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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
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44話 ロスト・ワールド


 マスカルウィン──それは滅びた世界。

 

 世界が滅ぶというのは、案外簡単らしい。

 

 なんらかの原因で世界を循環する魔力に不備や誤差が起きれば、空気中に漂う魔力が極度に高まる。

 

 マスカルウィンの場合、循環回路自体が破損し、魔力が駄々漏れになってしまっている。

 

 もはやここは死の世界。防御魔法の加護なしにこの地に降りたなら、オドを守る肉体ごと大気の魔力に汚染される。

 

 いくら人間の拙いオドが外部からの魔力の影響を受けにくいとはいえ、ここまで魔力の濃度が濃いとオドの精度なんて関係ない。

 

 肌にねっとりとへばり着く嫌な感触。

 

 高濃度の魔力が肉体を食らい尽くそうとしている。

 

「……ここに長居しないほうがいいわ。ただでさえ魔力が濃い地点が、世界の崩壊で溢れた魔力で更に濃くなってる」 

 

「……それは、俺も賛成だ」

 

 ギルドから貰った紀章の加護があるとはいえ、完全に影響を防ぐことはできない。

 

 ゲートの出口は枯れた森に隠れ、遠目から見つけることはできないだろう。

 

 これ以上留まるのは危険と判断し、ゲートを軽く木の葉で隠して歩き始めた。

 

「………………」

 

「………………」  

 

「………………」  

 

 口を開いて呼吸することすら億劫だ。

 

 手で口を押さえ、ただ無言で歩き続ける。

 

 森の木々に緑は全くなかった。

 

 枯れた木は幹や枝は残っているが、葉や花が生い茂っているものは一つもない。

 

 水気を全く含んでいない土は砂のようにサラサラし、まるで砂漠だ。

 

 しばらく歩くと、小さな湖を見つけた。

 

 汚れきった水面に、見たこともないモンスターの死骸が浮いている。

 

 何体も、痩せこけて。

 

 肉が腐敗して骨が剥き出しになった骸には、ハエすらよりついていなかった。

 

「……昔は生き物がいたんですね」

 

 つい最近まで、この世界には生命があったのだ。

 

 探せば他にも見つかるかもしれないと一瞬思ったが、

 

「……もう、行きましょう」

 

 諦めたようなレイナの声。

 

 茶色に染まった湖は濁り、底なし沼のようだ。

 

 きっと、もうこの世界に生き物なんていない。

 

 みんな滅びてしまった。

 

 また無言で、三人は歩き始めた。

 

 ただ枯れた木と薄い霧に覆われた世界。

 

 たまに餓死したモンスターの死骸が転がるだけで、他に何もない。 

 

 何気なく、空を見上げると、

 

「……空が、割れてる……?」

 

 一ヶ所だけ、地割れに似た亀裂が天を引き裂いていた。

 

 それは一枚の紙を破いたようで、雲も不自然な形で割れていた。

 

 割れ目の小さな穴から、星空が瞬く。

 

 どこが見たような感じがして、少し思案すると、

 

「世界に穴が開いても、その穴を修復できないの。だから、あの星達はエデンの空にあるものよ」

 

「修復……?」  

 

 そういえば、初めてエデンに降り立った時に見た星空とそっくりだ。

 

 今でも鮮明に思い出せる、崩壊した楽園にあった原初の夜空。

 

 あの時もエアが世界の修復とかなんとか言っていたが、

 

「世界が『生きている』なら、世界は自動的に傷を修復するわ。けれど、ここはもう『死んでしまっている』世界。死体に自己を修復する機能なんてないわけだし」

 

「…世界が…生きている」

 

 生きている世界、死んでいる世界。

 

 まるで、世界そのものに命が宿っているみたいだ。

 

 本当に世界に命が有るわけではないと百も承知だが、天にポッカリと開いた穴は刃物で刺されたように深く、痛々しい。  

 

「……これは…」

 

 森の果て、空の割れ目の真下に小さな館が在った。

 

 見た目は普通の、裕福層が住む古めかしい館。

 

 少し壁にヒビが入っているが、苔や蔓といった植物は付着していない。

 

 入り口はヘルヴィムの星とウシュムガルが戦った際に被害を受けたのか、扉が変形し、ガラスが飛び散っていた。

 

 館の壁にへばりついた血潮が、戦いの激しさを物語っている。

 

 ひしゃげたドアノブにそっとエイルが手をかけると。

 

──バサリ。 

 

「あっ」

 

「──?どうした?」   

 

「さっき、鳥が…飛んでいた気が…」

 

 鳥が翼を羽ばたかせる音が一瞬、聞こえたような気がした。

 

 見上げると、空を飛行していた鳥は雲の隙間に消え去り、羽が一枚ひらりと落ちた。

 

 マスカルウィンに生き物がいたことに感動したのか、エイルは鳥が隠れた雲の奥を見つめ続ける。

 

 けれど、なぜこんなにも鳥が気になるか自分でも分からなかった。

 

「……いたか?鳥なんて」

 

「……さあね」

 

 鳥が見えなかったエアは、腕組みをしながら空を見つめるレイナに尋ねたが、彼女はこの世界の生き物に興味なんてない様子だ。

 

 適当は返事を一つ、そのまま扉を足で蹴りあげた。

 

 唖然とする二名を一瞥すると、レイナは何事もなかったかのように我が物顔で館に侵入。

 

「……なんでしょう、この複雑な気持ちは……」

 

 無残に床で朽ちた扉を、敵陣とはいえ申し訳ない表情で踏みつけてレイナの後に続く。

 

 入り口のすぐ先は大きな広間。

 

 真正面には二階に上がるための階段……だったものがひしゃげ、床で朽ちていた。

 

 天井から落ちて砕けたシャンデリアの破片がそこらじゅうに散らばっているので、シャンデリアが落ちた衝撃で階段も破壊されたのだろう。

 

 ともあれ、二階にいく手段は今のところ見当たらない。

 

「まずは一階を探検ですね」

 

 洋館は大きく右側と左側に別れている。

 

 今いる広間がちょうど両側の中間地点で、右側に進む通路は家具や壁が壊れて進めそうにない。

 

 消去法で、三人は左側の館の探索を開始する。

 

「……っ!」

 

 思わずエイルは口を手で覆った。

 

 空気の魔力濃度が急に高くなったのではない。

 

 恐ろしくひんやりとした廊下。

 

 壁には乱雑に書き殴られた魔法陣や飛び散ったように広がる血。 

 

 一歩踏み出すだけで、体感温度が一度ずつ下がっていく気がする。

   

 溢れる死の山。

 

 床に、天井にへばりつくモンスターの死骸はぐちゃぐちゃに潰れて、ほとんど原型は残っていない。

 

 不思議と、異臭はなかった。

 

「……行こう」 

 

 廊下の床は所々抜け落ちていた。

 

 慎重に前に進む、なるべくモンスター達の惨劇を目にいれないように。

 

 一歩進む度、血の泉で靴が深紅に染まる

 

 たとえ人間に害をなす存在だとしても、目の前の光景は残酷すぎた。

 

 逃げるように目に入った部屋に入ると、

 

「……ここは、書斎でしょうか?」

 

「センスのないやつがいたんだろうな」

 

 エアが部屋に入った途端、露骨に嫌な顔をした。

 

 木の本棚と机がある普通の書斎、に最初は思えた。

 

 壁をびっしりと埋め尽くす魔法陣。

 

 真っ黒な魔法陣は大小多くの種類があったが、どれも見たことないものばかりだ。

 

「……血で描かれているわね」

 

「え?…あ、確かに時間が経って変色してるけど……」

 

 そっと手で魔法陣をなぞると、ざらついた感触と共に、固まって粉となった血が指にこびりつく。

 

「………」

 

 指についた血をずっと見つめるエイル。

 

 特に違和感があったわけではない。

 

 それにも関わらず見るのを止められなかったのは、

 

「───っ」

 

 シュヴァルドラゴと戦った時の記憶が甦る。

 

 黒い刃が打ち出される。その先にはリンドがいた。

 

 飛び散る鮮血、悲痛なシフォカの叫び。

 

 見たくないと思っていても、目をそらせない。

 

 呼吸が荒くなる。動揺していることが自分でもわかる。

 

 どんなに取り繕っても、怖い。

 

 己の中にある、この力が───。

 

「大丈夫か?真っ青だぞ?」

 

「え、あ…大丈夫…です」

 

「……無理すんなよ」

 

 エイルが見つめていた手を、エアが掴んだ。

 

 まるで、これ以上考えるなと言うように。

 

 軽く息を吸って吐いて、前を向いた。     

   

 すると、 

 

「……オルガンの音?」

 

 美しいオルガンの音色が、微かに聞こえる。

 

 小さくて淡い音だが、先ほどの鳥の羽ばたきよりはっきりしている。

 

 レイナとエアも気づいたようで、部屋の中が緊張に包まれた。

 

 部屋の外に出ると、オルガンの音がハッキリと聞こえてきた。

 

 廊下の先──巨大な扉が待ち構えている。

 

 オペラでも上映していそうな雰囲気の扉、その先にきっといる。

 

 ゆっくりと、踏みしめるように前へと進む。

 

「……覚悟はいいか?」

 

「……ええ」

 

「…はい!」

 

 エアが扉に手を置き、少しずつ力を込めて扉を開く。

 

 ギイッ、木が軋む音を立てながらも重苦しい扉が放たれた。

 

 すると、  

 

「───────────────」

 

 部屋中に響き渡る、重く荘厳な音色。

 

 床には赤いカーペット、その左右には大量の椅子が規則正しく並べられいる。

 

 二階には立ち席のようなものが取り付けられており、部屋の内部は本当に劇場のようだ。

 

 しかし真正面にある楽器をみればここが礼拝堂であると一目で分かるだろう。

 

 高い天井を貫くように伸びるパイプ。焦げ茶色の装飾で飾られた四段もの鍵盤。

 

 色鮮やかなステンドグラスから差し込んだ光で、影が揺れる。

 

 腕を大きく動かして、一人の少女が巨大なパイプオルガンの鍵盤を叩く。

 

「───────リリス」 

 

 音色と共に揺れる薄紅色の髪。

 

 今リリスはエイル達に背を向けている。奇襲をかける絶好のチャンスなのに、

 

「─────────────」

 

 彼女の指先から紡ぎ出される音色は美しかった。

 

 ここが大きなコンサート会場であったなら、大絶賛の拍手を送っていただろう。

 

 身体に駆け巡る衝動。

 

 露出度の高い服装も、この場では演奏者としての貫禄と美しさを纏っていた。

 

 けれど、そんなの幻想であり偽りなのだ。

 

 エイルは知っている。こんなにも心を揺さぶる音色を作り出す少女に、人の心なんてないことを。

 

 突如リリスは演奏を止めて、

 

「───ここはかつて、楽園だった」

 

 立ち上がり、ゆっくりとこちらに目を向けた。

 

「精霊の治世によって栄えた、魔の種族の安寧の地。神々に迫害された敗者の世界」

 

「………」

 

 リリスは笑っていた。

 

 紫紺の瞳を細めて、昔を懐かしむように。

 

 けれど、その笑顔が凍りつくように残忍で、虚無を思わせた。

 

「こんにちは、神々の奴隷。哀れなお人形さん」

 


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