き出し、エアが軽やかに一歩踏み出す。

 一番にエイルが賛同し、エイルを言い訳にレイナも参加を決める。

 笑顔のエアからは先程の発言の真意は読み取れない。


「と、言ってもあんまし高いのはダメだからな」


「じゃあ私『テンプラ』ね」


「私はデザートにアンミツスペシャルおかき付きを食べられればどこでもいいですよ」


「おい勝手に決めんな!!それにそんな王道蛇羽国料理食べられるお店なんて一件しかないぞ!!」


「もちろん魔王の奢りね」


「は!?何言ってんの勇者!?」


「そっちから言い出したんだから、当然よね?」


「いやいやいや!!ここは公正に割り勘──」 


「エアさん、ごちそうになりますね♪」


「ちょっとエイルさん!?おいこら待て待て待て!ナギの料理って地味に高いんだぞ!?」    


 慌てふためくエアを尻目にレイナとエイルは先を歩く。


 ニップルの活気はいつもと変わらない。


 異世界との交易で栄えた街、冒険者の熱気と夢を紡ぐ幻想への入り口。


 追い付いたエアは不満そうに唇を尖らせながらもエイルの横に並ぶ。


 帰りを待つシャルロットとナギの顔を思い浮かべながら、


「目指せSSSランク冒険者、です!」 


 左右の腕をレイナとエアの腕に絡ませる。

 腕から伝わるぬくもりを感じながら前に進む。


 禁じられた魔法のことはまだ分からないけど、彼らと一緒なら怖くない。


 この街で生きよう、大切な仲間と共に。

 そう心に誓った。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※



 鳥が飛んでいる。


 真っ白な、汚れを知らぬ処女のように純白な鳥が空を舞う。

 ウラム村で畑を耕していた老人や布を織っていた娘、ボロボロの人形で遊ぶ子供──すべての村人がその鳥の美しさに手を止め、僅か数秒の出会いに見惚れた。


「……………」


 小さな診療所の一室、一人の男が窓から鳥を見つめる。

 薬の調合のためにすり鉢でモンスターの皮膚を細かく砕いていた手が止まる。


 次の瞬間には、男は走り出していた。


 不思議そうな視線を送る隣人達を無視し、男は息を切らしながら走る。

 他の家より一回り大きな家のドアをノックなしに開け、ズカズカと侵入して、


「何を慌てておる、エルドス」


 村長室でロッキングチェアに座るクラリスが必死の血相で現れたエルドスを睨み付ける。

 しかし、エルドスの目に映ったのは無礼を働かれて不機嫌なクラリスではなく、


「エイルは、エイルは無事なのか!!?」


 普段の冷静な姿からは想像もできないほど取り乱し、クラリスに詰め寄るエルドス。

 正確に言えばエルドスが詰め寄っているのは、


「──カァ?」


 クラリスの右手にはめられた固くて丈夫そうなグローブ。

 その上にちょこんと乗った雪白の鳥は首を揺らす。


 普通のカラスより一回り大きな体で、青色と黄色のオッドアイの瞳が神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「はぁ、いつまで経っても子離れできない男だな……まったく」


 ロッキングチェアから立ち上がり、窓の前に立つクラリス。

 窓が開いているため涼しい風が部屋の中に流れる。

 毛の流れに沿いながら鳥を撫で、


「まぁ、何も教えていない割にはよくできていたよ。お前が危惧するほどじゃない」


「そう……なのか?」


「ああそうさ、あの子は自分でやりきった。……確かに一人で乗り越えたわけじゃあないさ。でもな、道の途中に良い出会いがあったのもまた彼女の力。お前が心配するほど、エイルは子供じゃないってことだ」 


「………」


 納得がいかない、という風にエルドスは黙り込んだ。

 クラリスは構わず話を続け、 


「鳥の雛が大きくなれば巣から飛び立つように、いくらお前が冒険者になることに反対してもあの子はお前の元から離れていく。自分で己と向き合い、道を見つけていく」


 白カラスが首を動かし、くちばしを器用に使って毛づくろいをしている。

 こちらの真面目な話なんてちっとも興味ないのだろう、呑気なものだとクラリスは呆れた。  


 クラリスの言葉を無言で聞いていたエルドスが窓の外に目を向けた。

 晴天を見つめなから気が抜けたように小さく笑うと、 


「………そうか」


「大体おまえはすこし過保護すぎる。マナーもなってないし今度からはキチンとノックして……っあの男は…」


 クラリスが嫌味を言う前にエルドスは部屋からいなくなっていた。


 つくづく無礼なやつだ。

 アクスラピアみたいな医療人になんてとても向いていない男のくせに、娘に対して過保護な一面もある。


「はぁ………」


 最後に盛大なため息をつくと、白カラスが乗った手を窓の外に出して、  


「行っておいで」


「カァ!」


 返事のような鳴き声と共に翼を大きく羽ばたかせる。

 フワッと軽快に宙に浮かんで、太陽に向かって飛んでいく。


 雲一つない青空。


──どうか、この空のように少女の道が穢れなきものでありますように。


「少女の行く末に、ティアマト様の加護があらんことを」  

 

 両手を組んでクラリスは祈る。

 それくらいしか、今の自分にはできないのだから。


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