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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
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12話 夢破れて


 ニップルにはとにかく酒場が多い。

 

 溢れんばかりの冒険者は好きな酒場で食事をとり、情報を交換し合う。

 

 時には冒険団どうしでタッグを組み、協力しあうこともあるので、酒場は冒険者の出会いの場としては最適だ。

 

 昼間の酒場は主にランチがメインだが、混雑は夜にひけをとらない。

 

 そして、ニップルでも一際人気のある酒場に忙しく駆け回る新入りが二人いた。

 

「お、オムライス三つですー!あと三番テーブルさんに『オコノミヤキ』追加で──」

 

「ジジイ尻触んな!それは枕じゃねぇえんだよ!ああもう昼から酒盛りすんな!!」  

 

「ちょっと、エア!なにお客様といちゃついてるのよ!」

 

「どこをどう見たらそんな誰得展開になるんだよー!」

 

「触られるならサービス料としてお金取りなさい!」

 

「おい、俺の人権は無視か?」

 

 怒号にも似た叫び声が飛び交い、店内の騒音に混ざって消えていく。

 

 こんな騒ぎは日常茶飯事、コックとベテランのウェイトレス兼オーナーのシャルロットは素早く仕事をこなしていき、新人二人も何度か間違えながらも働く。

 

 働き続けて二時間、ようやく喧騒も収まり、客の流れもゆるやかになった。

 

「お疲れ様、エイル。だいぶ様にはなってきたわね」

 

「えへへ……」

 

 褒められた銀髪碧眼のバイト少女エイルは恥ずかしそうにはにかむ。

 

 シャルロットから出された『オカキ』という極東の料理を摘まみながら茶をすすっていると、  

 

「おい、俺達本当にこれでいいのか?」

 

「ふえ?(モグモグ)」 

 

「俺達、何しにニップルに来たんだ?」

 

「それは生活費を稼ぐために──」

 

「違うだろー違うだろー!!」

 

 エアはエイルから『オカキ』の入った皿を取り上げ、上に持ち上げる。

 

「あああああ!な、何するんですか!私のオカキ!」     

 

「いいかエイル!俺達は冒険者になるために来たんだぞ!何で酒場でバイトして賄い飯食ってんだよ!!」 

 

「甘いわねエア。これは料理担当のナギが作った試作品よ?ねーナギー?」

 

 すると厨房から屈強な腕が伸び、握りこぶしから親指だけを突き立ててグーサイン。

 

 わずかにたくましい背中がチラリと厨房から覗いているこの男こそ、コックのナギだ。

 

 マートティアの四大大国『極東の島国』蛇羽国の出身で、彼の作る料理は今までエイルが食べたことのない味で大変美味だ。ゆえにシャルロットが経営する酒場が人気である一番の理由にもなっている。

 

「んなのどうでもいい!問題なのは俺達がここでバイトしてることだ!!」

 

「そ、それは…」

 

 エイルが眼を伏せて口ごもる。

 

 なぜ二人がバイトなんぞしているのか。

 

 話はニップルに到着した三日前にさかのぼる。    

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※

 

「は?推薦状?」

 

「はい、今年から必要になりまして……」

 

 受付の赤毛のお姉さんは伏し目がちに答えた。

 

 場所はギルドと呼ばれる商業組合の無駄に豪華な建物の中だ。

 

 ニップルは宗教色が濃く神殿や教会も多くあるが、商業がとても盛んな都市としても昔から有名だった。

 

 価格競争や商人保護のために設立されたのがギルドの始まりだが、異世界探索が始まってからは冒険全般もギルドの管轄となった。

 

 ニップルにおいてギルドは絶大な権力を誇り、ルナムニル王国の国教ディオネ教にも劣らない。

 

 そんなギルドの受付で嬉々して冒険者登録をしようとしたのだが、

 

「他機関からの推薦がない人は冒険者登録ができない、と」

 

「はい。近年異世界探索を志望する冒険者が急激に増えまして…その、あまり実力のない方も冒険者登録をするようになってしまったので…。少なくとも魔法学校などの専門機関で認められた方ではないと冒険者登録は許可できないかと…」     

 

「つまり、出直してこいと」

 

「でも、剣士や低級魔法学校なら三年で卒業出来ますので……あちらにパンフレットも──」

 

「余計なお世話だ!」

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 回想終了。

 

 自分らの過去を振り返っていたエアは遠くを見つめて、

 

「前回の『これからが俺達の始まりだ!』みたいな空気、本当にどこにいったんだろうな」

 

「それは言わない約束ですよ…」

 

 机に二人そろって突っ伏し、ため息をつく。

 

 夢と希望に溢れていた瞳は何処へ、どうしようもない現実に心は沈みっぱなしだ。

 

「でも、ここにはふかふかのベッドもあるし、ナギさんの作るご飯は美味しいし、なんかもうこれでいいかなーって気がしてきました……」 

 

「どうしたエイル!もう少し足掻こうぜ!?まだ俺達の物語始まったばかりだろ!!」   

 

 段々虚ろな眼になってきたエイルの肩を揺さぶるエア。

 

 正直、もうどうしようもない。

 

 冒険者としてクエストを受けるにはギルドの冒険者登録が絶対不可欠だ。

 

 魔法がほとんど使えないエイルは魔法学校への入学は絶望的。

 

 剣士としての才能は、一度セウェルスに稽古をつけてもらったときに皆無であることが証明されている。

 

「気分が落ち込んでるときにあれこれ考えたって、悲観的になるだけよ?だから、ほら」

 

 そう言ってシャルロットがエイルに差し出したのは大きな買い物バック。

 

「外に出て気分転換でもしてきなさいな。そのついでにお買い物してきてくれたら嬉しいわ♪」

 

「それ、ただのお使いじゃあ…」

 

「気のせい気のせいーはいこれメモね」

 

 渋々エイルは立ち上がり、買い物に出かける。

 

 エアは店番ということでエイル一人で買い物だ。

 

「でも、こうしてニップルを歩くのって初めてかも」

 

 三日間は本当に忙しく、ゆっくりとニップルを観光する暇なんてなかった。

 

 夢破れた日、ギルドの前で座りこんでいたところをシャルロットに保護され、住み込みで働かせてもらってはいるが、まだまだニップルのことはよく知らない。

 

 しばらく歩いていると、出店が多く出展している通りに出た。

 

 売っているものはウラム村には絶対に無いような代物ばかり。

 

 オレンジや青色のカエル型モンスターがぶら下がった精肉店、巨大蜘蛛の煮付けや摩訶不思議なお面屋など、どれもエイルの興味をそそる。

 

「ええっと…へビーピッグのお肉にダイダイル、ジャンピング豆?なんだろ?」 

 

 メモに書いてある食品も耳慣れない単語ばかり。

 

 しかも通りはごった返しており、気を抜けば人の並みに飲まれてしまうだろう。

 

「エイル・ジェンナー、行きます!」

 

 シャルロットからのメモを握りしめ、エイルは人の海に飛び込む。

 

 揉みくちゃにされつつも任務を遂行すること一時間。  

 

 エイルは肩に綺麗に包まれた巨大な豚肉を背負い、ダイダイルという蛇型モンスターをマフラーのように首にまき、両手にジャンピング豆が入った袋を抱えて通りから抜け出す。

 

「すごい、ホントに跳ねてる…」

 

 袋を少し開けて中を覗くと、豆がぴょんぴょんとジャンピングしている。

 どれも異世界の産物であり、エイルの理解の斜め上をいっていた。

 

「最後は……ガルー商店ってところでリンゴとミズレレ…?」

 

 リンゴは赤くて甘いフルーツの王道。

 

 ではミズレレとはなんだろうか。そもそもフルーツなのか、野菜なのか。

 

 店自体は地図も載ってるので、行くことはできる。だが、

 

「ミズレレ……みずみずしいレモンとかかなぁ…」   

 

 ぼんやりとミズレレのことを考えてながら、ギルドの前を通りすぎる。

 

 ギルドの正面には大きな広場があり、小さな噴水もある。

 

 しばらく歩いていると、今度は小さな商店街にたどり着いた。

 

 そして、

 

「いらっしゃいお嬢ちゃん。何をお探し───」

 

「ミズレレ、ミズレレをください!!あとついでにリンゴも」

 

 店主が挨拶するより、というより店の奥から出て来るより先にエイルが謎の食物ミズレレとおまけのリンゴを要求する。

 

 故に、エイルは店主の姿をよく見ていなかった。

 

「ミズレレね、今丁度いきのいいやつがあるんだ。お嬢ちゃんラッキーやなー」

 

「いきのいい?それって───うわぁ!!?」

 

「ん、なんや?まだミズレレ見せてないぞ?」

 

 店主の言葉に違和感を感じ、顔を見た瞬間、エイルは悲鳴をあげた。

 

 店主の体には獣のような体毛がびっしりと生え、頭のてっぺんには狼のような二つの大きな耳があったのだ。

 

 それどころか顔なんて狼そのもの、手足は爪が恐ろしく伸びており、その姿はまるで狼を二足歩行させた感じだ。

 

「お、狼人間……!!?」

 

「狼人間ってまた懐かしい呼び方するなー。お嬢ちゃんもしかしてセリアンスロゥプの獣人を知らねぇのか?」 

 

「獣人…?セリアンスロゥプって異世界探索で初めて見つかった世界の…?」 

 

 異世界探索で初めて見つかった異世界は、獣人が住むセリアンスロゥプだ。

 

 土地・気候が比較的人間世界と近く、住んでいる獣人達も人間と同じような生活を営んでいたため、交易が盛んに行われていると聞く。

 

 だが、こうして移住し店まで構えているのは予想外だ。

 

「そー。まあ、俺みたいに移住までしてるのはこの辺だといねぇな。おーいルナー!ミズレレ一丁、持ってきてくれー!」

 

「はーい、ミズレレお待ち!」

 

 獣人の声の呼び掛けにすぐ反応し、一人の少女が小さな袋を持ってきた。

 

 綺麗なオレンジ色の髪の少女が持ってきた袋は、中身が染みでて黄色に変色している。

 

 一気に開けるのが嫌になったが、勇気と好奇心を奮い立たせて中身を見ると、

 

「わお………………」

 

 マンゴーのような果物からウネウネと動く触手がびっしりと生えている。

 

 これがエイルの中で話題となった果物、ミズレレである。

 

「セリアンスロゥプにしか生えないミズドの木になる果物がミズレレだ。見た目はちょっと気持ち悪いが、触手を剥がせば食べられるしうまいぞ!」

 

 ちょっとどころの話ではない。

 

 もはやこれを食べようと思った先人には畏敬の念すら覚える。

 

 顔が真っ青になったエイルを店主がにやけながら見ているので、大抵の人はこのような反応をするようだ。

 

「あ、あの……リンゴ…も」 

 

「はいよ。同じ袋でいいか?」

 

「分けてくださいぃぃぃぃ!!」

 

 触手フルーツと一緒に入ったリンゴなんて絶対に食べたくない。 

 

「冗談、冗談!」と店主は笑いながら別の袋にリンゴをつめていく。

 

 代金を払い、袋を受けとると、

 

「おねーちゃん、冒険者?」

 

 ルナ、と呼ばれた童女がエイルの姿を見て尋ねた。

 

 ルナはエイルのアクスラピアの薬品が入ったポーチが気になっているようだ。

 

 エイルはルナの視線に合わせるようにしゃがみ、優しく話す。

 

「冒険者になりたかったけど……なれたかったアルバイト…かな」

 

「あるばいと?」 

 

「ははーん」

 

 エイルの返答に店主が意味深げに笑う。

 

「おまえさん、冒険者になるには推薦状が必要になるって知らなかった口だろ」

 

「ギクッ!?」

 

 店主の的をつく発言にエイルの肩が跳ね上がる。

 

 さらにニヤニヤしながら店主は「まあ待て」とエイルに耳打ちする。

 

「春に冒険者志望のやつらがニップルに来たが……推薦状がなくて追い返されたやつがほとんどだった。冒険者になれなかったやつはみんなニップルから出てったが……おまえさんは根気があるみたいだし、いいこと教えてやるよ」

 

「え?ほ、本当ですか?」  

   

 店主は辺りを軽く見回し、エイルの耳に言葉を囁く。

 

 ごしょごしょと二人の内緒話が進む。

 

「そ、それ本当にうまくいくんでしょうか……かなり運頼みじゃあ…」

 

「試してみるだけやってみろ!極小の可能性でうまくいくかもしれねぇぞ?」

 

 店主はエイルの背中をバンバンと叩き、勇気づけるがエイルは不安なままだ。

 

 なにせ作戦が突飛すぎて、下手すればギルドに目をつけられる。

 

 だが他に手段もないわけで、

 

「 分かりました、やってみます!ありがとうございます、店主さん……じゃなくて、ええっと…」

 

「ガルーだ。この店の名前も俺の名前さ」

 

「ありがとうございます!ガルーさん!」

 

「おう、頑張れよアルバイト!」 

   

 エイルは荷物を抱えて大急ぎで帰路につく。

 

 はやく帰ってエアに伝えなければならない。

 

 まだ、夢は終わっていないと。    


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