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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
41/73

38話 全ての誤算

 

「……はぁ…ぁ…」

 

 吐息が荒い。

 

 魔法を使ってシュヴァルドラゴの攻撃を受け止めたせいか、オドが悲鳴をあげている。

 

 これ以上魔力を使えば、いくら常人より発達しているとはいえオドに傷がつく。

 

 だか引いてはいけない、逃げることも許されない。

 

 後ろには今にも泣きそうな顔のエイルといけ好かない魔王のエア。

 

 所詮ギルドのお偉いさんからの命令で一緒にいただけ。

 

 正直、魔王がどうなろうが知ったこっちゃない。

 

 でも、エイルは───。

 

「(…バカ…みたい…ランスに似てるからって)」 

 

 何を期待しているのか。

 

 くだらない希望にすがっているなんて分かってる。

 

 期待してやまない。その期待をエイルに押し付けている。

 

「……っ!」 

 

 シュヴァルドラゴと睨みあっていたが、その後ろの積み上がった巨石の影に誰がいる。

 

 完全に気配を消し、シュヴァルドラゴの四角で身を潜めている彼女を見ると、全てを察した。

 

 今のところ、レイナ以外気づいた者はいない。

 

 それならば────。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 勇者と黒龍。彼らの対決は物語のように素敵なものではない。

 

 力は互角。

 

 二連戦のレイナの方が少しだけ劣るかもしれないが、後ろのお荷物三人を守るために精一杯の力を振り絞ってその差をカバーしている。

 

 血の魔法がなければエイルなんて、戦いにおいて何の役にもたたない。

 

 違う、役に立たないからこそ血の魔法を使おうと考えたのだ。

 

 結果は無様。頼りの魔法は発動せず、レイナに無茶をさせた。

 

 ただ黙って、レイナの後ろ姿を見守るだけ。

 

 それがとても歯がゆかった。悔しくて目頭が熱くなる。

 

「───っあああ!!」

 

 己を奮い立たせる声と共に、レイナの剣が光る。

 

 シュヴァルドラゴの足が一歩、後ろに下がった。

 

「《光よ、我に呼応せよ──!》」 

 

 さらに剣が光を纏う。

 

 シュヴァルドラゴの体がのけ反り、反射的に口から剣を離す。

 

 すばやく剣を引くと、勢いをつけてシュヴァルドラゴの顔に剣を叩きつけた。

 

 何度も、反撃の暇すら与えず。

 

「ァァァギャアアアア!!アアアアアア!!!」

 

 悲鳴をあげ、レイナの猛攻に押されいるが、大したダメージにはなっていない。

 

 むしろ、追い詰められたのはレイナの方だ。

 

 身体中から汗が吹き出し、顔色や指先も真っ青。

 

 魔力の使いすぎの弊害が顕著に現れている。

 

「おい、勇者!それ以上はやめろ!!!」

 

「……はぁ…あ…っ」   

  

 エアも応戦しようと駆け寄るが、

 

「来るなッ!!近づくなッ!!!」

 

 手を休めることなく、レイナが叫んだ。

 

 その険相に、誰も動けなくなる。

 

「……シュヴァルドラゴの鱗やオドを貫けるのは、神様の加護をもった神器だけ。あなたが行ったところで邪魔になるだけよ」

 

「でも…っ!」

 

「今私たちができるのは、ここから離れることだけ」

 

 シフォカの冷静な分析の通りだ。

 

 魔法の使えないエイル、エアの攻撃だって通じるかわからない。

 

 進むか戻るか。

 

 選んだのは後退。

 

「でも、でも……!」

 

「ここにいたってなにもできない!むしろリンドやレイナの邪魔になるだけ!!」

 

 無理やりシフォカに連れられ、エイルは無事だった大木の陰に身を潜める。

 

 三人が隠れたことをチラリと横目で見たレイナは、安心したように笑った。 

 

「《女神シャマシュよ、あなたの力をお借りします──シャマス・ツァオベライ》───!!」 

 

 最後の力を振り絞って魔法を唱え、シュヴァルドラゴが後方にぶっ飛んだ。

 

「───レイナさん!!」  

 

 まるで糸が切れた操り人形のようにレイナが倒れた。

 

 ついにオドが限界を迎え、レイナは気を失ったようだ。

 

 そして、意識のない敵にかける情けなんてない。

 

「ァガアア!!!」 

 

 牙が砕かれ、顔も潰れたシュヴァルドラゴが立ち上がった。

 

 子ドラゴンもいない、他に誰もいない戦場で。

 

 レイナを殺して、次にエイルを殺すのだろう。

 

 死の恐怖を感じる前に、思ったのが、

 

「レイナさん!!!」

 

 レイナが殺されしまう。

 

 嫌だ、そんなの絶対に嫌だ。

 

 エイルの腕を掴んでいたシフォカの手を払い、駆け出す。

 

 絶対に間に合わない。

 

 距離が離れているし、仮に間に合ったとしてもできることなんてない。

 

 それでも、走っていた。

 

 走って、そして見た。

 

 赤々と燃える剣を手にした英雄の姿を。

 

 倒れて動かないレイナに迫るシュヴァルドラゴの後ろ、戦闘で積み上がった巨石の山の頂きに立つ英雄は何も語らず剣を構えた。

 

 レイナの真上に、シュヴァルドラゴが拳の陰がかかる。

 

 軽く拳を引き、勢いをつけて拳を振り下ろした。

 

「───ァガ?」

 

 場違いな、気の抜けた鳴き声。

 

 地を抉る衝撃も、レイナを襲うはずだった惨劇もない。

 

 ただ、固く握った拳が宙を舞う。

 

 数秒後、シュヴァルドラゴの脳が手と胴体が切り離されたことを理解し、

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!???」 

 

 ドサリと、レイナの近くにシュヴァルドラゴの手だったものが落ちた。

 

 よく見るとそれは黒く焦げ、白い煙を放っている。

 

 激痛に暴れまわるシュヴァルドラゴのオドが赤く光る。

 

 切断された手を修復しようとしているのか、断面に赤い魔法陣が描かれていく。

 

 それが、命取りだった。

 

「──そこがオドね」

 

 オドの位置はとても分かりにくい。

 

 当たり前だ、オドは魔法の要であり弱点でもある。

 

 番のシュヴァルドラゴの体は非常に大きく、オドを見つけるのは困難だ。

 

 だがしかし、魔法を発動させるためにオドを使用すれば、当然オドの場所を露見させる。

 

「──ぁ、ガぁ」 

 

 シュヴァルドラゴの急所が、炎の剣で貫かれていた。

 

 喉に穴が開き、もう痛みを紛らわせる声すら出せない。

 

 今ままで隠れていたリンドが、満身創痍のシュヴァルドラゴの背に乗っていた。

 

 剣な鞘を掴むと、さらに剣を深く差し込んで止めを刺す。

 

「……今まで、ずっと岩の陰に…」

 

 モンスターを倒した喜びより、何故という戸惑いの気持ちが強くなる。

 

 レイナと一緒に戦っていたら、ここまでオドを酷使することもなかったのに。

 

 まるで、シュヴァルドラゴを油断させるためにレイナの囮にしていたようにすら感じる。

 

 その違和感は、

 

「───ヒュウウウウウウウ!!!」

 

 倒れる寸前、シュヴァルドラゴの頭だけがリンドを見た。

 

 壊れたオドを無理やり稼働させ、最後の力を振り絞る。

 

 喉から空気が漏れ、人間を震え上がらせた声はもうない。

 

 怒りの険相。人間への殺意だけでシュヴァルドラゴは魔法を発動させた。

 

 牙もない口を大きく開けると、小さな光の玉が現れた。

 

 数秒で光の玉は巨大化し、目映い光を放つ。

 

 魔法の拙いエイルでも感じるピリピリとした感覚。

 

 これは、

 

「高密度の魔力──!?」

 

 体中の魔力を集めて作り出された光の玉。

 

 それはまるで魔力の砲弾。

 

 当たったら怪我をするどころ話ではない。死の気配を放つ光はさらに輝きを増す。

 

 ここまで僅か三秒。

 

 あと二秒もすれば標的になっているリンドを確実に仕留められるだろう。

 そうならなかったのは、

 

「《主よ、天命をあなたにゆだねます》」

 

 小さな言葉の呪文の言葉とともに、剣が炎の渦を巻く。

 

 炎が天に向かって伸び、剣の長さが二メートルを越えた。

 

 光が打ち出される瞬間、リンドは燃える剣を振るう。

 

 エイルが息を呑み、叫んだ。

 

 感嘆でも驚きでもなく。

 

 そんなことしたら───炎にレイナが巻き込まれてしまうのに。

 

「───────っあ……!!!」

 

 一瞬、森全体が炎と光に包まれた。

 

 熱いと感じたが、すぐに森の静けさが身体を冷やす。

 

 目を開けたときには、脅威はすべて過ぎ去っていた。

 

 満身創痍のシュヴァルドラゴは跡形もなく消滅し、リンドが剣を振るったところから湯気が立ち上っていたこと以外、変化はない。

 

 少しだけ、レイナの前髪が焼けていたが、大きな怪我はないようだ。

 

「レイナさん!!」

 

 慌ててレイナに駆け寄ったエイルはレイナの腕をつかんで脈を取った。

 

 呼吸を確認し、顔色を観察する。 

 

 異常のないが、オドの疲労が心配だ。

 

「はやく、戻って治療しないと──」

 

 ここにはレイナを癒せるほどの安全な場所はない。

 

 また子ドラゴン達が現れないとも限らないので、レイナをおぶって運び出す。

 

 シュヴァルドラゴは無事に討伐した。

 

 脅威もすべて排除した。 

 

 これで、終わるはずだった。

 

「──っ!?」

 

 リンドは地に転がり、その場を離れた。

 

──グシャリ!! 

 

 その直後、リンドがいた場所が消滅した。

 

「っ!またモンスターかよ!!?」

 

 レイナを担いだエイルを庇い、前に出たエアが剣を構えて警戒する。

 

 シフォカも毒霧の入った小瓶を取り出して、周囲を伺う。

 

 だが、辺りにはモンスターの気配はない。

 

 シュヴァルドラゴとの戦いで多くのモンスターは逃げてしまったので、ここにモンスターがいるわけない。

 

 なのに、痛々しいほど感じる魔の気配。

 

「リンドっ!!!」

 

「っ!?」  

 

 シフォカの叫び声に反応し、リンドが咄嗟に横へ飛ぶ。

 

──グシャッ、グシャッ!!

 

 今度はリンドが逃げた方向にも、何かが衝突した。

 

 避けきれなかったため、謎の攻撃が頬を掠めて血が流れる。

 

 どこから誰かがこちらを見て、攻撃している。

 

 ヒュンッ!風を切り裂く音とともに、また何かがリンドに襲いかかる。

 

 間一髪で避け、リンドを襲っていたものが地に突き刺さる。

 

 黒くて、鋭い剣の刃のようなもの。

 

「な、んで……?」

 

 それは、エイルが血の魔法を使ったときには現れる武器とそっくりだった。

 

 背後を振り返る。

 

 シュヴァルドラゴの死骸、その横に血で描かれた魔法陣。

 

 それが、真っ赤に光っている。

 

「なんで、なんで!?」

 

 発動しなかった、失敗だった。

 

 今さらなんで。

 

 リンドを敵として、禁じられた魔法が発動していた。     

 

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