初めては優しくね!
自分だけが特別だとは思っていなかった。だから当然、自分以外にも此方の世界にやってきた、所謂『転移者』というやつがいることは最初から予想はしていた。
どういう原理なのか、死んだ人間が地球によく似た惑星に転移するという現象。
これが死後の世界というやつなのかは分からないが、この楽園に招かれたのが自分だけではないということは、無神論者なら誰でも容易に想像がつくだろう。
しかし、それがガチホモ野郎とは誰が想像出来ようか?
「はあはあはあ! 先っちょだけ! 先っちょだけだから! ぶふぉっ!?」
「なんの先っちょだよッ! ふざけんな、気持ち悪ィんだよ! テメエ!!!」
伊月に覆い被さるように迫ってくる向井ハルキという少年を、伊月は全力で蹴り上げる。何度も何度も。腹、喉、鼻、全て急所だけを的確に狙った攻撃だ。
「死ねええええ!!!」
バキリ。鼻の骨を砕いた音が聞こえた瞬間、掴まれていた伊月の身体が解除される。そして、手を結んでいた縄がシュルリと解け落ちていく。
伊月が十本の指に嵌めている指輪の一つ。死神のデザインをあしらった指輪に内蔵された剃刀のような超小型ナイフ。それで縄を切断したのだ。
「あ、あッ~!! いたいっいたいっ!! うげえええっ!!」
咄嗟に鼻と口を抑えたものの、ハルキはあまりの痛みに堪らず吐き気を催す。
それを見ながら伊月は考える。このまま正面から正々堂々と戦えば身体能力ではハルキには叶わないだろう。しかし何でも有りの状況ならば、ボクサーが強盗には勝てないように、伊月に勝機がある。
その思考の結果、伊月が選んだ攻撃。
「悪党の俺が言うのも何だけどよ、お前みてぇな性犯罪者は今後のためにも去勢しなきゃダメだな。つーわけで、お前の⚫玉には“一人っ子政策”を実施するぜ」
伊月の手が下から大きく振りかぶる。狙ったのはヤングコーンの植林された農場だ。そのバミューダトライアングルを何の容赦もなく殴り付ける。
「うわああああああ!!!」
獣の雄叫び。
通常、男が金的狙いをするときは無意識の内に攻撃を緩めてしまうのが常だが、伊月にそれはない。
手加減どころか、鋭利な指輪の刺を利用して局部をズタズタに引き裂こうと回転を加えて打ち込んだのだ。
結果、ヤングコーン農場にハリケーンが到来。
ビチャリ。
「うぇ!!? 汚え! 変な液体が飛び散ったぞ! どうすんだよこれ!」
蹲るハルキと、立ち尽くす伊月。
「やめて……もうごめんなさい……ぼくの負けでっ……!」
気絶しかけながら、ハルキはとうとう負けを認める。しかしそんなものは伊月に関係ない。
『敗者は殺せ』
これが外道家の家訓だ。
伊月は汚れた手を近くにあった布で拭うと、憂さ晴らしのようにハルキの顔を蹴り上げる。
「うがぁっ!!?」
前歯がへし折れ大量出血の雨が降り注ぐ。今度こそ完全に意識を失い床に倒れたハルキを尻目に、伊月は真っ直ぐと建物の外に向かった。
辺りは既に暗くなっていたが、『詮索』スキルを使って周囲をくまなく探す。しかしその意味は殆どなかった。外に出てから近くの丘に目をやると、そこには自らの使い魔たちが何もせずに立っていたのだ。
「き、貴様らッ……」
待機の命令を出していたせいか、使い魔たちは敵に対して何の行動も起こしていなかったらしい。もしもこれが普通の人間であれば戦うなり、呼び止めるなりするはずだが、彼らには意思がない。
まるで一昔前のポンコツAIのように命令だけを待って行動する。その明らかな欠陥ともいえる弱点が今回露呈してしまった形だ。
伊月のMPを大量消費してまで造った戦力が、ただのでくの坊と化したのである。
「おい、オスロ! てめえはちょっとは知能があるんだろ? 何で何もしねえんだよ? あん?」
「???」
声を掛けたオスロは、理解が出来ないというような顔で首をかしげる。結果、主の言葉を無視するということになる。
「てめえ……言葉まで失ったか? 何でなにもしなかったって言ってんだよ」
「ajfxkなfjkcたosjg!!!」
「は?」
突然、オスロが意味不明な言葉を叫び、伊月は呆気にとられる。流暢ではなかったが、確かオスロは会話が出来た筈だ。それがこのような馬語を話しだしたのだ。
「dkslsちpjdkdけ!!」
「お、おいおい。何言ってんだ、てめえよ……叛逆か、叛逆のつもりか……!!?」
伊月は瞬時にあらゆる可能性を叩き出し、自らの思考を回転する。可笑しい、何かが可笑しい。
いや、オスロが可笑しいのではない……。
辿り着いた結論を確かめようと、スキルを発動する。
「情報……」
שם: איטה איקי
גזע: אדם (דם טהור)
Lv: 11 (477/2400)
HP: 256/256
MP: 42/1328
מיומנות ספציפית: "זימון יצירה" Lv 1
מיומנות: "שמאי" Lv 10 "אינטרס האנושי לתפוס" Lv 1 "סוחר" Lv 1 "סיף" Lv 1
מג 'יק: "זיהום נפשי"
התנגדות: "עמידות הדברה" Lv 1
מצב: רגיל
「何だ……この文字は……」
この世界に来てからというもの、見たこともない文字や言語が不自由もなく使えていた。それは『世界言語』というスキルが在ってのことだが、別段気にはしていなかった。
しかし、今まで困ったこともなく読めていた文字が読めなくなり、その不便さに硬直する。
『スキルテイカー』
向井ハルキが使用したその能力により、伊月は言語スキルを奪われてしまったのだ。そうなれば日本語と英語を話せる者としか伊月は意思の疎通が出来ない。
その恐ろしさに気付いた伊月は直ぐに建物の中に戻り、向井ハルキからスキルを取り戻そうと奥のキッチンへと駆け込む。
薄暗い部屋の中、伊月の乱れた呼吸だけが繰り返される。しかし、その目前では信じられないような事が起きていた。
「いない……! 何処だ、何処に消えやがった……!?」
さっきまで気絶していた筈のハルキがいない。血痕だけは床に散っていたので、そこにさっきまでいたことは分かる。それを辿るに、窓から逃げたらしい。
そこへ聞こえてくる突然の足音。馬の蹄が遠くへと駆けていく音だ。
「や、やられた……だと……この俺が……?」
上手く逃げられた。
伊月の使い魔たちには言葉が通じないので、命令が出来ない。しかし、もう馬はこの村にはオスロ以外には存在しない。
つまり、追い付く事は出来ないのだ。
「あいつ……殺す……絶対殺す……」
伊月は憎悪に顔を歪めると、相手の行き先を考える。いや、考えるまでもない。この草原の奥には山脈が聳え立ち、大国への唯一の通り道は、谷の間に繁栄するファルシ公国だけだ。
やつはそこに行く筈だ。そこでやつからスキルを取り戻す。必要なら拷問を加えて痛め付けてやる。
それまでは徒歩で向かわなければならないだろう。
「クソガァァァァァ!!!!!」