15話 最悪すぎる再会
草木は手入れがされていないため生え放題。滅多に人が入らないことが伺える。
時折転びそうになるくらい足場が悪く、まるで本格的な登山だ。
エアを追って最初は走っていたが、奥へ進むのに比例するように道は険しくなっていき、後半はゆっくりと歩きながらエアを探す。
「エアさーん、どこですかー?」
エイルの必死の声も、森のざわめきにかき消されていく。
歩き続けて十分、突然大きな広い場所にでた。
広いといっても、木々を切っただけの空き地みたいな場所だ。
だが、ここだけなぜかとても空気がひんやりとしている。
威圧感や緊張感が張りつめ、エクール神殿でも感じられなかった別世界ような感覚が肌にささる。
「───柱?」
長い草に隠されるように、こけや植物が生い茂った柱が見えた。
近づいてみると柱だけではなく、大きな鳥や頭のないボロボロの彫刻が程よい間隔で点々していた。まるで、道に沿うように。
導かれるように、気がついたら足を進めていた。
そして、見つけた。
「神殿?でも、なんでこんなところに……」
深い森に隠されていたため、見えていなかったのだろうか。
しかし、麓の教会もこんなところに神殿があるとは一言も言っていなかった。
建築されて何年と経っているのだろう、お世辞にも綺麗とは思えないボロボロの神殿。
こけやツタが建物を覆い、あちらこちらにヒビが入っている。
だが、目の前の神殿が纏っているプレッシャーは、今までエイルが感じたことがないほどに強烈だ。
唾を飲み込み、神殿の階段に足を置いた、その直後。
「動かないで」
声が聞こえた、それを認識するより先にエイルの首に後ろから手が回され、鋭いナイフが突きつけられた。
最初は何が起こったのかわからず呆然としたが、首に当てられたナイフを見た途端頭が真っ白になる。
少しでも抵抗すれば殺される、背後から伝わる殺気が物語る。
「あなたは魔王軍の一味……魔族か?」
「(魔族……?)」
凛とした女性の声であることは理解できたが、質問の意味が理解できなかった。
魔族は魔王軍に従軍する者達のこと。
二十年前のマートティア侵攻とともに現れた、人間やモンスターより遥かに発達したオドを持つ者達を魔族と指すようになったが、その生態はほとんど分かっていない。
ただ、人間に友好的な感情を抱いていないことだけは確かだ。
「わ、私は……魔族じゃな、ない……」
女性が放つ殺気に全身が凍りついたように固まり、口すら満足に動かせない状態で必死に弁解するが、相手には伝わらない。
「あなたは──」
再びエイルに問いかけた女性の言葉は残念なことに遮られた。
「ぼよーん!!!」
突進、草むらから陽気な声と共にゼリー体がエイル目掛けて突進してきた。
その後ろを黒髪や仕立てのいい礼服を臭い液体だらけにしたエアが追撃する。
背後からエイルを束縛する女性とエイルを見たエアは、
「ゆ、ゆうしゃあああああ!??」
驚きの声と共に派手に転んだ。
その瞬間、女性はエイルから手を離し、今までエイルに向けていたナイフをスライムに投擲した。
ナイフはスライムの体を貫き、よく分からない胃みたいな臓器に突き刺さり、そのまま臓器を木に打ち付けた。
謎の臓器がスライムの体外に出た途端、今まで一つだったゼリーはバラバラになり飛び散る。
拘束から解放された安心で尻餅をついたエイルを無視し、女性は素早くエアに向かって走る。
紋章がはいった白いフードを被っているため顔はよく見えない。
ただ、風にフードが揺らめいてわずかに見えた顔は怒りの形相に染まり、殺意に満ちていた。
背中に巨大な大剣を背負い、腰には剣、両太ももに装備されたホルダーにはナイフが収納され、全身が武器まみれだ。
エアが『勇者』と言ったが、どちらかというと『暗殺者』の方が合っている気がする。
女性は素早く剣を抜き、無言でエアに向かって突き刺す。
「待て待て待て!話し合おう!まずは話し合おう勇者!!話し合いで世界は平和になるんだぞ!!」
「────!」
地面を転がり、紙一重で剣を避けながらエアは必死に対話を要求する。
だが、女性は何も答えず剣を振るい続けるだけだ。
女性が剣を突き刺し、エアが間一髪でそれを避ける。何度かその流れを繰り返していだが、一際大きく振り上げた剣が転げ回っていたエアの顔面スレスレに突き刺さった。
「ひぇ…ま、まって──!」
エアは火事場の馬鹿力ともいえる動きで立ち上がり、女性から距離を取る。
一方渾身の力で突き刺した剣は地面に深く刺さり、引っ張るが中々とれないようだ。
すると、諦めたように女性は剣から手を離し、
「《悪を裁く正義の天秤。それは太陽の女神が持つ奇跡の神器なり》」
呪文と共に女性の足元に魔法陣が浮かび上がる。
巨大な円に繊細な模様が描かれ、その中心にはひし形とバツ印を組み合わせたような記号。
見たことない魔法陣だが、強力な魔法を発動させるものでることは確かだ。
「《灼熱と恵みの光を与えしウトゥの加護。その断罪の剣を持って、魔を討ち滅ぼさん》」
女性が手をかざすと魔法が宙に浮かんだ。
そして、魔法陣を中心に空間が歪んだ…ような気がした。
まるで蜃気楼のような揺らめきに、エイルは目を疑った。だが、何度見ても空間が歪み、揺れているようにしか見えない。
例えるなら、水面に石を落としたときに生じる水紋。
女性は魔法陣に手を入れ、何かを掴むように手を閉じる。
すると、
「剣…?」
ゆっくりと、女性が腕を引くと、手には光を纏う剣が握られていた。
形状はブロードソートに近く、鐔に太陽を模した宝石と銀の翼の模様があしらわれている。
女性は剣を水平に構え、
「《その正義、秩序は犯すことのできない絶対の法。東の門より出で、西の門に沈む全能の神》」
剣を纏うオレンジの光が強くなり、聖剣のような神々しさを醸す。
エイルが今まで見てきた剣よりワンランクどころか次元が違うことは確実だ。
剣先が逃げるエアを捉えた。
「《偉大な守護者よ、正義の炎剣で悪逆を滅ぼしたまえ。シャマス──》
炎ように光が高く上がり、剣が振るわれ、光がエアを貫く──はずだった。
「ま、待ってください!」
エイルがエアを庇い前に出た瞬間、女性は驚いたように目を開き、剣を地に降ろした。
光は霧散し、銀の剣が露になる。だが、光がなくても剣がもつ美しさと神聖さは消えない。
「や、やめろエイル!こいつに挑むなんて自殺行為だ!!」
と言いつつもエイルの背中に張り付き、エイルを盾にするエアの発言には全く説得力がない。
「エアさん何をしたんですか!?あの人めちゃくちゃ怒ってますよ!」
「こいつに封印されたんだよ!いきなりやって来て、話も聞かずに問答無用で!!」
「ふ、封印?それって、まさか……」
エイルはもう一度、女性の姿を確認する。
上半身は白いフードですっぽりと覆われており、どのような素性であるかは分からない。
ただよく見ると、フードには鳥のような動物をあしらった紋章が金色の糸で縫われていた。
「───マトゥル騎士団」
エイルの中で一つの結論が生まれた。
それは、
「魔王軍との戦いは現在、王宮直属の騎士団であるマトゥル騎士団に一任されてるはずです。王子ランス・ベール・ルナムニルに率いられた、最強と名高い騎士団。魔王軍を押し返した英雄達の集い」
女性は歩きながらフードをとった。美しい紫色の髪がこぼれ落ち、端正な顔と透き通るような空色の瞳が露になる。
女性の顔を見た途端、エイルは声をあげた。
目の前にいる女性は昨日酒場で見かけた、確かレイナと呼ばれていたはずだ。
レイナはエイルの目の前まで来ると、
「知ってるのなら、話は早いわね。私には人を虐めて楽しむ趣味なんてないの。だから、そこを退いてちょうだい」
冷徹な声で、言い放った。