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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
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20話 真実


 エイルが生まれる四年前の一四七八年、魔王軍がマートティアに侵入した。

 

 次の年、ディオネ教の新鋭である聖イノケンティス団が魔王軍に敗北し、人間の劣勢が決定的となった。

 

 そこからの十七年間はまさに暗黒の時代。

 

 国外の未知の土地への開拓は絶望的。多くの国は鎖国状態で貿易もままならない。

 

 ただ、いつ結界を越えてやってるくるか分からない魔王軍に怯えるだけの日々。

 

 ルナムニル王国の国教神ディオネも、聖女に異世界探索の可能性を示唆しただけで助けてくれなかった。

 

 事態が好転したのは、一四八九年。


 ルナムニル王国建国時から存在する由緒正しき王宮直属の騎士団、マトゥル騎士団が魔王軍との戦いで初めて勝利したのだ。

 

 この時には異世界探索が進み、新しい素材が交易によってもたらされていたため、魔王軍とも互角に戦うことができた。

 

 そして、今から二年前の一四九六年。魔王サタンがマトゥル騎士団により討伐され、魔王軍は衰退を余儀なくられ、長く続いた暗黒時代は終わった。

 

 ずっと、誰もがそう思っていた。

 

「こ、殺されたって……」

 

「そのままの意味よ。世界の興廃をかけた一戦で、魔王サタンにみんな殺された。サタンも団員もみんなもういない……私だけが生き残った」

 

「でも!そんな情報、二年間どこにも──」 

 

「マトゥル騎士団崩壊の知らせは衝撃が大きすぎる。下手に知らせれば、国は大混乱だ。……マトゥル騎士団の崩壊を知っているのはギルドの上層部と、王宮のごく一部の関係者だけだ」

 

「─────そんな」

 

 胸にぽっかりと穴が空いたような衝撃と悲しみが心を支配する。

 

 エイルにとって、マトゥル騎士団は憧れであり夢であった。

 

 魔王軍を退け、異世界を探索するその武勇を聞くたびに胸が躍り、思いが強くなる。

 

 マトゥル騎士団の冒険がエイルの夢の始まりだった。

 

 でも、もうマトゥル騎士団はない。なくなってしまった。

 

「……じゃあ、今まで魔王と戦っていたのは……」

 

 マトゥル騎士団がなくなってからも、魔王軍残党との戦いが続いていた。

 

 エアと戦い、封印したのもレイナだったはず。

 

 それはつまり。

 

「…今までは小さな集団だったから、私一人で片付けてたわ」

 

「二年間、ずっと一人で……?」 

 

 酷い話だ。

 

 ただ一人でマトゥル騎士団を背負い、誰にも知られることなく孤独に戦い続けていた。

 

 そんなレイナが、ただただ可哀想だった。

 

「マトゥル騎士団のなき今、我々には魔王軍と互角に戦える術がない。このままではニップルやニネヴェの結界は突破され、ルナムニル王国は崩壊する」

 

 レベリオの言葉に、レイナが小さく頷く。

 

 小さな、脅威のない集団であった魔王軍が再び力を付け始めている。

 

 もし、エクール神殿を破壊したウシュムガルを大量に放たれたら、人間には抵抗の手段などない。

 

「だが、一つ希望が生まれた」

 

 レベリオがエイルを見下ろした。

 

 レイナもエアも、エイルを真剣な眼差しで見つめている。

 

「魔王軍のモンスター、ウシュムガル。鋼鉄の鎧は人間の武器でも…魔法ですら傷つけられない。この強敵に攻撃手段はない──君の血の魔法以外は」

 

 血の魔法によって打ち出された謎の黒い武器。

 

 それはウシュムガルの鎧を貫き、命を刈り取った。

 

 理屈も方法もわからない。

 

 ただ、エイルの魔法は絶対的な破壊な力を持っている。それだけは確かなのだ。

 

 誰もがエイルを見つめる。

 

 これから言われることは何となくだが予想がつく。

 

 だが、そんなことエイルにはできないし、できるわけがない。

 

「その力を使って、魔王軍と戦ってくれないだろうか。ルナムニル王国のために、この世界のために」  

 

「────っ」

 

 レベリオの言葉に、言葉を失う。

 

 だが、すぐに大声をあげて拒絶する。

 

「む、無理です!私にそんなすごい力、あるわけが──!」

 

「残念だが、君に拒否権はない」 

 

 言葉を遮り、レベリオは冷たく言い放った。

 

 カーテンの隙間からのぞくディオネ教の教会に視線を投げると、

 

「エクール神殿が破壊されたことにより、ディオネ教は魔王軍の侵入を把握している。それはつまり、その場にいたエイル・ジェンナーという少女のことも彼らは既に知っている」

 

「………」

 

 エイルの視線も、窓の外の教会に注がれる。

 

 エクール神殿を壊したのはエイルではない。

 

 けれど、魔王軍が侵入した現場にいたエイルとエア、レイナは確実に重要人物になってしまう。 

 

「君の血の魔法が知られるのも時間の問題だ。だが、君がギルドの一員として魔王軍討伐に協力してくれるのなら、君の身の安全は保証しよう」

 

 魔王軍と戦う。

 

 漠然としていて、想像もできない。

 

 ウシュムガルと何度も戦うのか、それとも、戦争のように殺伐したものが待っているのか。

 

 ウラム村で平凡に生きて、その平凡を守るためにニップルに来た。

 

 だが、エイルの血の魔法があると分かった時点で平凡などもうないのだろう。

 

 生きるためにはニップルを出るか、レベリオの提案を飲むしかない。

 

 逃げたところで、何日もつのか。ディオネ教というルナムニル王国最大組織の追跡から。

 

「もちろん。君一人で戦えとは言わない。冒険者として経験を積みながら、魔法の使い方を見つけていってほしい──レイナくん」

 

「はい」

 

 レベリオの言葉を受け、レイナが一歩前に出た。

 

 先ほどの険しい顔をふっと緩めるが、眼差しは真剣なままだ。

 

「これからエイル君には正式に冒険者登録をしてもらう。その後、レイナくんと冒険団──パーティーを組み、冒険者として活動してほしい」

 

「冒険者、に……?」

 

「言ったでしょ。勝手に事を進めたって」 

 

 戸惑うエイルに、こっそりとレイナが耳打ちする。  

 

 村長といい目の前のギルド長といい、エイルの見えないところで話が進んでいく。

 

 だが、

 

「なれるんですか?……冒険者に?」

 

「今回だけは特例だ。できるだけ、問題を起こさないように」

 

 冒険者になれる、その言葉に何よりも引き付けられた。

 

 焦がれていた冒険者になれるチャンスが目の前にある──エイルの人生を大きく左右する困難とともに。

 

 「さて」とレベリオは再び、エイルに問いかける。

 

「魔王軍は再び、人類の脅威となった。我々の武器は魔王軍のモンスターには通じないとみていい。さらに異世界探索を進め、新たな戦力を確保すると共に君の持つ『禁じられた魔法』で魔王軍に対抗する。……協力してくれるだろうか?」

 

 ウシュムガルのようなモンスターとまた戦うことを想像する。

 

 無理だ。森のヴェアウルフですら怖くてたまらない。

 

 攻撃魔法も、武術のない、戦いも知らぬ普通の少女が、魔王軍などという強大な組織に立ち向かえるだろうか。

 

 答えなんて、考えなくても分かる。

 

 エイルはうつむいて、

 

「……私、禁じられた魔法とか言われてもよく分からないです。使い方も、なぜ使えるのかも。だから、自分が分からなくなりそうで怖い…」

 

 思い出すだけで身が固まる。

 

 今まで普通の生活をしてきた普通の少女には荷が重すぎる。

 

 誰も、エイルの言葉を否定しない。

 

 みんな分かっている、エイルの力が希望だとしても、それは恐ろしい可能性を秘めていると。

 

「でも、この力に……私の夢を叶えられるチャンスがあるなら」

 

 ゆっくりと顔をあげた。

 

 レイナがエアが、レベリオがエイルの言葉を待っている。

 

 もう進むべき道は大人によって用意されていた。

 

 そしてそれはエイルが最も歩みたかった道。

 

 エイルは困難なんて無視して一歩踏み出す。

 

「私は、この魔法を……使いこなしてみせます」 

 

 冒険だってそうだ。

 

 困難や恐怖、危険のない冒険などない。

 

 モンスターに食い殺され、海や森に殺され、全てを失う危険を孕んでいても、なおも求め続ける。

 

 エイルが恋い焦がれたものは、そういうロクでもないやつだ。

 

 でも、夢見ずにはいられない。

 

 大好きな冒険物語のような興奮と未知を。

 

「君の勇気に感謝する──クラーピス」

 

「はい、レベリオ様」

 

「エイルくんの冒険者登録を頼む。それと、冒険パーティーも」

 

「はい、了解しました」  

 

 いつの間にか、背後に女性が立っていた。

 

 よく見ると、女性はギルドの受付をやっていた赤毛のお姉さんだ。

 

 レベリオに恭しくお辞儀をすると、クラーピスは「こちらへ」と、三人を部屋の外に案内する。

 

 連れていかれたのは、一階のロビー。

 

 受付にあるテーブルに二枚の紙を置くと、

 

「今からエイルさんの冒険者登録、および冒険団──パーティー設立を行います。こちらに名前と職業をお願いします」

 

「は、はい……」

 

 緊張で震える手をなんとか動かしながら紙に名前を書いていく。

 

 平行してレイナが隣で別の紙になにやら書いている。

 

 書き終えると、紙をエイルに渡す。

 

「冒険者、パーティー…」

 

「新米の冒険者は大抵、似た者同士でパーティーを組むわ。今回は私が魔法の監督役としてパーティーに入るけど……SSSランクの冒険者が入るパーティーなんて、滅多にないわよ」

 

「とりぷる……えす?」

 

 知らない単語に戸惑うエイルに、ギルドの受付お姉さん、クラーピスが説明する。

 

「冒険者にはFランクからSランク、その上にさらにSSランクとSSSランクの九つのランクがあります。このランクによって受けられるクエストの難易度が決められていて、異世界探索やギルド勅令のミッションはAランクから参加が可能です」

 

「Aランク……」

 

 最初は誰でもFランク──見習い冒険者からのスタートらしい。

 

 エイルが憧れる異世界探索はAランク──ベテラン冒険者。

 

 参加するには五ランクは上げないといけないため、まだまだ異世界探索には参加できそうにない。

 

 また異なるランクの冒険者同士がパーティーを組むと、最低ランクの団員にあわせた難易度のクエストしか受けられない。

 

 なので基本的にランクの高い冒険者はソロか、同じくらいのランクの冒険者とパーティーを組む。

 

 SSSランクの冒険者となると数は極端に減り、まずパーティーに勧誘することすら畏れ多くてできない。

 

 一通り説明を終えると、クラーピスは遠慮がちに、

 

「それと、冒険団設立は最低でも三人必要でして……。レイナさんとエイルさんの二人では冒険団は設立できないのでもう一人、冒険者のお知り合いはいらっしゃいませんか?」

 

「三人?」 

 

「はい、その後は別に脱退されても構いませんが、設立時には最低でも三人は……」 

 

「ふふふ、しょうがないなぁ~」

 

 レイナは背後から聞こえてきた声を無視し、短く思案する。

 

「ティアは……無理ね。なら形だけでもサーシャ…。それって直接ここに来なきゃダメなの?」 

 

「はい…本人の署名がないと…」

 

「なら、ダメね…」 

 

「おーい、ここに一人いるぞー。優秀な魔法使いがここにいるぞー」

 

「最悪、シャルロットに復帰してもらうしか……」 

 

「おい、聞こえてるだろ!無視するな!あのちょっと、ねぇ無視しないでー!!」 

 

「あの、エアさんはダメ…ですか?」

 

 必死にアピールしてるエアの方を向いて、恐る恐るレイナに提案する。

 

 ピタリとレイナの動きがとまり、

 

「……こいつ?」

 

 モンスターも射殺す瞳でエアを見た。

 

 冷酷な戦士の瞳にエアは全身を震わせ、近くにあった柱の後ろに隠れる。

 

「だって、魔王よ?あいつ」

 

「え、知ってたんですか?」


「ええ。まあ魔王自体、もう価値のない存在になってるからどうでもいいけど」

 

「おい価値がない存在とか───ああああごめんなさいごめんなさい!全て俺が悪かったですぅぅぅぅぅ!!!」

 

 さらに鋭くなった眼光に怯え、柱の影から頭を下げ続けるエア。

 

 そんな二人の茶番に思わず笑みがこぼれる。

 

 エアの正体を知っていて、見逃してくれた。

 

 勇者という肩書きに似合わず、レイナは優しい人なのだ。

 

 エアの処遇にレイナは長いため息をつき、

 

「………………………………………………………まあ、いないよりマシか」

  

「おい勇者、そんなに嫌なのか?」 

       

「いいからさっさと書きなさいな」

 

「……いまいち俺の扱いに納得がいかない」

 

 非常に不満そうだが、背に腹は代えられない。

 

 しぶしぶエアとパーティーを組むことを承諾する。

 

 書き終わったエイルから紙を受けとり、エアが少し嬉しそうに項目を記入していると、

 

「間違っても職業に魔王とか書くんじゃないわよ」   

 

「……はい」   

 

 レイナの威圧つきの助言により、関所と同じミスは防がれた

 

 エイルとエアの冒険者登録の紙二枚とパーティー設立の紙一枚の計三枚をクラーピスに渡す。

 

 書類を処理しつつ、クラーピスが一枚の羊皮紙を差し出した。

 

「さっさくですが、皆さんにクエストが届いています」

 

「クエスト?まだなったばかりの冒険者に?」

 

 怪訝そうにレイナが尋ねる。

 

「いえ、正確にはレイナさんにですね。先ほどディオネ教の本部から届いたんです」 

 

 一抹の不安がエイル達によぎる。

 

 だが、その不安も羊皮紙を見た途端、見事に吹き飛んだ。   

 

「「あ」」     

 

 エイルとエアが同時に声をあげた。

 

 もうすっかり忘却の彼方へ飛んでいたもの。

 

 顔を見合せ、ばつの悪そうな顔をする。

 

「エクール神殿のスライム討伐?何これ?」 

 

 ただ一人、真実を知らないレイナは疑問符を頭に浮かべるだけだった。

 

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