22話 フェアリーテイル
太陽が一番高く上がる昼。
エイルとエア、そしてレイナは馬車に乗り、ディオネ教の聖地を目指していた。
「何この乗り心地……これが財力の差か?」
「私たちが乗った馬車より座席ふかふかですね……」
「そう?みんなこんな感じだったけど」
極秘クエストの時に乗った馬車はかなり乗り心地が最悪だったが、今乗っている馬車は馬といい座席といい、全てにおいて高級だ。
あらゆる他の馬車が道を開け、エイルが前乗った馬車より数分早く目的地に着いた。
「よし、さっさと登ろう。ここには恐ろしい悪魔がいる。見つかる前に早く早く!」
「そ、そうですね。またあんなにお布施をとられたら破産です……」
二人の脳裏に、長い説教の果てに塩をかけられ、お祈りという名の拷問と搾取を受けた思い出がよみがえる。
急ぎ足で近くの教会を取りすぎようとしたまさにその時。
教会から嬉々して、やたら豪華な服装の司祭と修道女が出てきた。
「あら、皆様。エクール神殿にお参りですか?」
「────っ!?」
にこやかな顔で修道女が切り出してきた。
優しい笑顔の裏で何人の参拝者の懐を氷河期にしてきたのか。
エイルとエアは財布を隠しながら後ずさる。
だが、逃げ場を塞ぐように司祭が二人の後ろに立つ。
「申し訳ないのですが、今神殿には入ることが出来なくて……ああ、代わりと言ってはなんなのですが、教会の聖堂にお見えになってはいかがでしょう?ついでに身を清めるお清めもなさるとよろしいでしょう。さあこちらに──」
──もうダメだ。
前回と全く同じパターンにはまってしまった二人はただ己の運命を呪った。
このまま悪徳宗教人の餌食になるのかと思いきや、
「それのお清めって、私にも必要かしら?」
「へ?──あ、れ、レイナ様!?」
だがしかし、レイナの姿を見た途端、司祭も修道女も顔が真っ青になる。
先ほどまでの威勢はどこへいったのか、急にうやうやしくなり、
「い、いえ結構でございます!是非とも聖女様によろしくお伝えくださいませ!!」
二人のカモのことも忘れ、大慌てで教会へと逃げてしまった。
「あの二人、また教会の修繕費を集めてるのかしら。この前怒られたばかりだってのに…懲りないわね」
うんざりした様子でレイナはため息をつく。
その後、何事もなかったかのように丘を登り始めた。
難を逃れたエイルとエアは、慌ててレイナの後ろをついていく。
「レイナさん、さっきの人たちとお知り合いなんですか?」
「あいつらというよりは……上にいる聖女と知り合いね。マトゥル騎士団の頃からの付き合いだし」
「聖女様と……」
ギルドの長であるレベリオを呼び捨てにしたり、ディオネ教最重要人物と知り合いであるレイナの交流関係には驚くばかりだ。
「まあ、何というか…あんまり期待しない方がいいわよ。特に聖女に関しては」
「───?」
一瞬、レイナがとても複雑な顔をした。
エイルは意味が分からず、キョトンとしていたが、レイナは何も語らない。
そのまま進むペースを早め、頂上を目指す。
しばらく進んでいると、
「───あれ?」
目に映ったものに違和感を覚え、エイルは立ち止まる。
隣を歩いていたエアもつられて立ち止まり、
「どうした?何かいたか?」
「いや、さっき人が……あれ?」
「人?……誰もいないぞ?」
「あれ?さっき確かに…」
改めて辺りを見回すが、エアの言うとおり誰もいない。
気のせいかもしれないと再び歩き始める。
だが、その足はすぐに止まってしまった。
なぜなら、
「………なんで、丸太が浮いてるんですか?」
プルプル震えながら、エイルの身長ほどの大きさの丸太が宙に浮いている。
ゆっくりとだが頂上に向かって前進しおり、少し気味が悪い。
しかも、 よく見ると丸太の底に何かがいる。
「……なんだこれ?」
エアはしゃがむと、地面スレスレに浮いている丸太の底についている謎の物体を摘まみあげる。
しばらぐ見つめた後、エイルの目の前にそれを突き出した。
「なあ、エイルが見たのってこいつか?
「あ、そうそうこんな感じの───え?」
エイルの鼻先に小さな生き物がいた。
人間のような胴と手足、綺麗な長い水色髪、そして体に不釣り合いなほど大きい蝶のような羽。
大きさはエイルの中指ほどで、人間をそのまま小さくしたようだった。
「わっひゃあああああああ!!!???」
「─────!!!!」
驚きで声をあげたエイルに驚き、小さな人間も飛び上がる。
エアの手から無理やり離れると、小さな手をエイルの方に向けた。
すると、宙に浮いていた丸太が突然こちらに方向転換し、エイルに襲いかかる。
だが、エイルの前にはエアがいたので結果、代わりにエアの頭に丸太が直撃した。
「ふごぉあっ!!??」
ガゴン!とてもいい音とともにエアが地に倒れる。
頭を優しく労りながら立ち上がると、
「よ、妖精を刺激すんな……!こいつらは基本的に臆病なんだ…」
「妖精……?」
妖精と呼ばれた小さな人間は蝶の羽を動かし、そそくさと森へと逃げてしまう。
丸太も宙に浮くことなく、地に転がったままだ。
「もう、エクール神殿の再興が始まってるみたいね」
レイナは丸太を持ち上げると、肩に担いでそのまま歩き始める。
頂上に近づくにつれ、妖精とやらの姿も多くなってきた。
皆丸太を運んでいるわけではなく、薄い大理石の板や巨大な柱など、浮かんでいるものは様々だ。
そして頂上には、倒壊したエクール神殿に散らばる瓦礫を運び、新しく神殿の土台を組み立てている妖精の群れがあった。
「────!」
一人(一匹?)の妖精がレイナが飛んで近づき、肩にとまる。
レイナも人指しで妖精の頭を撫でると、
「ファルパ、もうお仕事してるのね。偉いわ」
綺麗な亜麻色の髪のファルパという妖精はされるがまま、嬉しそうにレイナに甘える。
ゆっくりとエイルも近づいて観察していると、
「───!」
鈴がなるような美しい音を発し、レイナの髪の中に隠れてしまう。
「大丈夫よ、ファルパ。エイルは怖くないわ。……後ろの変人は嫌っていいいから」
「おい!嘘を教えるな!!」
エアの反論する声にさらに驚き、ファルパは出てこない。
「魔王、ファルパを怖がらせないでちょうだい」
「わ、悪かった……だからその拳を収めろ、な?な?」
「……まったく」
レイナが髪に優しく手を入れると、ファルパがちょこんと手に乗っかった。
ファルパはエアとエイルにそっぽを向くと、羽を羽ばたかせて森へ行ってしまった。
「……妖精が人間になつくなんて珍しいな」
ぽつりとエアが呟いた。
妖精という種族をエイルは聞いたことがなかったが、案外メジャーなのかもしれない。
「妖精って、有名なモンスター…なんですか?」
「モンスターじゃなくて、亜人よ。獣人や魚人間と同じ。人の前には滅多に姿を表さないから、あまり知られてないけど、結構マートティアに住み着いてるわよ」
レイナもファルパを追いかけるように森へと入っていく。
三人は整備されていない森の木々や草むらを掻き分けて進む。
昨日はかなりの時間をかけたはずだが、今回は数分で森を抜けて例の古びたボロボロの神殿に辿り着いた。
魔王軍に見つからなかったため、エクール神殿のように倒壊していない。
そのため昨日と変わらない姿でそこにあった。
だが、なぜだろう。
何も変わっていないはずなのに、前にあった厳かさも緊張感もない。
それは、
「あの、誰か倒れてませんか?」
エイルが指差した先、神殿内部の祭壇の裏から足がはえている。
はえている、といよりは見えていると言う方が正しい。
長いスカートで隠れているが間違いなく人間の足だ。
一応医療人であるエイルが慌てて倒れている人に近づき、声をかける。
「大丈夫ですか?私の声、聞こえますか!?」
倒れていたのは女性。
長い金髪をポニーテールでまとめ、胸と肩を大きく見せたドレス風の神官服に身を包んでいる。
背はエイルより頭一つ分くらい大きく、年上の大人の雰囲気がある。
何とも近寄りがたい高貴さがにじみ出ているが緊急事態なので、エイルは容赦なく肩を叩く。
すると、女性の目が僅かに開き、綺麗な青い瞳がエイルをとらえる。
「…………は」
「は───?」
息をのみ、女性の次の言葉を待つ。
ゆっくりと口を動かし、出てきた言葉は、
「は、働きたくない……」
「…………………………………へ?」
面食らったエイルは、全ての機能を停止し、しばらく唖然としていた。
一方の女性はそのまま目を閉じ、安らかな呼吸音をたてる。
意識は失っていない。というよりむしろ、
「ぐ───ぅ」
「……あの、もしかして……その………ね、寝ていらっしゃる………?」
よく見ると表情はとても安らかで、幸せ絶頂という顔だ。
ゆっくりとエイルの後をついてきたレイナは言いにくそうに、
「そこで倒れてる自堕落人間が、エクール神殿の聖女。……本当よ?」
何とも言えない空気の中、衝撃の事実にエイルもエアも言葉が出なかった。