貞操の危機!
「しかしお前、随分とデカいな」
比較的背の低い方である伊月ではあるが、目の前の大男は地球上のどんな人間よりも大きかった。その半人半馬の巨漢は一目で硬く雄々しい印象を見た者に与える。
伊月は好奇心に駆り立てられ、直ぐにステータスを覗いた。
「情報」
名前: オスロ
種族: 亜人 (ケンタウロス)
Lv: 5(420/960)
HP: 290/290
MP: 150/150
固有スキル:なし
スキル:『魔言語』Lv2『槍術』Lv2『弓術』Lv3『狂化』Lv1『戦術』Lv1『馬術』Lv3
魔法:『肉体強化』Lv1
耐性:『創傷耐性』Lv1
状態:従属 (ゲドウ イツキ)
(馬のくせに馬術を持ってるのか……)
どうでもいいことだが、下半身の馬の部分はスキルが無いと歩くことすら出来ないのであればとんだ欠陥生物だ。
まあ、造ったのは俺なんだが。
しかしオスロのスキルはほぼ戦闘に役立つようなものしかなく、彼が戦線を率いていくのは言わずと知れたこと。
もしもこれで戦いに弱かったら焼却処分してやる。
「オスロ、俺は今からファルシ公国に向かう、着いてこい」
「ハッ! オ供シマス!」
それから一時間と少し、伊月はアルト高原の最北端に向かって走っていた。とは言っても走っているのはオスロで、伊月はその上に跨がっているだけだ。しかしその乗り心地はキャデラックの比ではない。
「おい!! てめえ!! もう少し静かに走れねえのか!! 馬刺しにすんぞ!!!」
「スミマセンッ!!!」
都会育ちの伊月は馬に上手に乗る方法などは勿論知らず、オスロにとっても人を乗せたのは初めてだ。まともな馬具もない中では、これが限界である。
(はあ……ファルシは北にあるそうだが、地形からいって山岳か? 谷の間にあるようだが……)
伊月は不味そうに干し肉を囓りながら、地図をしまった。不意に視線をオスロの後頭部から、大自然の景色に移すと遠くの方に建物が見える。
「おっ? ありゃなんだ?」
「アレハムラデス」
「………」
……こいつもう少し流暢に話せないのか?
まあいい、問題はあそこに人が居るかだ。居るなら居るで人は素材にして、金目のものが在れば略奪すればいい。あとは食料と水だ。
見たところ建物はルメル族のゲルとは違うので、最低でも井戸はありそうだ。
村に近寄ると、その手前で伊月はオスロから降りる。
「お前はここで待ってろ」
そう言い、オスロや他の使い魔たちを待機状態にさせて一人だけで村に入る。時刻は既に夜になりかけており、周囲は薄暗い。黒髪の伊月であれば目立たずに行動することが出来るだろう。
こういう発展していない田舎では起床時間が早い分、就寝時間も早い。だから上手くいけば寝首を掻くことが可能なのだ。
戦いを避けて、いつも使い魔たちに殺らせていては、いざとなった時に対応出来なくなると困る。そのため伊月は自らの手で襲撃に出たのだ。
しかし、
(いない……のか……?)
村に入ると奇妙な違和感を感じる。人の気配がまるでしないのだ。藁で出来た窓を覗いても、裏庭に入っていっても。
「いねえ。一人もいねえな」
伊月は目の前の木製のドアを蹴破ると中に押し入る。部屋は小奇麗で、まるで最近まで人が住んでいたような気さえする。
しかしよく見ると、床やテーブルには僅かに埃が溜まっており、この家の住人が暫く帰っていないことが分かる。
(埃の溜まり具合からいって、一週間、いや二週間は帰ってないな……)
伊月は警戒はしたままで家の中を物色し始めた。キッチンと思われる場所で戸棚を広げて食料を探す。
伊月はこの世界に来てから干し肉と人肉しか食べておらず満足な食事が出来ていない。そのため、調味料をふんだんに使った現代の料理に飢えていた。
最低でもスパイスか胡椒、蜂蜜や砂糖等の甘いものでもいい。兎に角味のあるものが食べたい。伊月は夢中になって探していると、背後から影が伸びてくる。
それに暗殺慣れしている伊月が気付かない訳がない。
(しまったっ! 敵だ……!!)
咄嗟にナイフを構えて臨戦態勢をとる。しかしそこに居たのは───
「あれ、おかしいな。全員殺したと思ったのに」
伊月と同じ黒髪黒目。
そして現代にしかないであろう洋服を来ていた。年齢は中学か高校生くらいの幼げな印象を受けるが、表情からは伊月と同じ類いのものを感じる。
「スキルテイカー」
少年はそう呟くと、あっという間に伊月の背後に回り込んだ。そして床に伏され口を塞がれる。更に目の前にはナイフが突き付けられる。
「あらら、これハズレじゃーん。せっかく結構な量のMP消費してるんだからさー、もうちょっといいやつくれよ!」
少年は情報を展開して何かを確認して落胆しているようだが、状況が掴めない。
「次の発動までクールタイムがあるのによぉー!」
(なにを……言ってやがる……!!)
伊月はそのままの体勢で縛られると、ナイフを取り上げられる。これでは動けない。伊月は戦略を変えて『掌握』することにした。
「てめえ……日本人だな。何処の出身だ?」
「は? お前にそんなの関係ないだろ」
「いや、あるね。俺は転移者たちを集めているからな、仲間が大勢いる」
当然ハッタリだ。
「ふーん、それって外にいたキメラのこと?」
(ナニッッ!!??)
オスロたちが負けたと言うのか!?
俺の最高戦力だぞ!?
「い、いやあれは俺の使い魔たちだ」
「ってことはさ。スキル持ってるんだ」
何かいやな予感がする。
「じゃあ仲良くしよう。俺は向井ハルキ。出身は千葉県だ」
(ド田舎じゃねえかッ!!!)
ハルキは伊月の顔をじっくりと舐め回すように見ると、突然しゃがみ込む。精々十代くらいの子供の割には、中年染みたジロジロと嫌らしい視線をこちらに向けてくる。
「あ、よく見たら結構可愛いじゃん……」
(キ、キモイッッ!! こいつ……気持ち悪いッ!!!)
そして今度は伊月の太股を意味もなく撫で始めた。言うまでも無く無許可であるが、それが当然かのように振る舞っている。
「ねえ、俺の彼女になってよ。そしたら見逃してあげる」
(死ね、氏ねじゃなくて死ね)
「これで俺たち恋人だねえ、じゃあ早速───」
ハルキはカチャカチャとベルトを外していくと、ズボンを脱いでいく。そしてパンツに手を掛けると、一気に下にずり落とす。
ポロン………
「ヤングコーンかな?」
「え……?」
ハルキは驚くほどの短小だった。あれでは伊月の小指にすら満たないだろう。
「いや、何でもない」
「………今度はそっちが脱いでよ」
「縛られてるのに脱げるわけないだろ」
「あ、ああ、そうだった。じゃあ俺が、ぬ、脱がせるね……」
(許可なんか出してねえだろボケ。しかもこいつ絶対童貞だ。粗⚫ンにもほどがあるぞ)
ハルキは伊月のスーツに手を掛けると、ゆっくりとボタンを外していく。その間生唾をゴクリと飲むような仕草までしている。
(やだ、こいつ……キモすぎる……)
そしてあっという間にシャツのボタンも外していく。
「なんだか、男の子みたいな格好してるね……似合ってるから良いけど……て、あれ? ブラしてない……いや、胸がな……」
男に胸が在るわけねえだろ粗⚫ン野郎が。
ここで伊月はようやく一息をつく。
(はあ、やっとここまできたか……相手が局部を晒して油断している状況に追い込んだ。あとはやる必要はないが一応やっとこう)
伊月が言った。
「残念でした! 俺は男だぜ、粗⚫ン野郎!!
セッ⚫ス出来ませーん!!! けけけけ!!」
「…………」
ハルキは呆気にとられたように固まっている。そりゃそうだ、女だと思ってたやつが男だったのだから。
次第にプルプルと震えだし、唇を噛み締めている。
「いい………」
「は? なんだって? 今なんて言った?」
「別に良い……」
「何が良いんだよ? 騙されたのは別に良いってか? 優しいんだな、くくく」
「別に良いよ………
男にも穴はあるから」
うそ………だろ…………