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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
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46話 強き者

「───ッ!!」

 

 リリスが振るう槍が鼻先を掠める。

  頭を軽く横に振る、最低限の動きで攻撃をかわす。

 

 休む間もなく、ウシュムガルの鋭い爪がレイナに襲いかかる。

 

 リリスとウシュムガル。

 

 両者の動きは合っているとは言い難く、連携した攻撃は今のところない。

 

 だが個の力が互いに強いため、二人同時に襲われたら終わりだ。

 

「──はぁッ!!」

 

 軽く息を吸い、手足に力を込める。

 剣を両手で思い切り振り、ウシュムガルの攻撃を受け止めたが、

 

「ァァァァァアアアアアアアアア!!!!」

 

 ウシュムガルが翼を展開、禍々しい色の魔法陣が浮かび上がる。

 

 空気が一瞬で凍りつく。

 

 咄嗟にウシュムガルから剣を離し、転げるように距離をとった瞬間、

 

「───っあ!?」

 

 頬を掠める衝撃。

 

 ウシュムガルは光速を越えた速さで突撃し、壁をぶち壊した。

 

 肌に違和感を感じて手で拭うと、頬から血が垂れていた。

 

 遅すぎる恐怖がじんわりと滲む。

 

 だが、次の恐怖は待ってくれない。

「──っ!!」

 

 咄嗟に身体をのけぞらせ、迫っていた槍をかわす。

 

 リリスの槍が床に突き刺さる。

 

 床の大理石がえぐれ、大きな塊となって宙を舞う。

 

「ウシュムガル、追って!!」 

   

「──っ」

 

 今ウシュムガルを逃がすことはできない。

 

 エイルの魔法の準備は整っていなければ、万全とは言いがたい状態で戦うことになってしまう。

 

 それは駄目だ。

 

 エイルの魔法は精神の影響を受ける。

 

 まだエイルは血の魔法を使うことに抵抗があり、ウシュムガルとの戦いはエイルのトラウマ。

 

 恐怖、敵意。これらの負のエネルギーは魔法を暴走させる。

 

「行かせ……ない…!!」 

 

 大理石の破片を素早く避け、戻ってこないウシュムガルを追撃しようとするが、

 

「背中を見せてご退場…なんて嫌よ?まだまだこれからじゃない!ッアハハハ!!」

 

 レイナの背後に回り込み、リリスが槍を突き出す。

 

 横に身を翻すが、槍が僅かにレイナの腹を引き裂く。

 

「…っあ…!」  

 

 鋭い痛みが全身を貫く。

 

 慌てて傷を押さえると、手に血がこびりついていた。

 

 力が抜ける、立っていられない。

 

 やはり、槍に何か魔法的な術が仕掛けられていた。

 

 腹からトクトクと溢れる血を押さえ、地に膝をつく。

 

 直後に額に感じた、冷たい感触。

 

「さよなら」

 

 たった一言。

 

 慈悲も救いもない、確実に息の根をとめる方法。

 

 あとはレイナに当てた槍を引いて、思い切り突き刺すだけ。

 

 絶望的な戦況の中、レイナはただリリスを睨み付ける。

 

 絶対に諦めるものか。

 

 たとえ勝てなくても、ここで果てるとしも、彼女の腕くらいは道連れにしてやる。

 

 血で真っ赤に染まる手で剣をとり、足を無理やり奮いたたせる。

 

 でも、間に合わない。

 

 レイナの剣よりリリスの槍の方が速い。

 

 槍がレイナの頭を砕く──その刹那。

 

 槍が吹き飛んだ。

 

「─────────は?」

 

 気の抜けた声。

 

 突然風と共に打ち出された大理石の破片はリリスの手から槍をはがし、一瞬の隙を作った。

 

 それで十分だ。

 

「──はぁッ!!」

 

 右足を一歩前に、手に握った剣をリリスに向かって突き刺す。

 

 剣に伝わる、肉を抉る感触。同時に滴る血。 

 

 リリスが左肩を押さえ、後方に飛ぶ。

 

 その視線の先、扉の前に立つ青年を睨み付けて。

 

「間一髪ってとこか」

 

「な、なんで魔王がここに……?」

  

 レイナが最初に思ったのは戸惑い。

 

 だって、彼はエイルと共に魔法の準備をしているはずだ。

 

 エイルを託したのは自分より相応しいと思ったから。

 

 少しだけ、レイナより長くエイルと旅をしたから。

 

 きっと魔王とならエイルも安心できると思った。

 

 なぜここにいる。エイルは今どこに───。

 

「何故戻ってきた!?エイルを一人にするなんて──」

 

「あいつなら乗り越えられる。俺の導きなんて必要ないくらい、エイルは強い」

 

 風の剣を携え、エアが塵まみれのカーペットの上を歩く。

 

 分からない、何故エアが戻ってきたのかが分からない。

 

 エイルを信じるているのはレイナも同じだ。

 

 でも、何故。

 

 エイルの身を案じるならエアが側にいた方がいいのに。

 

「……はは」

 

 真っ赤な唇を震わせ、リリスが笑う。

 

 肩から溢れる血は歪に固まり、血餅のようだ。

 

 ゆっくりと、愛らしい顔が狂気に歪んでいき、

 

「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」

    

 狂ったように、心の底から可笑しく思うように。

 

 恐怖が背筋を凍らせる。

 

 本能的にリリスの変貌を感じとり、全身に汗が滲む。

 

「ははははははは!!さっすが魔王様!神の円卓から嫌われても『天命』を従えることができるなんて!」

 

「………」

 

 エアは何も言わない。

 

 リリスの罵倒にも似た挑発を黙って睨み付ける。 

 

「神風の剣──トゥプシマティ。神を嫌いながら神の武器を使うなんて、本当に可笑しいわ!アハハハハハハハ!!!」

 

「トゥプシマティ……?」

 

 エアが今まで使っていた風の剣。

  

 風属性の魔法かと思ったが、その類いの魔法は聞いたことがなかった。

 

 トゥプシマティ、それは神話に伝わる神の神器。

 

 でもはそれは確か───。

 

「俺を魔王に誘った時、おまえが言った言葉を覚えてるか?」

 

「はあ?」

 

 突然、エアが口を開いた。

 

 真剣な眼差しだ。酒場でお茶らけていたポンコツ魔王はと見違えるような表情。

「……ずっと、人間は神に縛られている。まるで奴隷のように、自由のない種族だと。彼らを自由にするために、神に戦いを挑むのと、自由のために人間と決別するって」

 

 エアが魔王軍に入った理由。

 

 それは神と人間を決別させるため。

 何があってそんな理想を抱いたかなんてレイナに興味なんてない。

 

 でも一人よがりで傲慢な、それでも優しい願いは変わった。

 

 たった一人の少女との冒険によって。 

 

「御大層な正義を抱えていたくせに、お前達は見ようともしなかっただろ。人間の街を、文化を、営みを。神と歩んでいた人間を。……知らないで、救えるわけがないだろ」

 

「…………」 

 

 レイナが何かをしたわけでも、エイルが魔王を改心させるような大義を成したわけでもない。

 

 ただエアが人間を見ただけ。見て知って、気がついた。

 

 ピタリとリリスの笑い声が止んだ。

 

 代わりに奥歯を噛み締める音が響く。

 

「人間は神の助けはいらない。そして、魔族の傲慢な救いもいらない!あいつらは、俺達が思っている以上の強さを持ってる!!!」

 

「黙れ!!神々の嫌われ者がッ!!!」

 

 リリスが初めて怒りを露にした。

 

 犬歯をむき出し、瞳を真っ赤に充血させたリリスの顔に禍々しい魔法陣が浮かび上がる。

 

 身体にも変化が現れ始めた。

 

 爪が鉤爪のように伸び、剣呑な雰囲気を発する。

 

 愛らしい少女の面影は消え、二人と対峙するのはおぞましい人の形をしたの化け物。

 

 それでも、エアはひるまない。

 

 ただ前を向き、目の前の化け物を見据える。

 

「……化け物め」

 

 忌々しそうに吐き捨てると、レイナはゆっくりと立ち上がった。

 

 まだ傷は完全に塞がっていない。

 

 普通の刃物による傷害ならすぐに治るが、リリスの槍による攻撃は魔法による呪いの類いだ。

 

 そう簡単には治らないだろう。

 

 しかし、エアが戦うというのなら、 

「足、引っ張らないでよね……エア」

 

 いつもの強がりも、この状況では弱々しい。

 

 だが、黙って見ているよりはマシだ。

 

 遅れなんてとりたくない。

 

 今でも納得いかないが、エアの言葉に勇気付けられた自分がいた。

 

 初めて、エアの名前を呼んだ。

 

 マトゥル騎士団を壊滅させた魔王が憎い。それは永遠に変わらない。

 

 けれど、目の前で剣を構えるポンコツだけは信じていいかもしれないと思ったのだ。

 

 魔王と勇者。

 

 交わることのない対極の二人が共に戦うなんて夢のようだが、

 

「…ああ任せろ、レイナ!」

 

 エアもレイナの名を呼ぶ。

 

 満足げに小さく頷くと、思わず笑みが溢れる。

 

 名前を呼ばれたことが、少しだけ心地よかった。

 

「──いいよ、二人まとめてぶっ殺してやる!!! 」 

 

 戦う、戦え。

 

 一人でウシュムガルに立ち向かうエイルの身を案じつつ、獣のような唸り声をあげるリリスに剣を突き立てた。

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