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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
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3話 魔王とパン


 二十年前、『魔王』とよばれる長に率いられた軍団が人間世界──マートティアに侵攻した。

 

 曰く、それは異界からの訪問者。

 

 曰く、それは人間世界を滅ぼす者。

 

 曰く、それは神に敵対する反逆者。

 

 オドが発達したモンスターを従えたその軍団は瞬く間に人間世界を恐怖に陥れた。

 

 世界の四大大国──砂漠の民、神聖帝国、魔法王国、蛇羽国はそれぞれの自衛のために鎖国状態となり、今でも一部の都市国家を除き交易はほとんどない。

 未知の外域の開拓も魔王軍によって妨げられ、文明は大きく後退することになったとも言われた。

 

 だがそれも昔の話。

 

 魔法王国の異名を持つルナムニル王国の王家直属の騎士団──マトゥル騎士団の活躍により魔王軍の勢いは大きく後退した。

 魔王軍全盛期を築き上げた魔王──モレク、サタンが討伐されると、人間による反抗が強まり、今では一部の地域を占拠する小さな集団となっており、大した驚異と見なされていない。

 

 それでも普通に戦っても不利なことに変わりはないので、一般人にとっては危険な存在だ。

 だが、魔王軍の襲来は悪いことだけを呼び込んだわけではない。

 

 異界からの侵攻。それは人間世界──マートティア以外の世界の存在を証明したのだ。

 神話だけの世界だと言われていた楽園エデンへの道が開拓され、『新世界開拓』という新たな世界への冒険が生まれた。

 

 今や一攫千金、ロマンを夢見る冒険者が溢れ、新たな世界は着々と発見されている。  

 中心都市ニップルでは異世界の産物が溢れ、人間と全く異なる種族が移民しているという。

 

 異世界探索の物語は英雄譚としてまとめられ、若者の心をつかんではなさい。

 エイルも冒険者に憧れる普通の一般人の一人だ。

 

 どちらかというとティトーの方が冒険者に魔法の才能的に向いているのだが、エイルは気にしない。

 今夜もお気に入りの英雄小説『マトゥル騎士団の冒険』を読み、眠りに就こうとしていた直後、

 

「魔王さん、大丈夫かな……」 

 

 先程から頭によぎるのは昼間ボコボコにされた魔王。

 ティトーになぶられた後、駆けつけた青年団によって村の牢獄に連れていかれたのだが、いまいちスッキリしない。

 

「どうしてあの魔法を使ったら魔王さんが現れたんだろう……。まさか、危険な魔法だったりして」

 

 魔王が連れ去られた後に気がついたことだが、詐欺師から買ったあの水晶は何処にもなかった。

 状況的に水晶から魔王が現れたと見ていいだろう。

 

 なぜ水晶に魔王が封印され、それが露店で売っていたのか非常に謎だが、それが解かれた原因が一番問題だ。

 封印が解かれてしまうほどの危険な魔法だったのなら──とエイルは心配しているのだ。

 

 お気に入りの本を読んでも落ち着かない心を静めるためにできることは、

 

「──よし」

 

 こっそりと部屋を抜け出し、父から譲られた白衣をまとい、周りを伺う。

 ついでに台所からパンを拝借し、バターやジャムを塗り、紙で包んで外に出る。

 

 向かう場所はただ一つ。

 エイルは小走りで駆け出した。


※※※※※※※※※※※※※※※※※ 


「ひどい……ひどいよお……」


 暗い牢屋の中、佇むのは一人の青年。

 すっかり夜が更け、部屋の温度はどんどん下がっていく。


「寒い……暗い……我……我もう魔王やめる……。お家にかえりたいよぉ……」

 

 隅でガタガタ震えるその姿に魔王としての威厳は全くなく、ボロボロの毛布を抱き締めて横になっている。

 

「パサパサやだ、カサカサもやだ、柔らかいパンが食べたい……うう」

 

 他の囚人でもこんなに惨めには普通ならないのだが、青年団の取り調べに魔王であるとか、魔王だからと答え続けていたら、このような扱いになっていた。

 

 今まで食べたのは味を犠牲に保存性を高めたパンのみ。

 カサカサと音を立てる虫とのバトルも魔王の精神を削る。

 

「うう……何で我がこんな目に……。勇者との熱い闘いを夢見ただけなのに……ううううう」  

 

 魔王の泣きじゃくる声に嫌気がさしたのか、椅子に座って見張り番をしていた緑髪の青年セウェルスは思わず声をかけた。

 

「……泣くなよ。耳障りだ」

 

「うっせえ!俺だって泣きたくて泣いてんじゃねぇ!世界が冷たく扱うのが悪いんだ!」  

 

「魔王なんてバカみたいなことやってるからだろ…」 

 

「うぐっ」

 

 おでこに手を当て、ため息をつくセウェルス。

 心底魔王を無様に思っているであろう表情にまた魔王の心が傷つく。

 

 すると、

 

「──?なんだ」

 

 外へ通じる扉を叩く音が三回。

 こんな夜分に牢屋を訪ねる者は滅多にいない。

 悪い展開を警戒しているのか、セウェルスは腰の短剣に手をかけた。

 

「おい、魔王。少し黙ってろ」

 

「なんだよお…少しは俺に同情してくれたっていいじゃねえか…」

 

「黙れ」    

 

「…はい」

 

 セウェルスのただならぬ雰囲気に、魔王は空気を読んで黙る。

 席を立ち、扉の方へ向かったセウェルスだが、すぐに戻ってきた。

 

 唯一違っていたのは、

 

「こんなやつにわざわざ会いに来るとか、エイルも物好きだな。……なんかあったすぐに呼べよ」

 

「ええ、わかったわ。ありがとうセウェルス」

 

「…ホント、特別だからな」 

 

 セウェルスは少女の感謝の言葉に顔を赤らめた。

 それを見た魔王は、口を思いっきり曲げ、

 

「チッ……リア充かよ……」 

 

「思ったより元気そうですね。……リア充?」

 

「元気じゃねええよ!!パンはパサパサ、部屋中からゴキブリのカサカサ!なんだここ、冥界の拷問部屋か!!──て、あんた確か……」

 

 魔王は会いに来た少女──エイルの突然に驚き、目を丸くした。

 鉄格子を両手で掴んだまま固まり、驚きを表現している。

 

「え?こ、これってあれか?い、いいいわゆる……よ、よばいぃぃってやつ──」

 

「いえ、魔王さんに聞きたいことがありまして……どうかしましたか?」

 

「……ナンデモナイデス」

 

 期待と恥ずかしさが入り交じった表情から一転、負のオーラを漂わせている魔王にエイルは首をかしげるが、魔王はただ「ナンデモナイデス……ナンデモナイデス」と機械的に言葉を繰り返すだけだ。       

 


 とりあえず魔王の態度は置いておいて、エイルは気になっていた質問をぶつける。


「魔王さんって……どうして水晶に封印されていたんですか?」

 

「………………ふふ。ふははははは!」 

 

「──!?」 

 

 そのまま沈黙を続けると思いきや、突然不気味に笑いだす魔王。

 その不穏な態度に二人を見守っていたセウェルスは、腰の剣に手を伸ばしかけた。

 

 魔王は声を張り上げ、大衆に演説かのように尊大に、

 

「よくぞ聞いてくれた!!おまえも興味があるのだな、魔王と勇者の戦いに!!」

 

「た、戦い?」

 

「耳をかっぽじってよく聞くがいい!──それは十日前のことであった……」   

 

 二人が呆気にとられているのも気にせず、魔王は一人語りを始めた。

 途中で遮るのも気が引けるので、大人しく聞くのが妥当だと判断し、とりあえず素直に聞くことにした 。 

 

「魔王軍の配下から魔王にスカウトされた我は、悪神アプスから魔王を力を授かった。その時魔王軍は東の渓谷に拠点を置き、アジトとしていたのだ…」

 

「あれ、これもしかして結構重要な情報じゃあ…?」

 

「おい、魔王がペラペラしゃべっていいのかよ」

 

「誰も聞いてくれないんだからいいだろ!話遮んな!」   

 

「「ええ…」」

 

 二人揃ってガバガバの魔王軍の情報管理に呆れてしまう。

 秘密を知って命を取られしまうことも考えたが、ティトーにボコされ牢屋に閉じ込められたことを思いだし、その可能性はかなり低いと痛感した。

 

 咳払いをして、魔王は話を続けようとするが、

 

「んで、六十三代目の魔王として選ばれた我は──」

 

「待て待ておい!六十っておおすぎるだろ!どんだけ倒されてるんだ!」

 

「ん?そうか?」 

 

 魔王軍が侵攻して二十年、魔王軍が驚異でなくなったとはいえ、今だに『魔王』という存在は恐怖を人々に抱かせる。

 だが、話を聞いているエイルとセウェルスの魔王像はどんどん瓦解していいく。

 

 先程の情報管理といい、魔王軍の内部事情が本気に心配になってくる有り様である。

 

「茶々を入れるな。話が進まないだろ」   

 

「分かった。もうつっこまないからな」  

 

「こほん。で、だ──」

 

 再び話を戻した魔王は、独白を続ける。

 まるで舞台俳優の如く、身ぶり手振りを加えて話を展開させていく。

 

 十分後、最後のクライマックスで、


「勇者と魔王軍のアジトで邂逅を果たした我は!」

 

「…ごくり」 

 

「一頻りボコられた後、封印されたのだ…」

 

 締めくくりの言葉と共に魔王の一人語りは終わった。 

 ここが舞台なら拍手がまきおこるが、実際は、

 

「本当にしょうもねえな」 

 

「言わないで!我傷ついちゃう!!」

  

 無駄に壮大で長いので魔王の話を三行でまとめると、

 

 魔王となって三日後、勇者が突然襲撃してきた。

 だが、部下はあっさりと魔王を見捨てて逃亡。

 孤立無援の状況で奮闘したが、あっさりと封印された、ということらしい。

 

「つまり、部下に裏切られ、特に良いところもなく勇者にボコされて封印……ということですね」

 

「その通りだけと少しはオブラートに包めよ!さすがの俺も傷つくぞ!!」

    

「あ、すみません……じゃあ、最後に一つだけ!」 

 

 魔王の人徳のなさとボコボコにされたことがなんとなく伝わった話の感想をそこそこに、ひそかに言葉をなげる。


「私が使った魔法は……危険なものなんでしょうか……」


「は?魔法?」


 きょとんした魔王の表情に嘘は感じられない。


 だが、首をかしげた魔王はふと思い付いたように、


「そんなの使ったのか?……え、封印解いたのってもしかして──」


「封印?」 


「あああいや!何でもないです!!」     


 セウェルスの聞き返しにエイルは慌てて話をはぐらかす。

 エイルが禁術を使ったことは誰にも今のところバレていない。


 こんなところでボロを出すわけにはいかないのだ。


「こんな与太話もういいだろ。エイルもそろそろ家に帰った方がいい。ド田舎でも夜は変なヤツが出るし……こいつみたいな」

 

「誰が変だ!俺は魔王だぞ!?」

 

「あーはいはい。まおうまおう」

 

「ぬおおおお!全員で俺をバカにしやがって!!」

 

 鉄格子をガタガタ揺らす魔王。

 夜もすっかり深まり、そろそろ撤退の頃と判断したエイルは素早く牢屋に近づき、


「これ、よかったら……」


 密かに布にくるまれた小包を鉄格子の隙間から魔王に手渡す。  


「え?これって──」


「じゃ、じゃあ、さようなら!」


 事がバレる前にエイルは短く挨拶し、そそくさと出口に向かう。

 その後ろをセウェルスがついていく。どうやら家まで送っていくようだ。


 一人だけになった魔王は、あっけにとられたように立ち尽くしていた。エイルから渡された小包から微かに匂う、優しいバターの香り。

 丁寧に封をきると、中に入っていたのは、


「──パン」   


 しばらく渡されたパンを見つめた後、魔王はゆっくりとパンにかぶりついた。





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