街を守るいいカルテル!
世界で最も恐ろしい組織とはなにか。
ある者は中央情報局だと答える。
またある者はロシアの政治マフィアだと答える。
しかし、メキシコという国では誰もがこう答える。
「カルテルが一番恐ろしい」
無秩序かつ究極の暴力を振りかざす彼等はまるでスペイン人の征服者のように残虐で容赦がなかった。ある日突然友人を殺され、家族を殺されバラバラにされた死体が庭の中に投げ込まれる。警察もカルテルと繋がっており、通報しただけでカルテルから報復を受ける。
国そのものが、無法者によって支配されたのだ。
ドラッグマネーによって彼等の戦力は日に日に増していき、ついには軍隊をしのぐ組織が誕生した。メキシコ中部に位置する町グアダラハラ。そこで誕生した元警察官がボスの組織『ハラペコ新世代』だ。最新鋭の武器をそろえ、アメリカ人の軍隊すら手出しの出来ない無敵の殺戮軍。
その組織を率いていたのは二人の兄弟だった。
〈エル・ムーチョ〉アウレオ・ファン・クレメンス
〈エル・リブロ〉ダリオン・カロ・クレメンス
そこに幼馴染のナバーロ・カッツァオを加えた組織がことの始まり。あまりにも強欲で金に目がなかったアウレオとあまりにも慎重で抜け目のないダリオン。二人の兄弟は当時シナロア・カルテルと呼ばれる最強の麻薬組織で働いていたが、トップの麻薬王が優美な生活を送っているのと対照的に貧しい生活を送っていた。そして二人はこう思った。
「俺たちは前線に立たされて一番リスクがでかいのに一番金が貰えない」
そんな矢先にシナロア・カルテルの大ボスだった男が逮捕され刑務所へと移送された。後にその男は刑務所から組織に指示を与え、脱獄までするのだが、当時の兄弟にとってこれほどのチャンスはなかった。ボスの不在、それは新たな麻薬戦争の火種となった。
すでにシナロア・カルテルで麻薬ビジネスのノウハウを学んでいた兄弟はあっという間に販路を作り出し、麻薬を売りさばいた。元々末端の構成員で待遇に不満だったものたちを引き抜き、組織は急激に拡大していく。そんなことが30年も続くと、かつて見上げる程巨大だったシナロア・カルテルと同じ規模の組織になっていた。
そんな矢先シナロア・カルテルのボスがアメリカの刑務所に収監され、絶対に脱獄できないように拘束される中、ハラペコ新世代のボス〈エル・ムーチョ〉が不治の病にかかり植物状態となっていた。二大カルテルのボスが実質的に再起不能となる中で新しいボスがトップに立った。
〈エル・マヨ〉そして〈エル・リブロ〉だ。
お互いに慎重かつ狡猾な人間なので、決して居場所を悟られないように細心の注意を払って生活をしている。このせいでカルテルの抗争は泥沼化し、終わりの見えない麻薬戦争が始まることとなる。
◇ ◇ ◇
「ボス、またメンバーが処刑されました」
「そうだな……」
アーバンモローの西側に位置する広大な開発区域。中流から上流の比較的富裕層の集まるこのエリアには隠されているが巨大な歓楽街があった。バーや娼館、賭け試合が出来る施設まで幅広く存在している。その酒場でメスカルに似た蒸留酒を煽る一人の髭男がいる。首にはフェンリルの入れ墨があり、メキシコ人らしいソンブレロを被っていた。
バシリオ・エスコバル。
またの名を〈エル・ラビア〉
男は不満げな顔でファロの実から作った透明なお酒を飲み干すと、頭を抱えながら大麻に手を伸ばす。それからライターで火をつけて燻ぶらせると隣の男を見る。
「どうせリブロのジジイの命令だろ、ビジャ?」
「ええ、マヌエルが死にました」
「……みんなに伝えてやってくれ」
「ボス! 俺はもううんざりです、あいつらいくら何でも調子に乗りすぎですよ!」
ビジャという男はバシリオの直属の部下で、シノギの管理を任せられるほどの信頼をバシリオから得ている。ビジャは仲間であり部下であったマヌエルを、ほんの少しの失敗でカルテルの上層部に処刑されたことに苛立ちを隠せなかった。
「いいから、カジノの上りを回収してこい……」
「ボス! このままじゃ…ッ!」
ガンっ、というカウンターを拳で叩きつける音が響き渡る。
バシリオは拳を食い込むほどに強く握っていた。
「まだ早えんだよ! 時期じゃねぇ!」
バシリオは怒鳴った。その内容に部下は硬直する。今この男はなんと言った?
「俺たちはコントラだ。分かるか、ビジャ? 一番頭に来てるのはお前じゃなくて俺なんだよ」
〈エル・ラビア〉。なぜ男がこの名前で呼ばれているのか。それは男の出自によるものだ。ホンジュラスの貧しい片田舎で、若くして両親のいない最低辺の生活を送っていたバシリオは野良犬のように穢れた環境で生き抜き、辿り着いたのが反政府軍だった。
自分が苦しんでいるのに何も助けてくれなかった政府を、バシリオは目の敵にしており、政府軍を標的にゲリラ戦に明け暮れた。最悪だったのがその中で似た様な境遇で育ったもの同士が出会ってしまったことだ。本物の軍隊のように銃を扱い、本物の軍隊の様に階級で絶対的な格差を作ったことで無法者同士での結束が生まれたのだ。
そのうち反政府軍は軍資金を得るためにケシ畑を護衛するようになり、その過程で『ハラペコ新世代』と繋がりを持つようになっていった。そして政府に対する憎しみはいつしか敵対カルテルを抹殺するために向けられていく。カルテルに雇われた最凶の殺し屋部隊。それが『コントラ』の現在。
そしてその組織のリーダーだった男―――
かつてバシリオ・エスコバル大佐と呼ばれていた男は、麻薬組織の幹部〈狂犬〉として君臨していた。
「ビジャ、分かるよな? 俺たちはいま力を蓄える時期なんだ」
「ボス……」
巨大な資金力と超暴力を盾に暴虐の限りを尽くす麻薬組織『ハラペコ新世代』。しかしこの世界に転移してきたのはバシリオを除く5人の幹部と87人の構成員。その半数以上はコントラに属しているバシリオの部下だった。
しかし奴らカルテルは、バシリオたちを野良犬かなにかのように殺してくる。恐らくはこの世界に来た段階で幹部たちは薄々気づいていたのだろう。この世界はメキシコという終わりのない地獄とは違い、下克上をなしてしまうことが容易であるということに。
もしもこの世界でボスを打ち取れば、そのままカルテルを乗っ取ることが出来るのだ。これがメキシコであれば反抗した時点で別の殺し屋部隊と汚職警官がバシリオの隊を抹殺しに動くだろう。だから絶対に反乱を起こそうとは思わなかった。
カルテルは『反政府軍』の革命を恐れているのだ。だから難癖をつけてはメンバーを処刑しにくる。
「リブロの“スキル”さえ克服できれば、俺たちは首輪を外せる……」
「ボス……、俺たちはいつでも組織に命を捧げます。俺たちは反政府軍だ!」
「俺はやるぜビジャ。今までのツケを全部支払わせてやる……」
バシリオは狂犬のような目つきで蒸留酒を煽る。今までに秘密裏に行っていたダンジョンでのレベリング行為。裏切りものが出ないように、いくつかのグループに分けて相互監視させながらの経験値稼ぎは着実にコントラを叩き上げていった。カルテルを乗っ取るために訓練された殺しのスペシャリスト集団がまさに今、完成しつつあるのだ。
バシリオはグラスを握りしめると、そのあまりの力の強さにヒビが入りついにはグラスが粉々に割れた。
「俺たちが支配者だ……!」