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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
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47話 滅するべき畏怖

「っはあ……はっ…!」

 

 右館の細い廊下。

 

 窓ガラスは一つ残らず割れ、床さ所々抜けている。

 

 非常に悪い足場を何度もつっかえながら走っていると、

 

「──っ!!?」

 

 突然、踏み出した右足が床を突き抜ける。

 

 破片が足に突き刺さり、鋭い痛みとなってエイルを蝕んでいく。

 

 下腿から血が流れた。

 

「いかなきゃ……!」 

 

 痛みを我慢し、足を床から引き抜くと、何事もなかったかのように再び走り始める。

 

 傷を治療する暇すら惜しい、エイルはそのまま廊下を全速力で走る。

 

「っはあ……!」

 

 喉にじんわりと感じる鉄の味。

 

 立ち止まることは許されない、ただ違和感を我慢しながら走る。

 

 廊下を曲がり、さらに走り続けると上の階へと続く階段があった。

 

 迷いなく階段を終わりまで一気にかけ上がると、

 

「……ここは…」

 

 三階。

 

 ここは比較的綺麗だった。

 

 壁に沿うように配置された時計や観葉植物はボロボロで、床に敷かれた絨毯は埃まみれだが、一階の惨状に比べればマシだ。

 

 戦闘が起こらなかったためか、誰も入れない重要な区画だったか。

 

 凍える冷たい空気に両腕を抱き、ゆっくりと歩いて前に進む。

 

 部屋は最奥にある一つだけ。

 

 両開きの扉のドアノブを掴み、軽く引くと、ギィ…と木が軋む。

 

「……何だろう、ここ」

 

 目に入った景色に、エイルは眉をひそめた。

 

 研究室だったのだろうか、フラスコや瓶がこれでもかと入った棚と、中央にある長テーブルしかない。

 

 フラスコには少量の液体が入っており、エイルの知らないモンスターの頭部が浮いている。

 

 そして、やはり壁には書きなぐられた血の魔法陣がびっしりと、隙間無く描かれていた。

 

 気持ち悪さを感じつつ、長テーブルに近づくと、

 

──部屋が大きく揺れた。

 

 部屋そのものが横に殴られたような、強い衝撃。

 

 もうエイルは立っていられなくなり、尻餅をつく。

 

 幸い、揺れはすぐに収まったが、

 

「───っ!?」

 

 背中にハッキリと感じる視線。

 顔だけを動かして、視線をたどると、

 

「────ァァ」 

 

 真っ赤な蛇眼が窓からこちらを覗きこんでいた。 

 

 小さく悲鳴を上げたエイルを見るとと、ウシュムガルは瞳孔を限界まで大きくし、

 

「ァァァァァアアアアアアアアアア!!!」

 

 翼を大きく開くと、禍々しい魔法陣が翼全体を覆いつくす。

 

 逃げるように部屋の隅に身を寄せると、同時に窓側の壁が破壊された。

 ガラスが飛び散り、雨のように降り注ぐ。

 

 咄嗟に身を低くし、腕で頭を守るが、細かな破片までは防ぎきれない。

 

 血が頬をつたう。

 

 三階までよじ登り、さらには壁まで破壊したウシュムガルは平然とし、軽く体を動かしてガラスを払う。

 

 もちろん、鋼の鎧には傷一つない。

 

「……っ!」

 

 全身を雷のように巡る恐怖。

 

 後退りしようにも、エイルの後ろは冷たい無機質の壁。退路は無いに等しい。

 

 血の魔法がなければ、エイルなんてこの世界において最弱の存在。

 

 今戦えば、エイルが肉片になるのは確定事項だ。

 

 逃げようにも扉はエイルから少し離れてる。ウシュムガルに背中を見せた途端、一撃で殺されるだろう。

 

 あれこれ思案している間、ウシュムガルはジリジリと近づき、エイルとの距離をつめていく。

 

 少しずつ増していく恐怖を嘲笑うかのように、ウシュムガルが唸る。

 

「…大丈夫…大丈夫だから」 

 

 迫る恐怖に気が狂いそうになる己に言葉を励まし、ウシュムガルに見えないように背中に回した手を動かす。

 

 腰のポーチから小瓶を取りだし、中身を壁に注ぐと、指先で小さな魔法陣を描いていく。

 

 ギルドから渡された小瓶には、黒龍シュヴァルドラゴの血。

 

 ヘクトやなど比べ物にならない魔力を持つモンスターであるシュヴァルドラゴの血を使うことは初めてだ。

 

 どう転ぶか分からないし、なにより

正確に描けている自信はない。

 

 ピクリ、ウシュムガルの視線が少し動いた。

 

 その先に捉えているのは、エイルが描いている水の攻撃魔法の魔法陣。

 

 じっくりと状況を楽しんでいたウシュムガルの感情が殺意に塗り替えられる。

 

 思い出すのはエイルによって傷つけられた己の屈辱。

 

 一瞬でウシュムガルの意識が戦闘モードに移行し、

 

「ァァァァァァァァァ!!!」 

 

 後肢を軽く引き、勢いをつけたウシュムガルが飛びかかるのとエイルが魔法陣を描き終えたのはほぼ同時。

 

 前髪をかき乱すほどの風をまとったウシュムガルの勢いにエイルは目を閉じて、

 

「《ウンディート・アクア》──!」

 

 倒れるように地に伏せる。

 

 ウシュムガルが口を開き、魔法陣に向かって突撃すると、

 

「──────ァ?」 

 

 血で描かれた魔法陣が赤く光り、黒刃が打ち出された。

 

 エイルも、攻撃を受けたウシュムガルでさえその一撃をとらえることはできなかった。

 

「──ァァァァァァァァァ!!?」

 

 痛みは少し遅れて突然襲いかかった

 黒刃はウシュムガルの喉元に食らいつき、肉を容赦なく抉る。

 

 速度も強度も、鋼の鎧を軽く上回った攻撃はウシュムガルを後方に吹き飛ばす。

 

 血が吹き出る。

 

 頭を壁に、床に、天井に打ち付け、痛みを全身から吐き出そうともがく。

 

「………?」

 

 その姿に酷く違和感を覚えた。

 

 エイルの魔法がウシュムガルの鎧を打ち破ったことよりも。

 

 尋常ではない苦しみ方。

 

 どこかで見た気がして、エイルの中で小骨のように引っ掛かり続ける。

 

 残念なことに、その疑問の正体に気づく前に、

 

「ァァァァァァァァアアアアアアアアアア!!!!」

 

 瞳に宿る真っ黒な闇。

 

 確かな殺意を宿し、四肢を床に打ち付ける。

 

 エイルを殺す。それだけがウシュムガルを突き動かす。

 

 痛みを戦意がかき消し、立ち上がる。

 

「───っ!!」

 

 ウシュムガルが再び動き出す一瞬の隙。

 

 扉に向かってエイルは駆け出し、全力で廊下を走る。

 

 後ろなんて振り返らない。

 

 ただ前を向いて走る。

 

 エイルが去った部屋の中、ただ一匹残された化け物は、

 

「ッアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!」 

 

 再び黒刃が打ち出される前に、魔法陣が描かれていた壁が粉砕された。

 

 荒々しく尾を振り回し、部屋を無茶苦茶に破壊したウシュムガルは首だけを扉から出す。

 

 真っ赤な瞳を細め、口を開く。

 

 まるで、大きく息を吸うかのように。

 

 翼を折り畳み、大気中の魔力の動きを静かに感じとる。

 

 そして、

 

「─────ァァァァ」 

 

 目標の位置は把握された。



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