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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
31/73

28話 冒険団の名前


「コーヒー牛乳…。ただの牛乳にコーヒーをいれただけであんなにおいしくなるとは……知りませんでした」

 

 風呂上がりに飲んだコーヒー牛乳の余韻に浸るエイルとレイナ。

 

 火照った身体もさめて、玄関の前でエアを待っている。

 

「レイナさんって、銭湯に詳しいですね」

 

「昔、マトゥル騎士団の子から聞いたの」

 

「マトゥル騎士団って、銭湯に入るんですね…」

 

「普通に酒場でお酒も飲むし、博打なんかもよくやってたわよ」

 

「い、イメージがどんどん壊れていく…」     

 

 マトゥル騎士団に関わらず騎士というものは、あまり庶民の嗜みを好まないと思っていた。

 

 レイナの話を聞いていると、ドンドン騎士団としての高貴なイメージが崩れていく。

 

「わ、わりぃ…お、遅くなった…」

  

「エアさん?あのすごくボロボロですけど……」

 

 かなり遅れてやって来たエアはなぜかボロボロだった。

 

 だがエアは自分のことには一切触れず、

 

「エイルありがとう。俺と冒険団組んでくれて、俺幸せだよ…」

 

「───?どういたしまして?」

 

 よく分からないままエアに感謝され、戸惑うが一応素直に受けとっておく。

 

「どうせ、ハーレムとか何とか言われて喧嘩売られたんでしょ?さあ、行くわよ」

 

「──?」

 

 最後までよく分からないまま、エイル達はギルドへ向かう。

 

 今度は追い出されずに、ギルドの中まで入ることができた。

 

「はい、スライム討伐お疲れ様です」

 

 無事だったキングスライムのオドをクラーピスに渡し、クエストは完了した。

 

 エイル達に渡された報酬は一万五千フォリスと、

 

「お祈り券…?」

 

「はい、なんでも聖女様が皆さんのために祈ってくれるらしいですよ。……需要があるかどうかはわかりませんが」

 

「くっそいらねぇ…」  

 

 あれだけスライムまみれになって出た報酬はバイト代より少し安いお金と聖女サーシャ手書きの薄っぺらい紙一枚。

 

「ま、Fランククエストなんてこんなものよ」

 

 冒険者の現実を突きつけられたエイルにベテランレイナが声をかける。

 

 悲しみで心が折れかけたが、なんとか持ち直す。

 

 そして、

 

「あのー、この大量に余ったスライムジェルは……」

 

「えっと…これは……」

 

 エイルはポーチから五本のスライムジェルの入った瓶を取り出し、受付の机にあげる。

 

 黄色のドロドロジェルから放たれる微かな悪臭。

 

 その臭いにギルドにいた全員が鼻をつまむ。

 

「えっと…その…ギルドでは処理しきれないので…そちらで何とかしていただけますでしょうか?」

 

「そ、そこを何とか!こんなの臭くて何処にも捨てられないんだよ!!」

 

「ギルドはごみ処理場じゃないんです!!持って帰ってください!」

 

 とりあえずキングスライムの残骸を集めてきたはいいが、オド以外ギルドは受けとる気がないようだ。

 

 懸命にエアがスライム入りの瓶をクラーピスに押し付けるが、控えめにいってゴミなのでギルドも絶対に受け取らない。   

 

 渋々エイルがポーチにスライムジェルをしまうと、

 

「そういえば、冒険団の名前はもう決められましたか?」  

 

「名前?」

 

「はい、冒険団の登録は終わってますが、名前がまだ未登録ですので…このまま初期状態の『冒険団A』でも構いませんが──」 

 

「────名前、か」

 

 しばらく無言で三人は顔を見合せてた。

 

 ここで勃発したのが、誰が名前を決めるか、だ。

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

「灼熱の業火アポカリプス!」

 

「ダサい」

 

 エアの提案をレイナが一喝。

 

「な、なんでだよ!すごくかっこいいじゃねえか!」 

 

「知ってるかっこいい単語を並べただけじゃ、言葉はかっこよくならないのよ」

 

「な、なんというか…これを名乗るのは少し恥ずかしい気が…」

 

 痛々しいネーミングセンスには、さすがのエイルも異議を唱える。

 

 エイルに否定されたのがショックだったのか、エアも大人しく引いた。

 

 場所は酒場。

 

 夜のバイトも終わった深夜、酒場の二階の一室では討論が開かれていた。

 

 つばり、冒険団の名前決定戦だ。

 

「じゃあ、天空のエクソシスト!」

 

「嫌」


「エラプションエアレイド!!」

 

「無理ね」

 

「全部ダメじゃねえか!!」

 

「センスがその…私たちには斜め上すぎてちょっと…理解が追い付かなくて…」

 

「そんなに言葉選ぶくらいなら正直に言え!」       

 

 ことごとくエアのアイディアは否定されていく。

 

 そろそろエイルの擁護のネタも尽きかけ、援護のしようがなくなってきた。

 

 一方的に名前を否定され続けて少しふてくされていたエアだが、はっと思いついたように声をあげた。

 

「じゃあ、進撃のき─」

 

「それ以上は口を閉じなさい、魔王」

 

 言い切る前にレイナが剣をぬき、エアの鼻先に突きつけた。

 

「ま、まだ全部言ってない!」

 

「いいえ、ダメよ。真理に近づきすぎると火傷するわ」  

 

「でもなんだか、モンスターを駆逐できそうですね!進撃の──」

 

「やめなさい」    

  

 エアの言いかけた言葉に不覚にもときめいたエイルの口を慌てて塞ぐと、レイナはため息をついた。

 

 議論を初めて早三十分。

 

 エアの痛い名前しか今のところ候補にあがっていない。

 

「エイル、何かない?」

 

「うーん…そうですね…」

 

 レイナに促されて考えてみると、意外と難しい。

 

 適当に言葉をくっつけたものを冒険団の名前として使い続けるのはどうかと思うし、かと言って何か意味のあるような名前にするとカッコつけたようになってしまう。

 

 知ってる言葉をフル動員し、今までの過去を振り返る。

 

 そして降りてきてきた名前を少し恥ずかしそうに言った。

 

「アスクレピオスの杖……なんてどうでしょうか?」 

 

「アスクレピオスって確か精霊よね?医術を司る」

 

「はい。でも、アクスラピアの守護精霊でもあるんです。曰く、彼の持つ杖には絶対の癒しの加護があるらしくて、ヒーラーの間はとても有名なシンボルなんです」

 

 精霊とは神話に登場する種族だ。

 

 神々に仕える天使みたいなもので、人間には見えないという。

 

 アスクレピオスは精霊の一人で、アクスラピアの由来にもなっている。

 

 エイルはこの精霊が大好きであり、万治の杖を使って癒しを与えたというエピソードが特に気に入っている。

 

 自分の原点を見失わないようにするには、うってつけの名前だ。

 

 だがエアは遠慮がちに、

 

「まあ、かっこいいけど……」

 

 レイナをちらりと横目で見た後、自分を指差して、

 

「エイル以外に似合うメンバーがいねぇな…」

 

「……それもそうね」

 

 回復魔法の使えないエア、暴力勇者レイナ。

 

 この二人に癒しを司る精霊様の杖なんてとてもじゃないが似合わない。

 

 レイナもそれに賛成してしまい、名前はまた一から考え直しだ。

 

「レイナさんは何か使いたい言葉とかってありますか?」    

 

 少しやり方を変えてみることにした。

 

 最初から名前を考えようとするのではなく、各々が好きな単語を上げていき、それを組み合わせるという寸法だ。

 

 静かに目を閉じ、ゆっくりと思案した後、 

 

「…アヌンナキ」

 

 小さな声で呟いた。

 

 アヌンナキ、聞きなれない言葉だ。

 

「アヌンナキ、ですか?」

 

「神、それも高位の神だけが参加することを許される円卓会議。それがアヌンナキよ」

 

 少し嬉しそうな声でレイナが説明する。

 

 勇者と別名もあるので、案外信仰に厚い人物なのかもしれない。

 

 神の円卓、アヌンナキ。いい響きだ。

 

「神様の加護があるみたいで素敵ですね」

 

 冒険団の名前につけるには少し有り難みが強すぎる気がするが、神話由来の言葉を使うのはいい考えだ。

 

 エイルもうんうんと頷く。

 

 だが、  

 

「その名前は嫌だ」

 

 拒絶。

 

 はっきりとした嫌悪の声に、エイルは少し驚き、ビクッと肩が震えた。

 

 目に影を落とし、冷たい声でエアが言い放つ。

 

「それだけはやめてくれ。神の円卓なんて…二度と聞きたくない」 

  

「エア……さん?」

 

 聞いたことのないエアの声。

 

 顔色が優れないエアを心配し、エイルが声をかけるが、エアは反応しない。

 

 ただうつむき、辛そうに顔をしかめるだけだ。

 

「…どうしたのよ、魔王」

 

 ただならぬ雰囲気に、レイナもぶっきらぼうに声をかける。

 

 それでもやはり、エアは何も語らない。

 

 やがて、急に立ち上がり、 

 

「わりぃ。ちょっと熱くなったから、外の空気吸ってくる」  

 

「エアさん!」

 

 逃げるように部屋の外に出ていった。

 

 追いかけるべきなのに、二人は動かなかった。

 

 それどころか、立ち上がることすらできなかった。

 

「……エアさん」  

 

 後悔がこもった声で名前を呼ぶが、当然エアには届かない。

 

 ずっと一緒にいたから、知った気になっていた。

 

 でも本当は何も知らない。

 

 エアの種族も、なぜ角が生えてるのかも、どうして魔王になったのかも。

 

 過去も、何かも知らない。

 

「……私たちは何も知らない」

 

 三人とも、互いを知らない。

 

 それなのにこうして冒険団を組んでいることが何よりも不思議でならなかった。         

 

 結局名前も決まらず、本日はお開きとなった。

この話から、投稿時間が変わります。

次回の投稿は9月20日午後九時となります。

諸事情で投稿時間がコロコロ変わると思いますが、投稿は続けていきます。

これからも本作品をよろしくお願いします!

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