13 希望の一手
「は?討伐?」
時刻は午後四時。
夜の営業の準備を進めながら、エイルはエアにガルーから教わった情報を話した。
それは、
「ニップルで一番大きな神殿、エクール神殿でスライムの大量発生が起きているらしいんです」
「スライムって、あのゼリーっぽいアレか?」
「はい、モンスターの王道のやつです」
スライムはいえば冒険に定番のゼリー型のモンスターだ。
種類は極めて多種多様、驚異は小さいため素人でも知恵の絞れば対処が可能である。
だがスライムの大量発生は、大型モンスター以上の大災害となる。
それは、
「スライムの一番の武器は異常ともいえる繁殖能力の高さです。一匹から一匹が生まれるのではく、八匹は最低でも生まれます」
「大家族でも作る気か…」
面倒なのがモンスターは基本的に無性生殖、分裂で増えるという点だ。
特にスライムは全身がゼリーなので分裂がかなり容易で速く、二、三日で大人になってしまう。
その大人がさらに分裂して子を増やし、ねずみ算のように数が爆発的に増えていく。
どんなに弱くても数が集まればモンスターは人間にとっては驚異だ。
「でも、場所はお偉い神殿だろ?ちゃちゃっと他の冒険者が片付けるんじゃねえか?」
エアの指摘はもっともだ。
スライムは低級のモンスターなのだから、すでに討伐されていてもおかしくはない。
「ニップルはディオネ教の総本山です。だから、エクール神殿はディオネ教にとって最大の聖地であり、神聖な場所。そこにモンスター、しかもスライムが増殖しているなんて事実、ディオネ教の人達は絶対に公にはしません。そんなことしたら聖地としての権威はガタ落ちですから」
「なるほど……ギルドにも冒険者にも助けを求めらないってことか」
エクール神殿は女神ディオネを祭る最大の神殿。女神の聖なる場所にモンスターが出ることなど決して許されない。
そしてギルドとディオネ教、この二つは結構仲が悪い。
異世界探索はギルドの専売特許であるため利益はほぼ独占状態だ。
一昔前はディオネ教も異世界探索事業を進めていたらしいが、脅威化していった魔王軍の影響などで、今では凍結されてしまった。
魔王軍に対して遅れをとっているディオネ教に対し、ギルドは魔王軍討伐も積極的に行っており、ディオネ教はギルドにかなりの引け目を感じている。
このような背景やニップルでの覇権争いで、両者は小競り合いを続けているのだ。
そんな状況でディオネ教が不利になる情報をギルドに流してまで助けを乞うなんて、絶対にしないだろう。
「事情を知ってる俺らがスライムを斬りまくって、恩を着せようってことか…。ん、でもスライムくらいディオネ教の連中で片付けられるんじゃ……
」
「なんとですね!」
「うおっ!?」
エイルは興奮のあまり、身をのりだす。
エアの顔が驚きに染まるが、エイルは無視して話を続ける。
「理由は分かりませんが、エクール神殿にいらっしゃるすごく高名な聖女様が直々に極秘のスライム大量討伐クエストを出したんです!!そしてそれを見事成功させたら、良識の範囲内なら何でも褒美を出すと!」
「そ、それはすごいな!!あんなことやこんなことができ……じゃなくて冒険者になれるように取り計らってくれるかもしれないんだな!」
「そうなんです!」
この情報を知っている者はかなり限られており、まずベテラン冒険者は知らない。
ベテラン冒険者はギルド内でも数が少なく、ギルドか直々に出す重要な任務──ミッションや高難易度クエストを任されることが多く、ギルドの目に触れやすい。
尚且つ、極秘クエストの情報伝達を任されているのが、ガルーのような熱心なディオネ教信者の極一部の商人なので、日々クエストに駆り出される冒険者はこの情報をほとんど知らない。
エイル達にとってはこの上ない状況だ。
「ただこれはかなりリスクが高いことが難点でして……」
残念なことに、成功の利益と失敗の不利益が全く釣り合っていないのだ。
「ギルドを通さないクエストはギルドの定めた冒険者法に違反します。もちろん、聖女様が出したクエストはギルドを通してないので違法クエストです。……バレたら投獄と冒険者資格剥奪、その他諸々の処罰が待ってますね」
「うまくやれたら何でも願いがかない、失敗したら転落人生……まあ、リスクが高過ぎるから普通はやらないよな」
極一部のクエストを知る者も、失敗したときのことを考えて受けることを渋る。
聖女が極秘にクエストを出したのはモンスター大量発生の事実をギルドに隠しつつ、モンスターを討伐するため。
冒険者がクエストに失敗したら、連鎖的にディオネ教の違法行為も公になってしまう。 ディオネ教も冒険者と同じくらい大きなリスクを背負っているのだ。
「で、エイルはどうしたい?」
エアが真剣な眼差しでエイルを見つめる。
ゆっくりと今までの情報を頭の中で吟味していく。
やらない方が絶対に得策だ。
そもそもエイルにはスライムを倒す術がない──ただ一つを除いて。
「やります。絶対にやりとげます」
エイルの決断は速かった。
「私にはやらなくちゃいけないことがありますから」
もちろんニップルには冒険者になるつもりで来たが、エイルにはもう一つやるべきことがあった。
「そろそろ、あの変な『魔法』を調べないとな……」
エアもエイルと同じ気持ちだ。
二人の算段としては、冒険者としてクエストをこなしつつ、モンスターとの戦闘を通してエイルが使った血の魔法を研究するはずだったのだが、冒険者になれなかったために計画は頓挫してしまった。
なにより、自分の中に得たいの知れない力があることが怖い。
どうやって発動するか、どんな効果があるのか、まるで見えない爆弾を抱えている気分だ。
「いいぜ、やろう」
エアが両手で頬を叩いて気合いを入れる。
「このままアルバイト生活したって状況は変わらない。なら、一歩踏み出さねぇとな!」
「……はい!」
エアが歯を出して笑う。
不安が消し飛ぶ、頼もしい笑顔だ。
「なら、さっさと仕事を終わらせるか!よっしゃああああ!」
そのまま勢いよく厨房へ走り、「ナギ、俺に仕事をくれ!仕事仕事ォ!」と仕事を要求する。
エアを見習おうと、エイルも動き始めた、その直後、
──カラン、ドアに付けてあったベルがなった。
入ってきたのは一人の女性。
「あ、ごめんなさいまだ開いてなく────て」
まだ開店時間でないため入れないことを伝えようとしたが、その女性の顔を見た瞬間、エイルは美しさに釘付けになり、言葉を失った。
儚げで、触ったら壊れてしまうような繊細さを持つ顔立ち。空色の瞳は引き込まれるかのように透明で美しい。
黄色のリボンでポニーテールにまとめられた長い紫髪は艶があり、人間ではないような気さえ起こさせる。
女性らしい見た目とは裏腹に、露出が少ない軍服のような服に身を包んでいるのため、騎士のような勇敢で高潔な印象を受ける。
「あら、レイナ?」
固まっているエイルの後ろで、シャルロットが声をあげた。
レイナ、というのが彼女の名前だろうか。
「レイナじゃない!久しぶりね!」
シャルロットは気さく話しかけたが、レイナは少し眉をひそめただけだ。
「最近、ミッションばかりで大変らしいじゃない」
「……別に。お金が貰えるから辛くない」
ぶっきらぼうに答えるとレイナは近くのテーブル席に座り、気だるそうに目を閉じた。
開店時間前だが、シャルロットも気にしていないようだ。
エイルはおぼんにコップを二つ置き、水を注いでテーブルに運ぶ。
「そういえば、例の詐欺師は見つかったの?大切な物、盗まれたんでしょ?」
「……ホント、最悪よ。あいつ宝石商の真似事までやって町を転々としてるから、すぐにどこかに消える。……今日も辺鄙な田舎村に行ったけど、もう逃げた後だったわ」
「宝石商……ねぇ。確か水晶を盗まれたのよね?水色の小さな」
「……そうよ。すれ違った時に一瞬でね」
意図したわけではないが、エイルの耳にいくらか会話が聞こえてきた。
水色の水晶に詐欺師の宝石商。
なんだか聞き覚えがある単語だ。
「でも、なんだっけ?」
開店の準備をしつつ頑張って思い出そうとするが、
「エイルー!手伝えるかー!」
エアが厨房から顔を出し、手招きする。
「今行きますーよっと」
作業を中断し、厨房に向かう。
その時にはエイルの頭から宝石商も水晶のこともすっかり消えていた。
そして、
「─────────」
その後ろ姿を空色の瞳が見つめていたことに、最後まで気づくことなく。