買い物に行こう!
ファルシ公国が誕生してから800年。その間に一子相伝で王の血は受け継がれていた。元々はただの冒険者パーティーだった初代ファルシ王とオスロ。そこに他の二名がパーティーに加わり、暴政を敷く王を打ち倒したことで彼らは伝説となった。
民のための政治を行い、民のための国家を作り上げたが、それは今や過去のことだ。300年前に誕生した隣国、アランドール王国に経済依存してしまい、属国として扱われ、その上現在のファルシ王はお世辞にも有能とは言い難い。
オスロにしても保身のことしか考えてはいないので、この国は衰退する一方だろう。
しかし、今はそんな細かいことを気にしている場合ではない。この城に集まってきた国内の有力者たちに納得のいく説明をしなければならない。
時刻は正午、ファルシ城の内政に関わる会議が開かれる部屋でファルシ王は椅子に座っていた。
「この変態国王が! 自分が何をやったのか分かっているのか!?」
「い、いや儂は何もやっておらん! 誰かが、誰かが昨日私を襲ったのだ!」
「襲ったのはテメエの方だろうが!」
今朝、目が覚めると医療室のベッドに何故か裸で眠っていたファルシ王。しかも娘と裸で抱き合っていた。更にタイミングが悪いことに、向井ハルキの看病をしていた侍女が偶然部屋に入ってきたのだ。
そこから先はあまり記憶に無いのだが、二時間もしない内に、ファルシ国内の有力者たちが集まってきた。
(一体、何が起こっているのだ……!)
昨夜誰かに襲われた。いきなり暗闇から出てきた腕に殴られたのだけはしっかり覚えている。顔までは見てないが、かなり小柄な人間だった。
恐らくはそいつの性でこんな事態になったのだが、いまいち状況が掴めない。しかしこんな吊しあげのようなことになったのは、我が娘であるレナーが処女を失ってしまったからだ。
侍女曰く、レナーは未だに目覚めてはいないが股から血が出ていたらしい。このファルシ公国に置いては処女が絶対視され、それは隣国のアランドール王国も同じだ。
そのアランドール王国の王子に嫁ぐことが決まっていたレナーが処女では無くなったとなれば、婚約が破棄される可能性が高い。ましてやこのファルシ公国は小さな国であるが故、近親相姦は御法度中の御法度である。
長い歴史の中で経験則として知っているのだ。
遺伝子が濃くなれば何処かに異常が出てくるということを。
その二つの過ちを犯したのが、ワシ(53)だ。
「お、お前たち一度落ち着け! 儂は昨日誰かに襲われたんじゃ、由々しき事態じゃぞ! それにハルキ殿は何処に行ったのだ!」
声を荒げて潔白を主張するファルシ王だが、血走った目を向けてくる大臣や宰相、豪農などの有力者たちは聞き入れようとはしなかった。
「あの異邦人のガキが何だってんだ! 自分が何をやったか言ってみろ! ええ!? この変態クソ親父が!」
中でもネルケローネーの罵倒は一際大きな声だった。当然ながらアランドール王国との結びつきが弱まれば、ネルケローネーの望む平穏な生活など決して訪れる事は無い。
ましてやレナーは子供の頃から可愛がっていた妹のような存在なのだ。それを汚されたとあっては、怒り狂うのは当然のことだ。
(い、いかん! 儂のことを誰も信用していない……! こ、こうなったら───)
国を守る為には犠牲を覚悟するしかない。
「うおおお!! 儂の無実を証明するぞい!!」
ファルシ王はネルケローネーに掴み掛かると、そのまま体重を掛けて押し倒す。周りの聴衆も突然の出来事に、皆呆気にとられて固まっていた。
「ネルケローネー!!! 貴様を儂のモノにしてやるぅ!」
「なんだこのおっさん!?」
火事場の馬鹿力でファルシ王はネルケローネーをねじ伏せて衣服を強引に剥ぎ取る。そしてファルシ王の息子をネルケローネーの中にぶち込むと高速運動を繰り返した。
「きゃああああ!!」
「王がご乱心だ!!!」
目の前の悲惨な光景に聴衆はパニックに陥る。
「見よ! 儂はホモじゃ!! 女には興味などないッ!!!」
「アガッ!? や、やめろ! このキ⚫⚫⚫ヤロウッ!!?」
誰もがその行為に恐れを抱き、誰もがその行動に手出しが出来なかった。例え無能と呼ばれていたとしても、王が王である事には理由があるのだ。
「も、もういい! ファルシ王は無実だ! 彼は紛れもなく本物だ!」
聴衆はファルシ王の誘導により、まんまと流され始めていた。
「い、いや、しかし、それではあの血は一体何だったのだ!? 王女は処女を失ったのでは!!?」
「あれは儂の痔じゃッ!!」
「な、なるほど……」
大臣たちはあまりの迫力に押され、納得し始める。確かにこの事件には可笑しな点が多かった。異邦人の失踪に、王と王女のベッドでの昏睡。
全ての点と点が繋がった。
「そういう事だったのか……ではファルシ王は無実なのだな」
「犯人は異邦人だ! きっと王女のかわりにファルシ王が犯されたんだ! だからファルシ王は痔になった!」
「そういう事じゃ!」
「す、スゲー! やっぱり王様だ! ファルシ王、万歳!」
「「「ファルシ王万歳!」」」
こうしてファルシ公国は崩壊の危機から救われた。
◇ ◇ ◇
石畳の玄関によく分からないぐねぐねとした文字で『鍛冶屋』と書いてある看板がある。足を踏み入れると、鉄臭い臭いと、奥の工房から漏れ出してくる熱気が僅かに顔を掠める。
受付では年の若い男が、ナイフを研ぎながら答える。
「お! お客さんだね、何かご用かい? 家は何でも揃ってるよ」
「ああ、武器を探してるんだ。それと防具も欲しいな」
「ぼ、防具? あんた冒険者かい? 家じゃあ防具は扱って無いんだが、まあちょっとしたガントレットくらいなら、あるにはあるよ」
すっぽりと顔を隠すようにローブを覆った珍客を物珍しそうに見る受付の男。それを珍客に勘付かれるとばつの悪そうな顔で質問する。
「なあ、アンタここら辺の人間じゃあないだろ? どっから来たんだ? おれ他の国のことに興味があってよ、少し教えてくれねえか?」
「くくく……随分とおしゃべりな奴だな。生まれた場所が違っても、俺もお前も何も変わらねえよ、ただの単細胞生物だ」
「たんさいぼー? よく分からねえが、アンタは俺が知ってる人種じゃあねえ。アランドール人はもっと馬鹿丸出しって感じだしな」
「なんだ? お前らは隣国の連中とは仲が悪いのか?」
「へへっ、仲のいい隣国なんてこの世にあるもんかい」
「くくく、確かにな。ところで、そろそろ俺の注文を聞いてくれ」
「おっとすまねえ、仕事優先だよな。でアンタの希望は?」
「両刃の細い剣と、弓矢のセットそれからレザーでも良いから防具をくれ」
「ああ、全部すぐに用意出来る。ちょっと待っててくれ」
それを聞くと伊月は受付の台によかって、店内の観察を始めた。至るところに刀剣や盾がビッシリと並べられ、内に籠もったカビた臭いが充満している。
ここに来たのは自身の装備を調えて、戦力の増強をするためだ。あらゆる敵を想定して、遠近距離で対処できるように、弓と防具は必須アイテムだった。
伊月は辺りを見渡していると、壁に掛けられていた一際大きな槍を見付ける。それを見ていた受付の男が後ろから話す。
「あれ、すげえだろ。親方が昔遊び半分で作ったんだ。一撃でどんな相手でも葬れる最強の武器を作るんだーって。まあ、あんなデカさじゃあ人間には扱えねえけどな」
確かに人間があれを振り回すのは無理があるだろう。見た限りでは軽く10キロはありそうだ。とても実戦で使えるとは思えない。
だがそれは人間なら、という話だ。
「あれも買うよ」
「え? アンタ今の話聞いてたか? とてもアンタみたいな華奢な男じゃあ使えねえよ」
「誰が華奢だ? 俺が使う訳じゃあねえよ、もっと適任者がいる」
「まあ、そういうことなら……よし、注文の方は準備出来たよ。ここで装備していくかい?」
「いや、後は帰ってやる、代金はいくらだ?」
「細剣が6000タリム、弓矢のセットが2500タリムとレザーガントレットが4200。そんであの大槍が34000タリムだ」
「ほらよ、これで足りるか?」
伊月はルメル族から相続した財産袋を受付に置く。受付の男は袋から硬貨を取り出すと、素早く数え始めた。しかし次第に苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべる。
「あの、これさ……全然足りないんだが……」
「………」
「お客さん……もしかしてお金ないんじy」
「オラァッ!」
「グヘェッ!!?」
伊月は受付の男の顔を殴りつけると、購入した商品を持って素早く身支度を済ませる。
「支払いはリボ払いで頼むぜ!」
伊月は大槍を引きずるように運び出すと、外で待機させておいた、二時間前に商人から強奪した馬車に乗り込んだ。
そして直ぐさま馬を発進させると、ファルシ公国のお昼前を悠然と走り出す。これからの行き先はオスロたちのいる集落跡だ。そして最高戦力を再び取り戻し、このファルシ公国から絞れるだけ絞り取る。
(もっと金がいるな。こんなチンケな額じゃあ武器すら買えねえとは……)