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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
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32話 冒険者の休日③


「よいしょっと…サーシャさん、これは何処におけばいいですか?」

 

「あーうん…そこの本棚にお願い……」

 

「エアさん、これお願いしますね」

 

「あ……はい」

 

 喧騒の後、このまま神殿の片付けが始まり、本を積んでは本棚に返すという作業が続いた。

 

 レイナが大まかに本を分類し、エイルが運んでサーシャが指定した場所にエアが本を戻す。

 

「……あーポテト食べたい寝たい…」

 

「…なんで休日に神殿掃除を…俺が…」

 

「何か言った?」

 

「「いえ何でも!」」   

  

 レイナからげんこつとお説教を食らったサーシャとエアは頭にできたこぶを手で優しく撫でながら、仕事を手伝う 。 

 

 二人はレイナという絶対強者に見張られているので、サボることはない。

 

 時々不満を漏らすが、レイナの一睨みで仕事にまた取りかかる。

 

 四人の見事な協力プレーにより、日が暮れる前に掃除は終わった。

 

「はぁー終わったー。これからはちゃんと掃除しろよな」

 

「起きれたらねー」

 

 休日を掃除に費やしてしまったことは痛いが、掃除したことで神殿の床の大理石は元の美しさを取り戻していた。

 

 さっそくサーシャはポテトフライを食べ始め、エアも横取りして食事を楽しむ。

 

 エイルもちょこちょこつまんでいると、

 

「ここは……何の神殿なんですか?」

 

 聖女が住まうとされていたエクール神殿ではない、ボロボロで信者にも知られていない場所。

 

 信仰されている様子もなく、廃棄されている感じだ。

 

 祭壇に肘をついていたサーシャは、エイルの質問に少し笑って、

 

「ここは…ある神様を祭っていた神殿。ディオネ教が国教になってからは廃れてしまったけどね」

 

「へえ…なんて名前なんですか?」

 

「それは私にもわからないの。なんでも、ここの神様は他の神様といざこざを起こして神の国を去った…とか」

 

 名前のない、寂れた神殿。

 

 若いエイルは知らないが、もしかしたら祖母なエミリア辺りなら知っているかもしれない。

 

 ウラム村を去ってしまった今、聞くことは叶わないが。

 

「そうだ、神殿を片付けてくれたお礼に、好きなものを持っていっていいよ」

 

「え、いいんですか?」

 

「いいよー。別にここには誰も来ないし、もうすぐ必要なくなるから」

 

 聖女の太っ腹な報酬に、仕事のやりがいが一気に湧いてきた。

 

 これなら休暇を費やしたかいがあった。

 

 既に廃れた神殿だが、壁に飾られている布や武器、絵はどれも高そうだ。

 

 価値がありそうな代物はこれくらで、持っていくのは憚られる。

 

 エアが片付けたばかりの本棚から一冊取り出し、

 

「じゃあこの秘蔵のお宝本は──」

 

「魔王、そんなに死にたい?」

 

「う、嘘です!」

 

 両手でレイナの剣を受け止めながら、愛想笑いを浮かべるエア。

 

 エロ本を巡る茶番劇を再発させないためとはいえ、エアに対する風当たりが強すぎる気がする。

 

 エアが求めるものは全て却下されるの思われるので、何かないかとエイルが健全な本しかない本棚を眺めると、

    

「こ、これは──バルトロメディア冒険団の冒険記、『愛と希望の三百六十五日~欲望にまみれた冒険者の軌跡~』の初版限定版!!」 

 

 金色の装飾がなされた無駄に成金趣味の本。

 

 普通の人なら触ることすらためらう一品に、エイルは目を輝かせた。

 

 壊れ物を扱うように丁寧に本を取り出し、赤子を撫でるように優しく手を触れた。

 

「ん?もしかして有名なのか?」

 

「有名なんてものじゃありません!!バルトロメディア冒険団といえば、砂漠世界サハラガナを探検した超超超有名な冒険団の一つです!!」

 

 エアの素朴な疑問にエイルは信じられない、というように驚き、直ぐ様説明タイムに入った。

 

 いつのまにかエイルは眼鏡を装着し、くいっと眼鏡を上げて、

 

「団長の名言『砂漠は暑かった』の知名度はさることながら、冒険団内で勃発した恋愛のもつれ、団長の二股、団長の浪費、団長の裏切り…それらを乗り越えて新世界への道を開拓した近年最も熱い冒険団!累計十万部のベストセラーで、サイン会には五時間の列ができたとも言われてるんです!特に、仲間の情報を闇組織に売って寝返った団長が無一文からやり直すのが最高に感動的で舞台化も夢じゃ──」 

 

「とりあえず団長がクズだったってことはわかった」 

 

 いかにバルトロメディア冒険団がすばらしいかを説くことに夢中のエイルは、熱く語りすぎて早口になっていることに気がつかない。

 

 しかも内容が濃すぎて、団長の人間性のクズさしか頭に入ってこない。

 

 新世界を探検した冒険団であることが不思議だ。

 

「初版特典つき限定本は瞬殺だったと聞きますが…はぁ~まさか巡り会えるなんて……幸せです…」

 

 思わず本に頬擦りするエイルを見て、エアとレイナが軽く引いて後ずさる。

 

 エイルが冒険者好きの冒険団オタクであることは分かっていたが、実際にここまで熱く語る現場を見るのは初めてだ。

 

 存分に本へのスリスリを堪能し、幸せ絶頂中のエイル。

 

「と、特典には何がついてるんだ?」

 

「初版特典には短編つきオリジナルペーパーがついてきます!限定版にはオリジナルマグカップ!」

 

「なぜ本に特典でマグカップをつけた…せめて栞とかブックカバーにしろよ」 

 

「ただのマグカップじゃないんです!サイン付きなんです!!」  

 

 なぜ本の特典に全く関係ないマグカップを付けるのか謎だ。

 

 少なくとも、エアには理解できない。 

 

 一方エイルは大いに納得しているようで、期待に満ちた瞳でエアを見つめる。

 

 言いたいことは口で言わなくても、目が語っている。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………うぅ」

 

 長い視線の戦い後、根負けしたエアはレイナの顔色を伺い、

 

「…私は別にいいけど」

 

「──!!」 

 

 レイナの了承を得ると、エイルの顔が輝いてその場で小躍りを始めた、

 

 あまりのはしゃぎっぷりには、エロ本を取れなかったエアも笑うしかない。

 

「サーシャさん!これ、これにしま──サーシャさん?」

 

 いつの間にか、サーシャは祭壇にもたれ掛かり、スヤスヤと安らかな寝息をたてていた。

 

 神殿内をオレンジ色の光が照らし、辺りは暗くなり始める。

 

「…本当、よく寝るなこいつ…」

 

「結界の維持、魔力の管理に女神ディオネへの祈り…。サーシャはずっとオドを酷使してるの。常にオドは疲労した状態、だから何時間も睡眠を取らないと魔力が回復しない。こうして突発的に眠気に押し負けてしまうのも、よくあることよ」

 

「……そうだったんですか」

 

 結界を維持し続けて、毎日国民のために祈る。

 

 微塵もそんな素振りを見せなかったが、本当は無理をしていたのかもしれない。 

 

「最近は、神殿の修復や結界の張り直しで忙しかったものね。ゆっくり寝なさい」 

 

 優しく、お姫様に仕える騎士のように。

 

 サーシャを両手で抱き上げると、神殿の奥にある自室にそっと寝かせる。

 

「いつもありがとうごさいます、聖女様」

 

 その働きに敬意を示すように、頭を垂れる。

 

 起きないと分かっていても、小さな声で感謝を伝えて、バルトロメディア冒険団の冒険記を枕元に置く。

 

「貰わないのか?」

 

「サーシャさんが元気になってから、ですね」

 

「…だな」

 

 結局、神殿を掃除しただけの休日。

 けれど、収穫は大いにあったし充実していた。

 

 だって、

 

「こうやって、三人で過ごすのも悪くないな」

 

「私は嫌ね。魔王なんかと一緒なんて」

 

「なんでだよ!!ここはデレるとこ──いえ何でもないですぅ!!」

 

「ふふ、仲良しですね」 

 

「どこがだぁ!!!」 

 

 夕日を背に帰路に向かう。

 

 エアがふざけて、レイナが怒って、エイルが思わず笑う。

 

 まだ絆と呼べるものはないけれど──。

 

 また三人で休暇を過ごしたい、そうひそかに思う。

 

 こうして、何にもない冒険者の一日は終わった。  

 

 

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