異文化交流!
アルト高原の北東に位置する四十名ほどの人々が暮らす集落。彼等は各地に散らばるルメル族の中でも、数百年前の原形に近い生活スタイルを変えていない。
故に、彼等を“原始人”呼ばわりする伊月は、強ち間違っている訳ではない。
ただ、この世界では全体的に近代化は進んでいないので、ルメル族が悪いわけではなく、産業革命が起きていないこの大陸が原因だ。
それを知ってか知らずか、外道伊月は悪辣な表情で笑い、集落から離れて観戦する。
「アァーーー! アァーーー! アァーーー!」
夕暮れ時、正体不明の化け物の大群に突然の襲撃を受けたルメル族は、剣や弓を取り果敢に戦った。全ては家族のため、一族を守るために命懸けで戦った。
しかし、その差は歴然である。
ルメル族の戦力は子供と女性を覗けば僅か十四名。対して獣の群れはその十倍以上。一人で十匹以上の相手をせねば成らず、それに加えて連携を取ってくるのだ。
獣たちには理性がなく、代わりに主人から与えられた「蹂躙せよ」という命令だけが存在しているため、攻撃コマンドだけをひたすらに実行していく。
魂のない薄汚れた獣たち。
彼等は死を怖れず、命乞いにも耳を貸さない。
それから僅か、小一時間の間、ルメル族は一方的な虐殺に晒されていた。
「くくく……胸がすくようだ。これを俺が? 俺がやったのか? あははははははっ!!!」
伊月は火の手が上がる集落に入ると、初めて冒険をする子供のように無邪気に散策する。見渡す限り、ルメル族は老若男女問わず、身体を無茶苦茶に潰されていた。
村の中央では『フルダ』とその父親が、村長の肉を喰らって悪臭を撒き散らし、その傍らでは、どこで覚えたのか、祈祷師が建物の突起部分に吊り下げられており、顔を血が滴って血の池を作っている。
さながら戦利品だと言わんばかりのそのオブジェを、伊月は横から覗きみる。
「一体誰がやったんだ? お前らにこんな思考回路が存在するのか、ナァ?」
「ソレハ、ワタシノ」
「は?」
応えたのはフルダの父親であるウニクだ。だがそれは、主人を差し置いて、所有権を主張するという奴隷にあるまじき発言だ。
伊月が顔を歪めるには十分な理由である。
「おいおい! お前は何言ってんだよ!」
伊月の手から放たれたナイフ。元々は貧弱で、野球ボールすらも満足に投げることが出来なかった肉体は、レベルが上がるにつれ強く早くなっている。
今や11レベルになった伊月は、プロリーガー並の豪腕を誇っていた。
ナイフはウニクの顔を抉り、彼の頭肉を吹き飛ばす。
「ウオゥゥゥゥ!!!」
───これは一体どういうことか。
使い魔は絶対的な従属をするものだと思っていたが、どうやら違うらしい。
仮説ではあるが、こいつは生前、俺に対して怨みを抱いていた。それが死後も反映されているのでなかろうか。そう考えればフルダが従順でウニクが反抗的なことにも説明がつく。
薄くではあるが、生前の性格や思想が使い魔になっても残っている可能性はある。であれば、少しだけ厄介だ。人間を下手に混ぜれば、俺に反抗的な使い魔が誕生することもあり得るからだ。
「うーん……」
伊月は考える。
どうすれば、従順で尚且つ有能な兵隊を造り出すことが出来るのだろうか。どうすれば、人間の自我を抑えて機械のような兵士を造れるのか?
答えは『認識』だ。
その昔、大学で講義をとったとき、自我心理学の教授がいたので話をしたことがある。伊月の専門はあくまで経営学なので聞きに徹したが、彼は「自我とは認識である」との結論を出していた。
つまりは自己と他者との区別をつけることで、初めて自我という自尊心を確立することが出来るのだと。
ならば───
「くくく……勉強はしておくものだな……」
もしも大量の自我が一遍に同じ場所に集まったとしたら、それは最早“個”ではなくなる。どれだけ反抗的なやつが居たとしても、十人に一人、百人に一人であれば、その自我は薄く平べったいものになる。
どんなに強烈な個性であっても、平均化という均しの前では無個性という名の個性となるのだ。
「ありがとう、教授。貴方の話は有益だったよ」
伊月は使い魔たちに死体を集めさせた。人々に加えて、彼らが飼っていた馬のような生物もその対象だ。集落の中央に、全員分の遺体を折り重なるようにすると、そこにMPを流し込んでいく。
現在の伊月のMP総量、数字にして1328。その全てをつぎ込んで『創造召喚』を行う。
しかし、突然の目眩。
「うげえぇぇぇっ……!?」
MPの大量消費に伴う強烈な倦怠感と猛烈な吐き気。伊月はそれを初めて知った。MPとは、常に人間の肉体を覆う膜のようなもの。
この世界では、ほぼ全ての人間がそれを持ち、無意識のうちに魔素毒から身体を守ったり、補助の役目等に使われているのだ。
地球で云えばオゾン層が役目を果たさず、有害な紫外線を直接全身に浴びせられているに等しい。
伊月は地面に倒れて這いつくばると、身体を捩って不快感に耐える。
(どうすればどうすればどうすればどうすれば!)
追い詰められた伊月が、本能的に選んだのは食事である。
まだ完全に出来上がっていない使い魔の一部分、液状化しかけている人間の肉を引きちぎり、無理やり口へと運ぶ。
生臭い肉を咀嚼して飲み込むと、漸く気分が落ち着き始める。
「は……はは。死ぬかと思ったぜ……」
その呟きのあと、ゆっくりと立ち上がると、一張羅の黒スーツの埃を手で払いのけ、視線の先のブツを捉える。
「よう、お前のせいで死にかけたぜ」
「申シ訳アリマセン、主サマ」
背の丈、優に四メートルを越える巨漢。頭髪はバーバリアンのように無造作に伸び、その瞳孔からは戦士特有の鋭さが伝わる。
そして彼の最大の特徴は、彼の肉体を支える四本の巨足、四つの蹄だ。上半身は武人の肉体そのもの、下半身は馬のようになっており機動力の高さを窺わせる。
ギリシャの伝説上に存在する魔物。
彼は正しく、半人半馬である。
「お前は特別製だからな、名前を付けてやる。オスロってのはどうだ?」
「有リ難ク、頂戴致シマス」
何の因果か、その名前はファルシを作った大英雄と同じ名前であった。