同棲生活!
「伊月くぅん、ほら口開けてあーんって」
「………」
外道伊月はあれから二週間もの間、ファルシ公国から北に20kmは離れた山小屋のような場所で監禁されていた。体力は徐々に回復していき、幾度か抵抗を試み逃げだそうとしたが、必ず先回りされた。
まるで体内にGPSを埋め込まれているような気さえするが、恐らくはこの女の直感だろう。腹が立つほど先読み能力が高いのだ。
「もぅ! 好き嫌いしちゃ駄目なんだよ! 障害者だからって許されることじゃあないんだから!」
「うるせえ!」
───何が障害者だ。
本来は此方の世界に来てから自由に歩けるようになった伊月が、この薄汚い山小屋から未だに抜け出せないのは、再び歩けなくなったからだ。
それは蘇我蛭子の固有スキル『天邪鬼』により、身体を動かせるという状態から動かせないという反対の状態に入れ替えられたからだ。
押さえつけられている訳でもないのに、驚くほどに力が出せない。だから薬も枷も必要なく、大の男をお手軽に監禁出来る訳だ。
これは考えられる限り最悪クラスの能力だ、伊月の『創造召喚』と比べても応用能力が高すぎる。この女が使っていた氷結させる能力も元々は火魔法を逆転させることでマイナス温度、つまりは氷魔法という能力に昇華させているものだ。
単純な火魔法とは違い、一瞬で凍らせることで相手を生きたまま拘束することが出来るので二重に拘束能力を持っていることになる。
言うなれば、抵抗する手立ては現状では一つもないのだ。
「仕方ないなぁ、僕も無理強いはしたくないから今日はもう良いよ」
蘇我蛭子は呆気なく食事を諦めると、立ち上がり出口のドアへと向かって行った。
「ちょっと出かけてくるから、お留守番頼むよ。逃げちゃ駄目だからね!」
「くたばれ」
ドアががちゃりと閉まると伊月は藁で出来たベッドの上で、目を閉じた。暫くすると人の気配がなくなり、蘇我蛭子が居なくなったのを確認、その後目を見開いた。
「ふざけやがってえええええ!!!!」
屈辱だ。これは伊月のみならず、外道家に対する冒涜に他ならない。こんな生活を何時まで続ければいいのか、終わりが見えない。
身体もまともに動かせず、このまま終わるなど絶対に許されることではないのだ。
「創造召喚っ!」
ベッドに触れている手を伝って魔力を流し込み、藁人形を作り出す。
「この怨み晴らさでおくべきかァ!」
例えここから逃げ出せたとして、この肉体では遠くまでは行けないだろう。それでは何も解決しない。ならばやることは一つだ。
向井ハルキを殺害したときのように、能力を発動した能力者が死亡するとそれが解除される可能性は高い。ならば蘇我蛭子を殺害することで伊月は自由になれるはずだ。体を全身全霊の力で動かし、モゾモゾと這いずり回りながら藁人形型の使い魔を量産していく。
出来上がった藁人形たちは、大した戦闘能力も持っておらず役に立ちそうもないが、今の伊月にとっては文字通り藁にも縋る思いで作り出した兵たちだ。彼等は身動きの取れない伊月の代わりに手足となって働くのだ。
「何か素材に成りそうな物を探せ! なんでもいいから早く探すんだ! 蘇我が戻ってくる前に!」
この二週間の間、伊月が観察し続けた蘇我蛭子という女は、夜が明け朝になると何処かの街に向かい食料を調達してくる。そして必ず二時間以内には戻ってくる。それ以外ではほとんど外に出ていく行動パターンは見せていない。
だが今の時刻は夕方だ、この時間に外出して初めてイレギュラーな行動を見せた。どれくらいの時間で戻って来るかは分からないが、そう長くはないだろう。ならば気力、体力が回復した今がチャンスだ。
「ほら、早くしろ! 早く俺の手に素材を運んでくるんだ!」
人生で最も焦りを見せる伊月。感情のない藁人形たちがせっせと運んできたものは、小さな木片だった。恐らく何かの端材だろう、お世辞にも役に立つとは思えないような素材だったが、伊月の反応は違った。
「でかしたぞ、蛆虫ども!」
歓喜の声を上げると、直ぐ様スキルを発動して生命体を作り出す。それは辛うじて手のひらサイズと言えるほどの大きさの植物。この特徴的な花をつける植物を別名トリカブトといい、全草にアコニチンという強力な毒を有する毒草だ。
二週間もの間、伊月は考えていた。蘇我蛭子とのレベルの差、身体能力の埋められない壁。例え全快の伊月が戦いを挑んだとしても恐らくは敗北するだろう。ならば気付かれないように暗殺するしかないのである。
故に選んだのはトリカブトによる毒殺だ。
伊月は使い魔たちにトリカブトを運ばせ、花を細かく毟らせると、それを生活用水に使っていた水瓶に混入させた。これを蘇我が飲めば暗殺は完了する、しかし気付かれれば伊月の命はないだろう。あとは蘇我が帰ってくるまで狸寝入りするしかない。
準備を終えて待ち構える伊月。目を閉じて数分後、運命の時がやってくる。
その時、ドアに手を掛けてゆっくりと誰かが入ってきた。その足音は二人分、どう考えても蘇我蛭子ではない。こいつらは――――
「鍵が掛かってなかったな、こんな辺鄙な場所に小屋があるなんて―――」
「助かったなアレハンドロ。そろそろ食料がきつかったから―――」
「「誰だお前!?」」
「お前らが誰だよッ!」
最悪だ。関係のないやつらが入って来やがった。
二人の男たちは伊月を見るなり、矢鱈と輝く片刃の刀を取り出して伊月にむかってくる。こんなはずではなかった、なぜ蘇我がいないときに限って強盗なんかがやってくるのだ。
「ん? ひょっとしてお前動けないのか?」
一切の抵抗をしない伊月を不思議に思ったのか、両腕にタトゥーをいれた男が尋ねてくる。
「何してるリカルド。早くやれ、やっちまえ。こいつ異邦人だぞ」
「ま、まって! ゴホゴホッ! 私は半身不随で歩けないの! 家にあるものならなんでも持って行って!」
IQ160を超える外道伊月が瞬時にたたき出した『半身不随で病弱な女の子』という設定を即興で演じる伊月。普通の人間ならこんなひ弱な女の子を殺したりはしない。しかしその二人組が普通の人間ではなかったことが伊月の誤算だった。
「ボスに土産が出来たな」
「異邦人を生け捕りにするなんてそうそうできないからな。ラッキーだぜ」
(土産? 生け捕り? なんだァ、てめえら……)
リカルドという名前の男が伊月の両腕をロープで縛りあげると、今度は猿轡を口に噛ませ顔に布袋を被せてきた。この手口、この手際の良さ、普段から犯罪に手を染めていないとこうはいかない。
「んん~!?」
叫び声を上げる伊月の横で寛ぎ始める二人組。どうやら休憩することにしたらしい、呑気なことだ。真っ暗な視界の中で伊月は情報を整理し始める。この二人組の男、アレハンドロとリカルドと言ったか、二人とも典型的なヒスパニックの名前だ。特にプエルトリコとメキシコに多い名前である。
(それにあのタトゥー……)
間違いでなければあれはメキシコの犯罪組織がシンボルとして使っているものだ。つまりこの二人組の男たちは―――
(カルテルか……。今日は厄日どすなぁ……)
伊月は視界の見えない中で段々と現実逃避し始めた。
(ぶぶ漬け食べたいどすなぁ……そういえば妹はどないしはったんやろ? お家継いでたらよろしいなぁ)
伊月が京都の実家を思い出している途中、突然ガタンという物音が聞こえてきた。
「お、おい! リカルド、しっかりしろ! いきなりどうしたんだ!」
「た、助け! 息が出来な……」
「リカルドォォォ!!!!」
どうやらリカルドくんがトリカブトの水を飲んでしまったらしい。
(ほな、さいなら)
伊月が気力を失い黄昏ていると、状況を理解し始めたアレハンドロが、伊月に対して激昂した。
「お、お前がやったのか!? リカルドをよくも!」
アレハンドロの刃が伊月の首に向かって飛び掛かった瞬間、刃物を弾く鋼鉄の音がし、部屋の温度が急激に下がったのを体感した。
「ねえ、お前何やってんの?」
感情の籠ってないどす黒い声。普段のふざけた態度からは想像もつかないほどの殺気を放っている。その声の主である蘇我蛭子は、笑顔を浮かべて言った。
「お前、凌遅刑な」