37話 悪を罰する
「アアアアアアアアアアア……!!!」
先ほど戦ったシュヴァルドラゴより大きな巨体。
大木をも飲み込む口から牙を露出させ、相棒の血で染まったレイナに敵意をぶつける。
「……ついて、ないわね」
諦めたように新たなシュヴァルドラゴを見ると、剣を支えにして立ち上がった。
よろけた足取りは弱々しく、戦えるようには見えない。
それでも、大剣を仇討ちに燃えるシュヴァルドラゴに向けて睨みつける。
「……ダメです!オドが疲弊しています!そんな状態で無理に魔法を使ったら───!」
一匹目のシュヴァルドラゴとの戦いで体力と魔力は枯渇状態。
オドは魔力を精製し、同時に心臓のように体内を循環させるポンプの役割を果たす。
これ以上魔力を精製すればオドを傷つけ、体内に流れる魔力を暴走させてしまう。
「だから、何よ…」
レイナの口から血の塊が吐き出された。
誰が見たって戦える状態ではない。
それでも、彼女の目から闘志が消えることはない。
「……こんなところで逃げたら、マトゥル騎士団の栄光に泥を塗ってしまう…それだけは…絶対……に」
「……レイナ…さん…!」
何が彼女をそこまで駆り立てるのか分からない。
勇者と黒龍が睨みあう。
先に動いたのはレイナ。
地を蹴り、ボロボロの姿で剣を振り上げた。
「がアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
だが、レイナの一撃は簡単にシュヴァルドラゴの爪に弾かれる。
体勢を崩したところに、容赦なく強烈な拳が振り下ろされた。
「っ!?」
咄嗟に横にとんだレイナのすぐとなりの地面が吹き飛んだ。
クレーターのように凹んだくぼみが、その威力を物語る。
「アアアア!!ガアアアアアア!!!」
何度も、シュヴァルドラゴは拳を振り上げ、叩きつける。
その度レイナは避けることを繰り返すが、じり貧に追い込まれていく。
「グルギャアアアアアアアアアアアア!」
「シャアアアアアア!!」
「ギャア、ギャア、アアアアアアア!」
長の武勇に感化され、戦意を失っていた子ドラゴン達が再び立ち上がった。
数は二十匹ほどだが、一匹一匹の闘志が異様に高い。
「くそっ!こっちもか……!」
エアが風の剣を構える。
同時に子ドラゴンも翼をはためかせ、低飛行で襲いかかる。
風の刃が振るわれ、多くは肉片で土を汚した。
取り残したのは数匹。それらはエアを無視して進撃を続ける。
その先にはシュヴァルドラゴの攻撃を紙一重で交わし続けるレイナ。
「狙いはそっちか…!?」
戦い続ける長を援護するように、レイナに飛びかかる子ドラゴン。
近づこうにも、シュヴァルドラゴが拳で穴を開ける度に飛び散る岩石が行く手を阻む。
リンドの姿も見当たらず、状況は悪くなるばかりだ。
どうすれば、レイナの危機に辺りを見回すエイルの目に首を刎ねられたシュヴァルドラゴが映った。
胴体から流れ出た血の泉。
それを見て思い付いたのは、
「───ッ!」
「おいエイル!!」
巨石が舞う戦場を、なるべく身を低くして駆けるエイル。
エアの制止の声も聞かず、健全なシュヴァルドラゴから距離を取りながら、屍に近寄る。
「あいつ、まさか!!」
「あ、ちょっと!?…ああもう!ヒーラーが前に出るなんて……!」
エイルの意図に気づいたエアが後を追う。
事情を知らないシフォカも、並々ならぬ雰囲気を感じたようだ。
ヒーラーは後方で回復に徹するのが常識。
しかし、このままではレイナはやられてしまう。
ならば、
「大丈夫、大丈夫……スライムの時だってちゃんとできたんだから……」
リンドは見当たらない、唯一の戦力であるエアも近づけない。
ヒーラーの常識なんてこの場では通じない。
恐怖を殺し、シュヴァルドラゴの血を指先につける。
「ちょっと、何してんの!?何だか分からないけど、前に出るなんて自殺行為よ!!」
「でも、このままじゃレイナさんが!」
「後少しでリンドが──!」
──グチャリ。
シュヴァルドラゴの死骸に、砕かれた地面の破片が突き刺さった。
戦いは苛烈を増し、レイナの邪魔をしていた子ドラゴンすら長の拳に巻き込まれて潰され、巨石の下敷きになる。
敵を討とうと戦うシュヴァルドラゴには、敵味方の区別すら消失していた。
もうこの戦地に安全な場所なんて存在しない。
姿を見せないリンドにも、何か作戦があるのかもしれないが、その前に決着がつく。
戻ることもできないなら、やることは一つだけ。
信じられないような物を見ているシフォカの目を無視し、魔法陣を描いていく。
描くのは、水属性の魔法陣。
ティトーがよく使っていた、氷塊を出現させる攻撃魔法だ。
「アガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
一際大きな叫び声に顔を上げると、レイナを標的にしていたシュヴァルドラゴと目があった。
血の魔法陣を描いているエイルは、番の死骸を汚す冒涜者。
その蛮行を、シュヴァルドラゴは見逃さなかった。
標的をエイルに変え、怒りを力に翼をはためかせる。
オドが赤く光る。
牙が急速に成長し、口からはみ出た。
地を這い、エイルを食らおうとするが、
「食らえ、おバカさん!!」
シフォカがシュヴァルドラゴに小瓶を投げつけた。
小瓶が割れ、紫色の煙がシュヴァルドラゴを覆った。
「ギャアアアアアアアアアアアア!!!?」
微かにツーンとくる異臭。
煙を浴びたシュヴァルドラゴは悶え、地を転げ回る。
「オドを全力で行使したのが裏目に出たわね。…この毒は長く続かないから、何かするなら早めにね」
「……はい!」
シフォカの毒で時間が稼がれているうちに、エイルは魔法陣を描いていく。
「《矢のように穿て──ウンディート・アクア》」
描き終わるのと同時に呪文を唱える。
だが、
「……何も起こらない…?なんで…どうして……?」
魔法陣も呪文も合っている、なのに魔法が発動しない。
スライムを、ウシュムガルを倒した時のような黒い刃が出て来ない。
「エイル、どうした?」
「ま、魔法が発動しないんです!ちゃんと全部合ってるはずなのに…!!」
「はあ!?ちゃんと見たの!?」
エアとシフォカが魔法陣を確認するが、何も狂いはない。
「ァァァァァァァァ……!!」
ゆっくりと、シュヴァルドラゴが起き上がった。
何度も呪文を唱える。
何度やっても結果は変わらない。
焦りと不安で頭が混乱する。
どんなに懇願しても、魔法ははつどうしてくれない。
ウシュムガルに傷ついたティトーを治そうとした時と同じだ。
何かが枷になっているのか、禁じられた魔法を、まだエイルは使いこなせない。
「ァァァァ、ガアアアアアア!!!」
怒りが倍増したシュヴァルドラゴが牙を剥き出し、エイル達に襲いかかる。
シフォカが小瓶を取り出すのより、エアが剣を振るうより早く。
そして、
「───ハァッ!!」
剣に食い込む牙。
その勇姿を見たとき、エイルは生きた心地なんてしなかった。
明らかに魔法を使って、シュヴァルドラゴを剣一本で受け止めたレイナの額には脂汗が浮かんでいた。