戦力を強化しよう!
ファルシ公国の最西端には冒険者ギルドがある。この組合は一部の国を除き、殆どの国に存在しているが、大義名分としては人類の共通の敵である“魔族”に対処するための団体だ。
そのため人間同士の戦争には参加することが出来ず、もしも破れば各支部のギルド長から罰則が科せられる。この団体はこの大陸において、現時点では国境を越えて協力しあえる唯一の協会だ。
しかしファルシ支部は大国に比べて規模が小さいため、冒険者たちはそれほど多くはない。
そのギルドの受付嬢であるタミアは暇そうに、同僚のスランと話す。
「ねえスラン。この国ってさ、別に冒険者ギルド要らないんじゃないの?」
「タミア……貴女ねえ、いくら暇だからってそれは言っちゃ駄目よ。給料だって税金から出るんだから良いじゃない」
「だって~、森のダンジョンだってもう枯れちゃったし、野生の獣相手に冒険者じゃなくても衛兵さんたちで十分でしょうに……」
「はぁ、そんなの言われ無くても皆分かってるわよ。完全に惰性よ惰性。大体こんな田舎で冒険者やろうって人なんて、滅多にいないに決まって───」
「少しいいかな、お嬢さん?」
スランの前に現れたのは180センチを越える長身の男。しかしその顔は男にも女にも見えるが、何となく男だと直感した。
だが何よりも人目を引くのは、その鮮やかな頭髪だ。まるで染料に浸けたような鮮やかな緑色。それは男にしては少し長めの髪だった。そして腕にはスポーツ用のテーピングをグルグルと巻いていたが、スランたちには包帯のように見えた。
((い、異邦人だッーー!))
二人の心の声は一致した。
噂では知っているが見るのは始めてだ。異邦人は何処からやって来るのかは分からないが、彼らは共通して訛りのない流暢な言葉を話す。
「は、はい! 何でしょう!?」
スランは未知の存在に恐怖と好奇心を抱いた。タミアも同じ思いでその男に視線を送る。
「人を捜してるんだけどさあ、背は僕の肩くらいで、女の子みたいな男の子だよ。とても可愛らしい僕のトモダチなんだ」
「と、ともだち……?」
「ああ! そうだよ、僕たちは親友なのさ」
二人の受付嬢は顔を合わせると、お互いに首を傾げた。相手が何を要求しているのか分からないからだ。そしてこの男は少し不気味だったので、警戒感を強めた。
「……あ、あの冒険者ギルドはですね……人探しなどの業務は行っていませんので……」
「知ってるよ。知ってて聞いているんだ」
「で、では何故聞くんですか……?」
男はニチャリとした笑顔を浮かべると、スランの腕を取って耳元で喋った。
「二ヶ月探し回ったけど、手掛かりさえない。でも彼だったら必ず何処かで有名になる筈だ。あの外道伊月という男は資本主義が生んだ最高傑作だからねえ!」
男は血走った目でスランに迫る。
「ひっ!?」
「彼が来たら伝えて欲しいなあ、蘇我蛭子が君に会いたがっているってね」
◇ ◇ ◇
「やっぱりよォ、馬の乗り心地って最悪だぜ。特に馬車ってのは何でこんなに揺れんだよ、クソが!!」
馬車の乗り心地にイラつきを隠しきれない伊月は、オスロたちを待機させている集落跡に向かっていた。
ここから先の道のりを何かで暇つぶし出来る訳でもなく、退屈な時間が過ぎて行く。
(産業革命は偉大だな……こんなゴミみたいな世界から高層ビルを建てるまでに成長したんだからなァ。何れはこの世界を支配して技術改革もしなきゃな……面倒くせえ)
伊月にしては珍しく黄昏れていると、漸く集落跡に辿り着いた。馬車から飛び降りると、凝った肩を回して解す。
「移動時間は本当に無駄だな、瞬間移動のスキルでもあれば良いんだが……」
「ぎぃ! ぎぃ!」
「ん?」
突然聞こえてる動物の鳴き声。その方向に目を向けると、使い魔たちの集団の中で一匹のエルギィが暴れていた。身体の一番大きなオスロに対して、クソザコパンチを連発している。
それに対してオスロは何の行動も起こさない。どうやら無反応の使い魔に対して一方的な攻撃をしていたらしい。実際、他の使い魔は何体かが倒れて動かなくなっていた。
「ちっ、オスロ……そいつを殺れ」
「ワカリマシタ」
突然動いたオスロにビビり散らすエルギィ。その硬直した身体に上からのし掛かる巨大な蹄。軽く二トンは超える重量で押し潰されたエルギィは赤いミンチに生まれ変わった。
「イキッてんじゃねーぞ、下等生物が!」
イキリエルギィを始末すると、伊月は馬車に乗せていた向井ハルキの死体を引きずり出して地面に叩きつける。
「お前にプレゼントだぜ。オスロ、此奴を食え」
「えっ、これを食べるんですか?」
「は?」
「ワレワレ、ツカイマハ、ショクジハシマセン」
「おい、さっき流暢な言葉喋ってただろ」
こいつ猫被ってやがるのか? 馬のくせに。
「ちっ……まあいい。テメエの知能がどれくらいあろうと関係ねえ。俺はこの粗チン野郎とお前を合体させる」
向井ハルキという異邦人を単体で創造召喚するのは叛逆の可能性があるので危険な判断だ。なので人間の集合体であるオスロに取り込むことで薄く引き延ばすことに決めたのだ。
だが食事で取り込むことが出来ないのであれば、手段は一つしかない。
創造召喚のルールは、生物が素材の場合、その死骸で無くてはならない。つまり生きている生物は不可能で、死体となっていれば素材として判定され配合が出来るわけだ。
なので生物が素材の場合、息の根を止めておくことが絶対条件なのだ。
「必要な手段だから、悪く思うなよ」
伊月は躊躇なく細剣でオスロの心臓を貫いた。かなり胸の皮膚が分厚く邪魔ではあるが、抉るようにして突き抜ける。
人間のものとは思えないドス黒く粘度の高い血液を吐きだしながら、オスロはゆっくりと足を折り、前のめりに倒れていく。
完全に地面に落ちたのを確認した後、粗チンのハルキと融合させることにした。
「創造召喚!」
またしても大量のMPを注ぎ入れ、立ち眩みを覚えたがギリギリまで粘ってエネルギーを送り込んだ。
オスロの周りではまるで工業廃水のような汚泥が囲い込み、その大きすぎる巨体を飲み込んでいくと、あっという間に邪悪な化身へと姿を変えていく。
「くくく、ははは!!! 俺が見る限りじゃあ、異邦人は最高の素材らしいなぁ、オスロ?」
「我ガ主殿、供物ヲ感謝致シマス……」
背丈こそ変わっていないものの、その皮膚は金属のような硬質さを持ち、肌は黒く輝いていた。その重圧はさながら戦車のような迫力を醸しだし、一目で格の違いが分かるだろう。
「まるで化け物じゃあねえか、くくく……」
腕を突き出して『鑑定』のスキルを発動する。
名前:オスロ
種族:亜人
Lv:11(220/2150)
HP:840/840
MP:440/440
固有スキル:『能力奪取』Lv1
スキル:『魔言語』Lv5『槍術』Lv4『弓術』Lv5『狂化』Lv2『戦術』Lv2『馬術』Lv5
魔法:『肉体強化』Lv1『敏腕強化』Lv2
耐性:『創傷耐性』Lv1
状態:従属 (ゲドウ イツキ)
「戦力は既に十分か……後はこの槍を装備しとけ。お前のサイズにピッタリだ」
鍛冶屋から借りてきた大槍をオスロに持たせると、まさに神話に登場するような怪物の様相だった。
「ふぅ、短いようで長かったな……」
───これで大体の戦力は整った。相手がどれほどの兵力を有しているかは知らないが、少なくともこちら側から“小手調べ”程度ならば調査することが出来るだろう。
何も一度に攻める必要はない。少しずつ、絶望と恐怖を与えながら、ゆっくりと喰らって行けばいい。
「くくく……」
───ああ、本当に楽しい。
他人からモノを奪うということ。そして他人の幸福を破壊してやるということは、外道伊月にとっては最高の生きがいなのだ。
それをこれから実行出来るということは伊月にとっては絶頂の快楽に他ならない。
「父さん母さん、ついでに妹……。俺は一族の悲願を達成するよ。俺がこの世界を支配して、俺たち一族の汚名を晴らしてやるぜ!!」
伊月は幼い子供のような笑顔を浮かべると、あまりに邪悪な笑い声で嗤っていた。