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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
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16話 勇ましき人


 鋭い眼光がまっすぐとエイルの瞳に突き刺さる。

 

 それでも、精一杯の勇気を振り絞ってレイナと向き合う。

 

「私には人を虐めて楽しむ趣味なんてないの。だから、そこを退いてちょうだい」

 

 たった一言。

 

 後ろにいるエアにしか興味がないけど邪魔をするなら容赦しない。遠回しに言ってはいるが、エイルにとっては死刑宣告に等しい。

 

 エアを庇っている間、少しでも態度や言葉を間違えば即座に死が襲いかかる。

 

「……エ、エアさんをどうする気ですか?」

 

「死体をギルドに持っていくか、封印してギルドに持っていくか…まあどっちでもいいけど」

 

「ひ、ひぇぇぇぇ……」

 

 エアがガタガタと震えだす。

 このままでは二人一緒に串刺しだ。

 なんとか勝機を見いだそうと慎重に言葉を選び、

 

「エアさんは、わ、私の命の恩人なんです。化け物に襲われていたとき、私が逃げる時間を稼ぐために戦ってくれました!レイナさんが思ってるほど、エアさんは悪い人…じゃなくて魔族じゃないです!」

 

「え、エイルぅぅぅぅぅぅ…!!」

  

 エアがエイルのために化け物と戦ったことは紛れもない事実だ。

 

 きっと、レイナが思っているほど悪い魔族ではないのだ。人類の敵である魔族にいいも悪いもないと思うが、少なくとも、エアがいなければエイルがセウェルスと合流することも、ティトーを会うこともできなかった。

 

 エイルの必死の弁護に、エアは感動で涙を流した。

 

 だが、勇者レイナの反応は冷たい。

 

「それはそれ、これはこれ。こいつが数日とはいえ、魔王として人類の敵であったことに変わりはない」  

 

 とりつく島もなく、レイナはエアを敵認定。 

 

 エイルの弁護もむなしく、無慈悲に状況は進んでいく。

 

「こいつをギルドに突き出さないと……」

 

 鋭い剣先がエアの鼻面に突きつけられる。

 

 真っ青になったエアを怒りの眼差しで見つめるレイナは、忌々しそうに言葉を吐き出す。

 

「──有給がでないのよ!」 

 

「……………………………………………………………………………………」

 「……………………………………………………………………………………」 

「「………………………………………………………………………………ん?」」


 

 てっきり「世界が危ない」とか「世界が滅びる」系の回答が来ると思っていたため、勇者の返答は斜め上すぎてエイルもエアをしばらく思考が停止してしまった。

 

 意識が正常になっても、今だレイナの口から出た言葉が信じられない。

 聞き間違えていただけだと思いかけたが、

 

「魔王を封印した水晶を盗まれたせいでギルドに大目玉を食らうし、安金で働かされるし、貴重な休暇もおまえを探して潰れるし、そのついでとかでまたミッションを頼まれるし……どう考えてもこいつが諸悪の根元だわ」 

 

「「ええ……」」 

 

 現実は無情、全て真実であった。

 

 理不尽極まりない理由で襲われるエアが可哀想で仕方ない。

 

 だが、エアもやられるばかりではない。

 

「そんなのへましたおまえがわる───あああああごめんなさいごめんなさいッ!!!」    

 

 勇者の鋭い眼光に射抜かれ、エアは文句を最後まで言わずに土下座した。

 

 やはりエアの小物感がぬぐえない。

 

「あ」

 

「ど、とうしたエイル?その意味深げな『あ』は何だ……?」

 

「その…少し前にウラム村に来た露店で…百フォリスの安い水晶を買ったんです」

 

「おい、まさか…」

 

 酒場で聞き覚えがあると思ってはいたが、あまり気にしていなかった。

 

 だがそれは大きな間違いであったと今さら気がついた。水晶に宝石商、どれもエアと出会い、ウラム村を出ていくことになった要因の一つだが、エアとの出会いと化け物襲撃の衝撃が大きすぎて印象に残っていなかったのだ。

 

「そしたら、中からエアさんが現れて…」

 

「……百フォリスかぁ…俺の価値…安…」      

 

 驚くところが若干違うが、エアもショックを受けている。

 

 そして一番驚き、エイルに詰め寄ったのが、

 

「その宝石商、どこで見かけたの……!」

 

「う、ウラム村に突然…。でも何処に行ったかまでは…」

 

「ウラム村か……あの周辺をウロウロしてるのか。見つけたら絶対にボコす」     

 

 より一層レイナから放たれる殺意が濃くなった。

 

「じゃ、じゃあ勇者はその宝石商を探してこい。そうして思う存分ボコして──」

 

「でもその前に魔王をボコす」

 

「なんでぇ!?」

 

 どうあがいてもエアがレイナにボコされる運命は変わらないようだ。レイナの怒り様では、宝石商の分もエアがボコされ、本当に死体がギルドに届けられてしまう。 

 

「もういい加減退いてほしいのだけれど」 

 

 少し苛ついた調子でレイナがエイルを威圧する。

 

 それでも、エイルはエアを守るように立ちふさがる。

 

「………っ」

 

 手が、足が。身体中がレイナという強者に敵対することを拒絶し、恐怖で震えが止まらない。

 

 無言でレイナを睨むが、力も恐ろしさもない、小動物のように弱々しい。

 

「そいつに命を救われたことがあるのは分かったわ。でも、あなたの後ろにいるのは魔王。人類の敵なのよ?なのに、どうして?」  

   

 レイナの空色の瞳が真っ直ぐにエイルを見つめる。

 

 同姓のエイルから見ても見惚れてしまう美しさと、勇者という称号に恥じない凛々しさに、思わず目をそらしてしまいそうになる。

 

 必死に恐怖を押し留め、エイルはまっすぐと見つめ返す。

 

「上手く、言葉にはできないけど…」

 

 思い返せば、いろいろあった。むしろありすぎた。 

 

 エイルの小さな身体には余るほどに。

 

「一度にたくさんのことが起こって、頭が混乱してどうしていいか分からなくなって、みんなから取り残されたみたいに……すごく寂しい気持ちになりました」

 

 最初はエアとの衝撃的な出会いから始まり、エデンに行き、化け物と邂逅し、恐ろしい魔法を使って。

 

 気がついたら、村を追い出されるほどの大事件になっていた。

 

 村での日常は消え、未知の世界に放り出されてしまった。

 

 奥に巣食う恐れや不安に押し潰されそうになりながら、一人ぼっちの旅を始めるその瞬間、

 

「エアさんはそばにいてくれた。何か算段が、思惑があったのかもしれない。でも、私は本当に嬉しかった」

 

 不安だった、怖かった。

 

 きっと、少しのきっかけでエイルの心は折れていた。

 

 そうならなかったのは、エアが居てくれたから…なのかもしれない。

 

「エアさんは私のことを『優しい』って言って、自分のことは『人類の敵だ』って言いました。でもそんなの嘘、嘘に決まってる」

 

 だって、それは。

 

「エアさん以上に優しい人を私は知らない。誰よりも強くて優しい心を持ってること、私は知ってる」 

 

 エデンで足がすくんだ時、手をとってくれてのも、化け物と戦ったのも、一人だったエイルと共に来てくれたのもエアだった。

 

 何が人類の敵だ。こんなにも優しい敵なんて、いるわけがない。

 

 だから、こう思ってしまうのだろう。

 

「私、エアさんと一緒に冒険に行きたいです。分からないことだらけで、怖いけど、エアさんと一緒なら楽しめる……そんな気がするんです」

 

 あれだけ身体を支配していた恐怖が引き、震えもなくなった。

 

 すごく、晴れやかな気持ちだ。胸でつっかえていたものがなくなったように、心がすっきりとしている

 

 もう一度、エイルは真正面からレイナと対峙する。

 

 その瞳に不安や恐れはない。決意と強さを宿した眼差しで、レイナを見つめる。

 

「……その目は、反則よ」 

 

 長い無言の戦いに音をあげたのはレイナ。

 

 うんざりしたように目をつぶると、踵を返すようにエイル達に背を向ける。 

 

「私のミッションは魔王を無力化して、その証拠をギルドに示すこと。その任務は絶対に遂行しなくちゃいけない」

 

 でも、とレイナは付け加えて、

 

「どうやらそこの間抜けは魔王じゃなくて、ちょっと魔力の強いただのお人好しだったみたいね。あーあホント、損した。封印石を人間に使ったなんて、ギルドにまた怒られるわね」 

 

「ゆ、勇者ぁぁぁぁ!」

 

「レイナざあああん!」

 

 有給がかかっているレイナの最大限の情けにエイルとエアは手を叩きあう。  

 

 あまりの喜び様に、レイナは二人を一瞥した後、見えないように微笑んだ。

 

 しかし、その安諸は長くは続かなかった。

 

「───っ!」

 

 それは本当に突然だった。

 

 地面が割れてしまうかのような地鳴り。

 

 立っていられないほどの揺れに三人は地に倒れこんでしまう。

 

 そして、

 

──ドオォォォォォォォォォォン!!

 

 耳を引き裂くような爆発音。

 

 一度ではない。何度も何度も、まるで何かを壊すように。

 

「な、何?今の音…?」  

 

「……魔王?何をしたの?」

 

「は?俺じゃねぇけど──」

 

 真っ先にレイナはエアを疑ったが、それは全くの勘違いだったことがすぐに証明された。

 

──キィィィィィン。

 

 うるさいほど続いていた爆発音がピタリと止み、代わりに鳴ったのは甲高い金属音。

 

 その音はひどい不協和音で、聞いているたけで心がざわつき、不安になってくる。

 

 地鳴りがようやくおさまり、エイルがレイナに駆け寄ると、

 

「レイナさん…?」

 

「結界が……破られた」  

 

 ポツリと、レイナが呟いた。

 額には汗が滲み、瞳孔が小刻みに動いている。

 

 初めて、レイナが動揺を露にした。

 

「──っ!」

 

「レイナさん!?」

 

「おい勇者、どこいくんだよ!」

 

 レイナは二人を置き去りにし、走りだした。

 

 何が起こっているのかが分からない。     

 

 ただレイナの後を追いかけながら、良からぬことが起こっていないことを祈ることしかできなかった。 

 

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