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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
30/73

27話 先輩


「むさい」

 

 男だらけのお風呂に浸かるエアが呟いた。 

 

 女湯と比べ、男湯は大きな風呂が一つあるだけ。その中にたくましい男どもがぎゅうぎゅうに詰められ、くつろげるスペースなど皆無であった。 

 

「よお、新入り!」

 

「へ?」

 

 突如むさ苦しい男の一人に肩を叩かれた。

 

 横を見ると、 

 

「見たぜ、スライムの液まみれでギルドに入ってくるの!おまえ、勇気あるな!」

 

「それよりおまえ誰だよ!?」

 

 逆立った茶髪がツンツンと尖っている不思議な髪型の男は、エアを竹馬の友のように親しげに扱う。

 

 エアは全く知らないので、とりあえず男の手から逃れて距離をとる。

 

 だが、すし詰め状態の浴槽で無理矢理動いたため、エアはがたいのいい獣人とぶつかってしまう。

 

「あ、わりい──」 

 

「あ?なんだおまえ?」  

 

 右目に大きな切り傷の後がついた獣人はエアを睨み付ける。

 

 謝っても許してくれそうにない雰囲気だ。

 

 黄色の毛に黒い縞が入った獣人は三メートルはある巨体。

 

 放たれる威圧感に押し潰されそうになる。

 

 すると、

 

「ゲールさん、お久しぶりっす!こいつ新しく入った冒険者なんすけど、ギルドにスライムまみれで入った勇者っすよ!」

 

 エアにちょっかいをかけたツンツン頭の冒険者が獣人に親しげに話しかける。

 

 怖くはないのかと思ったが、どうやら知り合いのようだ。

 

「何、ギルドに?そりゃあ傑作だな!あの高慢ちきでドケチなギルド様の絨毯を汚すなんて、中々やるじゃねえか!」  

 

「え、あ、どうもっす…」

 

 今度は獣人に肩をバンバン叩かれる。

 

 見た目通りの力強さに、肩の骨が悲鳴をあげるが、何とか愛想笑いを作って誤魔化した。

 

 機嫌がよくなったゲールとかいう獣人は肩にタオルを巻いて風呂から出ていき、ほっと、安堵のため息をつくと、  

 

「俺はバラク、冒険団『ネフェリムの士師団』の団長だ。いきなり話しかけて悪かったな」  

 

「エアだ。こっちこそ、あの巨体をいなしてくれて助かったぜ」

 

 バラクと自己紹介を交えながら雑談を交わしていく。

 

 軽くバラクは手招きすると、一人のアフロヘアーの男が満面の笑みで近づいてきた。

 

 抱えられた桶には黄色の物体がびっしりと詰まっている。

 

「兄貴!お風呂にアヒルを持っていっていいッスか!」

 

「ああ、いいぜ。でも浮かべるのは禁止な」

 

「了解ッス!イッヤフォォォォウ!」 

 

「このちょっと頭の弱そうなのが相棒のギデオン。よろしくな、新米!」 

  

「一番キャラ濃いやつの紹介が一番適当だな」

 

 ギデオンは風呂の端っこで桶からアヒルを取り出し、頭の上に乗っける。

 

 アフロに綺麗に乗っかったアヒルが目立ち、子供や大人の獣人もギデオンに近づき、談笑を始めた。

 

「あれ?冒険団って三人いないと作れないんだろ?もう一人はどうした?──あ」

 

 聞いてすぐにエアは後悔した。

 

 冒険団は団員が抜けて三人未満になったとしてもなくなることはない。

 

 とてもデキケートな話題をいきなり振ってしまい、慌てて話をとめようとするが、バラクは気にしていない様子で、 

 

「死んだよ。モンスターに潰されて」

 

 あっさりと、平淡な声で言った。

 

「……ごめん。無神経なこと聞いて」

  

「別にいいよ、気にすんなって。もう一年も前の話だし」

 

 気にするなと言われても、重い過去をえぐった罪悪感で胸が一杯だ。

 

 小さくバラクは笑うと、

 

「去年俺とギデオン、そしてギデオンの兄貴のエロンってやつとさ、村を出て来たんだ。あてのないままこの街に来て、冒険者になった」

 

「なんか、俺とエイルと似てるな」

 

「大抵冒険者になるやつて、後先考えてないからな」

 

「……確かに」

 

 冒険者になれず、バイト生活をやっていた。

 

 後先考えない、行き当たりばったりの暮らしだった。

 

 少しバラクは声のトーンを落として、

 

「…ランクが上がって、ちょっと強いモンスター討伐クエストをやったんだ。…慢心だったんだろうな」

 

「慢心?」

 

「Fランクのクエストはほとんど薬草の採集か弱いモンスター討伐。だから、俺みたいな弱い冒険者でもなんとかなった。でも──」

 

 銭湯のざわつきがエアとバラクの周りだけ聞こえない。

 

 まるで、別世界のようだ。

 

「Eランクからは討伐クエストがほとんど。その中には、当然強いやつだっている──そんなことも知らずに、Fランクの討伐クエストの気分で行ったのさ」      

 

「…………」

 

 バラクの手が赤くなるほど強く拳を握っていた。

 

 悔しさと後悔、二つのやりきれない感情が伝わってくる。 

 

「……モンスターは強い。油断してたら人間なんて一瞬で食い殺されちまう」

 

 先輩冒険者としての苦言。

 

 エアにそれを言うのは、繰り返したくないからだろう。

 

 自分と同じ過ちを犯すことを。

 

「だから、死ぬ気でかかれ。常に本気を出せ、間違っても出し惜しみなんてするな。……俺はそれしか言えないけどな!」

 

 表情を一変させ、笑顔をつくった。

 

 話を変えるように、エアの角を指差すと、

 

「ところで、お前のその角のアクセサリー、どこで買ったんだ?ガキどもの持ってるのより高そうだな」

 

「え、これ売ってんの?」

 

「売ってる売ってる!百フォリスショップの安いやつとかなら、そこらのガキどもが持ってるぞ」

 

「エイル以外誰も突っ込まないと思ったら……」

 

 買ったも何も、これは正真正銘エアの頭から生えている角なのだが、亜人が闊歩するこの街では大して珍しくもない。

 

 今まで普通に受け入れられていたので、エアも気にしてなかった。

 

 こうして改めて尋ねられると、何と答えていいのかわからない。

 

 少し答えを考えた後、

 

「自前…だな」

 

「お、自分で作ったのか!」

 

 とりあえず嘘は言ってない。

 

 少し心が痛いが、騙したわけではかい。あくまでそちらが勝手に勘違いしているだけ、ということにしておく。

 

「なんか困ったことがあったら、遠慮なく先輩に言えよ、何てったってDランク冒険者だからな!」

 

「へー。Dランクってどれくらいなんだ?」

 

「普通冒険者!」    

  

「普通!?」

 

 満面の笑みで決めポーズするバラク。

 

 バラクには悪いが、一年やってもランクが二くらいしか上がらないのが衝撃だった。

 

 しかも、二ランク分の成長を得ても普通冒険者扱いなのだ。

 

「……やっぱ勇者は格が違うのか…」

 

 エアの脳裏にレイナの顔が浮かぶ。

 

 ツンツンしてて、やたらエアに対して暴力的。でもエイルには優しい。

 

 マトゥル騎士団を崩壊させた魔王軍に恨みや憎しみがあるのは当然だとは思うが、エアはその事実すら知らさせてないただのエセ魔王だったわけなので、

 

「もう少し、淑やかだったら可愛いのになぁ…」

 

「おい、新米」

 

 ガシッ、突然両肩をバラクに掴まれた。

 

 爪が食い込むほどの力をかけられ、痛みを感じる。

 

 だが、それを指摘できることはできなかった。 

 

 なぜなら、バラクの顔が『本気』だったから。

 

「もしかして……女の子がいるのか?同じ冒険団に」

 

 一瞬にして銭湯内の空気が凍りついた。

 周りの男どもはシーンと静まり、エアを凝視している。

 

 その目が語っている。なぜこいつが、と。

 

「え、ああ。二人同じ冒険団に……」

 

「なんだとおおおおおおおおおお!!??」

 

 まさに嫉妬に狂ったの恐ろしい面。

 

 銭湯内にいる男全員でエアに詰め寄る。

 

 あるものは血の涙を流し、あるものは壁に頭をぶつけ、またあるものはエアの首に手をかけて絞めようとしている。

 

「い、いや!一人は確かに優しいけど、もう一人はめっちゃ暴力的で──」

 

「飴と鞭ってか!?このマゾ!変態!うらやましい!!!」

 

「何言ってんのこいつ!?」  

  

「このハーレム系主人公!!」

 

「魔王みたいな角しやがって!こうしてみるとおまえの角なんかエロく見えてきたぞ!!」

 

「とんだ風評被害だ!!!」 

 

 これは後から分かったことだが、なんでも女性冒険者は数が少ないらしい。

 

 しかも女性達は同性だけで冒険団を組むことが多いらしく、男女混合冒険団になるだけで勝ち組と認識されるとか。

 

 エアはそんなこと知るはずもないため、ただひたすら男達から嫉妬と羨望の罵倒を阿鼻続けた。

 

「今のうちにアヒル、着水だ!!」

 

「おじさん、おじさん!はやく浮かべて!」

 

 スペースが空いた風呂のすみっこで、子供達とこっそりアヒルを浮かべているギデオン達の空間だけは変わらず和やかなままだった。   

             

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