アーバンモローに入ろう!
眩いほどの太陽がギラギラと照り付けるお昼時。広大な砂漠を早朝から歩き続けてたどり着いたのは湖のように巨大な川だった。エジプトのナイル川のように、巨大で栄養豊富な土壌を運んでくるこのムカロ川は、アランドールという大国を支える柱だ。
水があるところに文明が栄え、人が人を呼び国家として形成される。アーバンモローという都市は巨大河川によって繁栄を約束されていた。
「なぁアスラ。この都市は一体何人くらい住んでいるんだ?」
「いい質問ですね、アランドールは総人口400万人の超国家、そしてその王都であるアーバンモローには150万人が住んでいるとされています」
「ふーん、そこそこだな」
「え、150万人がそこそこ……?」
―――そうか、人口爆発が地球で起こったのは産業革命後、肥料を開発してからだった。この世界で150万人の住む都市なら十分に大都会と言えるだろう。それに150万人といえば、ちょうど京都市と同程度の人口だ。つまりはほぼ京都みたいなものだ。
「にしても下水やらはちゃんと完備してあるんだろうな?」
「げ、下水くらいありますよ! 僕たちのことなんだと思ってるんですか!」
そういってアスラは赤面する。
良かった、どうやら原始人スタイルではないらしい。
「そういやお前ら何もんだよ?」
伊月が尋ねるとアスラと一緒に盗賊をしていた三人が答える。
「俺はゴッゾ、刃物の手入れとかが得意です」
ゴッゾは布をバンダナの様にして、顔に巻き付けた青年。肌は浅黒く、体格はがっしりとしてはいるがまだ発展途上という印象を受ける。生真面目で職人向けのような仕事が向いているように思える。
「僕はセナン、力はないけど道具作りなら何でもできるよ!」
セナンは体が細く少し華奢な印象を受けるが、伊月ほどではない。かなりの長髪で髪を編み込んでかきあげているようだが、それを止めるために銀色のピンのような装飾品であしらっている。これは自分で作ったのであろうか?
「あっしはバラガでやんす。特技は特にないでやんす」
よし、お前は死んどけ。
「よく聞けお前ら、これから俺は自分の金を作らなきゃならねえ。お前らこの国の住人なら宝石商とか両替商とか知ってんだろ? 案内しろよ」
そういった伊月に、アスラはバツが悪いという表情で言う。
「イツキの旦那。僕たちはタナト人で、都市の連中は僕たちタナト人とはまともに商売はしてくれません…。恐らくイツキの旦那も相当ぼられるでしょう」
伊月はそれを聞いて手を叩きながら笑った。
「あっはっは! なんだよそりゃ! 馬鹿じゃねーのか!」
幼い頃から、武器商人である母親から商人としての英才教育を受けていた伊月にとっては、商売をする相手など誰でもいいのだ。問題は相手が金を持っているか、いないかであって、相手の人種なんぞはどうでもいいことだ。
アランドールの人間は自分にとっては敵にはならない、と伊月はその瞬間に確信した。宗教や人種、国籍は商売人にとっては外っ面だけを気にすればいいもので、それに縛られるようなアホはド三流だ。
そんなやつらが相手なら、メダカの水槽に鯉を放流するようなもの。
故に伊月にとって現地人は相手にもなりはしない。
「構わねえ、場所だけ教えろよ。フェアトレードしてきてやるから」
アーバンモローは砂漠に聳える巨大な都市。巨大な河川にそって幾つもの建物が作られている。ほとんどが石を削りだして作られた家で、美しい白いレンガが積み重なっている。この建築法は地球で云えばイスラム建築、今のイランにあるモスクのような印象を受けた。
大自然の砂漠に優美な都市、アーバンモローとはタナト語で〈豊かな大地〉という意味だ。荷車を引きながら都市に入ろうとすると関所が見えた。それは現代で云えば税関のようなもので、表向きには違法な商品や税の高い品物を不法に持ち込むのを防ぐ役割などを持っている。
しかしそこに務める関所の役人は裏の顔も持っている。いわば密入国者や違法な品物を見逃す代わりに賄賂を貰い、小遣い稼ぎにしているのだ。4人のタナト人は俯きながら歩き、関所の前で列に並ぶ。前にいたのは別の荷車のキャラバンでこの都市に今から入るらしい。
それを馬車の中から観察する伊月。一見すると何事もなく手続きが進んでいるが、よく見ると役人に何かを手渡している。顔を横にずらすと、真横にいたアスラに尋ねる。
「アスラ、賄賂の相場は?」
「荷物によりますが、銀貨6枚は払った方がいいでしょう。昼の担当者はがめついですからね…」
「ふーん、お前なら値切れるか?」
「む、無茶言わないでください。やつら、賄賂払わなかったやつは難癖つけて牢獄にぶち込むんですよ」
「くくく、随分と野蛮じゃねーか」
数分後、二つのキャラバンが関所を通り、伊月たちの荷車が前に進む。
「よしそこで止まれ」
役人が言う。
「この荷車は誰のものだ?」
「俺のものだ」
そういって伊月が荷車の奥からヌッと顔を出し、荷車から降りてくる。役人の男はそれを見て息が止まるほど驚いた。異邦人、見るのは初めてではないが、あの連中とは人種が違う。だが驚いたのは異邦人が突然やってきたことではなかった。
真珠のように白く輝く肌、美しく絹のような光沢を持った髪。今までに見たことがないほど可憐な異国の美少女。服装は何故かルメル族の男装ではあるが、一目見ただけで、貴族か王族に名を連ねる特権階級の人間だと分かった。
こいつは上玉だ。そう思い役人はゲスい笑みを浮かべると伊月に近づいていく。
「―――おっと、そこで止まれ」
伊月の京都人センサーは正確に役人の本性を捉えていた。こういうタイプは自分より下だと見たらとことん絞り取りにくるタイプだ。故に調子に乗らせてはならない。
「む、貴様私に指図するつもりか? 異邦人の分際で生意気だぞ」
「土人の分際でうるせえな、殺すぞ」
「なっ!」
突然の殺害予告。これには傍で見ていたアスラも焦った。役人の後ろでは槍を構えた兵士たちが伊月に刃を向けている。明らかに緊急事態だった。
「イ、イツキの旦那!?」
話が違う、こんなところでもめ事を起こすなんて思わなかった。アスラは急いで役人と伊月の間に割って入り、役人の怒りを鎮めようとした。
「き、貴様今なんと言った!」
「ち、違うんです! 彼はまだアラフ語が上手じゃなくて! 誤解なんです!」
「ぶち●すぞ」
「イツキの旦那ァァァ!?」
アスラの叫びを皮切りにタナト人たちの盗賊団は武器を構えた。最早どう弁明したところで、聞き入れては貰えないだろう。ならば戦うしか道はない。その矢先である。後ろから猛スピードで走ってくる黒い塊が一つ。
馬の蹄の音が、乾いた砂漠に響き渡る。巨大な体躯は遠くからでもかなりの威圧感を放ち、誰もが視線を釘付けにする。あれは―――
「やれ」
「御意」
オスロが薙ぎ払った大槍は、一撃で役人の身体をバラバラに引き裂いた。続いて奥にいた兵士たちも突き刺して紙切れのように裂けていく。僅か20秒に満たない時間で関所を壊滅させたオスロ。あまりの戦力差に、まともに勝負にもならなかった。
「む、無茶苦茶だ……」
「やべえよ…やべえよ…」
「殺しちゃった…」
「強すぎるでやんす!」
そこから伊月は門に向かっていき死体の回収を始めた。
「ぼさっとしてんなよ、お前らさっさと金目のもん取って来いよ」
バラバラになった役人の左足を持ったままそういった伊月に逆らえる訳もなく、関所に有った賄賂を全て回収し、急いで荷車に乗せる。それが終わる頃には伊月のポーチには肉塊キューブが一つ増え、アスラたちは追われるように都市へと入っていった。
栗松、3歩先!!