30話 冒険者の休日①
「ふぁ……」
昨日の騒動から一段落、目を擦りながらベッドから起き上がったエイル。
ふと、違和感に気がついた。
普段ならエアのいびきや、それに怒るレイナの怒号やらが聞こえて一騒ぎなのだ。
今日はとても静か、騒動の原因の二人はもう起きているようだ。
「……?みんなどこいったんだろ?」
パジャマのまま階段を下り、一階に到着すると、
「シャルロットさん、それにナギさんも……これからお出かけですか?」
身支度を整え、外出用のコートを羽織ったシャルロットとナギに、ばったりと出くわした。
シャルロットが定期的にお買い物に行く姿は見かけたが、ナギが外に出るなんてとても珍しい。
ずっと厨房か自室にとじ込もってばかりの男だったので、なんだか新鮮だ。
「ギルドにお呼ばれしちゃってね。夜までかかるみたいだから、今日は酒場はお休み」
「つまり、バイトもお休みですか?」
「ええ、エアとレイナはもう出掛けたわよ。エイルもゆっくり休んできたら?」
やけに静かだったのは既にエアとレイナが出掛けた後だったから。
きっと二人仲良く出かけるなんてことは絶対になく、起きる時間が単純に違っただけだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
バイトがないなら、昼の仕事もない。
二度寝を楽しむため、階段に一歩踏み出すと、
「ああ、そうそう」
気がついたようにシャルロットがエイルを引き留めた。
少し声が高く、なんだか楽しそうだ。
嫌な予感にゆっくり振り返えると、
「もう十二時よ。あんまり気持ちよく寝てたから、つい起こすのが憚れちゃって」
「……へ!?嘘!?」
「また寝てもいいけど…そろそろそのボサボサを何とかしたら?」
「今すぐ直します!!」
直ちに洗面所に駆け込んで顔を洗い、髪を整え、パジャマを脱いで新しい服に着替えた。
迂闊に寝起きの姿を晒してしまったことが浅はかだった。
後悔にとらわれながらも、高速で身支度を完成させる。
「じゃあ、行ってくるわねー。鍵よろしくー」
「はいー!」
洗面所にひょっこり顔を出したシャルロットに返事をし、鏡に映った自分を見つめる。
最後の仕上げに頭頂部から突出した一房を櫛でとかして隠すと、
「よしっ!」
満足げに鏡の前で決めポーズ。
そのまま軽い足取りで洗面所を後にした。
残念なことに部屋に戻ったときには、彼女の頭から生えるアホ毛は復活していた。
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「でも、せっかくの休日に何をしましょうか…」
アホ毛を風に揺らしながら、当てもなくニップルを散策する。
こうしてのんびりとニップルを観光できる機会はあまりないので、出来る限り楽しみたい。
「まずは本屋さんかな」
エイルの趣味は本屋での長居。
本屋や図書館なら何時間でも時間を潰せるので、休日を贅沢に使うのもありかもしれない。
あまり長く居すぎると、商人から嫌な目で見られるのが難点ではあるが。
本屋はそこらじゅうにあり、ニップルでは本を読みたいと思えばすぐに買える。
本を扱う露店もそこそろあるが、異世界からもたらされる本が多い。
酒場からかなり離れた、恐らくニップルで一番古くておんぼろの本屋を見つけ、迷いなく中に入る
「…いらっしゃい」
扉のすぐ横で本を読んでいる店主がぶっきらぼうな挨拶をした。
建物のには本棚がずらりと並び、収まりきらなかった本は床に積み重ねられている。
新本も一応売っているが、ほとんど古本だ。
面白そうな冒険記を探して本棚を物色していると、
「……………」
こそこそと隠れながら移動する怪しげな人影が目に入った。
怪しい影は奥の本棚に到着すると、なぜか身体をモジモジさせながら本をあさる。
黒い髪に、特徴的な角。あの姿は、
「あれは、エアさん?」
案の定レイナと別行動のエアは、本棚から一冊の本を取り出すと、ひっそりと歓喜の笑みを浮かべる。
「……おお、これは中々…!」
「それは何の本ですか?」
「ブホォッ!?な、何でエイルがここにぃぃぃぃ!!?」
後ろから近づいたエイルが声をかけると、エアは慌てて本を本棚に返す。
顔は少し赤く、少し気分も高まっているようだ。
気になって本棚に、返された本に目を向けると、
「『一夜の間違い──勇者の淫らな真実』…?不思議なタイトルですね」
「れ、恋愛小説だ!!……大人向けの」
最後の部分を誰にも聞こえないよいに付け足すと、エイルの背中を無理やり押して本屋を出た。
買いたい本があったわけでもないので、そのまま本屋を後にして二人のニップル散策が始まった。
「エアさんも本、好きなんですね」
「ま、まあ…それなりに──ん?」
ブラブラ談笑を交えつつ歩いていると、またもや知り合いらしき人物が目に入った。
「あれは…レイナさんですね」
レイナは道に沿うように並んだ露店の一つで何やら買い物をしている。
露店は異世界の本を扱っているようで、商人も真っ白な服に長い布を背中に垂らした帽子を被った、不思議な格好だ。
本を買うとレイナは人混みへ消え、二人は先ほどレイナがいた露店に近づく。
売っている本は真っ黒な表紙で、タイトル以外何も書かれていない。
エアは二、三冊パラパラめくると、
「ふふ、あの勇者がなぁ…なるほどなるほど…」
ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる。
「まあ…あいつもお年頃、エッチな本に興味を持ってもおかしくはない…よし、追うぞ!あとおっちゃんこれくれ!」
「……さりげなく買うんですね」
買いたての本を宝物のように懐にしまうと、二人はレイナの追跡を開始した。
時折レイナは店に立ち寄り、何やら買って出てくる。
一件目でポテトフライを買い、二件目では羽ペンを買ったようだ。
全く関連性の分からない買い物だ。
「勇者がねぇ…ふひひ秘密をにぎってからかってやる…」
「…バレたら絶対に怒られますよ…」
探偵ごっこに熱が入り、レイナの秘密をさぐることに真剣になっているエア。
今さらだが、こんなことをやっている自分がバカらしく思えたエイルであった。