20.5話 その頃ウラム村にて。
「ほら、あれもしかしてマトゥル騎士団じゃないかね?白いマントにローブだし……」
「バカやろ、マトゥル騎士団ならいの一番にエイルちゃんがサインをねだりにいくだろ」
「でも、今エイルちゃん寝込んでるらしいじゃない?代わりにサイン貰っておこうかしら」
エイルがウラム村を旅立った四日後、ウラムはある一人の人物の訪問にざわついていた。
白いローブで顔が隠れていて顔は見えない。
だが、着ている白を基調とした騎士服を見るだけで、かなり高い身分であることがうかがえる。
馬にまたがっていた騎士は村長の家の前に着くと、軽やかに馬を降りる。
動作一つ一つが洗練され、高貴さがにじみ出ている。
恐る恐る、ウラム村に住む今年六十九の婆が話しかけた。
「あのすみません……あなた様は……マトゥル騎士団の騎士様でしょうか?」
「───!これは失礼」
騎士はフードを取り、老婆に顔を見せた。
黄金のようなきらめきを放つ金髪がフードからこぼれ、深い青の瞳が老婆を覗く。
あまりの美青年にドキドキしている老婆を知ってか知らずか、恭しく頭を下げて、
「私はロミオ・シェイエス。栄光のマトゥル騎士団の一員ではありませんが……彼らに負けない武勇をもつ王立騎士団の騎士です」
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「こんな辺鄙な村に、よくお越しくださいました。さぞ、長い旅だったでしょう」
「いえ、セウェルスという青年が王都から道案内してくれたので、比較的早く着くことができました」
化け物襲来の次の日、セウェルスが王都に早馬で向かった。
王都へは普通三日かかるが、不眠不休で走ったおかげで大幅に早く来ることができたのだ。
村長クラリスとしては、もう少し遅くまで来て欲しかった、というのが本音だが。
「そういえば、先程お婆様からサインをねだられましたね。ここにはあまり騎士団の騎士は来ないのですか?」
「ここは平和な村なもんで。村のモンスターも比較的弱いので、自前で片付けられますからね。あまりギルドのクエストも騎士団の討伐も依頼しませんな」
「そうですか。なら、今回のモンスター襲来は完全なイレギュラー、ということですね」
「ええ…そうですね」
事件の現場である森を案内しながら、クラリスは危機感を感じていた。
モンスターの襲撃は村の住民に大きな衝撃を与えた。
下手に隠すのは不可能であり、何も対策しないのはかえって住民の不安を煽る。
そう思って王都へ形だけの早馬を出したが、
「(まさか、王立騎士団が来るなんてね……)」
こんな田舎村の一事件、対処するのは小さな下級騎士団だと思っていた。
騎士団をおいているのは、王宮だけでなく、ディオネ教や貴族も専用の軍人集団として騎士団を持っている。
これら全ての騎士団を大まかに管理しているのが、王都ニネヴェの城に住まう王の守護を任されている王立騎士団──だ。
王直属のマトゥル騎士団は唯一、王立騎士団からも独立した存在。マトゥル騎士団と比べれば位も戦力も劣るが、それでも王立騎士団は並みの騎士団を遥かにしのぐ実力者揃いの集団だ。
騎士団の親玉がでてくるとは、クラリスも予想外だった。
ロミオという物語に出てくるような騎士様はさりげなくウラム村の情報を引き出そうとしている。
しばらくするとと、木々が薙ぎ倒され、地が引き裂かれた場所についた。
「ここがモンスターと戦った場所…でしょうか?」
「ええ、全く酷い有り様でしょう。実際に戦った坊主も酷い傷を負いました」
坊主──ティトーは今も治療中。
顔に浴びた毒も取り除かれて、火傷のように爛れた皮膚も回復してきている。
それでも、魔法の使いすぎによるオドの疲弊や呪文省略による脳の負担増加で、まだベッド生活を余儀なくされている。
「セウェルスから大体の話は聞きましたが……未だに信じられません。これほどの惨状を生み出したモンスターが……突然死んでしまったなんて」
「被害が出る前に死んでくれた方が、こっちには都合いいですがね」
深い傷を負った現場をロミオはウロウロ歩き回り、何かないかと探す。
だが、証拠はクラリスとエルドスによってほぼ完璧に消されている。
セウェルスが王都への使者として、村を立つ前、エイルが使った魔法のことを隠し、モンスターが勝手に死んだと伝えていた。
村の住民全員、エイルがこっそり村を出ていたことも知らない。
事情を知っているのはクラリスとエイルの父エルドスと母セシリアだけ。
エイルは病気にかかり、しばらく寝込むという設定だ。
この時期に村を出ていったと知られれば、間違いなくモンスターとの関連を疑われるため、苦しい言い訳でしばらく耐え続けるしかない。
今のところ、ロミオに気づいた様子はない。
「そういえば……モンスターの死体はどうされましたか?特徴などを詳しく調べたいのですが」
「あーそれはですね──」
現場にモンスターの死体はない。
モンスターは全身に剣のようなもので刺された穴が空き、頭から真っ二つに絶たれていた。
そんなもの見せたら嘘が露見してしまうので、クラリスがとった策は、
「食った」
「は?」
「鍋にして、ステーキにして…あと唐揚げにして食べました」
「あの、え?普通これからの検証のために残しておきませんか?それを食べて──?」
「何を言いますか!私たちを散々襲ったモンスター、腹いせにみんなで食うのが一番ですわ」
モンスターの血の毒に注意しながら肉を取りだし、医療専門家エルドス立ち会いのもと肉を調理した。
モンスター料理は普通に食べられていたので、村人全員で食した。固くてあまり美味しくなかったが。
それでも、ある程度残骸は出てしまっているので、
「でも、食べられなかった鱗や爪なんかは残ってます。よければ見ていきますか?」
「ええ、それはもちろん」
「では、村に戻りましょう。私の家に保管してありますから」
クラリスは来た道を戻り始める。
一度呆気にとられていたロミオも正気を取り戻し、クラリスの後についていく。
だが、
「どうされましたか?」
ロミオは突然、何かに気づいたように走る。
駆け寄ったのは、地面が抉られて穴のようになってしまった場所。
「魔力が……わずかにですがここに残っています。この魔力は……七属性以外の特殊属性に似ています」
「そうですか……」
念入りに処理したつもりだったが、どうやら嗅ぎ付けられたようだ。
そこは、
「(よりにもよって、エイルが血の魔法陣を描いた場所を……)」
さすが王立騎士団、といったところか。
それとも、エイルの魔法陣の力が強すぎるだけか。
ロミオはポケットから袋を取りだし、土を少し摘まんで袋の中に入れる。
「少し、王都で調査してみます。もしかしたらモンスターに関する情報が分かるかもしれません」
「ええ、よろしくお願いします…」
素直に受け入れるクラリス。
ここで拒否してもいいが、下手に拒めば疑われることは間違いない。
王立騎士団を敵に回すのは得策ではないので、
「では、行きましょうか」
優しい笑みを浮かべてクラリスがロミオを案内する。
心の中では余計なことを、と少し苛つきながら。
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ロミオによる調査は夕方になるまで続いた。
特に怪しまれることもなかったが、モンスターの鋼の鱗と採取した土を証拠品として持ち帰ることになった。
必ずモンスターを突き止めると頼もしい言葉を貰ったが、クラリスは全く嬉しくない。
自室でくつろいでいたクラリスは忌々しそうに、
「また来るのかね……しかしなんでまた王立騎士団なんかが対処にくるんだか」
分からないことはたくさんある。
特に王立騎士団が出てきたのが、一番大きな謎だ。
モンスターに襲われて騎士団に助けを求める村や町は少ないが、普通は小さな騎士団が調査に向かう。
もしかしたら、今までモンスターの騒ぎのなかった村に未知のモンスターでたなんていう知らせが、重要視されたのだろうか。
───コンコン、ドアが叩かれた。
「村長様、よろしいですか?」
「……どうぞ、セウェルス」
聞きなれた声がドア越しに聞こえた。
許可と同時に入ってきた青年セウェルスは単刀直入に、
「王都ニネヴェへの通行を許可していただけませんか?」
「はあ……王都で何か刺激されたか?」
「話はエルドスさんから聞きました。エイルはもうこの村にいないことも。あの日……エイルが何かをしたんですよね?モンスターを倒したのも──」
「…………それを知ってどうする?おまえには何もできない。あれはエイルが自分でなんとかするべき問題だ」
真剣な瞳でクラリスに訴えるが、クラリスはそれ以上に真剣で険しい瞳でセウェルスを見返す。
だが、セウェルスは引かない。
「王都の剣士達を見ました。……僕らは彼らに敵わない。立ち向かうこともできない。……このままじゃ、僕はエイルのために何もできない」
「…王都で何をするんだ?まさか、騎士にでもなるつもりか?はは、あのロミオとかいう騎士の影響か?」
「王都で兵に志願しようと思います。そこで一から剣と魔法をやり直します」
クラリスの茶化しを無視し、セウェルスは己の決意を口にする。
「ずっと疑問だった……あなたは何を恐れて、何を隠しているのですか?何故ここまでエイルを王都から隠そうとしているのですか?」
「………それは」
セウェルスの核心をつく質問。
目の前の青年は事情を完全には理解していない。
それは、当事者であるエイルも同じだ。
まだ村長である、村を守る責任があるクラリスには隠し事があった。
そしてそれは、知られる訳にはいない。
それら全てを加味して出た答えは、
「はぁ……いいよ、王都でもニップルでも好きなところへ行け。ただし、余計なことは口にするな。目的を達せずに戻るな、これが条件だ」
引き出しから紙を取りだし、必要な項目を適当に書いていく。
出来上がった通行許可書をセウェルスにぶっきらぼうに渡し、
「エルドスのため、さ」
「……エルドスさん?」
いきなりエルドスの名前が出てきたので、一瞬セウェルスは戸惑う。
たがすぐに理解した。
この言葉は先程のセウェルスの問いの答えだと。
「父親は……娘に幸せになってほしいと願うだろう。あの子を王都に突き出したら、戦いの道具にされてしまう。それだけはダメだ。絶対に王都……王宮には知られてはいけない」
「戦いの……道具?」
「……もう行け。これ以上おまえに言うことはない」
無言でクラリスに頭を下げ、セウェルスは部屋から出ていった。
一人きり、夕日が窓から差し込む。
幻想的に赤く染まった部屋の中、ロッキングチェアに揺られながら呟いた。
「どうか……二人の道に、ティアマト様の加護があらんことを」