23話 聖女(?)
衝撃の出会いから一時間後、聖女はようやく眠りから目覚めた。
「……眠い」
床で寝ていたためポニーテールは崩れ、ほつれ毛が出ている。
聖女っぽいオーラは完璧に消え去り、もうただの自堕落人間にしか見えない。
大きなあくびをしつつ目を擦ると、ようやくこちらの存在に気づいたようだ。
「あれ?レイナじゃない?どったの?」
「どったの、じゃないわよ。あなたが呼んだんじゃない」
「あれ、そうだっけ?」
「まったく……今日は随分寝不足みたいね」
「昨日から色々あったんだよー。起きたら神殿が壊れてるし、結界も張り直さないといけないし……。教皇にバレる前になんとかしないと……」
頭をかきながら立ち上がると、スカートについていた埃を手で払う。
「で、そちらのお二人は?」
相変わらず眠そうな様子で聖女がエアとエイルを見る。
綺麗な顔に見つめられ、ついエイルはドキドキしてしまう。
少し緊張しながら素性と来た経緯を話すと、聖女は頷きながら、
「なるほど……あなたたちが昨日エクール神殿にいたのね。こっそり出したスライムのクエストも受けてくれたんだ」
「符丁を言ったのに全然反応しなかったじゃねえか!」
「あーその時たぶん寝てた。ごめんごめん」
「しかも符丁の『働きたくないでござるー!』ってなんだよ。聖女の言葉とは思えないぞ!」
「全労働者の心の声を代弁する素敵な言葉でしょ?」
聖女は呑気な調子で笑う。
符丁の言葉といい、本当に聖女らしくない。
「まあ、自己紹介してもらったから私もしないとね。私はサーシャ・エディアス。一応ディオネ教で聖女やってるよ」
自己紹介も手抜きで終え、呑気に手を振る。
「なんだか、あんまり聖女様っぽくないですね……」
つい言葉に出してしまったが、言った後後悔する。
目の前にいるのは紛うことなき聖女。
今の発言は失礼極まりない。……こんな調子でも。
当のサーシャは笑いながら、
「あー聖女様なんて言わなくていいよ。そんな柄じゃないし!ね?」
気さくな調子でエイルに笑いかける。
話しているこちらも元気になる優しい人だ。
「はあ…でも結局、スライムのこともギルドにバレちゃったしなぁ…」
少し表情を曇らせるサーシャ。
すると、
「ねぇ、サーシャ。スライム大量発生って何かしら?まさかとは思うけど、この前餌付けしてたスライムではないでしょうね?」
にっこりと笑顔を浮かべ、レイナがサーシャに問いかける。
顔は確かに笑顔だが、首筋に血管が浮かんでいる。
ダラダラと額から汗を流す聖女様は、
「え、えーとその、ね?なんか少し目を離したすきにかなり増えちゃって……えへへ!」
「笑って誤魔化さない!!」
胸ぐらを掴み、サーシャを叱りつけるレイナ。
「しかもこそこそ隠して極秘クエストを出すとか!そっちの方がバレたら大変よ!」
「だ、だってぇ……ディオネ教の本部に言ったら絶対に怒られて、おこづかい抜きにされるじゃん!!」
「え、聖女っておこづかい制なんですか!?」
「エイル、突っ込むところそこか?」
衝撃の事実だった。
まさか聖女がおこづかい制だったとは、エイルの中では今年五番目くらいの衝撃であった。
「違うわよ。サーシャは基本的にこの神殿の外に出ないから、お金は必要ないの。たまに必要な時だけお金をもらうのよ」
「たまに、ですか?」
「サーシャが欲しがった本を私が買いにいく時とか、妖精がお菓子を買いに行く時とか、あと下の教会の修道女におやつを買いにいかせる時とかね」
「全部、おつかいですね…」
「だって、私は神殿から出れないからねー。基本ずっと神殿で結界張って、ディオネ様にお祈りしないといけないから。外に出てる暇ないし 」
その割りには結構寝ている気がするが、それを突っ込むのは野暮というやつだ。
レイナから解放されはサーシャはスライム大量発生の経緯を話し始める。
「一週間くらい前にすごく小さいスライムが一匹、神殿に紛れ込んだんだの。たぶん、どっかの商店から逃げ出したんだろうけど。……まあ、小さいから可愛かったし、ちょーと餌上げたら……みるみる大きくなって沢山分裂しちゃって……えへへ」
「はあ……だからモンスターはペットじゃないって言ったのに」
「はい、反省してます」
「まったくもう……」
大量発生の原因はサーシャの自業自得。
ギルドだけでなく、ディオネ教本部にも隠そうとしたために極秘クエスト発令、なんてことになったようだ。
「でも、いいんですか?ギルドに頼んだら、対立してるディオネ教は不利なんじゃ……」
エイルの疑問はもっともだ。
最終的にギルドにもディオネ教本部にもモンスターの件は周知の事実となってしまった。
ディオネ教はさぞ屈辱的だろうと思ったのだが、
「あーそれはディオネ教の教皇が勝手に張り合ってるだけ。今のギルド長が若くて手腕がいいから、嫉妬してるの」
すごい個人的な感情でギルドとディオネ教は対立してるようだ。
今日だけでディオネ教の内部事情に詳しくなった気がする。
「で、今スライム何匹くらいいるんだ?この森に」
「んー現在進行形で増えてるから正確な数は分からないけど……たぶん五百匹くらい?大小あわせて」
「おいこら待て!!!五百って、果てしないぞ!!!」
エアが怒りと焦りで怒鳴るが、サーシャは耳をふさいで知らんぷり。
初クエストがまさかのスライム五百匹なんて、過酷すぎる。
しかも見習い冒険者であるFランクのエイルとエアも受けることができるクエストなので、このクエストの難易度はF。
つまり、最低ランク。とても簡単なクエストに分類されている。
「つまり、あれか?スライムなら何匹でも倒せるだろってことか?」
「まあ、そういうことだね。しかも難易度Fなら報酬も安く済むし」
「おい待て待て!何でも良識の範囲内なら叶えるってのは──」
「これはもう極秘じゃないから、そこまで豪華なやつは用意できませーん!エクール神殿再興にお金が掛かってるんだから!」
「「そんなぁー!!」」
全然納得できないクエストだが、元々はレイナ宛のものだ。
それを同じ冒険団だからという理由で一緒に来ることが許されている。
二人には文句を言う権利はない。
「じゃあ、みんながんばってねー。私は……ふわぁ…もう一眠りしてくるから……」
大きなあくびをすると、サーシャは背を向けて神殿の奥へ行こうとする。
慌ててエアが止めるが、
「おい、五百匹手伝えよ!」
「…私は神殿から出られないんだよー。神殿から出たら結界が機能しないもの。それに昨日は七時間しか寝てないから疲れが取れてないし……」
「いや、俺より寝てるじゃん」
一日中バイト生活のエイルとエアより睡眠時間が長いのに、まだ寝足りないようだ。
サーシャは今にも眠りに落ちそうに微睡みながら、
「一日十時間は寝ないと魔力が回復しないんだよ……あー無理限界。おやすみなさいー……ぐぅ」
神殿の祭壇に寄りかかるように、サーシャは眠ってしまった。
何度か肩を揺すったが、サーシャはまったく反応しない。
そっと、レイナが祭壇の果物にかけてあった埃避けの大きな布をサーシャにかける。
「こうなったら、何しても起きないわ。諦めなさい」
そう言って、レイナは小さく手招きをする。
すると、木の影から三匹の妖精が出てきた。
妖精はレイナの口元に集まり、耳を向ける。
「サーシャをお願いね」
小さな声で、囁くように妖精達に留守番を頼む。
妖精は小さな胸を手で叩き、敬礼した。
「じゃあ、行くわよ」
レイナは再び森へと入る。
若干エアは不満そうだが、文句を言っても勝てないので渋々着いていく。
エイルはというと、
「──初めてのクエストだ」
人生初、冒険者となって初めてのクエストに胸がドキドキする。
大きな不安と、小さな期待を抱きながら足を進めた。