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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
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4話 失敗の道


 雲一つない晴天。

 今日もウラム村はのどかな雰囲気に包まれていた。

 

 ウラム村の属するルナムニル王国は『魔法大国』という二つ名の通り、魔法に精通している国だ。

 王都ニネヴェ、宗教都市ニップルを中心とし、異世界との交易で栄えている。

 

 異世界と交易、一言で言っても簡単でない。

 人間世界マートティアの外に出るのはかなりのエネルギーを要する。

 つまり、世界に穴を開けるのだ。

 

 その穴から世界の外──エデンと呼ばれる場所に降り立ち、そこに点在する新たな世界を開拓する。

 

 世界の外に行くだけでも難しいが、エデンの中もかなり危険だ。

 そんな中どのようにして異世界を見つけるのか、冒険に憧れるだけのエイルは知らない。

 

「エデン……かあ」


 我が家かつ診療所の看板を『営業中』に変えながら、ぽつりと呟いた。

 行ってみたいとは思う、けどそれには実力が圧倒的に足りていない。


 噂では異世界探索を任されるのはエリート中のエリート、仮にエイルが冒険者になれたとしても決して手が届かない。


「……はあ」


「えーなになに。エルドス診療所……親父の名前か?」


「あ、はい。エルドスっていうのは父の名前で──ええ!?」


 ため息をついた直後に投げ掛けられた言葉。

 その言葉の主は、


「ま、魔王さん?牢屋にいたんじゃ……」


「今朝、解放されたんだよ。『なんだ、ただの頭のおかしいやつか』って。……頭がおかしいとはなんだ!正真正銘魔王だっての!」


「まあ、このご時世に魔王なんて名乗ったらそうなりますよね……」


 人間の驚異の象徴ともいえる魔王を名乗るなど、正気の沙汰ではないと判断されても仕方がない。  


「なんだ、お前も俺を疑うのか?なんなら一つ、魔法でも見せてやるぞ。命の恩人だしな」     


「いや、別に疑っているわけじゃ……え、恩人?」 


「封印を解いたのはお前だろ?実に大義だったな!褒美に魔王軍特別大尉軍長にしてやってもいいぞ」


「なんですかその魔王軍特別なんとかって」


「今俺が考えた。気にすんな」


「はあ……」  


「冗談はこれくらいにして……礼に一つだけ力を貸してやらんこともない!……いや貸さしてくださいお願いします……このままだと惨めなまま終わりそうなんで……」


 高慢な態度の中に、礼を返そうとする律儀なところがチラリと見えるあたり、本当に彼が魔王なのか、また疑問に思えてくる。

 少し悩み、エイルが出した結論は、


「じゃあ、一つだけ。お願いしたいことが……」


「おおお!なんでも頼むがいい。魔王パワーで解決してやろう!」  


「実は───」 


「あ、昨日の変態じゃん」 


 エイルが言葉を発する直前、家の玄関から本を抱えたティトーが出て来た。


 ティトーは魔王を見や否や、昨日の出来事を嘲笑うように唇を歪ませる。


「変態じゃない、魔王だ!生意気なクソガキめ!」 


「あ?勝負ならいつまでも相手になるぞ」


 一触即発、バチバチと目線で火花を散らす弟と魔王の不穏な空気に、エイルは無理矢理魔王の手を掴み、連れ出す。

 小走りで村を駆け、そのまま森へと向かう。


「ああもうティトーったら……。魔法の才能が人よりあるからって」


「そ、そうだな。……ふおおお」


「──?どうかしましたか?」


「ああ、いや!なんでもないなんでも!ただの男の子の宿命だからッ!」   


 握っていた魔王の手が少し汗ばんだ気がするが、そのまま森へと足を進める。

 たどり着いたのは森のとある場所──昨日禁術を行った魔法陣の前だ。


 不思議なことに血で描かれた魔法陣は変色もモンスターに荒らされることもなく、変わらない姿でそこにあった。


「ええっとお嬢さん。こんなところに連れてきて一体何を……。い、いや別に変なことを想像してるわけじゃなくてな……」 


 内股でもじもじする魔王。


 だが、目の前の魔法陣を見ると、訝しげな視線をエイルに向けた。

 首に手を当て、何か考えを巡らすように魔法陣を見つめている。


「これは……また古典的なやつを持ってきたな」


「古典的?」 


「古の古、まだ人間が楽園──エデンにいた頃のやり方だ」


 ルナムニル王国の神話では、人間はマートティアに住み着く前、エデンと呼ばれる楽園に住んでいたとされる。

 多くの種族が共存していたが、争いが絶えなくなったために崩壊し、すっかり荒れ果てたと言われている。


 その存在自体、曖昧であったが、異世界探索のおかげで存在が明らかになり、マートティアの世界の外にエデンがあったことが証明された。

 エデンには人間世界以外にも獣人世界、砂漠世界などの新世界が散らばっており、現在見つかっているだけでも七つの世界が知られている。


「オドの使い方がまだ不明確だったからだな、魔力を精製できるやつの方が少なかった。だから、魔法を使うには、神獣やらモンスターから魔力を取り出すしかなかった」


「随分……詳しいんですね」


「ま、お前の年齢を百倍しても足りないくらい生きてるからな」


「ひゃ……!?」


 エイルの年齢は十六歳、その百倍となると千六百歳だ。

 目の前の魔王らしからぬ青年は、エイルが思っていた以上の人物だ。


 もしかしたらと思い、エイルは恐る恐る尋ねる。


「じゃ、じゃあ……この魔法にはなにが足りないと思いますか?」  


「足りない?お前……まさかとは思うがこの魔法、発動させるわけじゃないよな?」


「うぐっ」


 昨日失敗に懲りず、魔法を諦めていなかったエイルは、極小の可能性にかけていた。

 魔王ほどの人物なら、この魔法を発動させてくれる、と。


「へ、変なことに使いません!ただ攻撃魔法を使えるようにするだけです!」


「いや、それだけ聞くと普通に怪しいぞ。世界をぶっ壊すレベルの魔法を発動させるつもりか?」


「そ、そういうわけでは……」  


 確かに真偽の怪しい太古の魔法をさせようとする者なんてこの時代にはいないだろう。

 だが、エイルはこれに頼りざるをえない。


 どう返そうか迷っているエイルを見た魔王は、      


「ま、力を貸すって言ったしな。うーん……これはこう、か」


 ため息混じりの言葉を紡ぎながら、血の魔法陣にさらに文字やら記号やらを書き加えていく。

 血も乾いていないようで、不思議を通り越してもはや不気味だ。


 一通り書き終えた魔王は額の汗を拭いながら、


「ま、こんなもんか。生け贄は俺を使えばいいか」


「え!ちょっと、な、何言って──」


「ようは魔力を外部から取り入れる必要があるんだ。生け贄は魔力供給のために必要だが、この森に住むモンスターじゃ全然足りない。吸い付くされない程度に俺が魔力を注ぐ。おまけは詠唱に集中しろ」


 いきなりの発言にエイルは驚いたが、魔王は大して心配もしていないようだ。

 魔法陣に向かって手をかざし、目をつぶる魔王。


 エイルも静かに目を閉じ、呪文の詠唱を開始する。


「母なる創生の女神、我に呼応せよ。汝、魔力の源にして自然の具現なり。偉大なる神に血を捧げます。この血をもって人を創造した神に再び奉じます。深淵に沈む厄災、世界を見守る巨神、あなたの力をお貸しください。歯向かう反逆者を滅ぼす力を。その方位は西、ほうき星の加護。水の精霊に命じる──《ウンディート・アクア》」


 呪文を唱え終わったと同時に魔法陣が光輝いた。

 淡い蒼色の光を放ち、心臓の心音のように鼓動する。


 魔法は成功したかのように思われたが、


「──やっぱり無理か」 


 悟っていたような魔王の声の直後、光は跡形もなく消え、心音もピタリとやんだ。

 しかし依然として魔法陣はそのまま、血が乾くことなくそこに位置していた。


 魔王はゆっくりと魔法陣を指でなぞりながら、


「だいぶ欠損が多いな……わざと不完全な状態にすることで発動を防いだ……いや、それだと後世に伝える意味がないな」


 いろいろ考察しているようだが、エイルにその言葉は届かなかった。

 エイルは魔法陣を見つめた後、諦めたように笑い、


「あはは……昔の方法で簡単に魔法が使えたら学校も、魔法書もいりませんよね。私、やっぱり魔法の才能がないみたい」


 自虐的な物言いだとエイルは自分でも思った。

 でも今起こったことは事実であり、変わることはない。

 

 昨日も含めて二回、魔法は失敗したのだから。

 

「…残念、だったな」

 

 遠慮がちに魔王が声をかけたが、エイルはうつ向いて唇を震わせるだけだ。

 

「これで、私の夢はおしまい」 

 

 無意識に拳を握り、強く力を込めてしまう。

 情けなさとバカらしさがこみ上げ、魔法陣を手で消そうとした、その瞬間

 

「─────────え」

 

 一瞬、身体が宙に浮いているような浮遊感を感じた。

 でもそれはただの勘違いだ。

 

 だって、地面に大きな空いて、そのまま重力に従って落下するだけだったからだ。

 

「え、えええ?あ、あわわ」

 

「あ、そういうこと、か」

 

 落下する直前、魔王が何かに気がついたように声をあげたが、誰にも伝わることはなかった。

そのまま勢いよく落下していく。

 

暗いトンネルを垂直にただ落ちる。

 

 エイルはただ突然の出来事に驚くばかりだ。

 

 それでも、

 

──小さな興奮を、確かに胸に抱いていた。




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