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禁じられた魔法の使い方  作者: 遠藤晃
1章 風の守護者
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9話 禁じられた魔法

「うらあああああああッ!!!」

 

 叫び声が聞こえた。

 

 恐怖を無理矢理押し殺しているのだろう、震えが隠しきれていない。

 

 それでも、幼い勇者は化け物に立ち向かった。

 

「《ウンディート・アクア》!!」

 

 魔法を早く発動させるために呪文を省略する省略詠唱をすばやく唱える。

 

 省略詠唱はただ呪文を省略すればいいという訳ではない。

 

 頭の中で魔法陣を構築し、省略した呪文の分をさらに補わなければならないのだ。 

 

 非常に高度な技術であり、一歩間違えば脳に魔力が逆流して甚大なダメージとなる。

 

 最悪、昏睡したまま一生を終えたり、廃人と化すこともあるため、熟練した魔法使いでも難しい。

 

 それを完璧に、しかも村の誰よりも若いうちに取得したティトーは本当に天才なのだ。

 

「はあああっ!」

 

 大剣を大きく振りかぶり、化け物の首目掛けて振り下ろす。

 

──キィィィィン! 

 

 鉄と鉄がぶつかる高音が鳴る。

 

 だが、化け物の鋼鉄の鎧には傷一つつかない。

 

 化け物は頭をくねらせ、ティトーの剣を薙ぎはらう。

 

「ちくしょ、固すぎるだろ……!」

 

 恨みがましく舌打ちしつつ、果敢に剣撃を繰り出す。 

 

 一方、化け物もやられてばかりではない。

 

 巨体を振り回すことでティトーの剣に対抗し、ティトーの頭に食らいつこうとしている。

 

 ティトーは一度化け物から距離をとると、

 

「矢のように穿て!《ウンディート・アクア》──!」

 

 呪文とともに空中に氷塊が出現し、化け物に襲いかかる。

 

 だが、

 

「ァァァァァァァァ!!」

 

 化け物は恐れることなく氷塊に突撃する。

 

 氷塊は自慢の鱗で粉々に砕かれ、跡形もなく消え去り、化け物は勢いを殺すことなくティトーに向けて突進する。

 

「うおおおおおお!!」

 

 慌てて剣を横に振り、鋭い歯の大口を防ぐ。

 

「ァァァァァァァァ、アアアアアアアア!」

 

 剣を噛み砕こうと化け物が更に力を込める。

 

 化け物の口から唾液が滴り、ティトーの剣がじわじわ溶けていく。

 

「ちく、しょおおおお!」

 

 先が少し溶けてしまった剣を化け物の口から無理やり引き抜き、渾身の力で化け物の口に叩きつける。

 

──ボキッ

 

 軽い音と同時に化け物の歯が宙を舞う。

 

「ァガアアアアアアア!!!??」

 

 化け物が顔を振り回し、ティトーを振り払う。

 

 そのままもがき、ティトーから離れるようにして暴れまわる。同時に尻尾や頭を木に当たり、木をなぎ倒していく。

 

 すると、急に化け物が天を仰ぎ見て、

 

「─────ァァァァァァァァ!」

 

 今まで巨体に張り付いていた銀の翼が広がっていく。

 

 薄い膜のような皮が骨格を覆っており、まるでコウモリの翼だ。 

  

「なに、あれ……」 

 

 完全に開ききった翼にどす黒い紫色の魔法陣が浮かび上がる。見ているものを不安にさせる色だ。

 

 ティトーが無言で再び剣を構えた、その直後。

 

「────────────え?」 

 

 離れていた化け物が、ティトーの目の前に迫っていた。

 

 たった一瞬、ティトーは反応できなかった。

 

 そしてその一瞬で化け物はティトーの胸に向かって強烈な頭突きを繰り出す。

 

「っあ…!」 

 

 短いうめき声とともにティトーが後方に軽く吹っ飛ばされる。

 

 翼を使って一瞬でティトーに迫った化け物は更に翼を伸ばす。

 

 再び紫色の魔法陣が妖しく光り、

 

「逃げて、ティトー!!」

 

 悪い予感がエイルを叫ばせる。

 

 エイルの言葉にティトーは慌てて転げるようにして倒れた場所から離れる。

 

 その直後、化け物が一瞬でティトーがいた場所に飛び移り、極悪な爪で空を切り裂いた。

 

 間違いない、翼の魔法陣で化け物は魔法を発動させている。

 

 翼こそ魔力の源───オド。

 

 そのことには気づいたのはエイルだけではないようで、 

 

「この翼がおまえの核……!」

 

 すばやくティトーが化け物の背後に回り込む。

 

 一方、化け物はよろけながらまティトーの姿を追う。

 

 だが、

 

「《ウンディート・アクア》──!」

  

 化け物がまた魔法を発動させるよりも早く、ティトーが呪文を唱える。

 

 宙に無数の氷塊が出現し、化け物に襲いかかる。

 

「シャアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 化け物は狂ったように叫びながらを氷塊を体で受ける。

 

 数は多いが小さな氷の粒は、化け物に当たっても大したダメージにはならない。

 

 全ての氷塊が消えると、化け物が後ろにいるティトーの方を向こうと体を動かすが、

 

「ァァ?」

 

 化け物の体は動かなかった、といより動けなかった。

 

 よく見ると、先ほど降り注いだ無数の小さな氷塊が化け物の足を地面に固定し、足枷となっていた。

 

 化け物の動きは封じられたが、これはあくまで一時的なものだ。

 

「食らえ─────!!!」

 

 ティトーが大剣を振りかざす。

 

 目指すは翼の付け根、化け物が魔法を発動させている場所と肉体の繋ぎ目。 

 

 剣が当たる寸前、化け物が頭だけ動かしてこちらを見た。焦るようでもなければ恐れるようでもない。

 

 その姿にエイルはひどく違和感を感じた。

 

 不思議なことに、化け物が笑っているように見えた気がしたのだ。

 

 なによりも、

 

「(なんで……こんなに正確にティトーを捕捉できているの?目が潰されているのに……)」 

 


 今までの戦いで化け物は正確にティトーの居場所を把握し、攻撃していた。

 

 エイルの決死の攻撃は大したダメージになっていないか、眼以外に視覚を感じとることができる器官が存在するかの二択だ。

 

「(あの翼で位置を把握……?でも──)」

 

 翼で魔法を発動させ、位置を把握しているように見える。

 

 だが、あの化け物がはっきりと翼で魔法を使っていたのはティトーに反撃されてからだ。

 

 それより前にティトーを捕捉できた説明にはならない。

 

 魔王の言葉、今までの行動。

 

 これら全てがパズルのピースの組合わさり、一つの予想を組み上げていく。

 

 モンスターは知能がある。

 

 モンスターは無謀なことはしない。

 

 モンスターはオドを求める。

 

 誰も殺さないモンスターなんていない。

 

 現にセウェルスとティトーを食い殺そうとしている。

 

 エイルではなく、セウェルスとティトーを狙う意味。

 

 それは───。

 

「ダメッ!ティトー!!!」

 

 慌てて叫ぶがもう遅い。

 

 ティトーが振り下ろした大剣は狂いなく化け物の肉を切り裂いた。

 

 化け物の体から翼が切り離され、血が吹き出る。

 

 そして、

 

「っああ……あぁ……いぁ…!?」

 

 ティトーが剣を落とし、そのまま顔を手で覆う──火傷したように爛れていく顔を。

 

 化け物から吹き出た血が地に滴り、草を焦がしていく。

 

「(血も唾液と同じ……毒?)」 

 

 村人誰一人として化け物に傷をつけられなかった、それが災いして化け物の脅威を計りきれていなかった。

 

 唾液が毒であると知った時点で警戒しておくべきだったのだ、化け物が毒を有していることに。

 

 血が顔面に降りかかったティトーは顔を押さえ、痛みに悶えている。

 

「ティト────」 

 

「ァァァァァ!」

 

 エイルの叫び声に重なるようにして、氷が砕ける音が響く。

 

 化け物が足枷を砕き、尻尾を振り回してティトーを薙ぎはらい、

 

「……かはっ……あ…?」

 

 そのままティトーは木にぶつかり、血を吐き出す。

 

 皮膚は焼けたように赤く腫れ上がり、顔は血だらけ、木に当たった衝撃で腹が裂けてトクトクと血が流れ落ちる。

 

「ティトー!!!」

 

 エイルは足場が悪いことを無視してティトーの元に駆け寄る。

 

 ティトーの顔に手を当てるが、ティトーはぐったりとして動かない。 

  「……………………………………………………………………………ティトー?」

 

 生意気な弟だった。

 

 姉に対する尊敬なんて微塵もなくて、小バカにしたような態度で、何だかんだ言いつつお人好しで、エイルのピンチに必ず駆けつけてくれた。

 

 大切な弟が、血まみれで───

 

「ね、ちゃ…にげ、にげ…て」 

 

 ティトーの瞼が僅かに開く。

 

 手も足も動かせない中、口から途切れ途切れの言葉を懸命に紡ぐ。

 

 だがティトーの願いも虚しく、化け物はゆっくりと二人に近づく。

 

「わ、我の指は……」

 

 エイルは震える手で魔法陣を描いていく。

 

 ティトーの傷は深すぎて、もうアクスラピアの塗り薬を使った魔法では対処しきれない。

 

 魔法陣を描き、魔法の効果を高める方法でしかもうティトーを助けることはできない。

 

 普段なら考えられないことに、

 

「あすく、れぴおすのつ、杖なり…!癒しの、精霊よ!穢れを払いたまえ!」

 

 エイルはティトーの血を指先につけ、魔法を描いていく。 

 

 頭が混乱していたのか、意図的なのかエイルには判断がつかない。

 

 ただ、もしかしたら期待していたのかもしれない。

 

 魔王の封印を解き、マートティアに穴を開けた太古の魔法がありえない奇跡を起こしてくれることに。

 

 だが、

 

「なんで……なんで!!!」 

 

 呪文を唱え終えても魔法が発動しなかった。

 

 魔法陣は光りもしないし、魔力が消費されているという感覚もない。

 

 力こぶを魔法陣に振り下ろし、懇願するが、魔法は発動してくれない。

 

 薄々だが、分かっていた。

 

 すぐ近くに『死』が迫っている状況で冷静になどなれるはずがない。

 

 頭が混乱している中で、魔法を発動させる余裕なんてないのだ。

 

 怪物がエイルとティトーのすぐ目の前に迫る。

 

「────あ」

 

 潰れた瞳が完全に地に落ち、空洞になった眼孔から新しい眼球が出てきた。

 

 瞳だけではない、ティトーによって分断された翼も何事もなかったかのように再生する。

 

 ようやく、エイルは理解した。 

 

 最初から目の前の化け物はエイルのような『弱い』人間に興味などなかった。

 

 一気に食い尽くさず、わざと己の情報を持って帰らせ、より『強い』人間がやって来るのを待っていたのだ。

 

 人間よりもモンスターの方がオドが発達しており、魔力の単純な量ならモンスターの方が上だ。

 

 だから、モンスター以上の魔力を持つ、ティトーのような『魔法の才能がある』人間だけに興味があった。

 

 セウェルスも村で一、二を争う優秀な魔法使いだった。

 

 だからこそ、エルドスはセウェルスを信頼し、討伐隊として参加させていた。

 

 唯一の想定外は、目の前にいる化け物は人間が思っている以上にずる賢い生き物だった、ということだ。

 

 化け物はゆっくりと二人の目の前に立つ。

 

 きっと再生したばかりの目で、恐怖に怯えるエイルを見て楽しんでいるのだろう。 

 

 それでも、震える身体を無理やり引きずり、ティトーを抱き締める。

 

「……ごめん、ごめんね……」

 

 動かないティトーとセウェルス、そして戦えないエイル。

 

 無力な自分への歯がゆさと情けなさが涙となってエイルの頬を伝う。

 

 攻撃魔法も武術も使えなくて、唯一の回復魔法すら使えない。守られてばかりの自分がどうしようもなく辛かった。

 

「アア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア───!!!」

  

 化け物が甲高い声と共に唾液を撒き散らしながら口を大きく開く。

 

「ティトーを…私を、助けて───」

 

「アアアアアアアアアアアアアア!!!!!」 

 

 最期の声は獲物に興奮する怪物の鳴き声にかきけされた。

 

 目を固くつぶり、ティトーをさらに強く抱き締める。

 

 痛みと衝撃が襲い来る、その刹那。

 

──ドクン。

 

 心臓が脈打つ音が聞こえた。

 

 きっと幻聴か、自分の恐怖からくる鼓動だろうとエイルは思った。

 

──ドクン、ドクン。

 

 凶悪な牙がエイル達を噛み砕く──その直前。

 

「───え?」 

 

 まるで世界がゆっくりと動いているようだった。    

 

 たった数秒の時間が無限に伸びてしまったように錯覚してしまうほど長い時間の中、『それ』は動きだした。

 

 エイルが描いた魔法が波打って、

 

「───ア?」

 

 化け物の胸から何かが飛び出ていた。

 

 黒くて細長い、槍のような刃をもつ『それ』は化け物の心臓を貫き、先から血を滴らせる。

 

──ザシュッ

 

 二本目がさらに化け物を串刺しにする。

 

 あれだけびくともしなかった鋼の鱗が一撃で砕かれ、化け物の肉を抉る。

 

「ぁ、ァガアアアアアアア!!!???」

 

 化け物が身をくねらせ、苦しむ。

 

 木々に体当たりしようがお構い無しに暴れまわるが、黒い刃は取れない。

 

「な、なに…、何が起こってるの……!?」 

 

 ティトーが目覚めたわけでもない、エイルが何かしたわけでもない。

 

 第三者が乱入したのかと辺りを見回すが、

 

「え…な、なんで……」

 

 呪文を唱えても発動しなかった魔法陣が赤く光っていた。

 

 赤の光は強さを増し、地面に同じ赤い魔法陣が描かれていく。

 

 新しく描かれていく魔法陣は巨大で、エイルが描いた魔法陣も一つの模様となって組み込まれた。

 

 魔法陣は更に大きくなり、一昨日描いた魔法陣にまで広がると、

 

──ザシュ、ザシュ、ザシュッ!!

 

 巨大な魔法陣から黒い刃が打ち出される。

 

 三本、四本、五本……数はどんどん増え、化け物の体に無数の黒い刃が生やされていく。 

 

「─────ひ」

 

 エイルの口から空気が漏れた。

 

 化け物に食い殺される恐怖とは異なる、未知や自身の理解を越えたものに対する畏怖が身を襲う。

 

 化け物の血が舞い、鎧が砕けていく。

 

「ゥァァァァァ!アアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 悲痛な悲鳴をあげながら化け物はもがくが、刃は無慈悲に襲いかかる。

 

 全身が黒い針山のようなっても、地獄は終わらない。

 

「や、やめて……!!もうやめて!!!」

 

 耳を押さえ、目を固くつむりながらエイルは叫んだ。

 

 すると、無限に続くと思われていた地獄の音が鳴り止んだ。

 

 終わった。エイルが目を開けた途端、

 

──ブチッ。

 

 化け物が腹を中心に横に裂けた。

 

 その瞬間、化け物は絶命した。目から光が消え、断面から血が海のように溢れ出る。

 

 エイルに迫ってた『死』は消え失せた。

 

 なのに、

 

「あ…ああああああああああああああああ!!!」

 

 頭が割れるように痛い。

 

 化け物の死に様が目に焼き付いて離れない。

 

 震えと悪寒止まらない、精神が崩壊してしまうような錯覚すら感じる。 

   

「───大丈夫だ」

 

 声が聞こえた。

 

 優しくて、聞いたことのある声。

 

 その声の主に肩を抱かれた瞬間、エイルの意識は途切れた。 

 

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