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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
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19話 ギルドの長

「……ここは…?」

 

 目覚めて、一番最初に目に入っのは知らない天井。

 

 寝かされているベッドも酒場のものより二段階くらい上の代物で、ふかふか具合が違う。

 

 手にはほのかな温もり。

 

 誰かがエイルの手を握っている。

 

「おはよ、エイル」

 

 横を見ると、端正な顔がエイルを見つめていた。

 

 勇者の少女、レイナがベッドの横に座り、エイルの右手を優しく両手で包み込んでいた。

 

「れ、レイナさん!あ、あの後どうなったんですか!?神殿壊れちゃったし…」 

 

「大丈夫よ。今、聖女が大急ぎで結界を張り直してるから。まあ、神殿はディオネ教のやつらが何とかしてくるわよ」

 

 起きた途端、神殿のことや魔王軍のことが一気に頭を駆け巡る。

 

 あわてふためくエイルをなだめるように、レイナはエイルの頭を優しく撫でた。

 

 すると気持ちが落ち着き、状況を冷静に分析できるようになった。

 

 まず、今いるのは普通なら絶対に入れない高級で上品な場所。

 

 部屋は広く、本がつまっている本棚の他に牛みたいなモンスターの剥製や高そうな壺が調度品として置かれている。

 

「ここは……?」

 

「ギルドの来客者用の部屋よ。重鎮用のね」

 

「ギルド……?なんでギルドに……?」

 

 レイナとエアがギルドに運んだのだろうか?

 

 だが、ギルドは怪我人の保護や治療をする施設ではない。

 

 レイナは混乱するエイルを見ると、目を伏せ、頭を下げた。

 

「……レイナさん?」

 

「最初に謝っておくわ。巻き込んでしまったこと、あなたの了承を得ずに話を進めてしまったこと。……ごめんなさい」  

 

「謝るって……レイナさんは何も…」

 

「全部、ギルドに話したの。魔王軍が結界を突破したこと、エクールが壊されたこと。そして、あなたの使う不思議な魔法のことも」

 

「───っ」

 

 絶句した。

 

 魔法を知られないためにウラム村を出た。

 

 希望があった、ニップルで冒険者になれるという小さな夢が。

 

 だがもし。危険で、理解を越えた魔法を使う少女がいたら、ギルドは何というだろうか。

 

 しかもそれが、制御もできない、使い方もよく分かっていない代物だとしたら。

 

 レイナは立ち上がり、

 

「立って、エイル」

 

 エイルに手を差しのべ、立つよう促す。

 

 華奢な手だ。こんなにも綺麗な手で剣を握っているなんて、とても考えられない。

 

 ゆっくりと手を取り、エイルも立ち上がる。

 

「じゃあ、行きましょうか。ギルドの長、レベリオのところに」

 

 エイルに背を向け、扉へ向かうレイナ。

 

 ただエイルはその後ろを黙ってついていくことしかできなかった。

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 以前ギルドに入ったときは、一階のロビーを見ただけだった。

 

 ロビーはギルドの入り口であるため、富を象徴した調度品が数多く置かれていた。

 

 今いる三階の廊下は質のよい赤い絨毯が敷かれ、壁には神話をモチーフにした絵画が掛けられている。

 

 ロビーほどの華やかさはないが、それでもギルドの繁栄を象徴するには十分だ。

 

「早かったな」

 

 壁にもたれ掛かり、エイルとレイナを待っていたのは、

 

「エア……さん」

 

「中でお偉いさんがお待ちだ。準備はいいか?」

 

「…はい」

 

 エアの表情は険しく、視線の先には立派な扉がある。 

 

 緊張した面持ちでレイナが扉を三回ノックする。 

 

「……どうぞ」

 

 直後、部屋の主から扉越しに返事が返っててきた。

 

 重々しい扉を開けた、部屋の先には。

 

「こんにちは、エイル・ジェンナーくん。話はレイナくんから聞いているよ」 

 

 部屋の奥の大きな机に備えられていた椅子に座っていた男性が立ち上がり、友好的な笑みを浮かべる。

 

 身長は非常に高く、二百センチは越えているであろう。

 

 だが身長とは裏腹に、青年のような若々しさすら感じる、若い男性だ。

 

 整えられた茶髪と青緑色の美しい瞳も合わさり、ギルドの長という重々しい役職のようには思えない。

 

 白の礼服を着こなした男性は、

 

「私はギルド長のレベリオ。どうぞよろしく」

 

 レベリオは笑みを浮かべながら、エイルに手を差し出す。

 

 恐る恐るレベリオと握手したエイルはすぐさま、

 

「あの、話を聞いたっていうのは──」

 

「ウラム村出身のアクスラピア。ウラム村でウシュムガルと邂逅し、血を使った魔法を発動。五日前にニップルに入り、エクール神殿で再び血を使った魔法を発動させた……そうだね?」

 

「──っ。な、なんで……」

 

 レイナはエイルのことを全く知らないはずだ。

 

 ウラム村で起こったことも、なぜニップルに来たのかも。

 

 ギルドがエイルのことをここまで知っているなんで予想外だ。

 

「悪い、黙って隠し通せる状況じゃなかったんだ」

 

 エイルの横で、エアはこっそりと耳打ちする。

 

 申し訳なさそうに目を伏せるエアを見たら、責める気持ちも起こらない。

 

 むしろ、変に隠し事をして怪しまれる方が危険だ。

 

 レベリオは不安そうなエイルを見ると、

 

「責めているわけじゃない。むしろ、ディオネ教ではなく、ギルドの方に話をしてくれたことに感謝しているくらいだ。ディオネ教の連中に、『血』を使って魔法を発動させたことがバレたら、秘密裏に殺されたとしてもおかしくないからね」

 

「あまりエイルを怖がらせないで、レベリオ。……さっさと本題に入りなさい」 

 

 レベリオの言葉に震え上がるエイル。

 

 見かねたレイナはレベリオの話を遮り、先に進むよう促す。

 

「手厳しいね」と肩をすくめるが、レイナにさらに睨み付けられたレベリオは初めて笑みを消して、 

 

「君は……禁じられた魔法というのを知っているかい?」

 

「禁じられた……魔法?」

 

「古の時代、神々によって使うことを禁じられた三つの魔法のことさ。まあ、知っているものは限られているがね」 

 

 レベリオの口から出た『禁じられた魔法』。

 

 クラリスの本にも、教会でセシリアから教わったことにも、エルドスの話にも、そんな魔法はなかった。

 

 おそらく、ウラム村の人は誰一人として知らないのだろう。

 

 ただ一人エアだけは険しい顔のまま。

 

 苦虫を噛み潰したように、難しい表情だ。

 

「一つ、死者を蘇らせる魔法。これは単純に冥界にいるとされる女神への侮辱につながる」

 

 レベリオが部屋のすみにある本棚へと向かう。

 

「二つ、隷属の魔法。相手の精神を破壊し、自身の奴隷とする魔法」

 

 本棚から取り出したのは一冊の本。

 遠くからでもエイルには分かる、その本のタイトルは───。

 

「そして三つ目──巨神ティアマトを解体した……世界創生の魔法」  

 

「マトゥル騎士団の団長であるマトゥル様が使った魔法…ですか?」

 

「そのとおり」 

 

 エイルが持っている本と全く同じ表紙。タイトルは『マトゥル騎士団の冒険』。

 

 本の中間辺りのページを一気に開くと、

 

「『神に導かれ、王女マトゥルはティアマトの死体に祈りを捧げた。神々の王たる大気の神に己の血を奉ずると、偉大なる力の源である風の神の血と神の剣を授けられた。マトゥルは大いなる神の血と秘宝の剣をもってティアマトを解体した。巨体は引き裂かれて天と地に。乳房は山に。溢れる血を川と海に注いだ。余った角を壊れ果てたエデンに投げ捨て、最後に偉大なる神々への賛美を歌った』……これが有名なティアマト解体の一部分だ」

 

 朗読を終え、レベリオは本をパタンと閉じる。

 

 本を本棚に戻し、再びエイル達の方を向くと、

 

「王女マトゥルは神の血と授けられた剣を使い、神であるティアマトの体を解体した。レイナくんの話では、君の使った魔法も血が発動の鍵になる魔法らしいね」

 

「私の……血を使った魔法がティアマトを解体した魔法と……関係があるんですか?」

 

「確証はないがね」 

 

 話が壮大になってきた。

 

 血を使っている時点でただの不思議な魔法ではないことは分かっていた。

 

 だが、神話にも繋がるものだとは想像もつかない。

 

「仮に神話に関係ないとしても、これは大きな問題だ。特にディオネ教にとってはね」

 

 レベリオが窓に目を向けた。

 

 窓の外には、絢爛豪華なディオネ教の教会が見える。

 

「ディオネ教はマトゥルに血と剣を授けたのは女神ディオネとしている。そして、ディオネが血を使った魔法を許した人間はマトゥルだけ。それ以外の人間が使うことは許されない。神を解体する魔法なんて、神々にとっては危険すぎるからね」

 

 レベリオが先ほどいった、ディオネ教に秘密裏に殺される可能性。

 

 もし、エイルが血を使った魔法を使えることがバレたら。

 

 神話と関係ないとしても、神への反逆を起こす者としてのレッテルを貼られてもおかしくない。

 

「禁じられた魔法に定められている魔法の中でも、『血』を使った魔法を特にディオネ教は恐れている。神を殺す可能性のある魔法を有している人間を容認なんてしたら、神からの庇護を完全に失うだろう。だから、ディオネ教は絶対に君を生かしてはおかない」

 

 エイルの背筋の毛が恐怖で逆立つ。

 

 今まで血の魔法がバレてしまったどうなるのか、漠然とした恐怖しかなかった。

 

 だが、今日。ディオネ教というニップル最大組織の恐ろしさを知ってしまった。

 

 ギルドがディオネ教に恩を着せるためにエイルを突き出す、なんてこともあり得る。

 

「そこで、だ」

 

 レベリオは窓のカーテンを閉める。見られないように、悟られぬようにするためだろう。

 

 部屋が暗くなるのと同時に、天井のシャンデリアに灯りが灯る。

 

「君の力はまだ不確定な要素が濃い。だが、それは可能性ともとれる」

 

 机の側に立ち、卓上の地図を指でなぞるレベリオ。

 

 その表情は険しく、悔しさが伺える。

 

「ニップルへの侵入、謎のモンスター。人間が今まで有利だったが……もうそうは言っていられない。再び魔王軍は脅威化しつつある」

 

 ニップルや王都ニネヴェには結界が張られ、魔王軍が率いる魔族は侵入できない。

 

 その結界は昨日、リリスという魔族の少女とウシュムガルと呼ばれていたモンスターによって突破されてしまった。

 

 再び、魔王軍に怯える恐怖の時代が始まろうとしている。

 

「マトゥル騎士団が壊滅し、魔王軍も徐々に勢力を強めている。我々は早急に魔王軍に対抗する術を考えなければ───」

 

「ま、待ってください!!」

 

 レベリオの言葉に違和感を感じた。

 その違和感がなんなのか気づいた瞬間、エイルは立場も忘れて言葉を遮っていた。

 

 さらりと言われた衝撃の言葉。それは、

 

「マトゥル騎士団が……か、壊滅って……どういうことですか!?」

 

「……それは」     

 

「そのままの意味よ。マトゥル騎士団はもうない」

 

 口ごもったレベリオの代わりに答えたのは、一言も言葉を発しなかったレイナ。

 

 絞り出すような、辛そうで弱々しい声。

 

 言わなくたって、エイルにも分かる。

 

 なにかとんでもないことが起きたのだと。

 

 ただそれは、

 

「二年前に、みんな殺されてしまったから」

 

 誰も知らない、恐ろしい真実だった。 

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