31話 冒険者の休日②
レイナを尾行して一時間。
ついにニップルの端、エクール神殿の近くにまで来てしまった。
ここまで来るのに何度も寄り道を繰り返し、レイナは沢山の荷物を抱えて丘を登る。
「エクール神殿に行くみたいですね」
「怪しい…絶対に秘密を掴んでやる!」
エアの冷めぬ執念に少し呆れながら、エイルも後をついていく。
だがおかしなことに、すぐにレイナを見失ってしまった。
一本道なので別の道に行ったわけではない。
瞬きの間にレイナの姿は消え、辺りを見回しても見つからない。
「おかしいですね…さっきまで前にいたはずなのに」
以前妖精達が絶賛修復中だったエクール神殿の目の前についた。
破壊されたエクール神殿は元あったように建て替えられ、荘厳な雰囲気を再びまとっている。
「やっぱりいませんね…サーシャさんのところでしょうか?」
「かもな」
短くエアが答えると、二人は森の中に入っていく。
前回と変わらない流れ、そのはずなのだが、
「あの、エアさん…この森ってこんなに単調な道でしたっけ?」
「いや、違うこれは──」
歩いても歩いても、先に進んだ感じがしない。
まるで、同じところをグルグル回っているようだ。
歩いているのに、景色が変わらない。
同じ木、同じ草、さっき見た景色が永遠と続く迷路に迷いこんでしまったと錯覚してしまう。
レイナと一緒に来たときはすぐにサーシャのいた神殿にたどり着けたのだが、
「魔法だ。この森の一区間に閉じ込められてる」
「…え?そんな魔法があるんですか?」
「ああ、結界みたいなやつで──ッ!?」
──きらめく槍がエアとエイルの喉元に突き立てられていた。
その大きさはとても小さく、それだけでは致命傷にはならないだろう。
でも、それは一つだけの話。
何十と感じる冷たい感触。
殺意のこもった瞳を宿した妖精達が武器を構え、エイル達の首を今にも槍だらけにしようとしている。
「───アヤシイ、テキ!」
「───コロセ!」
「───テキ、テキ、テキ!レイナノテキ!」
身体に密着しているためか、妖精達の発する小さな声を聞くことができた。
愛らしい見た目とは裏腹に、言っていることはかなり物騒で、完全に敵認定されてしまっている。
「お、落ち着け妖精ども!話し合おう、話し合おうじゃないか!話し合いで世界は平和になるんだぞ!!」
必死に話し合いの場を設けようと、エアが対話を持ちかけるが、妖精達の態度は変わらない。
「こそこそ後をつけてるから妖精に怪しまれるのよ」
「れ、レイナさん!?」
呆れながらレイナが後ろから現れると、妖精達に軽く手を振る。
その一動作で妖精の殺意は消え、レイナの近くに飛んで行く。
なぜかエアだけは妖精に狙われたままだが。
「エイルは敵じゃないわ。だから心配しないで。魔王は好きにしていいから」
「おい勇者!洒落にならないぞ!!」
「はいはい」
渋々、エアを威嚇する妖精を一人摘み、何やら語りかける。
妖精達は最後までエアに対する警戒と殺意の視線をやめることはなかったが、一応武器は収めてくれた。
「まったく…妖精の森の結界に迷ったら絶対に抜け出せないし、下手すれば殺されるのよ?」
「…そ、そんなに危険な種族なんですね…。ごめんなさい…」
素直にエイルは頭を下げたが、エアは汗にまみれたなんとも情けない顔で恐る恐る、
「い、いつから気がついて──」
「おっちゃんこれくれ、の辺りからね」
「ほぼ全部じゃねぇか!!」
「あんなに騒いでいたら誰でも気がつくわよ」
それ以上答えることなく、レイナは森の奥へ進む。
二人も妖精を怖がりながら後をついていく。
「妖精は森に特化した亜人。人目に触れないように森に魔法をかけるが…これほどとはなぁ…」
「レイナさんが今までいたから良かったですけど…やっぱり警戒されてるんですね」
「…いろいろ、驚かしたもんな」
お仕事中の妖精をつまみ上げて大声を出したり、甘え中の妖精をじっと観察したり、意図せず脅かせたり…。
無知が引き起こしたこととはいえ、妖精に敵と認定されもおかしくない。
身体の小さい妖精にとっては、人間の小さな行動すら怖いものなのだろう。
これからは出来る限り、繊細に扱おうと心に誓ったのであった。
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一転して、あっさりとエクール神殿についた。
やはりレイナがいると妖精の対応が天と地の如く違う。
「サーシャ、買ってきたわよ」
「あーありがとー祭壇の上にでも置いておいてー」
サーシャは神殿の床に布を敷き、その上に寝転んで本を読んでいた。
服はだらしなく乱れ、床にお菓子や本を散らかすその様子から、彼女が聖女様だと気がつく者はいないだろう。
「…すこしは片付けなさい」
言われた通りに買ったものを祭壇に置き、レイナは床に散らばったゴミを片付け始めた。
特にすることもないので、エイルも床に重ねてあった本を壁の本棚に戻す。
「……お、この本は…シャムハト先生の新刊か…?」
エアも手伝う…と思いきや、気になった本を見つけたようだ。
柱の影に身を隠し、こっそりと本を読みながら気持ち悪い声を発する。
「うひょひょ……これは中々のエロス…うひひ」
「……?エアさん、どうしたんでしょうか?」
「知ったって何の得にもならないわ」
レイナはエアの不思議な行動に興味がないようで、淡々と本を片付けていく。
何気なく、手に持っていた本のページをめくると、
「──?彼女の裸体は玉のように美しくで艶やかであった。私は彼女の肢体に手をかけて───」
「ぬおっはああああああああ!!!??え、エイルなに読み上げてるんだ!!!!やめなさい!おまえにはまだ早い!!!!」
「ん?この本がどうかしたんですか?」
「駄目だ!おまえはそのまま綺麗なままでいてくれ!!」
一瞬でエイルに近づき、本を取り上げたエアは本二冊を慌てて本棚の裏に押し込んだ。
訳の分からないエイルは本を失った手をぼんやりと宙に上げたまま立ち尽くしている。
無垢なエイルを脅威から守ったエアは、この神殿の神聖らしからぬ状態に激昂した。
「と、というか!!なんで聖女がいる神殿にエロ本がおいてあるんだよ!!!おかしいじゃないか!!──ってまさか勇者がエロ本買ってたのってもしかして─」
「うん。今後の執筆活動の参考にしようと思って」
「は?執筆?」
レイナが買った怪しい本、なぜか神殿にあるいかがわしい本。
今この二つが結び付いた。
サーシャは本を閉じて起き上がると、
「趣味で本を書いてるんだけど…最近ネタ切れだから、他の作家の本を読んで創作の刺激にしようと思ってねー」
「おお、それはいい心がけ──なわけないだろ!!おまえ仮にも聖女だろ!ディオネの神官なんだろ!?そんなんでいいのか!!?」
一回納得しかけたが、全然理由になってないことに気がつき、エアは再び声をあらげた。
なんだかよく分からないが、ルナムニル王国最大宗教のディオネの上部がちょっとアレだったということは何となく察した。
そっとレイナがエイルの両耳に手をあて、会話が聞こえないように耳をふさいだ。
「聖女という虚像に何を思い描いていたのかは知らないけど…エアがさっき読んでた本、私がノリノリで書いたやつだよ」
「な────!?」
「いやぁ…エロ本を描いたら下の教会の修道女が気に入っちゃってね~。今絶賛発売中だよ」
「う、嘘だ!シャムハト先生の高潔で淫らな文章を書いているのがディオネ教の…それも聖女だったなんて認めないぞ!!!」
「認めなさいな!あなたは私がポテチを頬張りながらおこづかい稼ぎで書いたエロ小説に夢中になっていたのよ!その事実に袖を濡らして夜の慰みにしなさい!!」
「クソッ!!言い回しがシャムハト先生そっくりだ……!悔しい…」
二人は怒鳴ったり叫んだり、地に膝をついて悔しがったりと忙しそうだ。
何の会話をしているのか気になったが、レイナによって耳は外界の音をシャットアウトしているので聞くことはできない。
ある意味、レイナの行動は正しかったのかもしれない。
「あのどうして私は耳を塞がれているんでしょうか…」
「バカ二人の会話は聞かなくていいわ。世界で一番不毛な会話だから」
「は、はぁ…」
聖女と魔王の何の利益もない言い争いは、しばらく終わりそうにない。