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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
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29話 祈りの対価

「ぷ、あははは!」

 

 古びた神殿に聖女の笑い声がひびく。

 

 笑われた勇者レイナはサーシャの胸ぐらを掴み、睨み付ける。

 

 それでもサーシャの笑い声はとまらない。

 

「どうりで帰ってこないと思ったら、スライムまみれになってたなんて!あーもうお腹痛い!──って痛い痛い!」

 

「それ以上笑うなら顎の骨を砕くわよ……?」   

 

 昼のバイトが終わった午後。

 

 昨日もらった『聖女様のお祈り券』を早速使うためにエクール神殿まで来たのはいいが、スライム討伐の顛末を説明したらこの有り様だ。

 

 危うく顎が砕けるところだった聖女サーシャはボロボロの神殿の床にぺたんと座り、

 

「でも、キングスライムまで出てくるなんて珍しい…。結界の魔力が漏れてるのかも」

 

「結界の調整が甘いんじゃない?」

 

 二人で何やら難しい話を始め、エイルは完全に蚊帳の外。

 

 何気なく視線を横に向けると、

 

「というか、少しは片付けろよ!なんだこの有り様は!」

 

 神殿らしからぬ有り様に嘆くエアの姿があった。

 

 床には本や紙が積み重なり、足場と呼べるものは存在しない。

 

 祭壇の上には食べかけのお菓子が放置してあり、神様に捧げるはずの果実が噛られている。

 

「神様を敬う神殿なのに、全然敬ってないじゃないか!」 

 

 進むことを諦め、積み重なった本に座るエア。

 

 サーシャは叱らず面倒くさそうに、

 

「だってー基本的に人来ないしー私はこう見えて忙しいの!結界の管理とかで!」    

 

「前から思ってたんですけど…サーシャさんが張ってる結界って、どんなものなんですか?」

 

「ん?結界のこと?」 

 

 話が結界のことで進んでいるので、エイルは今まで気になっていたことを聞いてみた。

 

 大雑把にサーシャのことは分かっていたが、魔王軍やギルドの話でちょくちょく出てきた『結界』のことはよく分かっていない。

 

 少なくとも、村にいたころは聞いたこともなかった。

 

 言葉から想像するに、魔族対策の一種なのだろう。

 

「濃い魔力の層…みたいなものかな。オドが異常に成長してる魔族は結界に触れるとオドが過剰に反応する。まあ、魔族の特徴を逆手にとった戦略だね」 

 

 魔族のオドは人間やモンスターより遥かに発達しており、使う魔法も非常に強力だ。

 

 しかし、魔族のオドは著しい発達を遂げていると同時に複雑な構造している。

 

 人間のオドは拙いため、外部からの魔力をほとんど拾えない。

 

 逆に魔族のオドは外部の魔力にも対応し、オドの中に取り込むことができる。

 

 オドに高濃度の魔力を取り込めば、魔力は途端に毒となり、身体を蝕む。

 

「でも、そんなにたくさん魔力を使って大丈夫なんですか?」 

 

「まあ、全部私の魔力で補ってるわけじゃないよ。半分はこの世界の魔力を使ってるからね」

 

「この世界の…魔力?」

 

「そう、ニップルにディオネ教とギルドが本拠地をおいてるのも、ここには世界を循環する魔力が一度集まるからなの」

 

「??」

 

 突然新しい知識が流れ込み、頭がショートしてしまうエイル。

 

「私達はオドで魔力を精製するけど、森や海、地といった自然も魔力を持っているの。これらは世界を均等に漂い、濃度はどこもあまり変わらないわ」

 

 レイナの補足のおかげで少し理解が追い付いた。

 

 つまり、空気中にも魔力が普通に存在しているというのだ。

 

「魔力は自然界を循環し、一度ニップルの地下…正確にはエクール神殿がある丘の真下の地下に集まる」

 

「この魔力が暴走しないように、管理するのが私のお仕事!エディアス家に課せられた使命ってやつ」

 

「ほえぇ…すごいです…」

 

 聖女と称されてもおかしくない功績ばかりだ。

 

 魔王軍との戦い以外に、マートティアに関わる重要な仕事を一人で受け持っているサーシャを尊敬の眼差しで見つめる。

 

 ポーチから取り出した手書きの券を取り出すと、

 

「このお祈り券って結構価値があるんじゃあ……?」

 

「じゃあ、さっそくやってみる?」

 

「え、いいんですか!」 

 

「……やめておきなさい、後悔するわよ」

 

 目を輝かせたエイル。

 

 だが、レイナが真剣な表情で引き留める。   

 

「本当に…あれは酷いから……」

 

 段々目が虚ろになっていくレイナ。

 

 ただならぬ様子に、エイルの額に汗が滲む。 

 

 一人、サーシャは笑顔でエイルの肩を叩き、

 

「大丈夫!最初は気持ち悪くて嫌な感じだけど、すぐに慣れるから!」

 

「…え?」

 

 お祈りとは真逆の言葉が出てきたことにより、エイルの警戒レベルは最大まで引き上がった。

 

 ニコニコ笑顔でサーシャが神殿の奥へ向かい、持ってきたものは、

 

「──う、うええええええ…」

 

 比較的サーシャから離れていたエアが手で鼻と口を押さえる。

 

 それでもサーシャが持っていた壺の中身の臭いは防ぎきれない。

 

「────あ、ひぃ」

 

 口から空気が漏れ、息がとまる、 

 

 至近距離にいたレイナとエイルは鼻を押さえることすらできない。

 

 身体全体が麻痺したように硬直する。

 

「さ、サーシャさん…?こ、これ、い、何、です、か?」

 

「お酒にサソリと蛇を、お酒と一緒にいれて一年発酵させた神聖な聖水!」

 

 透明な液にはサソリと蛇らしき死骸が何体も浮かび、強烈な臭いを発している。

 

 スライムすら一撃で殺せるであろ

う殺人水が聖水とは到底思えない。

 

 恐怖と嫌悪感で震える指を懸命に動かして、サーシャが持つ壺を指差すと、

 

「こ、これがお祈り、です、か…?」

 

「最初にこれを身体にかけてお清めしないと。神様の前だからね」

 

「へ、へぇ……そ、そそうなんです───お、おえええ……」 

 

 言葉で途中で、気持ち悪さが限界を越えた。

 

 失礼とはわかっていても、吐き気が込み上げるのは止められない。

 

 口から胃の内容物が出るのを押さえていると、     

 

「で、誰からいく?」

 

 穢れなき瞳でサーシャが硬直状態の三人を交互に見つめる。

 

 きっとサーシャに他意はない。

 

 ただ善意で、神に仕える聖女として、我々の安全と平穏のために祈ってくれるのだ。

 

 この厚意を無下にするほど、三人の心は悪に染まっていなかった。

 

「…………………………………」

 

「…………………………………」

 

「…………………………………」

 

 誰もサーシャと目を合わせない。

 

 聖女の善意とはいえ、やりたいかやりたくないか聞かれれば絶対にやりたくない。

 

 なんとかして逃げ道を探そうと、辺りを見渡すと、落ちていた本を拾って読むフリをしているエアが目にはいった。

 

「……俺はパス。女神とかに興味ないし」

 

 頑張って平静を装っているつもりだろうが、声が震えているうえに本が逆さまだ。

 

 そうまでして毒水を浴びたくないのかと、エイルが憤慨する。

 

「エ、エアさん!卑怯ですよ!」 

 

「私もいいわ。サーシャの適当な祈りはもう聞き飽きたもの」

 

「レイナさんまで!?」

 

 急に剣やナイフを広げて布で拭き始めたレイナ。

 

 このままではエイル一人が聖水という名の毒液の餌食になってしまう。

 

「え、えっと……私も遠慮しておきます…」

 

 心の底から残念な表情をつくり、ゆっくりと後ずさって神殿から逃げようとするが、

 

「えー……誰もやりたくないの?」

 

 壺を抱えていたサーシャの目が潤む。

 

 神殿からあと一歩で出られるというところで、エイルの足が止まった。

 

 なんだか胸も痛くなってきた。

 

 純粋な善意を踏みにじってしまったことがエイルの心に重くのし掛かる。

 

「う、うぐぅ……」

 

 エアとレイナの視線も突き刺さる。

 

 まるで、「おまえが行け」と言っているようだ。

 

「ねえ、エイル……私のお祈りじゃ…不満、なの?」   

 

 とどめの一言。

 

 良心が臆病な心に打ち勝ち、数分後、簡素な貫頭衣に着替えたエイルは神殿の奥にある祈りの間に連行された。

 

 エイルを生け贄にした二人の悪魔は何も言わない。

 

 ただ祭壇の前で目をつむり、エイルの勇姿に感服を示すように頭を垂れた。

 

「ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」 

 

 部屋の奥で聖水を浴びたエイルの悲しい叫び声が聞こえてきた。

 

「……悲しいな」

 

「……ええ」

 

 珍しく考えが一致した魔王と勇者はエイルの嘆きを聞き逃すまいと、耳をすませていた。

 

 その胸に、ひそかな安堵を秘めながら。 

 

「………………………………………」

  

 数分後、無言でエイルが戻ってきた。

 

 頭にはサソリが乗っており、髪の毛から異臭を放つ酒が滴る

 

 顔を伏せているため、表情はよく見えない。

 

 だが纏っている負のオーラで分かる、絶対に怒っている。

 

「よし、帰ろう今すぐ全力で」

 

「ええ、そうね」

 

 飛び火しないように後ろ向いて逃げようとする二人。

 

 ガシッ、強い力でエアとレイナの腕がつまれた。

 

「逃がしません」

 

 低い声で、囁くようにエイルが言った。

 

 とても小さな声なのに、はっきりと裏切り者の耳に届いた。

 

「え、エイル?そろそろ帰らないとバイトに遅れ──」 

 

「逃がしません」

 

「ねえ、エイル?少し落ち着いて──」

 

「逃がしません」

 

「ああ分かった!エイル怒っているんだろ!ごめん!本当にごめん!ごめんなさい!生け贄にして悪か──」 

 

「絶対に逃がしません」

 

 手に込める力が強くなり、エアとレイナの腕が赤くなる。

 

 言い訳を全く聞かないエイルはもう、二人を道連れにすることしか頭にない。

 

「で、でも貴重な聖水なんだろ?何回も使うのは悪いって───」 

  

「二人の分もあるから遠慮しなくて大丈夫!」

 

 醜いエアの言い訳も、二人分の聖水の壺を床に置いたサーシャ満面の微笑みの前には無力だった。

 

 その後、仲良く聖水を浴びてお祈りを捧げてもらった三人は、少しだけ、絆が深まった。   

 


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