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恋愛短編まとめ

今夜、僕は眠れない程の愛を抱いて。

作者: 甘宮るい



 元々、彼女は無口な人だった。僕ら周りの人間が答えを求めて、初めて口を開くようなそんな女性だった。僕は僕なりに話すのが苦手な彼女のことをわかろうとしてきた。柄にもなく、毎日のように愛の言葉を囁いた。彼女に出会ったのは、僕がまだ十九歳のときだった。それまでに何度か経験していたけれど、こんなにも自分を夢中にさせる人は、今まで居なかった。

 三年が経った今日も、それは変わらない。僕の周りは、単に僕が彼女を知りたがっているだけだと思っていたようで、2年目のこの日はとてもたくさんの友人たちにお祝いしてもらった。まさか2年も続くなんてと言いながら。面白がっているようにも見えたけれど、僕らのためのサプライズパーティーで、彼女が僕の横で小さく『ありがとう』なんていうから、僕も素直に喜んだ。

 今日も、彼女は静かだ。去年の秋から同居しているけれど、彼女は1日の間で大体20文字ほどしか話さなかった。無理には求めなかったし、彼女は愛おしいことに思ったことが顔に出る性質で、それがまた僕を夢中にさせた。無口な彼女の代わりに、そん体が話しているように思えた。僕が寝ている間の彼女の行動が知りたくて、休日の昼寝を寝たフリに変更した日の鼻歌を歌いながらお菓子を作る彼女は、卒倒しそうなくらいの可愛らしさだった。結局寝てしまって、起きたときにテーブルに置いてあったカップケーキの写真を、半年経っても僕は携帯の背景に設定している。


 今日も彼女は朝、早く起きて本を読む。5時のまだ少し暗い空と、ベランダに本を持って立つ彼女の姿は、変わらず美しい。綺麗な黒髪が揺れて、今日は風が少し強いことを知った。

 二年目のときと違って、彼女は大学で僕は仕事だ。短大を卒業した僕は司書補の仕事をしている。稼げる仕事ではないけれど、図書館司書は母が生前ずっと話していた仕事で、母が夢見ていた仕事だった。一人で僕を育ててくれた母への恩返しではないけれど、僕は司書になることで、母に褒めてもらいたかったのかもしれない。母は僕をよく褒めてくれた、僕はまだ少し寂しいのかもしれない。今はこの仕事をしていたかった。  

 それくらい僕は今この仕事に夢中になっているけれど、大学を卒業してから静かすぎる日々で少し退屈している。賑やかな大学と静かな図書館は正反対だ。最初は、大学の課題をやりにくる彼女のおかげで充実していたけれど、彼女は今週に入って課題をしに来なくなってしまった。何か悪いことをしたのではないかと(彼女の写真をとりすぎてついに怒らせてしまったのかもしれない)少し気になっていた。いや、彼女も忙しい、のだろうか。

 とはいえ、三年目の記念すべき日だから僕は薔薇の花束を用意した。ベタだ。ただ彼女も乙女なところがあるから、大丈夫だと思う。指輪が沈むシャンパンとその愛の色をした薔薇をもって彼女を驚かそうと思っていた。


 帰宅した僕は、唖然とした。身体が硬直して動かなくなるほどに、それはもうびっくりした。几帳面な彼女が、ついに奇行に走ったように見えて、段差でこけそうになるほど慌てた。普段、自分からはお酒を飲まない彼女の手には、お酒の缶が握られていた。彼女はお酒がとても弱くて、アルコール度数の低いお酒しか飲めない。酔っても泣き上戸や笑い上戸になったことは、多分なかった。1缶だけなら何か嫌なことでもあったのかと思うだけで済むと思う。彼女にだって、きっと吐き出したいような日はあるはずだ。ただ、彼女のテーブルの前にはもうその缶がたくさん並んでいた。しかも口が開いている。

 僕は用意した手荷物をソファに適当に投げて彼女に駆け寄った。

 僕を見るなり彼女は僕を抱き寄せた。それはもうびっくりする。いや、さっきよりびっくりした。3年間こんなことは1度もなかった。僕が抱きしめて、そっと手を回すような彼女だった。

「3ねん、おめでとう。りょうちゃんおかえり。ごめんね、おはなしできなくて、りょうちゃんすき、4ねんめもずっといっしょにいてね」

 記念すべき今夜、僕が彼女に驚かされた。顔を赤らめて僕にキスをする彼女はにこにことしている。付き合い始めて1度だけ寝顔に落書きをされたことがあったから、お茶目なところはあるのではないかと思っていたけど、これは想像もしなかった。お茶目どころではない、とんだ大事件を起こしてくれた彼女は、そのまま僕のタキシードに顔をうずめて寝息を立てている。

 初めてこんなに飲んだ彼女を見た。意志薄弱なはずの彼女が……。

 彼女をベッドに運んで、寝顔を写真に収めてから深呼吸をした。薔薇を瓶にいれてシャンパンを冷蔵庫にしまって、テーブルを片付ける。あまりの驚きに気づかなかったけれど、部屋は小学生の頃に作ったような飾り付けがしてあった。プレゼントらしき箱がソファーの隅にある。そして、キッチンには僕のお気に入りのオムライスの準備がされていた。置きっぱなしのスケジュール帳によると彼女は相当、今日を楽しみにしていたらしい。僕へのプレゼントを、合計12回も見に行っている。今週なんて毎日だ。


 三年目の今日、僕は初めて彼女からのキスをもらった。それ以上に大きなサプライズをもらった。普段話さない彼女はずるい。こんなことをされると僕は眠れない。

 彼女が起きたら、今度は僕が驚かそう。もう一度タキシードを着て、渾身のプロポーズを愛の篭った薔薇を抱えて、乙女で頑張り屋な可愛い彼女に今度は僕からキスをしよう。

 だから今夜はもう寝よう。きっとこれから少しずつ話すようになるだろう彼女との長い人生を想像しながら、とても素敵な夢を見るんだ。

 それなのに彼女は僕を寝かせるつもりはないらしい。

「りょーちゃん、すき」

 布団に入った僕に、彼女はそう言って擦り寄ってきた。嗚呼、こんなにも僕を眠らせない彼女はきっとここにしかいない。



ご覧頂ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 彼女のことが切々と綴られた前半部分が、後半の彼女とのギャップを上手く引き立てていますね。 お酒に酔った彼女が、本来の彼女なのでしょうね。そんな彼女が新鮮で益々好きになってしまう気持ち、いいな…
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