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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
11/73

10話 始まり

「──、──」 

 

「───!」   

 

 これはきっと夢だ。

 

 誰かと誰かが話をしていて、それを自分が見ているという夢。

 

「これしか────い──たの──む──」

 

「───誓う─────に───」

 

 二人は何か約束を交わしたようだ。

 

 声と同時に雑音が被さり、会話の内容は断片的にしか聞き取れない。

 

 一人は男性、もう一人は───

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

「──目が覚めたかい?」

 

 目覚めは一瞬だった。

 

 優しくて慈悲のこもった声を投げ掛けられた瞬間、エイルの意識は覚醒した。

 

「村長……さん?」

 

「ずいぶんお寝坊じゃないか。二日も眠りこけて、まったく。おまえが寝てる間、事後処理は全部こっちに回ってきたんだから……まったく、まったく」   

 

 エイルが寝ていたベッドの横に座っていた白髪の老婆が早口で捲し立てる。

 

 この老婆はウラム村の村長のクラリス。ティトーに魔法を教える村一番の知識人にして魔法使いだ。


 どうやらエイルは二日間も眠り続け、寝ている間に全てを片付けてくてたようだ。話の後半はただの愚痴のようにも思えるが。

 

 場所はおそらく村長の家にある客用の部屋。質素なベットと机しかない簡素すぎる室内だ。

 

「っ!ティトーは!?無事なんですか!化け物の毒を顔に浴びて……!」

 

「落ち着きなさい。ティトーもセウェルスも無事、命に別状はないよ。ただ、ティトーの方はまだ絶対安静さ」

 

「そうですか……」 

 

 最愛の弟の無事を知ってエイルは安堵するが、まだ完全に癒えていないことに不安が募る。

 

 すると、部屋の扉の方から急に声が投げかれられ、

 

「少しは俺のことも心配しろよな…たっくもう…」  

  

「魔王さん!無事でよかった…!」

 

 魔王は扉によりかかりながら笑いかけた。

 

 どうやら怪我はないようだ。

 

 エイルはベットから出て魔王に駆け寄る。

 

 だがその直後によろけてしまい、魔王がエイルを支える。

 

「無理すんな。今のおまえは魔力がほとんどない。下手に動けば気を失う」

 

「魔力が……ない?」

 

「はあ……おまえのせいで面倒なことになったよ。まったく」 

 

 クラリスが煩わしそうにため息をつく。  

 

 何もわからないエイルは不安そうにクラリスを見つめる。

 

「何が…あったんですか?」

 

「むしろ起こりすぎたくらいだ」

   

 クラリスは机に置かれた一冊の本を片手で持ち上げる。 

 

 それは、エイルはティトーから拝借した本。太古の魔法を記した魔書。

 

「エイル、おまえはこの本に載ってた魔法を試した、そうだね?」

 

「はい…。でも全然発動しなくて──」

 

「この本は偽物さ」

 

「え?」 

 

「各地に伝わる伝承、呪い、信仰……そういったものを集めたのがこの本。でも、ほとんど脚色や嘘を練り込んだおまじない程度の代物。太古の魔法どころか正しい魔法一つ載ってない」

 

 クラリスが語った真実にエイルは驚きで全身の動きが完全に止まった。

 

 エイルの夢や人生、その他諸々いろいろ賭けた魔法が実は嘘だったというショックは大き過ぎた。 

 

 エイルの驚きを無視し、クラリスは話を続ける。

 

「そもそも、太古の魔法なんて我々では発動させることすらできないんだよ、昔と今じゃあオドの使い方が僅かに違うからね。生け贄を使っても逆に魔力を根こそぎ吸いとられてミイラみたいになるのがオチさ」 

 

「そ、そんなぁ……!」 

 

 クラリスによる真実の暴露の連鎖。

 

 結局のところ、太古の魔法なんてどんなに頑張っても使えないのだ。

 だが、

 

「で、でも!確かに魔法が発動したんです!」 

 

 マートティアに穴を開け、エデンへの道を切り開いたのは確かに偽り魔法書に記された魔法だ。

 

 魔王の封印の解いたのも含めれば二回、魔法は発動していた。

 

 クラリスはエイルに近づき、厳しい声で語りかける。

 

「そう、この本は偽物。書いてる魔法もインチキ。なのに魔法が使えた。魔法の才能がないエイル、おまえに」

 

 クラリスがそっとの頬に手を当てる。

 

 鋭い青瞳がエイルを見つめる。まるで心を見透かされているような気分だ。

 

「おまえが描いた魔法陣を見させてもらったけど……滅茶苦茶なものだね。あんなのじゃ、高名な魔法使いにだって操れないさ」 

 

「じゃあ、何で……」 

 

「……俺が少し手を貸した。だから、責任は俺にも」

 

 魔王がエイルを庇うように言葉を付け足す。

 だが、クラリスは頭を横にふり、

   

「血、だよ」    

 

「……ち?」 

 

 エイルは思わず聞き返してしまった。

 

 確かにエイルが描いた魔法陣には血が使われていた。確かに他の魔法陣と違う要素ではあるが、それ自体が深い意味を持つとは考えていなかった。

 

 クラリスは本を一瞥すると、

 

「原理はわからない。ただ、エイルの滅茶苦茶な……何の意味もない魔法陣が『血』という要素によって発動した。そこが問題なのさ」 

 

 見習いとはいえアクスラピアであるエイルには何となく、理解できた。

 

 人体において『血』はとても重要なものであり、文化によっては神聖なもとされることもあれば、穢れとされることもある。

 

 魔法陣を構成する上で重要な『魔法記号』と呼ばれる記号は、神話や神秘に関する魔法的な意味があるものだ。

 

 つまり、

 

「血はあらゆる生命の源。意図しなくても重要な魔法的意味を帯びてしまう。故にその効力は絶大。まず人間には制しきれない。だから誰も使わないし誰にも使えない」

 

 エイルは自身の手を見つめる。

 

 思い返せば全て血を使って描いた魔法陣だった。

 

 初めて書いたのも、ティトーを助けたくて書いた魔法陣も。

 

 それは、つまり──

 

「あの変な槍みたいなのも、私……?」 

 

「……エイル。なぜおまえが『血』を使って魔法を発動させることができたのかは分からない。あの日、何が起きたのかも知らない。でも、これだけは言える。──おまえが化け物を倒したんだ、化け物みたいな魔法を使って」

 

 頭をガツンの殴られたような衝撃が脳を襲う。

 

 今まで魔法の使えない、回復魔法が少し使えるくらいの何もないやつだった。

 それが、化け物を串刺しにした。

 

 自分でもわからない魔法で。

 

「もうすぐ、この村に王都から使者がやってくる」

 

 感情のない、冷めきった声でクラリスが言った。

 

「化け物が現れたことはギルドにも、もちろん王都の騎士団にも報告せにゃあかん。どんな姿だったか、どうやって倒したかをね」 

 

 それ自体はきっと正しいことだ。

 

 ウラム村という辺鄙な田舎ではあまりうる問題なのだから、全てを話すことになる。村に現れた化け物のことも、当然エイルのことも。

 

 そうなれば、自分はどうなるのか。

 

 危険な魔法使うことが知られれば、もう日常には戻れないことは考えるまでもない。

 

「おまえの魔法は危険すぎる。我々ではもう対処のしようがない。だから──」

 

 脳裏に化け物の姿が映し出される。

 

 セウェルスが傷つき、ティトーが倒れ、化け物が無様な死に様を晒す光景がエイルの頭を駆け巡る。

 

 全部、自分のせいだ。

 

 エデンに行かなければ、あの本を見つけなければ。

 

 そもそも、魔法を使いたいなんて思わなければあの化け物が来ることなんてなかった。

 

 自責の念が襲いかかり、目尻が熱くなる。

 

「荷物をまとめて、さっさと村から離れなさい。今すぐに」 

 

「……え?」

 

 エイルが顔を上げてクラリスの顔を見た。


 クラリスは険しいをふっと緩め、優しくエイルに笑いかける。 

 

「王都の使者に見つかって面倒なことになるまえにトンズラしな。まあ、適当に誤魔化しておくから心配しなくていいさ」

 

「で、でも!自分でもよく分からないんです!私が本当に危険な魔法を使えるのか、これが良いものなのか悪いものなのかが……!」

 

「そんなの、自分で見つけるのさ。自分の力で、制御できるようにね。秘めたものが長所になるか短所になるかなんて、結局は自分次第なんだから」

 

 当たり前のことを言うようにクラリスが告げる。 

 

「セウェルスにもティトーにも……もちろんおまえの両親にも挨拶してる暇なんてない。丁度村の連中も表に出ない時間だから、誰にもバレずに村を出られるはずさ。少しでも情報が漏れたら面倒だからね。まったく」

 

「でも、それじゃあ!」  

 

 納得がいかないと不安そうにしているエイルを見るなり、クラリスはいたずらっぽく笑い、

 

「まさかとは思うけど、王都に犯罪者みたいに突き出されると思ったかい?そんなことしたらこっちの方が夢見が悪いね。それとも、王都で騎士達から永遠に尋問されたいのかい?」

 

「け、結構です!」   

 

「なら、さっさと荷造りしておいで。ほら、早く行く!別れの挨拶もいらないからね!」 

 

「はい!」 

 

 クラリスに無理やり背中を押されて部屋から追い出される。

 

 部屋の外に出る寸前、

 

「まあ、いい機会だ。ついでに冒険者にでもなってくればいい。冒険していれば見つかるかもしれないだろ、おまえの好きな冒険譚みたいにね」

 

 扉が閉まり、エイルの姿が見えなくなった。

 

 その後ろ姿をただ黙っていた魔王は、窓から大急ぎで家に帰るエイルをぼんやりと眺めていた。

 

「で、おまえさんはどうするんだ?」

 

「……俺は」

 


     

※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 診療所兼自宅は恐ろしく静かだった。

 

 そもそも村自体、神隠しにあったように人がいなかった。

 

 化け物騒ぎで村人は家にこもり、ジェンナー一家はティトーの世話に付きっきり。

 

 急に、エイルに寂しさが遅いかかった。

 

 誰にも知られずに、半場納得できないまま村を出ていくことが、何よりウラム村での日常がなくなってしまうことが悲しかった。

 

 寂しさを紛らわすようにエイルは一番大きな皮のリュックに荷物を詰めていく。

 

 だが、荷造りはすぐに終わってしまった。

 

 最初にアクスラピアの道具、次に衣服。たったこれだけだ。

 

 旅行に行くのではないと荷物は最低限にしたためだ。

 

 そしてまた、寂しさがエイルを襲う。

 

 頭を横に振り、寂しさを頭からかき消そうとしていると、

 

「──あ」

 

 机に置かれた一冊の本が目にはいった。

 

 何度も読まれたためボロボロになり、表紙は掠れている。

 

 でも、タイトルはしっかりと読み取れた──『マトゥル騎士団の冒険』と。 

 

 エイルの一番大好きな物語で夢の始まり、それがこの本。

 

 エルドスの書斎から勝手に借りて読んでいたら、十歳の誕生日にプレゼントされたというエピソードを持つ宝物。

 

 無言で表紙をしばらく見つめていたが、小さく頷いてリュックに詰め、最後にリュックの紐を結んで荷造りは完了した。

 

 リュックを背負い外に出るが、相変わらず村は静かだ。

 

 見送りもない、淋しい一人立ち。

 

 それでも気持ちを前向きに一歩踏み出す。

 

「準備できたか。じゃあ行くかー」

 

「はい──って、え?」

 

 いつのまにか、そこにいて当然という風に魔王がいた。  

   

 エイルと同じように荷物を背負い、旅の準備は万全だ。

 

「ま、魔王さん?まさか一緒にくるんですか?」

 

「残念なことに俺は金がない。このままだと飢えて死ぬのが目に見えてるので、エイルの慈悲に期待してる……ってのが建前」   

 

 わざと大げさに魔王が言う。

 

 その後、魔王は恥ずかしそうに言葉を付け加える。  

 

「意地っ張りで小生意気なガキンチョに頼まれたんだよ。お姉ちゃんをよろしくってね」

 

「……そっか」   

 

 エイルの脳裏に、生意気で誰より大切な弟の顔が浮かぶ。

 

 ティトーにお別れを言えないこと、治療の手助けをできないことがトゲのようにエイルに突き刺さる。


「そしてこれを見よ!ジャーン!」

 

 表情を曇らせたエイルを元気付けるように、効果音を自分で演出しつつ、魔王がエイルに紙を見せる。

 

 それは、

 

「ニップルへの通行許可書……?」

 

「村長が特別に書いてくれたんだ。これがあればニップル行けて、なおかつギルドってところで冒険者になれるんだろ?」

 

 行くところのないエイルにとって、ニップルは最高の行き先だ。

 

 どうやら、エイルが目覚める前からこの結末は決まっていたようで、村長には一杯食わされた気持ちだ。

 

 魔王は付け加えるように、

 

「そ、それに俺はこう見えて家庭的でだな……料理とか裁縫とかけっこう得意だから役に立つし…!他にも──」

 

 懸命に長所をアピールし、なんとか旅に同行しようとしているのがまる見えだ。 

 

 先ほどまでの寂しさが嘘みたいに消え、笑みがこぼれる。

 

「魔王さんが一緒に来てくれるなら、とっても心強いです」

 

 ふと、     

 

「そうだ、名前を…名前を教えてくれませんか?」

 

「名前?」 

 

「いろいろあって聞きそびれてましたから…。それに、これから一緒に旅をするんですし」

 

「名前、ねえ……」

 

 魔王は少し考え込むような仕草をとり、

 

「……エア。それが名前だ」  

 

「エアさん…」

 

 風を操る魔王らしい名前だ。

 

「これから、よろしくお願いしますね、エアさん」

 

「ああ、よろしくなエイル」 

  

 二人は歩き始める。

 

 真っ白な少女とお人好しな魔王。

 

 偶然の出会いから始まった冒険譚のプロローグに、エイルは不安と期待に胸を高鳴らせながら、進み続けた。

 


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