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外道が往く!  作者: 論田リスト
アランドール侵略編!『ハラペコ・ヌエバ・ヘネラシオン』
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異世界料理を食べよう!

 役人殺しをした20分後。アスラたちは冷や汗を搔きながら足早に移動していた。伊月と全財産を乗せた2台の荷車はアーバンモローの貧民街近くを目指して進む。目的地はヴェストの民とタナト人の交流があるエリア、バスカル地区という場所だ。


 元々は貧民街が出来る前の収容地区だった場所だが、50年前ほどからヴェストの民の貧困層が住み着き始めた。彼らは大半がタナト人と仲が悪く、見下す対象としてタナト人を見ている。


なので同じ住民同士でありながらしょっちゅう諍いを起こしている。


 貧民街ほどではないが治安が悪く、犯罪者が多くいるこの地区は、違法入国者である伊月たちにとっては絶好の隠れ場所だった。


 15分ほど走っていくと〈ようこそバスカル地区へ!〉という看板を見つけたが、酷く錆びついておりアラフ語でさまざまな汚い言葉で落書きされていた。どうやら治安が悪いのは本当らしい。


「はぁはぁ…着きましたよ、イツキの旦那…!」

「なんか空気がピリピリしてるな」


「そりゃあもう、貧乏人が多いですから…!」


 息切れを整えるように大きく息を吸いながら話すアスラ。一方、伊月は四方八方から飛んでくる視線にイライラしていた。


というのもそのほとんどは好奇心ではなく、よそ者への敵対心から来ているからだ。まるで刑務所の中にいるような閉鎖感を感じる。

 

「イツキの旦那、外ではなるべく肌は隠してください。異邦人はいるだけで目立ちます」

「まあ、しょうがねえな」


 そういって伊月は頭に息苦しい布を被り、肌が見えないようにした。まるでイスラム教徒の女のようで違和感を覚えるが、しばらくの我慢だ。


「荷車は一度、安全な場所に届けてから動きましょう。バラガ、セナン、荷車を叔父の家に運んで」

「叔父だと? 信用できるのか?」


 アスラはその言葉に表情を陰らせると、ゆっくりと口を開いた。


「…叔父は一人で暮らしている聾啞者です。文字通り死んでも口は割りませんし、万が一金を盗っても満足に

使うこともできません」

「その言葉自体に偽りは?」


 伊月は既に結果が分かっていたが、敢えて聞いた。

アスラの誠実性がどの段階にあるのかを見極めるためだ。


「ではこれを貴方に差し上げます…」


 そういってアスラは服の下に隠していたロケットを取り出して、伊月に突き出した。古ぼけたそのロケットはお世辞にも高価な品物には見えないが、重要な物だということは一目で分かった。


「これは?」

「母の形見です」


「そうか、別にいらねえ」


 あの時、フラッシュバックが起きた理由が分かった。似ているのだ。アスラは伊月の妹に似ている。無論容姿は異なるが、何処か遠くを見つめているような仕草が妹にそっくりだ。


 伊月の母親である清華は、伊月の妹を生んだ時に力尽きて死んだ。外道家の人間は生まれつき身体が弱く、元々寿命が少なかったこともあり、そこで死んだことには何の迷いもなく当然だった。


 しかし妹は成長してから、母親が死んだのは自分のせいだと思ったのか、伊月に対して卑屈になっているように見えた。だが奇妙なことに成長するにつれて、段々と母親とそっくりになっていったのだ。


 遺伝子を引き継いだとしてもあり得ないレベルで似ている。というよりは似せていた。母親と同じ口紅を使い、母親の使っていた車椅子に乗り、母親と同じ松葉づえを使う。挙句の果てには母親と同じ武器商人になった。


 伊月の妹、外道陽奈(ヨナ)はあまりにも清華にそっくりだった。

決して届かない母親の影を追う瞳が妹と重なる。だからアスラは似ているのだ。


「そうですか、信用して頂けましたか?」

「くくく、もしも俺を騙せたらお前は世界一の名優だよ」


「騙しませんよ、貴方は僕らのボスですから」


 

◇  ◇  ◇



 その後、荷車とほぼ全ての財産を預けてきたバラガとセナンが戻ってきた。伊月はしばらくバスカル地区を拠点にすることにしたので、この町で宿をとる。低所得者の犯罪者(クズ)がちょっかいをかけてこないように比較的静かな宿だった。


 店主は腰の曲がった老人で、ヴェストの民らしいが、アスラたちのようなタナト人を見ても嫌な顔はしない。そこが気に入った理由の一つだ。


「お爺さん、新鮮な肉はあるかい? この人に一番おいしい料理を食べさせてあげて」

「あいよ、少々待っててね、今作るから」


 一回にあるレストランで広い円卓上のテーブルを囲む伊月とアスラたち。しかし謎のお香の匂いがして、伊月は落ち着かなかった。


「なんか寺みてぇな匂いするな」

「そうですか? ああ、もしかしたら薬草の匂いかもしれません。ヴェストの奴らはやたらと料理に薬草を混ぜるんですよ」

「旨いのか?」

「基本まずいです」


 まずいのかよ……。伊月は怪訝な表情をしながらテーブルに置かれたグラスを見る。赤い色の液体が注がれている。ただの水ではない、お茶だろうか? そう思っていると、バラガが口を開く。


「それはお茶でやんす、見るのは初めてでやんすか?」

「お茶くらい知ってるでやんす」


と、バラガの話し方をマネする伊月。それを聞いたバラガは首をかしげて言う。


「急に変な話し方してどうしたでやんすか?」

「なんだァ、てめェ……」


 そんなことを言っていると老人が調理してきた料理をテーブルに並べだす。緑色の野菜炒めのような香草料理、赤茶けた羊肉の煮込み、そして白いドロドロとしたスープのような料理。ひと先ずはテーブルを埋め尽くすような量の皿が並び、木のスプーンと二股のフォークが配られる。


「おい、このゲロはなんだ?」


 伊月の目の前に置かれた白いスープのようなモノは、中に溶けた団子のようなブツが入っている。そしてお酢のような匂いと少し黄みがかかったソースは吐しゃ物を連想させた。


「だ、旦那? それはゲロじゃなくて、マトゥマトゥですよ……」

「いや、どうみてもゲロだろ?」


「やめてください旦那! それはヴェストの連中の大好物です、爺さんに聞こえたら怒られますよ!」

「でもどっちかって言ったら?」


「ゲロにしか見えません……」

「な?」


 それからマトゥマトゥをバラガに押し付けて他の食事を食べた伊月。羊肉だけはまともな味だったので美味しく食べれたが、香草の方はダメだった。カメムシの親戚のような味がした。


 食事をとって体力を回復させた伊月は一人、部屋に向かいカギを閉じる。時刻は昼を過ぎ、夕方に差し掛かろうとしていたが、少し疲れが溜まっていた。朝からずっと歩いていたので汗も掻いたし、この異常な暑さは街中でも健在だ。


 下の井戸から汲んできた水を桶に貯めて布に浸す、それを絞って体を拭いていく。この世界では見た限り風呂がないので体を綺麗にするのはこの方法しかなった。少し温くなった水ではあるが、汗を流すのは気持ちがいい。


 粗方身体を拭き終わり、さっぱりしたところで視線に気づく。窓の外から聞こえる息遣い。ここは二階で窓からこの部屋を覗くことは隣の部屋からつたってくることでしか不可能だが、例外も存在する。壁を凍らせて、接着剤替わりにしてよじ登ったこの186センチの巨体。


こんな芸当が出来るのは世界でもただ一人だ。


「お前……」

「はぁはぁ、伊月くぅん!」


氷ついた手を放して、一生懸命に手を振る緑髪の化け物。

窓の外には蘇我蛭子(へんたい)がいた。



〈マトゥマトゥ〉

小麦とガトの実の粉を練って作った団子を煮込んだ料理。

ソースにトウモロコシのスープをかけているが塩分が非常に多く美味しくない。

しかしヴェストの民にはなぜか大うけ。



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